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5-12話 背負っているもの

【読者さまのコメント】

高松は受験にむけて赤本を買いに出かける。

するとそこで多江ちゃんと出会った!

わ、悪いことじゃない、悪いことじゃないんだけど……なんだかちょっと後ろめたい(汗)

それを見抜いていたのか、多江ちゃんが高松をとある喫茶店に誘い──!

 ◇◇ 六月十六日 ◇◇


 吉川が中学時代にイジメていた川崎さん宅への訪問から約一週間が経ったが、英子さんの心の隙間に入っていくことは容易ではなかった。

 だが、面識を作れただけでも進展はあったと思う。

 あとはこちらがどれだけ誠意を相手側に見せるかが鍵になるであろう。


 今日は土曜日でバンドの練習があるため、朝に川崎さんを訪問し、挨拶をした後、練習スタジオがある新宿に向かった。

 最近は近くに駐車場の完備された渋谷か秋葉原のスタジオが多かったが、久しぶりの新宿ということで、練習が終わったら、ついでにどこかで時間を潰したいと思っていた。

 今日は夏村さんは欠席。

 ある要件があり、自分から今日は行けないことを表明していたのだった。


 大宮駅から湘南新宿ラインを使えば新宿駅までは途中駅は少なくて済む。

 とはいえ、俺は車内で今後どのような対策を講じれば英子さんの心をこじ開けることができるかを考えていた。

 そんなことを考えているとあっと言う間に新宿に着いてしまった。

 俺は新宿駅東口の出入口を出た時、外は雨が降っていなかったので、楽器を背負いながら新宿駅から新宿通りを通り、伊勢丹を過ぎたところにあるスタジオに向けて歩き出した。

 すっかり季節は梅雨であり、雨が出発地で降っていなくても、地上を歩いているうちに雨は再び降りはじめた。

 新宿通りを一斉に色とりどりの傘の花が咲いた。

 俺がスタジオに着いた時は本降りとなっていたため、肩に担いだリュックや楽器ケースもずぶ濡れになってしまった。

 これだったら、新宿通りの下をはしる地下街を歩くべきだったと俺は反省したが後の祭りである。


 それから、いつものバンドメンバーと数時間練習をし、いつものごとく反省会をスタジオのそばにあった『フレッシュネスバーガー』で行い、車組のメンバーと別れ、俺は新宿駅東口方面に向かった。

 時計を見るとすでに時刻は十七時を回っていた。


 気まぐれな雨はその時は止んでおり、狭い地下街を楽器を背負って歩くのも気が引けたため、地上を歩いて行った。

 数分歩くと、右側に紀伊国屋書店があり、そういえば、もうそろそろ大学受験の定番、各大学の過去問を集めた『赤本』を、自分の受験校分買った場合、いくらになるかを確認しておこう(お金は両親にたかるのだが)と思い、立ち寄った。

 紀伊国屋書店のエレベーターは狭いうえに、なぜか今もエレベーターガールがいるため、俺が背負った荷物類は同乗された方々の迷惑になると思い、エスカレーターが設置されている四階まではエスカレーターを使い、そこから学習参考書が置いてある七階までは階段を使った。


 進学塾にも『赤本』はあるのだが、人気がある学校のものはいつも貸し出されていたし、俺は本に書き込む派なのでどうしても現物が欲しかったのだ。

 学習参考書売り場に着いても、『赤本』にたどり着く前に色々他の参考書も気になってしまい、立ち読みをしてしまう。

 読み込むと『こんな解き方もあるんだなぁ』とか『こういうアプローチもあるんだな』と考えてしまう。

 ただ、その後に必ず『夏村さんにも教えてあげよう』と付け加えてしまうところは、俺も夏村さんの家庭教師気取りだなと思い、にやりとしてしまう。


 やっとのことで『赤本』のコーナーに着いた時、見覚えのある髪の毛をおさげにまとめた女子高生から声をかけられた。

「あれ? かずくんじゃない?」

「ん? 多江ちゃん? こんなところで珍しい。今日はどうしたの?」

「二年生になってから土日は新宿の進学塾にも通っているの。ちょうど今、終わったから、その帰り道ってところかな?」

 月・水・金と俺たちと一緒に南浦和の進学塾に通って、土日も都内の進学塾に通っているということだろう。

 彼女の置かれた立場を考えると現役で医学部に合格しない訳にはいかないというのは以前にもお話したと思う。

 ご両親が開業医で多江ちゃんは一人娘……

 能天気な生活を送っている俺には想像もできない苦労を彼女は背負っているのであろう。

 ちょうど赤本の並んだ本棚の前で出会ったため、俺は多江ちゃんにこう話しかけた。

「ところで、多江ちゃん、志望校は決まったの?」

「たぶん、千葉大か筑波大かなって…… 都内の国公立は偏差値高いし……」

「千葉大にしても筑波にしても十分偏差値高いよね?」

「お父さんが千葉大で、お母さんが筑波出身だから、入るんだったら両親の出身校の方が安心かなってところもあるんだけどね」

「ご両親、国立大の医学部出身なんだ……」


 うちなんか父が法政大学と言っても戦後間もなくの入学なので、誰でも入れたと父は言っていたし、母は高卒なので、気は楽であった。

 なぜか家業は妹の晏菜と夏村さんが継いでくれるのが現在の俺の家の流れとなっており、お前は大学に合格してくれれば、どこの大学に行こうと問題としないと言っていた。

 どこまで両親の本心かは計り知れなかった。


 今はスーパーなどで安く花は売っている。

 それに差別化ができなければ、多分うちのような小さな店は生き残れないことは高校生の俺にでも容易に想像がついた。

 現状、うちを頼ってきてくれるお客さんがいるから、店は続けているが、そのお客さんが高齢化して来なくなったりしたら、『店』は畳んでいいから、今、住んでいる『家』だけは何かの形で残してほしいとも言われている。


「で、かずくんは?」

「慶応と理科大の理工系は受けてみたいと思っているけど、MARCHに入れれば御の字だと思ってる」

「あれ? 医学部はどうしたの?」

「やっぱ、学費高いし、できれば夏村さんと同じ学校行きたいしね」

「また、のろけてるし…… そういえば最近、なっちゃんはどう? 今日は来なかったの?」

「今年の夏休みは、俺が彼女に夏期講習を受講するのを勧めたんだ。他校の勉強できるやつと競った方が彼女にとって勉強が進むと思ったんでね。それで、今日は夏期講習を実施予定の進学塾の見学に行ってるんだ」

「かずくんと同じ浦和ゼミナールには来ないの?」

「俺の方が彼女がそばにいると変に緊張しちゃって集中できないと思ったので、彼女には別の塾をお願いしたんだ」

「それをなっちゃんは受け入れたってことね」

「そういうことだね」

「ところで二人の成績はどうなの?」

「夏村さんは、さすが出身校が違うって感じで、今月の全国模試で順調な成績が出てきているんで、あとひとがんばりかな? 俺は……」

「かずくんは?」

「まぁ、いいや、ぼちぼちやってます」

 と話をはぐらかしてみたが、実際のところ、伸び悩みを感じていた。

 まだ高校一年の時は成績優秀な学校の生徒も本気を出していなかったのであろう。

 成績は偏差値で60程度と、まあまあの数字を出していた。

 しかし、高校二年生にもなり、彼らが本気モードになってくると、俺のようなボンクラはあっという間に追い抜かれていく。

 うちの高校でトップをとっていようと、全国との対決になると壁が出来てしまうのだ。

 それが露骨に模試の成績表に現れてくる。


 『偏差値』とは、テストを受けた集団の中で自分がどれくらいの位置にいるかを表す数値で、平均点を偏差値50になるように変換し、その基準からどれくらい高い(または低い)点数だったかを表す。

 よって、自分の実力を相対的に把握できる便利な数値ではある。

 しかし、学年が上になるにつれ、受験生の母数が増えてくると、同じ偏差値60でも、それは全体の母数に対する、割合を示しているに過ぎない。

 よって、母数が多くなれば、同じ偏差値60でも、自分より高い得点を取った人たちの総数は増えていることになる。

 大学受験は受験校の学部で合格できる受け皿が決まっている。

 同じ偏差値60以上でも高校一年の時の受験者数の母数では仮に1000人としたとして、高校二年になり母数が倍になった場合、偏差値60以上の受験者数は単純に考えると2000人になる。

 受験校の受け皿が50名の場合、偏差値60以上の人がみんな受験すると考えると一年から二年では競争率は2倍になるということになる。

 よって、経時的に偏差値は上がっていかないと勝負には勝てないのだ。


 俺の場合、一年生の八月に夏村さんと初めて一緒に受験した時から偏差値の変動はほとんどない。

 前述のとおり、今月の全国模試の偏差値は63であった。

 ということは競争相手にどんどん抜かれているということを意味する。

 これは同じ偏差値を持続していることに満足している人が陥る数学的な罠であることを、俺はある統計の本と出会い、気づいてしまったのだ。


 俺は自分の不甲斐なさからか、気づかぬうちに深いため息をついていたらしい。

 それを見た多江ちゃんは、こう言った。

「かずくん、息抜きに、『フルーツパーラー高野』にでも行ってみる?」

「えっ! なんで? てか『フルーツパーラーなんちゃら』って何?」

「まあ、お互い色々あるってことで、気晴らしが必要だよ。 そうなると甘いものでしょう! フルーツに決定!」

「別にいいけど、近くなの?」

「すぐ近くだよ、行こう、行こう!」

 と俺は多江ちゃんにシャツの裾を引っ張られながら、紀伊国屋書店のエレベーターに乗り込んだ。


 紀伊国屋を後にし、新宿通りを渡って徒歩二、三分で目的地に着いた。

 こんな場所でフルーツのデザートメニューだけで成り立つ店なんてすごいなぁと思いながらも、多江ちゃんに引っ張られて付いてきてしまった。

 なるほど、ビルの三階まで上がるのかとエレベーター横の掲示板を見ている間にエレベーターのドアが開いた。

「さあ、入って入って」

 と多江ちゃんの誘導に従い、エレベーターに入るが、圧倒的な女子比率に俺は直立不動になってしまった。


「かずくん、ここ来たことないの?」

「いや、新宿ってスタジオ来るくらいで、あとは夏村さんと……」

 やばい、ここでこんな話を言い出すべきではないと思い、話を止めたのだが多江ちゃんは、しっかり意図を汲んだらしく、

「かずくんのことだから、こういうおしゃれなところに、なっちゃんを連れて行ってあげてないんでしょ?」

 と、軽蔑したような表情で多江ちゃんは言った。

「原則、自分からここへって言う人ではないので、俺の希望で結局終わってしまうんだよね」

「かずくん、なっちゃんに『どこに行きたい?』って聞いたことある?」

「あることはありますが……」

「それじゃなっちゃん、かわいそうだよ。少しは話を聞いてあげないと」

「そうですね」

 確かに話をすれば彼女が聞き役に回ることが多かった。

 なんでも俺のいうことに頷いている印象しか浮かばなかった。

 彼女のことを考えて行動していたのかと自分を問いただすと、

 『否』、

 以前と変わってないなと、滅入ってしまった。


 エレベーターの扉が開くと、そこはいかにも『ザ・女子』の世界が広がっていた。

 中には何組かはカップルで来ている客もいたが、ほとんどが多人数のグループで皆、違ったものを注文しては写真を撮り合ったり、シェアしたりと楽しんでいた。

 係員がやって来て何名様ですかと聞かれたので二名と答えた。

 すると、店員は俺たちを窓際の席に誘導してくれた。

「ここからだと新宿の東口が良く見えるね! あそこにスタジオアルタがあるよ!」

 とちょっと興奮気味の多江ちゃんだったが、俺は大荷物を抱えての着席だったため、荷物に注意が向いてしまう。

 係員は水とメニューを持ってきて、ごゆっくりと言い、戻っていった。

 俺は早速どんなものがあるのかとメニューを覗くと、

『山形県産佐藤錦のパフェ 税込み ¥1,980

 温室栽培桃のパフェ   税込み ¥2,200 …… 』

 待て! 待て! 値段が俺一人でオーダーしたことのないような金額であったことに驚いた。

「どうしたの? かずくん」

「ちょっと…… お恥ずかしながら…… 持ち合わせが…… そんなになくて……」

「いいよ、ここは私が持つから」

「いやいや、奢ってもらうなんて俺にはできないから」

「今日、ここまで付き合ってくれたしね」

「といいましても、何を注文すればいいのか……」

「じゃあ、佐藤錦のパフェにしよう! 飲み物はコーヒーでいい?」

「はい……」

と終始、多江ちゃんのペースで話が進む。


 店員に注文が終わり、しばらく沈黙が続いた。

 それを破ったのは多江ちゃんだった。

 ふと気づいた、彼女の目線が怖かったことが、初めての体験であったため驚いた。

「ちょっと、かずくん! 私、言いたいこと、ずっとあったんだけど、いいかな?」

「はい、なんでしょう」

 ここは奢られる身、なんでも聞きますと俺は腹をくくった。

「なっちゃんと付き合い始めてから、私の事、避けてない?」

「いえ、そんなことは……」

 確かに、避けていた。

 以前、夏村さんに何かあったら俺を取る宣言をしていたし、その件については二人で注意していこうと話していたのは確かだ。

 去年の夏休み、俺の自宅に来て勉強を教えてもらいに来て晏菜に追い返された経験もある。

 しかし、ここで一気に多江ちゃんの表情が変わった。


  すごく、寂しかった…… 

  あのメンバーに誘ってくれたのは、かずくんだった。

  そしてメンバーとも仲良くなれた。

  でも誘ってくれたかずくんが遠い存在になっちゃったんだもの、

  なっちゃんの出現で。

  だけどしょうがないと思っているんだ、

  かずくんとなっちゃんが付き合い始めたんだから。

  でも、それから私、メンバーの中に居ても孤独を感じていた。

  学校の成績でも一回しか勝ったことが無かったし、

  自分が認めることのできる、ただ一人の人だと

  かずくんのことを思っていたの

  けど気づいたら、なっちゃんだけじゃない

  サッカー部や軽音楽部、そして今度はイジメの子に対処してる

  でも気づいてほしかったんだ、

  かずくんに助けてほしいと、心の中で強く、

  そう、強く思っている人が身近にいることを……


 こう、多江ちゃんから言われた時、俺は鈍器で頭を殴られたくらいのショックがあった。

 いままで多江ちゃんが言ってきた奴らは全て夏村さんを初め、生徒会から対応するよう指示された奴らだった。

 でも俺は目の前に悩んでいるもっと身近な人の存在を見えていなかったことに後悔を感じた。

 結局はよい結果を出して、周りからチヤホヤされたい、夏村さんに評価してもらいたいと思って頑張っていたにすぎなかったのだ。


  高校受験に失敗し、暗く悩んでいた多江ちゃんに最初に声をかけたのは誰だ……

  勉強仲間に入ることを勧めたのは誰だ……

  毎回の試験で好敵手となって競い合ってきたのは誰だ……

  それは、俺だった。


 こんな目の前に悩んでいて助けてほしいと願っている人を放っておいたのかと思うと自分に腹が立ってきたのと一緒に反省の念が湧いてきた。

 俺と多江ちゃんは背負っているものが違う。

 そこから出てくる不安や迷いをなぜ気づいて上げられなかったんだと俺は反省した。


 口にした佐藤錦は甘いはずにも関わらず、苦い味がした。


「ごめん、ちょっと周りに気が回っていなかった……」

「まあ、いいや、気づいてくれたってことで。それだけで私はうれしい……」

「二人でこういう場でじっくり話したことって無かったけど、多江ちゃんって普段はこんな話し方するんだね」

「学校では進学校出身のお嬢様を気取っているだけで、これが普通だよ」


 それからは、学校のこと、勉強のこと…… 

 多江ちゃんはこれだけ進学塾に通っている上に有名通信添削も受講しているということで、自分には気づかない問題点を自分の回答から先生が気づいてくれてアドバイスしてくれることも聞いた。

 これには参考の余地があると俺は考えた。

 そして逆に勉強をしている上での不安点などを聞いてあげることができた。

 たぶん、俺なんかじゃ、彼女の背負ったものから生じた彼女の不安など解消することはできないだろう。

 しかし、聞いてあげることはできると思った。

 そして一時間近く時間を費やし、両者話し尽くしたというところでお開きにした。

 店を出る際、奢ってもらったことに対し、俺はひたすら礼を尽くした。

「さ~て、かずくん、この奢り、何で返してくれる?」

「いろいろ気づきと反省があったので明日から色々考えながら実行してみたいと思います」

「明日は日曜日! 明後日から実行してほしいな」

「へいへい……」

「かずくん。以前、私、なっちゃんに『私がかずくんのこと、取っちゃうよ』って言ったことあるけど、実はあの時も、すごく不安なことがあって、幸せそうにしている二人を見て嫉妬してしまってあんなことを言っちゃったんだ。

 でも、あれって本心も一部含まれているんだよ。

 言っておくけど、かずくんを無理やり私のものにするってことじゃなくて、二人が修復不可能になったら、容赦なくもらうよって意味だから誤解しないでね。

 実際のところ、私は今、本当に恋愛できるほど、心に余裕がないから……

 とは言え、一方では折角の一生一度の高校生活だから、なっちゃんと競ってでも、恋愛ってしたいんだけどね、かずくんと。

 まあ、大学受験が終わった時、なっちゃんにかずくんが捨てられたら、私が拾ってあげるから、心配しないで」

「なんか、なまなましいなぁ。でも失礼ながら、その時はよろしくってここでは言っておきます」


 と俺が言った後、少し間があいたその時、多江ちゃんは俺の胸に飛び込んできた。

 そしてすぐさま、俺から離れた。

「なるほど、井上さんが大好きなかずくんの『におい』って、何かわかった気がする。たまには私も井上さんのおすそ分けをしてもらいに行こうかな?(笑)」

「変な性癖の持ち主は二人も要りません!」

「もしかして、なっちゃんもかずくんのフェロモン、好きかもね」

「夏村さんに限ってそんなことはありません!?……よね?」

「知らない!(笑)」


 そして、別れ際、俺が以前から気になっていたことを多江ちゃんに聞いてみた。

「一点聞きたいことがあるんだけど、夏村さんの話し方って、あんな感じになったのっていつごろからなの?」

「例の三年の新学期にヤンキーの恰好をして登校するまでは普通の話し方だったよ」


 たった、一年ちょっとのヤンキー期間にも関わらず、今もヤンキー言葉が抜けきらないものなのであろうかと、俺は頭をひねったが、回答がすぐに出る訳でもなく、頭の片隅に置いておくことにした。


 多江ちゃんと別れた後で俺は、自分の紀伊国屋書店に行った本当の目的を思い出した。

「やばい、赤本、いくらか調べてこないと。それと通信添削のチラシ、売り場に置いてあったよな」

 と言いながら、再び紀伊国屋書店に戻っていった。

 そう別なことを考えながらも、胸に飛び込んできた、多江ちゃんの感触や香りは、俺の心の中から離れることはなかった。


 ◇◇ 帰宅後 ◇◇


 家に戻ると、リビングダイニングでは晏菜がせんべいをかじりながらテレビを見ていた。

「おにぃ、お帰り、遅かったね。今日は一人だったから、ナンパとかしてきた?」

「そういう話はお前にかっこいい兄貴がいたら言ってくれ。ところで……」

「ところで、何?」

「ちょっとお聞きしたいのだが…… 俺って、フェロモンの匂いがしたりする?」

 それを聞くなり晏菜は顔を真っ赤にし、立ち上がり、自分の部屋に向かいながら、

「かあさん! おにぃが妹にセクハラしてきた! 説教してやって! もう、最低! あたし自分の部屋で受験勉強するから!」

 と言い残し階段を駆け上がっていった。

「和也! 晏菜に何言ったの?! お父さん呼ぶからそこに座ってなさい!」

 俺は渋々、いつもの席に着席し、父が来るのを待った。


 ◇◇ 二階・晏菜の部屋 ◇◇


 晏菜は勢いよく、自分の部屋のドアを閉めると、鏡に向かい赤くなった顔をリビングダイニングから持ってきた飲み物で冷やした。

「な、な、なんで私の他に、私の好きなおにぃの匂いを勘付いた奴がいたんだ~?」

 と言い、自分のタンスを開けると中身をチェックしてから閉めた。

「大丈夫、おにぃのパンツとシャツ1セットはここに隠されたままだから気づかれてないな。おにぃの匂い、好きな人が私以外にいるとは…… もしかして沙羅ちゃんが目覚めたとか? でも、今日はおにぃ一人だったなぁ。これからおにぃの動向を注意しないと」

当作品をここまで読んで頂き、ありがとうございます。

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編集後記

2022/10/20 校正、一部改稿

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