5-10話 お前、こんなのがいいのか!
【読者さまのコメント】
高松は晏菜と二人きりで外出する予定だった。
けれど、それを簡単に見逃してくれる夏村さんではなくて……。
高松と晏菜が夏村さんと黙って行こうとした場所は、まさかの握手会!!!
高松の取る行動に夏村さんはめちゃくちゃ驚く!
そして──!
◇◇ 五月五日 ◇◇
「おにぃ、もう出かけるよ!」
もう、ゴールデンウィークも終盤。
前半は好天に恵まれ、夏村さんと富士急ハイランドに行ったり、バスツアーを利用して、千葉にイチゴ狩りや焼き肉食べ放題ツアーに行ったりした。
最近は慣れたが、やはり美女と陰キャラのカップルは目立つようで、どこでも注目を浴びていた。
このような場所に行くときは、夏村さんは極端に口数が少なくなり、普通の女子高生の口調で話をするのだが、いざ二人になるとヤンキー口調は戻ってしまう。
以前は普通の口調で話すのが目標と夏村さんは言ってはいたのだが、現在でもあまり進行はみられなかった。
だとしても、俺は顔色を変えず、この方が夏村さんらしいと思いながら接していたため、変に飾らず以前のように話してくる夏村さんの口調には一種の愛着を感じていた。
五月の五、六日は晏菜と外出するので、一緒に居ることはできないことは連休が始まる前から夏村さんには伝えており、『二日間、やることねぇなぁ、勉強でもするか?』と、諦めてくれていた。
五月十四日から中間試験があり、六月三日には全国模試もあるので、少しは点数を上げたいという夏村さんの決意には感心感心……。
俺自身は内心、『ごめん、晏菜と遊びに行っちゃうけどね』と謝っていた。
リュックの中に入れた必要なものを確認する。
あるものをリュックから引っ張り出し、確認のため、スイッチを入れると、眩しいほどの発光があること確認した。
電池は昨日交換したので問題ないだろう。
もう一か所のスイッチを押すと色が次々と変わっていった。
こちらも問題なし。
着替えも全部入れたし、小道具も持った。
入場の際に学生証が必要になるので忘れず、パスケースの中に入れた。
準備はオッケー、ドアを開けると既に下駄箱のところに晏菜が靴を履き替え、待っていた。
「グッズ売り場へ並ぶんだから、早く行かないと列の後ろになっちゃうよ。おにぃ、早く!」
「へい、へい……」
と言いながら、下駄箱に向かうと、一階の店の入り口の方から、
「おはようございます! 和也さんと晏菜ちゃん、出かけちゃいました?」
と声が聞こえた。絶対に夏村さんの声だ!
「おにぃ! 今日はだめって言ってなかったの?」
と晏菜が質問するので、俺は
「いや、今日明日は晏菜とデートなんでダメって言ったよ」
と返答した。
「そんなこと言ったら沙羅ちゃん、変に勘繰るじゃない?!」
「デートとは実は言ってない……」
と言いながら、恐々、一階に降りていく二人。
一階に降りると、母は、
「沙羅ちゃん、来ちゃったわよ。どうするの?!」
と少し楽しそうな顔をして二人に言ってきた。
「まぁ、事情を話すしかないか」
と言い、晏菜と目が合い、同時に頷いた。
「でも、あのこと、沙羅ちゃんにばらすと絶対怒りそうだよ。浮気したとか!」
「そうですよね……」
しかし、ここまで来ては嘘も付けない。俺は決意し、店に向かう。
「夏村さん、おはよう! 今日はどうしたの?」
「晏菜ちゃんとデートと聞いてどこに行くのか確認しに来た。一緒に行く」
この言葉に再び、目と目が合う兄妹。
『おにぃ、やっぱり言ったんじゃない』という晏菜の声が聞こえてきそうだった。
ここで『すみませんが帰っていただけます?』とも言えず、俺は夏村さんにこう言った。
「大変、ご不便をおかけするかと思いますが、一緒に来ていただいて結構です」
「やった~!」
意外と夏村さんが喜ぶとは思わず、それを見て思わず笑ってしまったが、同行していただくにあたり、所持品の確認が必要であることを思い出した。
「夏村さん、ちなみに、個人を証明するもの、例えば学生証は持ってます?」
「もち、持ってるよ」、第一関門通過……
「凶器などの金属類はお持ちではないですよね?」
「今さら持ってないよ。これから喧嘩でも行くのか?」
「いえ、そんなところにはいきませんので」
俺は晏菜を見ると、オッケーの代わりに頷いたので、こちらも頷いた。
「じゃあ、これから新都心のさいたまスーパーアリーナに行きますので同行お願いいたします。それと一点お願いがあります。つまらないと思ったらご自由にお帰りください」
「おいお前、俺が帰るの前提か? いい根性してるな! ぜってい、帰らないからな!!」
「夏村さん、口調、口調。こっちに両親いるよ!」
ということで、夏村さんが急遽、晏菜と俺の趣味の世界に割って入って来ることになった。
浦和駅から京浜東北線に乗り、SNSを見ると仲間から、すでに数十件の連絡が来ていた。
「晏菜、俺、現地着いたら、すぐにボッチ界隈に合流するけど」
「私、グッズ買ってから、いろいろ回ってくる」
「昼食にしたかったら、ラインで連絡。多分、北与野の例のラーメン屋に行くんで」
「了解! 楽しみ!」
「晏菜はところで今日は何人に会うんだ?」
「全部で十二人くらいかな?」
「俺は那奈のところで張っているんで、何かあったら連絡して」
「オッケー!」
「お前ら、何の話をしているのか全く分からん……」
当然、夏村さんはこの時に両者の会話の内容をわかる訳はなかった。
◇◇ さいたま新都心 ◇◇
まだきれいな駅舎は気持ちがいい。
電車を降り、階段を上がり改札を出ると、右側にはコクーンシティというショッピングモールが広がり、左側には巨大なさいたまスーパーアリーナがそびえ建っていた。
改札口の前には「STM51 握手会、ミニコンサート」と書かれた看板を持った係員が何名も会場側に誘導していた。
「『STM51』ってなんだ?」
と夏村さんは質問してきた。
俺は怒られることを覚悟して説明するしかないと思った。
皆さんご存じのように、こう見えて、夏村さん、ヤンキーなのにもかかわらず、結構ヤキモチ焼きなのだ。
「おにぃ、私、グッズ売り場に行ってくるね!」
と言い、その場を逃げ去る晏菜。
しょうがない、この場は俺だけで解決しようと思った。
「『STM51』って『S』ai『T』a『M』aの略で、五十一名で活動している地元アイドルグループなんだ」
と説明するや否や、見る間に顔が赤くなっていく夏村さん。
そしてこの言葉を大勢のアイドルヲタが集まる改札口を出たところで口に出した。
「アイドル! お前、ここにこんなかわいい彼女いるんだろう! なんでアイドルに現抜かしてやがるんだ! お前、こんなのがいいのか!」と言い、誰からもらったのか『STM51』のメンバーの載った写真付きのリーフレットを指さした。
夏村さんの声が結構なボリュームだったため、周辺の人々は俺たちの方向をじっと見ていた。
俺はなんでもありませんからという顔をしながら、周りに会釈をし、去っていただいた。
そして、俺は夏村さんにこう言った。
「夏村さんに言ったら怒りそうだから晏菜と二人で来るつもりだったんじゃない。案の定だよ。でもアイドルはアイドル。彼女は彼女。夏村さん以外の彼女は俺にはいないから」
「なんか言いくるめられた感じがするけど、まぁ、和也がどんなアイドルが好みなのかチェックしてやる」
と言いながら両腕を組み睨む夏村さんに向かい、俺は、
「これからもっと大変な時間になると思うけど、がまんしてね」
と言った。
そして俺がアリーナの方向に歩き出すとその後を一歩引いて夏村さんは歩いていった。
新都心駅からさいたまスーパーアリーナまでの道を『けやき通り』と言うが、そこを歩いていくとグッズを買うために並んでいる晏菜を見つけた。
晏菜に目が合ったので手を振ると、晏菜は頭に両手で人差し指を上げ、鬼の角の真似をした。
要は夏村さんが怒っているのか? という意味であったが、俺は頭を左右に振り、大丈夫であることを伝えた。
すると晏菜は両手で〇の形をし、了解と返してきた。
グッズの売店の横を行くとすぐに一階に降りるエスカレーターがある。
俺はエスカレーターを降りると、夏村さんをトイレのそばにあるローソンに待たせ、トイレに入ると着替えを始めた。
アイドルヲタは握手会の時、自分の推しに覚えてもらうために特徴のある恰好をするのだが、俺は地元浦和レッズのユニフォームを着て、首から『那奈が一番!』と那奈の写真と文字を入れて加工したチケットホルダーを首からかけた。
そして今まで着ていた上着をリュックの下の方に入れ、上にペンライト(界隈では商品名を略してキンブレと呼ばれる)を二本と『那奈』とデカく書かれた普通のうちわの数倍の大きさのうちわを出しやすいようにカバンの中の上に入れ替えた。
これはスイッチを入れるとうちわの外周と『那奈』いう字が七色に変わって光るという俺の自作の品である。
ローソンに戻ってきた俺の姿を見て、夏村さんは驚きながら、
「お前、アイドルの応援ごときにこんな格好に着替えるのか……」
と言い絶句した。
「握手会の時はいつもこの格好なんだ。推しからもヲタク仲間からもわかりやすいようにね」
と返答したが、多分夏村さんは理解していないのであろう。
夏村さんには『推し』とは自分が応援しているアイドルの子のことで、ヲタクはアイドルの場合は熱心にアイドルを応援する人のことだと説明した。
再びエスカレーターで二階に上がり、埼玉スーパーアリーナの正面に向かう。
まだ開場一時間前だが、長蛇の列ができていた。
そこに俺たちは並ぶと俺は夏村さんに、
「入場の時に身分確認と荷物の確認がありますので、学生証は取りやすいところに、荷物はディズニーランドみたいに中身のチェックをされるのでその準備をしてください」
といった。
なぜ、そんなに厳重なのかと聞かれたので、大手のアイドルグループで握手会に参加した犯人がアイドルを傷つけようとした事件があり、それから厳しくなったことを伝えた。
「アイドルっていうのも大変なんだなぁ。命、狙われることもあるのか。ヲタクってストーカーか?」
と言った夏村さんの口をすぐにふさいだ俺だった。
周りを見ると誰にも今の問題発言は聞こえていなかったようだ。
やばい、夏村さんの唇が俺の手に付いてしまったと思い、握手する右手ではなかったことに安堵した。
「しかし、アイドルの握手会なのに女性も結構来ているんだな?」
と夏村さんが聞いてきたので、俺はあくまで勝手な想像ではあるがこう答えた。
「自分もアイドルに成りたいけど、実際は成れないものへのあこがれをこの子たちに叶えてもらおうと思って、応援してるんじゃないかなと思うんだよね、僕は。中には晏菜みたいに『箱推し』って言って、メンバー誰でも大好きって人もいるんだよ。でも、がんばっている人を応援したいと思うのは、来場して参加している人たちの共通の思いだと思うよ」
「かずやはがんばっているやつ、好きだもんな」
という夏村さんの言葉に確かにそうだなと俺は思った。
身元チェックに続き、荷物チェックを通過すると一段下の階に握手会の会場があり、その反対側に、ステージが組まれていた。
歌番組に出られる子は『選抜』と呼ばれており、五十一名の中から選抜されテレビ番組に出て歌えるメンバーなので、認知度が高く、人気もあるため、自然と握手会で並ぶ人も多くなるため、一日を何部かに分けた握手会の全部の部で参加するが、選抜に選ばれないメンバー約三〇名はある事前に決まった部しか握手会には参加せず、空いた時間に後ろのステージでグループの持ち歌を歌い、ダンスを披露し、アピールすることで、次の選抜を目指すのだ。
「あそことあそこはすごい列だな? なんで同じグループなのにこんなに差が出るんだ?」
と夏村さんは不思議がっていた。俺は、
「人には好きずきってあるでしょ。例えば、俺は夏村さんの列に並ぶけど、他のクラスの奴は夏村さんが怖いの知っているから並ばないとか」
と説明すると、夏村さんは、
「例えが悪いが、よくわかった」と納得してくれた。
「ところで晏菜ちゃんは?」
と夏村さんは聞いた。
「たぶん、あいつは有名人のところに並ぶので列が長いところにいるんじゃないかな?」
「お前はどこに並ぶんだ?」
「左奥の二番目くらいだったかな?」
荷物チェックを行った場所の前に掲示板があり、そこに第〇部(〇〇時から××時)には誰がどこの列と一覧表が載っていたのだ。
夏村さんがチェックを受けている際にその一覧表をスマホのカメラで撮ってあり、予定もすでに頭にインプット済であった。
階段を降りてみると、一階にも誰がどこのレーンかを書いた一覧表が貼られていた。
「かずや、お前の推しってどの子だ?」
この子と言って俺は場所を指さした。
「緒方那奈っていうのか。年はいくつだ?」
「確か同い年だったと思うよ」
「お前、本当はこいつ狙いじゃないのか?」
「俺は夢を追いかけて頑張っている子が好きなだけだよ。夏村さんは別格ですので」
俺と夏村さんは那奈レーンに向かい歩いていくと、奥の方から手を振る一団が見えた。
「レッズ氏、こっち! こっち!」
近づくと、いろいろ目立つ格好をした連中ばかりが集まっていた。
その分、誰が誰だかすぐわかるのだ。
こいつらが例のボッチ界隈の奴らであった。
ちなみに俺は浦和レッズのユニフォームをいつも着ているので『レッズ』と呼ばれていた。
「うちやま氏、今回も遠征お疲れ様です」
「いえいえ、朔良ちゃんのためなら、秩父の山の中も参りますぞい」
うちやま氏、年齢はたぶん三〇歳くらい。
未婚で彼女無し、STMは埼玉の地元アイドルなのに群馬の高崎市から遠征をして来ている。
いつもピンク(うちやま氏いわく、さくら色だそうだ)のシャツを着て、ビール瓶の底のような眼鏡をかけている。
その他にも全部で七名ほど、人気のないメンバーを皆、単推し(一人の子だけを推す)しているうちに仲がよくなりSNSでつながって界隈を作り上げたのだった。
「と、いうかレッズ氏、隣の女性は?」
「あっ! 皆さんには言ってなかったのですが、昨年春に彼女が出来まして、今日は参戦したいというので一緒に来てもらいました」
「なに?! この浮気者! そんなことだと那奈ちゃん、泣きますよ!」
「それはないでしょう(笑) 向こうはアイドルですよ」
とはいえ、やはり全員からの視線が怖い……
夏村さん、美貌だけならSTMのメンバーに対抗できると勝手に思う俺だった。
朝一番の第一部は特に人気がない子に列はできない。
だから俺が那奈レーンでは、この回の先頭になってしまう。
また俺の後にも人は並んでいなかった。
今回も俺が『鍵開け』(握手会で先頭になること、ドアのカギを開けるという意味か?)担当になろうと思った。
『鍵開け』で彼女を盛り上げれば、その後も気持ちよく彼女も頑張ってくれるという役割がある。
俺は列で那奈との会話をイメージトレーニングしながら、開始の時間を待った。
「では先頭の方、ゆっくりと前にお進みください」
と係員の声が館内に響いた。
「じゃあ、夏村さん、行ってきます」
「遠くからでもお前の応援している女の顔をバッチリ焼き付けてやる」
「はいはい……」
本当にやりそうで怖かった。
俺は受付で握手券は二枚でお願いしますと伝えた。
有名な子なら一枚で二〇秒きっかりで列から剥がされるが、那奈は人気がないので数秒はおまけをしてくれる。
それと係員もこちらの顔を知っているため、俺が那奈に対してうまく対応することを知ってくれているため、ある程度こちらのやり方に合わせてくれる。
受付を通り、握手をする場所に着くと、俺はゆっくりと深呼吸をし、那奈が出てくるのを待った。
白幕の裏で隣のメンバーと話す声がし、ゆっくりと目の前に那奈が登場した。
黒の配色の服装で髪は短髪、いかにもスポーティで、両耳には青い色のピアスをつけていた。
彼女はダンスがうまい。STMの中でも一番だと俺は思っていた。
それと自分が人気がないことに腐らず、ミニコンサートの時も全力の歌とダンスを見せてくれるのが好きだった。
「おっ! レッズさんだ、おはよう! 今日も一番に来てくれたんだ。ありがとう!」
「おはよう、明日も一番で来るからね。乞うご期待」
と俺の話を聞きながら俺の後ろに列ができていないことに気づいた那奈は、
「がんばりが足らないのかなぁ、またガラガラだよ」
「いや、テレビばかり見ていないで、ミニコンサートの時の那奈のギラギラしたダンスと歌を知ってもらえれば、絶対人気出るって。すごい那奈、がんばっているのを俺は知っているから」
「まあ、レッズさん、毎回先頭で応援してくれているから頑張れるんだけどね」
と笑いながら話していた那奈の表情がこわばる。
「なんか、列の後ろの方から強力なオーラが私を襲ってきてる感じがするんだけど……」
と那奈が言うので、彼女の視線の方向に目をやるとそこには夏村さんがいた。
案の定、視殺を試みているようだった。
「ごめん、今日、実は彼女連れてきちゃったんだよね」
「レッズさん、彼女居たの……ありえない(笑)」
「おい、笑うなよ!」
「すみません、係員さん!」
那奈は係員を呼ぶと耳打ちした。
すると係員は夏村さんのところに行き、夏村さんを連れてきた。
「那奈ちゃん、こんなことしていいの?」
「いいよ、どうせ誰も並んでないんだから」
係員に連れられてやってきた夏村さんは驚きながら、
「どうした、和也。なにかあったか?」
と言った。
すると、那奈は夏村さんの全身をすっと眺め、こう言った。
「レッズさんにはいつもお世話になってます。緒方那奈です。今日もミニコンサートでみんなに負けないよう、がんばりますので是非、観てください。もし気に入ったらお二人で私を応援してくれませんか?」
普段では見せない、気合が入りまくった目をした那奈に俺は別人かと思うくらいビビった。
「俺に喧嘩を売るなんて上等だなぁ。気に入ったら、和也と一緒に応援してやる!」
「ということでレッズさん、また後で!」
という言葉と一緒に那奈は表情を一変し、そして俺は係員から剥がされた。
よく考えてみたら、俺、二枚握手券渡したのに握手してもらってなかったと思った。
まあいい。
今日・明日まだ数枚は残っているからだ。
握手レーンの出口でうちやま氏たちは待っていた、かなりざわつきながら。
「レッズ氏、なにかあったのですか? 途中から彼女氏が那奈ちゃんに呼ばれたみたいだけど……」
すると、夏村さんはこう言った。
「喧嘩売られたんで、買わない訳にはいかんのでね……」
といい、その場を離れた。
もちろん、俺を含めうちやま氏他はその場に凍り付いていたことは言うまでもない。
「レッズ氏、彼女(さん……)、めちゃ怖いんですけど……」
「俺もたまにメチャ怖い時があります……」
それから何回か、那奈のレーンに並び、那奈と握手と話はしたが、さっきの話は全くせず、別人の様であった。
そして、色々なメンバーと話し、握手しまくった晏菜と合流し、さいたまスーパーアリーナに埼京線で最寄りの駅である北与野駅から徒歩数分のいつものラーメン屋で昼食をとり、握手会を楽しみながらミニコンサートの始まる十五時をステージの先頭で夏村さんと待った。
ミニコンサートは主要メンバーは出ず、人気のないメンバーが出演し、グループの持ち歌を披露する。
主要メンバーと握手を楽しむ人はそちらに行き、推しがこちらに出る人はコンサートに参加するという形だ。
ステージの袖からステージ前を見て、俺たちが先頭を抑えていることを確認した那奈は両手で顔を叩き、気合を入れ、音楽の開始とともにステージに飛び出した。
俺はカバンからキンブレを二本出し、電気をつけ、V 字になるように右手の指に挟んで持ち、左手には『那奈』と書かれたおおきなうちわを持って、コールしながら振った。
もともと、STMの中でも『ダンス番長』と呼ばれているほど上手い那奈のダンスは、いつにも増して切れがよかった。
決して場を崩さず、しかし、雰囲気を引き締めた。
初めは腕組をしながら見ていた夏村さんであったが、次第に足でリズムを取り、途中からはリズムに合わせて手を叩いていた。
「さすがだな、那奈。夏村さんに喧嘩売って、勝っちゃうんだもんな」
と俺は思った。
ミニコンサートが終わり、参加メンバーが一列に並び、お見送りをしてくれる。
観客はここでも参加メンバー一人ひとりとハイタッチや握手をしながらご挨拶できるのだが、俺が来ると顔がバレているので各メンバーは手を出さず、早く那奈の方へどうぞと誘導していく。
たまには他のメンバーと握手もしてみたかったが、俺はやはり那奈と話したかった。
「どうだった。いつも以上にがんばってみた」
と那奈は言った。
「うん、すごくよかった。俺もSNSでどんどん応援をがんばらないとな! サブにもこんなすごいメンバー居ますってね」
「ありがとう、期待しているよ! また明日!」
そして、夏村さんは那奈の前に来ると自分から手を差し出し、
「参ったな。あんたスゲぇよ。和也の次に心から応援したくなるヤツを今日見つけたよ」
と言った。すると、那奈は、
「あんた、私と同じ匂いがするなぁ。元ヤンキーか? 私は高崎だ」
「俺は、浦和。そうか、バレたか。しかし、和也が好きになるタイプはヤンキーだなあ!(笑)」
「レッズさん、かずやさんっていうのね。覚えておくね」
「実名、ばれた! ぼくは一生懸命な人が好きなだけだよ。頑張っている姿は美しいしね」
「それは俺か、那奈か?」
「どっちもだよ」
「那奈、明日も和也と来ていいか?」
「いいよ。待ってる」
そして強く握手し合う二人であった。
さすがに十数人と握手をしただけあって晏菜はクタクタになっていた。
「おにぃ、明日もあるから、もう帰ろう。沙羅ちゃんもお疲れ、私もお疲れ……」
「じゃあ、帰りますか、夏村さんはどうする?」
「俺も家帰って、明日のために休養だ。和也、握手券分けてもらうけどいいか?」
「いいよ、那奈と仲良くなってくれるのならって……えっ?」
俺は夏村さんの表情が次第と変わってきているのに気づいた。
確実に怒っている顔だった。
「和也。お前、晏菜ちゃんとこんな楽しいところに来るってこと、俺に内緒にしやがったな! 俺にはもう隠し事、無しな。もし、俺がまた隠し事、知ったら許さねぇからな!」
「はい! わかりました!」
と言い、京浜東北線のシートから立ち上がる俺だった。
当作品をここまで読んで頂き、ありがとうございます。
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編集記録
2022/10/18 校正、一部改稿
2023/01/29 誤記訂正




