5-14話 運命に流されるのは嫌だから……
【読者さまのコメント】
高松は痛み止めを飲んで学校に通う。
けれど薬は万能じゃない。
誤魔化す分、胃薬が必須に(涙)
そんな状況だけど高松はモテモテだ!
吉川さんから熱い想いを受け取り、井上さんの恋を別ルートから知る。
夏村さんがいるから叶わない恋だ(涙)
◇◇ 七月十一日 ◇◇
左腕をテーピングでぐるぐる巻き状態での自転車通学は無理なのでバスを選んだ。
両親はタクシー代出してやるぞとは言ってくれたが、身から出た錆、お金を出してもらう気になれなかった。
さすがに退院の翌日の朝から外周をランニングすることは無理なので、いつもより幾分遅く学校に着くバスに乗った。
しかし、腕はズキズキ痛むし、鎮痛薬の飲みすぎで胃も調子が悪く、バスの中では座っていたかったので、通学時間からずらして早めのバスにした。
雨や雪がひどい時以外でバスに乗るのはいつ以来だろう。
入学当初は定期券を買ってバスに乗って通学していたが、勉強仲間が出来てからは自転車通学に変わっていたので、実質一か月しか定期券は使わず、バス会社の窓口で払い戻してもらった記憶が思い出された。
こんなことでバス通学を短期間ではあるが再開するとは思っていなかった。
多分、期末試験と終業式の日のみになるであろうが。
期末試験初日の朝、早く登校する奴はいないだろうという読みは当たり、バスの中はガラガラであり、二人席を取ってリュックを隣に置き座った。
まだ梅雨の残りかどんよりとした曇天が広がっていたが、雨は降らないという天気予報だったので長い傘を持って行く必要がなかったのは助かった。
左手がこんな状態では、なるべく荷物は減らしたかった。
いちよう、予備のためリュックには折り畳みの傘は入れてあった。
この当時、折り畳みの傘の骨は全て金属製であり、今のように硬化プラスチックを使用していないため、リュックに入れると結構な重さを感じる。
いずれにしても早く梅雨が終わってほしいと思った。
テーピングを施した左腕はテープかぶれが原因か、とても痒い。
と言っても搔いた場合、傷口に触れようものなら激痛が走るのでじっと我慢していた。
次はうちの高校の最寄りの停留所。
ボタンを押すと『停車します』のランプが点灯し、バスの中にピンポンという軽いが大きな音が鳴った。
俺は右手でリュックを持ち、傷口に当たらないように慎重に左腕を通し、背負った。
バスが止まり、ドアが開いたことを確認し、俺は立ち上がり、ステップを降りて行った。
バスの中はエアコンが利いていたのか、湿気をそれほど感じなかったが、降りると一気にむっとした高い湿度が襲ってきた。
バス停から数歩歩くと、校門まで直線にのびた通学路になる。
今年は入学式に桜が残っていたなと、道の両端に深い緑色に染まった桜の葉が生い茂っているのを見ながら思い出していた。
そして、校門の方に目をやると、校門の前に一人の女子高生が立っているのを見つけた。
俺は目を凝らしてみるとそこにいたのは吉川だった。
俺はゆっくりと歩き出し、校門前に着いた。
「かずさん……」
と、吉川は校門の前で直立不動で待っていたが、話し方に元気は無かった。
「吉川、おはよう! お出迎えか? サンキューな! ……ってそんな雰囲気じゃないな」
と冗談じみた話っぷりで声をかけてみたが、彼女の表情は変わらなかった。
「かずさん、本当にすみません。病院では夏村さんが一緒だったので、本心をいうことができなかった。だから、一対一で謝りたいと思ったので……」
と顔を真っ赤にしながら言った。
「もう、いいよ。こんなに元気で登校したんだぞ! 心配すんなって」
とは言ってみたものの、吉川は、
「かずさん。夏村さん、今、かずさんの教室で待っています。でも、私…… 私は…… 一生かけてもかずさんを助けます」
と言った。
「いいよ、お前はやっと、自分の進む方向を自分で決められるようになったんだ。だから、お前はお前の道を行けよ。せっかく自由を得たんだ。それを満喫しろ」
「でも、もし、かずさんの進みたかった方向を私が変えてしまった時は私が責任を取ります」
「お前はまだ高校一年なんだ。もう少し気楽にいけよ。俺は俺の道を行くから…… ってかっこいい?」
「いいです! かずさん、こういう時、すぐ茶化すけど、私、絶対かずさんをずっと見ています。そして、夏村さんがいないとき、かずさんに何かあったら私ががんばります!」
今は何を言っても聞き入れてくれなさそうであったので、俺は、
「わかったよ。その時は宜しく頼む……」と言った。
「そう、初めからそう言ってくださいよ! 私の話は以上です。ほら、教室で夏村さん、待ってますよ!」
俺はうなずき、手を振りながら、吉川と別れた。
しかし、俺はその時、吉川の『本気』に気づいていなかった。
自宅でも感じていたが、意外と階段の上り下りも傷口に響くことが分かっていた。
そんなこともあり、俺は階段をいつも数倍の時間をかけて昇って行った。
三月までは二階であったのに四月から三階に移動したことを今日だけは呪った。
教室の前に着いた。
昨日一日休んだだけだが、その前日にあまりに多くの出来事が起こったため、いつもの教室入り口がぽっかり別の世界に通じているように感じてしまった。
しかし、いつもと変わらない『こと』がそこにはあった。
俺が周回のジョギングを終わって教室に来ると必ずする柑橘系のコロンの香り……
俺がこの香りが好きだと言ったらずっとつけてくれている夏村さんの存在を感じた。
「おっ! はよう! ございま~す!」
と前日深夜に流れていたアニメのキャラクターのセリフを真似しながら、俺は陽気に教室のドアを開いた。
すると夏村さんは自分の席から立ち上がり、こちらを向いていた。
「か、かずや! 大丈夫か? 今日は無理しなくてもよかったんじゃないか?」
「私、学校の成績以外に取り柄のないものでして、今週頑張らなくていつがんばるの? 今でしょ! って感じですね~」
「また、ふざける! 真面目に答えろ!!」
自分のために俺が傷つていてしまったと思っている夏村さんの心情は分かる。
俺はちょっと反省しながらこう言った。
「けがをしても俺は負けないってところを見せたくってさ。多少の痛みはハンデだよ」
「そうか、そうでなくちゃ、かずやじゃないよな。でも辛かったら言えよ。俺が保健室…… かずやの家…… 俺んちまで送ってやるから」
「いやいや、全然大丈夫ですから! それと一番最後はいりません」
と俺は反論したが、夏村さんの視線は俺の左腕に向いていた。
「一昨日はかずやのことで頭がいっぱいで、勉強も手に付かなかった。でもそんなことだとかずやに怒られそうだったので二日間自分でがんばった。でも、今日改めて怪我をした腕を見ると、テーピング、痛々しいなぁ」
「うん、やっぱ、傷口はかなり痛む。鎮痛薬飲んでるんだけどね」
「無理するなよ。って言ってもかずやはがんばっちゃうもんな」
「正解! じゃあ事前試験対策、始めましょうか!」
しばらく、二人並んで試験勉強をしていると、時間を経るにつれ、同じクラスのメンバーも一人、二人と増えてくる。
さすがに後の出口近くに物々しい恰好をした男子生徒がいるため、みんなに大丈夫かと声をかけられ勉強会は中断してしまう。
しかし、クラスメイトと俺のやり取りを見ながら夏村さんは少し安心したのか、笑顔を取り戻していた。
そして、俺の左隣の席の多江ちゃんもやってきた。
多江ちゃんは机横にカバンをかけながら、
「かずくん、大丈夫? こんな時にも対抗心燃やさなくてもいいのに?」
と、からかい半分でこう言った。
『大丈夫?』と聞かれたら俺はこう反応するであろうことは想定の範囲内だったのだとも取れる話っぷりであった。
「いや、六月の全国模試では多江ちゃんに負けているから、学校の方だけは負けないようにしないとね。 てか、ありがとう。うん、痛みはひどいけど、何とか試験は受けられる程度かな?」
と正直な感想を言った。
「ごめん、家族の仕事柄、けが人を見ても落ち着いて対処しちゃうのは自分の事ながら嫌なんだけど、もし、後遺症とかで痛みが残っちゃたら、相談して。父の知り合いで神経外科の教授もいるから」
偉い人とお知り合いなんですねと思いながらも俺は礼を言った。
「ありがとう。そこまでひどくならないことを祈っているけどね」
そんなところに明るい声を響かせて井上さんが入ってくる。
彼女の席は俺の斜め前なので後ろの入り口の方が近いのだが、わざわざ前の入り口から入り、多くの面々と挨拶を交わしている。
ちょうど、夏村さんは生徒会室に忘れ物が有ったということで取りにいった時のことである。
井上さんは席につくと元気よく俺の右肩をポンと叩き、こう言った。
「かずくん、大丈夫? 内縁の妻を看病に呼ばないなんて、ひどい仕打ち……」
「あなたを内縁の妻にした覚えはないんですけど?!」
「この会えなかった二日間が愛を育てるのだよ」
どこかで聞いたセリフと思い、少し考え解答が出た時、俺は笑いながら井上さんを突っ込んでいた。
「それ、郷ひろみの『宜しく哀愁』の歌詞じゃない。古いんだよ。しかし、よく知ってるなぁ」
「それを知っているかずくんも、もうおじさんだね~」
何度も気が付かされるが井上さんには、一瞬にして湿った雰囲気を一発で変えてしまう力がある。
それで俺も元気付けられていると感じる瞬間が多々ある。
夏村さんの対応のしかた、井上さんの対応のしかた
どちらの対応も対称的だが心地よさを感じてしまうものであった。
「そうだ、いつも、かずくんにフェロモンもらって元気注入しているから、今度は私からおまじないしてあげるよ。はい、そこで目を閉じて~」
「目を閉じればいいの?」
と言い、俺は座ったままで目を閉じ、井上さんが何をし始めるのかビクビクしながら待っていた。すると、
「必殺! フェロモン返し!」
と言いながら、俺の顔面に何か柔らかいものと、夏村さんとは違う香りが頭の中を駆け巡った。
しばし、何をされているのか分からない状態と天にも昇ったような幻想の中で俺は動けないでいた。
「ちょっと待て! 何してるの?!」
と言い、多江ちゃんが井上さんを突き放した(ようだった)。
俺が目を開けると怒った多江ちゃんの顔とニコニコ顔の井上さんの好対照な表情にびびった。
「逆フェロモン攻撃だ! これでテンション高く試験受けられるでしょ! その上、顔へのおっぱい攻撃は夜のお供にどうぞ!」
と井上さんが言うと同時に机の下では無言で多江ちゃんの弁慶キックが何発も炸裂している。
ちょうどその時、夏村さんが戻ってくると現場を見ていた、佐々木が夏村さんに、
「夏村さん! お宅のだんなさん、内縁の妻に抱き付かれていたよ。浮気発覚! 表情なんか天国に行ったような顔してて…… あれ? 内縁だったらいいんだっけ?」
と報告するなり、夏村さんは、
「お前! ガードが弱いからそんなことされるんだ! やっぱ、お前、今日はおれんち泊まりな!」
という言葉とともに、全生徒がこちらを向く。
「生徒会実行委員長としては不適切な発言だったんじゃないの?」
と俺はすかさず、突っ込んだ。
試験は一日、三教科ずつで三日間実施される。
試験一日目が終わると夏村さんには報告すべき場所があるのでと言い、先に帰って勉強するように言った。
夏村さんは一緒に居たかった様子だったが、教職員への報告は他者の意見が入るといらぬ方向にいきかねないため、一人ですることにした。
俺は入院前にお世話になった高城先生と渋谷先生に現在までの経緯を報告した。
どちらもそれほどの大怪我ではない様子に安心していたようだ。
かなり強がって痛みをこらえての演技だったが両者とも気づいていない様子だった。
そして、最後に校長室のドアをノックした。
なぜか中には佐藤校長のみならず中島教頭もいたため、事故の状況報告と警察が昨日自宅に来て、事故であったため示談にした旨伝えたことを報告した。
予め情報は高城先生から粗方報告されていたようで、学校側としても俺の対応を覆してまで、吉川を悪者にすることはできなかったようだ。
そして、俺の方針に従ってくれたとようだった。
「高松君、吉川の一件で最終的にこんな形で締めくくりになったが、これでよかったのか?」
「よかったんじゃないですか、俺としては。この一件で新しいかわいい友人ができましたので。『吉川さより』というかわいい後輩です」
校長室を出て、下駄箱経由で、校門に向かう。
時計を見ると次のバスまでは二〇分程度ある。
痛み止めの効果も切れてきたので、ゆっくりと校門に向かった。
すると校門の前に一人の女性が立っていた。
朝といい、帰りといい、今日はまちぶせされる日だなと思った。
朝は下級生、今度は上級生だった。
「先輩に告られるとは思ってもいませんでしたよ、永堀先輩」
「お前に告るか! 彼氏はいるしな。ちょっと話があるんだ、いいか?」
と言われ、二人は部室棟に向かった。
ミーティング室に入ると、永堀先輩が俺を席に誘導し、長テーブルを挟んで反対側に座った。
「ちょっと、言いたいことがあるんだ。」
「なんでしょう?」
「実は、井上のことなんだ」
「はい、聞きましょう」
永堀先輩の話では俺が怪我をした日、井上さんはクラブの同級生の教室で話を聞き、現場に向かったそうだ。
そして現場に着いた時、左手を真っ赤に染めた俺に肩を貸し、保健室に向かう夏村さんを見た。
彼女は何度も事故の詳細やどの病院に運ばれたのか知りたかった。
しかし、そのたびに俺に肩を貸す夏村さんの姿を思い出してしまい、話を聞きだすことができなかった。
そんな何もできない自分が悲しくなり、部室で泣いていたところに永堀先輩がやってきて、井上さんの思いを存分聞いてやったそうだ。
「これは恋愛においては反則になると思うけど、私にとって井上は可愛い後輩だ。そんな後輩が苦しんでいるのを見てられなかったんだ。井上はお前のことが大好きだ。普段、『フェロモン……』とか言ってふざけているが、その方法しか、今の井上には高松君に向かい合う機会がないんだよ。なんていったって君には夏村さんという最強の彼女がいるんだから。反則だと十分理解している。だけど私は井上を応援したいんだ」
「わかりました。井上さんの本心、十分受け止めましたので、心配しないでください」
「宜しくたのむ、後は君の思うように対処してくれればいいよ」
「てか、永堀先輩、彼氏持ちだったんですね~、ショックだわ!」
「うるさい! 私だって恋愛ぐらいするわ!」
部室棟を出た俺はスマホのラインにメッセージが入っていたことに気づいた。
井上さんからだった。
『今日の逆フェロモン攻撃は水疱瘡の時に来てくれたお礼だから! 生でおっぱい触りたかったら三回デートしてくれたらいいよ!』と書いてあった。
俺は『いらんわ!』と言いながらも笑ってスマホの画面を消した。
試験一日目、二日目の午後はいつものように夏村さんの家で勉強会をし、夕食をいただいて帰った。
それが夏村さんを一番心配させない方法だと俺は思ったからだ。
そして試験最終日は、ちょっと疲れたので自宅でゆっくりすると言い、夏村さんと別れた。
実際は、夏村さんの家で苦痛の表情をみせぬために毎日鎮痛剤を飲み過ぎて、胃痛がひどい状態だったのだ。
◇◇ 七月十八日 ◇◇
次に登校したのは終業式の日であり、期末テストの回答と宿題、通知表をもらい、夏村さんと下校した。
手術から一週間近くともなると振動からくる傷口の痛みは無くなっていたので、夏村さんとバスの中を二人並んで立っていた。
「夏村さん、ついに夏期講習始まるね。がんばってね。俺には夏村さんが慶応大学に合格させるほどの学力はないから、他の方法でバックアップしていくから…… 一対一で最後まで面倒見ることができればよかったんだけど。所詮、俺の実力はこんなもんなのでごめんね。でも、絶対、二人の最初の約束は守るから」
「ありがとう、かずや。絶対に合格するから、最後まで見捨てないでいてくれ」
「見捨てる訳ないじゃん、後が怖いし(笑)」
「それは余計だぞ! ところで、かずやは大丈夫なのか? α会からの通信添削の課題がいっぱいきているんじゃないか?」
「まあどう転ぶかわからないけれど、ちょっと成績がスランプ状態だから、この辺で雰囲気変えて調整してみようと思っています。それと、夏村さんとの勉強会、できれば俺んちでやっていただけるとありがたいのですが?」
「いいぞ! 行ってやる。そうだ、着替えも何着か準備しないと……」
「俺んちから、夏期講習行くつもりですか?」
「いや、かずやの看病する人が必要だろ? だから俺が夜泊まってだな……」
「なんか、下心ありませんか? こっちが片手使えないことをいいことに?」
「ばれたか……」
俺はどうあがいても現役で慶応大学に受かるレベルでは無い。
人に教えるということは、教える人が目標とするレベル以上の知識があって初めて成立する。
大学受験の家庭教師に大学生はなれるが高校生にはなれない、それだけの知識レベルではないからだ。
だから、都内の進学塾を夏村さんに経験させ、そこでの不明点や不安点を俺がフォローしていこうと考えたのだ。
今回、通信添削に切り替えたのはけがも考慮すると通学するよりもよかったのではないかと俺は思った。
もし、左手に後遺症が残った場合、今までの進路を改めなくてはならない可能性が生じる。
多分、タイミング的にも、もうそろそろ最終志望校を決定しなくてはいけない。
だから自分の時間をなるべく多く持ち、リハビリや勉強、そして今後の進路を決める時間をフレキシブルに対応できる方が今回は良いのではないかと思った。
『事故』という運命に流されるのは嫌だから……
だから、俺の道は俺が決める!
まずは選択肢を少しでも減らさないためにもリハビリをがんばってやると心に決めた。
昨年の夏休みは夏村さんとイチャイチャだったなぁと思いながらも、今年は今年の夏休みの過ごし方をすると俺は決めたのだった。
当作品をここまで読んで頂き、ありがとうございます。
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著者後記
2022/08/11 誤記訂正・校正
2022/10/22 校正、一部改稿




