1-1話 交際宣言
ヤンキー姉さん、いやいや、ここからは夏村さんと呼ぼう。
夏村さんから無事解放され、一人で自分の教室に戻る廊下では、同級生の視線が突き刺さってきて痛い。
俺に注目している誰もが、連行されたことを知っているのだろう。
視線を投げかけるとともに、何やら仲間と小声で話している。
そりゃそうだろう。
夏村さんに連行されたのに無事に帰還ともなると彼らは疑念を抱くだろうし、なぜ連行されたのかということが話題になっているのだろう。
今回の連行の結末からの流れを考えても、さすがに夏村さんと二人で一緒に仲良く戻ってきた方が自然か……いやいや、不自然だろう。
一気にとんでもないうわさが校内に広がることは容易に想像できるからだ。
そう考えると、結果的には夏村さんが先に帰ってくれたことは、よかったのではと思った。
仮の彼女になったことを頭の中で考える猶予もできるからだ。
というか、そこまで興味があるなら、後をついてきて、様子を見るとか、誰か助けを呼びに行ってくれよと思った。
この視線……これがいわゆる針のむしろってやつだろうな。
廊下がこのような状態であれば、俺の教室はどんな騒ぎになっているのか。
考えると足が重くなってきた。
いつもの約束では誰かがヤンキーに連行された時は、勉強仲間の誰かが連行場所を探り、他の人が先生を呼びに行くという流れを決めていた。
だから、今頃は先生たちが教室に集まり、現状確認をしているのではないかと想像していたのだ。
でも、それであれば、他の先生が俺と夏村さんを探しに来てもいいのではないか。
俺と夏村さんとの会話は十五分ほど続いたのだから。
でも、来る先生が来なかった理由は教室に戻って明確になった。
一年一組の教室の近くに来ても、教室の方向は意外と静かだった。
まず不思議なのは、勉強仲間が通報し駆け付けたであろう先生方の声が一切聞こえてこないのだ。
さっきまでいっしょだった夏村さんのいる二組の前にくると、隣の教室からは緊張感を伴う静寂だけが漂っていた。
部屋の外には真っ先に教室から逃げ出した中間層たちが集まってコソコソと話をしている。
当然、彼らは、俺が夏村さんに連行されたことは知っているはずだ。
その後、夏村さんは俺より先に自分の教室に戻っていることはここに居れば既に知っているはずである。
ならば、少しは俺がどうなったのか心配して探しに来てくれよと思った。
ボコボコにされていたかもしれないんだぞ!
助けに来るとかさぁ、応援を呼びに行くとかさぁ。
まぁ、中間層に期待すること自体、無理があるか。
俺たちはカースト最下位ですし……。
教室の前を通る。
窓から教室内を見ると勉強仲間がさっき俺が連行された時と同じ場所にいることに気づく。
「ただいま~」
教室の後ろのドアから室内に入ると、勉強仲間は立ち上がり俺の方に走ってきた。
ざっとメンバーを確認すると、全員いるじゃないの。
俺はこの時点で職員室に誰も先生を呼びに行かなかったと理解した。
「無事の生還おめでとう……」
「あのさぁ~~、坂本、おめでとうじゃないよ。約束では俺が連行された後、誰かその後を追うとか職員室に行くとかするんじゃなかったっけ」
俺は仲間を見回した。
坂本、首を横に振る、佐々木、首を横に振る、多江さん、首を……。
もういい!
俺は自分の席に向かい、ふてくされながら言った。
「結局、誰も約束を守ってくれなかったのね……」
「だって、かずとヤンキー姉さんが出て行った後、教室のドア両方、二人を見送るヤンキーどもに占拠されちゃって、俺たち動くに動けなかったんだよ」
坂本、うなずく、佐々木、うなずく、多江ちゃん、うな……。
もういい!
でも、この状況は想定範囲外であったと反省した。
「ところで、かずくん、ヤンキー姉さんから何かされなかった?」
さくらちゃんが心配した顔で質問した。
「無事生還できた、奇跡的に。まあ、何もなかったとは言えないけどね…… (てか、すごく有ったけどね)」
そこで何人かは安堵した表情を浮かべたが、例のごとく、佐々木の不用意な一言が飛び出した。
「すげぇ、かず! ヤンキーねえちゃんにぐうの根も出ない程、論破したんか!?」
佐々木が相変わらず思慮の浅い言葉をでかい声で言ったとたん、窓側に陣取っていたクラスのヤンキー共が一斉に、いきり立つ。
「あー?! なつさんがどうしたってぇ~!」
佐々木、不注意すぎるぞ!
しかし、どうしよう……?
十人ほどのヤンキー共がドカッと立ち上がった途端、俺が教室に入るのを確認してから教室内に移動してきた中間層の奴らは、再たたび教室の外に移動を始める。
目立たぬようにこっそりと。
しかし、奴らは逃げるのがうまい。
そこに他のクラスから戻ってきた背の高い女子生徒が、ちょうど教室から待避してきた中間層の女性に声をかけた。
「どうしたの?」
「勉強組(俺たちは中間層からこう呼ばれていたらしい)が、ポカして、ヤンキー怒らせたみたいよ」
「さっき、高松くんが隣の夏村さんに連行されたって聞いたからもどってきたんだけど」
「帰ってきて早々、彼の仲間がヤンキーを怒らせたみたいで……」
「ふーん、高松くんか。ちょっと成り行き見ようかな?」
「井上ちゃん、ヤンキーのいじめなんか見ない方がいいよ」
「ううん、学年成績ナンバーワンの高松くんがどう対処するのか気になってね」
一方、逃げるタイミングを逸した俺たちはクラスに取り残され、ヤンキー共がやってくるのを、ただ待つだけになってしまった。
教室の中を歩くヤンキー共の足音が響く。
夏村さんと同じように上履きのかかとを踏みつぶし、ペタペタ音を立てながら着々と俺たちに近づいてくる……。
もう終わりかと思った。
「ちょっと、ワリぃな」
と言いながら、誰かが教室の前方のドアからのぞいていた井上さんの肩をたたいた。
井上さんがしりぞくと軽くサンキューと言いながら右手を上げ、教室に入っていった。
「かず~! いるか~!」
教室の前のドアのところで、こちらの方向に顔を出して、俺を呼ぶ人。
夏村さんだった。
「かず~、いるか~?! おう、いたいた!」
さっき、俺を呼び出した時とは天と地の差もある声のトーンの変化である。
さっきは地獄の底から閻魔大王に呼び出されるトーン。
今回は普通の女子高生のトーン(より少々低め)だった。
夏村さんはちょうど、俺と勉強仲間の前に到着したヤンキーどもに向かってこう言った。
「あーん? どうした、たけし? かずに何か用か?」
先ほどとは打って変わって、閻魔モードに変わった夏村さんの声にクラスのヤンキー共は動きを停止した。
その中のリーダー格の横山は直立でこう言った。
「いや、なつさんをこいつら馬鹿にしたんで」
やばい!
夏村さん、切れるんじゃないか……と俺は思った。
どうしよう………。
しかし夏村さんの口から出た言葉は意図しないものであった。
「あーん。かずが俺の悪口を言う訳ねえだろう。なんてったってだな、かずは俺にとって今日から特別のやつなんだ。俺の彼氏になってくれたんだからな」
え?!
今ここで言う?!
というか、言っちゃった!
「えー!」
意図もせず勉強仲間とヤンキー共の見事なハーモニーがクラス内に響いた。
「だから、かずとこいつら(勉強仲間)には手を出すな。こいつらは俺の彼氏の仲間だからな。ぜってぇ手、出すんじゃねえぞ。よろしく!」
ヤンキー共は意表を突かれたのか、完全に間抜けな顔になっていた。
それを見た夏村さんは、再度ドスの聞いた声で、気合いを入れた。
「よろしく!」
数秒の間を要したが、ヤンキー共は自分がすべきことを思い出したように声を合わせこう言った。
「承知!」
すると、くもの子を散らすように元居た場所に戻って行った。
突然訪れた沈黙。
それを破ったのは夏村さんだった。
「かず、なんかビビらせて悪かったなあ。ところで後で連絡していいか」
「あ、ありがとうございます。連絡を待ってます」
ここはカップルを装わなくてはと俺は思い、努めて冷静に対応した。
しかし、内心はビクビクのドキドキであった。
それから、夏村さんは俺の耳元に近づき、小声でこう言った。
「隣で、奴らの声が聞こえたので来てみた。どうだ、俺と付き合うとお得だろう」
思わずうなずく俺。
しかし、こんな小声も彼女いない歴十六年の俺には破壊力が半端なかったのだ。
全身を襲うゾクゾク感が……。
いかん、いかん、正常にならないと。
「じゃあ、かず、またな」
夏村さんはこう言うと、クラスの奥のヤンキーどものたまり場に移動していった。
するとクラスのヤンキーが全員集まり、夏村さんのお言葉を聞いている様子だ。
本当に夏村さん、総番なんですね。
そして夏村さんの『よろしく!』の声に合わせて、ヤンキーどもの『承知!』がクラス内に響いた。
まるで合唱団かと思うぐらいにそろってあいさつするヤンキーども。
夏村さんは相変わらず、かかとを踏んだ上履きをパタパタ鳴らしながら俺と仲間の後ろを通り、クラスの後ろの出口のドアに右手を掛け、再びこちらを向くと、左手をサムアップしながら、こう言った。
「よろしく。かず」
そして肩で風を切りながら廊下を歩いて行った。
「承知……」
俺もヤンキーどもと同じレスをしてしまった。
でも、なんだ、この夏村さんのカッコよさは……。
この人が俺の彼女(仮)と考えた時、不覚にも胸はモヤモヤしてしまった。
こんな女性でも初めて女性の付き合い方を勉強させていただくにはちょうどいいのかなと思ってしまった。
こんな彼女に俺は『女性』を感じてしまったからだ。
教室には二十名ほどの生徒が居たのだったが、しばしの沈黙。
沈黙から解き放たれるまで五分ほど、俺、勉強仲間、ヤンキー共も声一つ出せなかった。
突拍子もない夏村さんの行動に対していろいろな感情が混沌とし、俺の頭は混乱しまくりだった。
沈黙を破ったのはさっきまで前の入り口で教室内を見ていた井上さんだった。
夏村さんが隣の教室に入るのを見てから、大声で笑いながら教室に入ってきた。
すると再びスイッチが入ったようにクラス内の会話は再開し始めた。
俺の隣の席に着くと井上さんは笑いながらこう言った。
「本当に高松くんは面白いや。夏村さんと付き合うんでしょ。じっくり観察させてもらうよ」
俺は苦笑いしながら『はい……』と返すしかなかった。
ふと、時計を見ると時間は十二時四十分。
腹が減った。
俺は、昼休みにあまりにも多くのとんでもない経験をしたため、まだ昼飯を取っていないことに気づくのに時間を要してしまった。
仲間はすでにいつもの席で食事を済ましたらしく、弁当箱は自分たちで包んだのであろう、汚くナプキンで包まれていた。
「ごめん、俺、飯食ってないんでいい?」
と俺が言うと仲間は何も言わず、自分の弁当箱を持って自分の席に戻っていった。
俺は弁当を開け、いつものウインナーがご飯の上に乗っているのを確認したとき、ふと次の言葉が頭に浮かんだ。
『俺、夏村さんと交際宣言しちゃったよ……。まあいいや。それよりも、どうやってこれからの高校生活を円満に過ごすか考えないとな」
この交際が、俺が入学当初に描いていた高校生活を一変するきっかけになるとは思わなかった。
教室の窓は全開であるため、廊下にいる同級生の姿が見えるが、みんな俺を見ながらコソコソ話しているのが見えた。
完全に話題提供しちゃったなぁ、下手したら今日中に全学校内に広まるかもしれないと思ったが後の祭り、もう考えないことにした。
やべえ、飲み物を買ってなかった。
俺は無理やり弁当を先ほどの一件を含め、緊張で塞がった食道に押し込む。
「今日の飯、まずい……」
そういえば、後で連絡すると言っていた夏村さん。
多分、今日の授業が終わったら呼び出されるのであろう。
だが、先ほどの連行の時は苦痛のみであったが、今は気分的にも異なっている。
少なくとも夏村さんは俺の味方になってくれたという感情が、次回の呼び出しの苦痛から解放してくれていると思った。
しかし、さっきの耳元へのささやきは俺には毒だ(と言いながら思い出している俺)。
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編集記録
2022/08/16 校正、一部改稿
2023/04/28 改稿




