5-8話 和也のやり方と夏村のやり方(4)
【読者さまのコメント】
このままだと取り返しのつかない事態になるのは目に見えている。
なんとか止めたいと思うけど、もうできそうにない。
だから、高松は大好きな人を守る選択をした!!!
衝撃的な事態だけれど、騒ぎを大きくするわけにはいかない!
ちょうどそこに二階の階段の踊り場を回り、降りていく夏村さんの姿が見えた。
すると同時に吉川が少し小走りになった。
やはり標的は夏村さんか。
そして吉川が手に隠し持っていたものが見えた。
小型のナイフのように見えた。
もしかして、吉川に夏村さんを襲う理由がこの土日の間に生じたのではないかと俺は推測した。
吉川がここで、夏村さんを刺すようなことがあると今まで俺が吉川にしてきたこと、吉川が頑張ってきたことが全て台無しになってしまう。
それよりも俺の大好きな夏村さんを傷つけたくない。
『俺が夏村さんを守る……いつでも』という約束と吉川への思いが俺の頭の中をらせん状に回転しながら渦巻いていく。
そして、二階から二階と一階の間の踊り場の中間より上で夏村さんに追いついた吉川はナイフの刃先を夏村さんに向け、背部から駆け寄ってきた。
急いで後方から階段を走り降りる吉川の足の音に気づいた夏村さんだったが、場所は階段、容易に態勢を変えることはできない。
ここまで来たら、吉川を正気にさせることが先決と思い、俺は出せるだけ大きな声で叫んだ。
「さより!」
俺が叫んだ言葉に自分を取り戻した様子の吉川であったが、すでに動作は止められる状態にはなかった。
一か八か俺は階段の最上段から吉川に飛びついた。
そして、刃先と夏村さんの背中の間に左腕を入れ防御し、右手で吉川の前に立っている夏村さんの体を右側に払いのけた。
階段の右側に倒れこむ夏村さん。
俺は吉川を抱きかかえる形で踊り場に転倒する。
右手で夏村さんを払ったおかげで、うまく、体を入れ替えられたらしく、俺が下、吉川が上の状態で落ちたようだ。
俺の背中が最初に踊り場に着地し、激痛を感じた後に、吉川の体重を体に感じた。
それと同時に、左腕に強烈な痛みと痺れ、そしてYシャツの腕の部分が濡れていくのが分かった。
俺の左腕に吉川のナイフが刺さり、刺したその手の上に吉川の体重が乗った形になってしまったようだった。俺は痛みに耐えながら吉川を刺激しないようにトーンを下げてこう言った。
「さより! お前、結構、体重有るな…… すげぇ痛ぇ! ナイフから手を放して、いい加減降りろよ。重いから……」
しかし、気が動転しているのか吉川は、
「かずさん……! かずさん……!」
と繰り返し叫ぶだけで、動かずただ震えていた。
俺はゆっくり、吉川を抱き起こし、手をナイフからゆっくり指一本ずつ外させ、踊り場の横の壁に座らせた。
それより俺が気になったのは夏村さんがどうなったのかだ。
助けるためとは言え、かなり強い力で右手を使って夏村さんを払いのけてしまったからだ。
俺が夏村さんに近づくと、目はうつろになっており、
「かずや、かずや」
と独り言を言っている。
俺はゴメンと思いながら、夏村さんのほほを一発引っ叩いた。
すると夏村さんは意識が正常に戻ったらしく、俺を見るなり抱き着いた。
そして視野に吉川が見えた途端、飛びかかろうとした。
「お前、俺のかずやをこんな目に合わせやがって!! ぜってぃ、殺す!!」
俺は背部からやさしく、夏村さんを抱きしめながら、こう言った。
「ちょっと、夏村さん、さより、びびちゃってるじゃない。もうその辺にしたら」
さすがに夏村さんを抱きしめようにも左腕にはナイフが刺さっており、動かせなかった。
夏村さんはそのナイフが刺さった腕を見ながら、
「でも、かずや、出血が尋常じゃないぞ!」
と言った。自分も気づかなかったが傷口からかなりの勢いで出血していることに気づいた。
「ちょっと、待ってて」
と言いながら首に巻いていたネクタイを外し、ひじの関節付近をきつく縛った。
怪我が左手だったのが幸いで、利き手の右手でうまく止血はできたようだった。
ナイフで刺されるとこんなに痛いのかと骨身にこたえた。
その上、長時間正座した後にみられるような足の痺れと同じような鈍い痛みも混ざっていて、さすがに夏村さんの前でもカッコ付けられない状態だった。
しかしここは俺が頑張らないと、夏村さんと吉川がヤバイ。
自分を取り戻したのか吉川は泣きながら俺に抱き付いてくる。
「かずさん! かずさん! ごめんなさい! かずさん!」
「まぁ、さより、落ち着け! 何があったんだ?」
と優しく吉川に事情を聞くと、泣きながら俺に同窓会の時、中学時代に仲間だった大鳳の同級生に夏村さんから吉川から離れるよう指示を受けたことを聞いて逆上してしまい、今に至ったと聞いた。
「バレちゃったな。夏村さん」
と夏村さんを突っ込んだが、俺のけがの事の方が心配で何も言わなかった。
「あと、もう一つ、さよりに黙っていたことがある。俺が命を懸けて守るって約束した好きな人がいるって屋上で話したと思うけど、その人が夏村さんなんだ。だから今回、君への友情より夏村さんへの愛情を取っちゃったんで、突き倒っしゃちゃったのはゴメン。それとお前、短絡的になるなって言っただろう! 忘れやがったな! バカ!」
と言い、泣きじゃくる吉川の頭をげんこつで一発、ゴンと叩いた。
「だけど、今日のこれは事故だ。夏村さんに怪我がなかったことで成功。さよりが犯人にならないで済んだことも成功。だったらこれでいいんじゃないの」
と言うと、俺は吉川の頭を撫でながらこう言った。
「人間、なかなか完璧にはなれないよ。今でこそ普通に過ごしているが、ヤンキーの先輩も色々失敗しながら今に至っている。だから今日の失敗もそんなに大きなことじゃないんだよ、さより。俺に謝る時間があるなら、もっと友達ふやしてみろ、わかったか!」
俺は残った力を振り絞って、近くにいる生徒たちにこう言った。
「みんな、ごめんなさい。俺が足踏み違えちゃって、吉川さんに抱き着いちゃったけど、俺の好きなのは別にいるので、他の人に言わないでね。俺怒られちゃうんで! あと、俺の不注意で起こしちゃったトラブルなんで、さよりには罪はないから」
と言うと周りで凍り付いたように動かなかった生徒たちは皆頷いてくれた。
と言いながら周りを確認すると踊り場の俺が倒れていた場所周辺に鮮血が広がっていた。
そして俺が動くたびに点々と血が落ちていく。
何人かの女子生徒はハンカチを貸してくれたが、その程度の量ではすぐにベタベタになってしまった。
ちくしょう、ネクタイで縛るくらいじゃだめなのかと思っていたところに異常を察した池田たちが到着した。
遅せぇよ…… と思いながらも俺は池田を呼んだ。
「池田、悪い。生徒指導室か職員室に渋谷先生がいると思うんで、救急車を頼んでくれ、バス道路を挟んで目の前の消防署から救急車がすぐ来るんで心配はいらない。あと出血が激しいので輸血するなら血液型はA型と言っておいてくれ。俺は保健室で救急車が来るのを待っている。それとこの一件は内密にして、警察は呼ばないでほしいと伝えてくれ。もし来ちゃったら、俺が事情を知っているのでいつでも説明しますと伝えてくれ。できるか?」
とは言ったが、俺の言葉よりも傷のことが気になっているのか動きだそうとしない池田に向かって俺は、
「池田! ハリーアップ!」
と命令すると、池田は意図を理解したのか、ダッシュで渋谷先生を探しに行った。
残った池田の友達と周りにいた高校一年生たちは周辺に集まってくるなり、
「かずさん。さっき、彼女なんていないよって言ってませんでしたか? 本当に夏村さんは彼女じゃないんですか?」
と詰め寄ってくると、夏村さんは俺に肩を貸し、
「かずや、保健室に行くぞ! みんな、ごめんな! あぁ、あと私とかずやは交際していない。こんなやつが彼氏だと面倒見切れないからな」
と言って立ち上がった。
「かずや、これでいいんだろう」
という夏村さんの言葉に俺は軽く頷いた。
「ごめん。ありがとう」
一歩、足を進めたが、吉川のことが気になった俺は、吉川に向かって振り返り、
「さより、元気を出せ! 俺はお前を責めないよ、友達だから…… 次、会う時はもっと友達作っておけよ。あと何かあったら渋谷先生を頼れ。俺から言っておく」
というと、泣きながら吉川は頷いた。
「夏村さん、すみまない。 助けるつもりが一番つらい結果になっちゃって…… じゃあ、行こうか」
「大丈夫、かずやは俺が救う。絶対に助ける。それと吉川の面倒は生徒会でも見る。これがかずやの意向だと思うから」
俺は保健室に着くとすぐ夏村さんに、俺の荷物を取りに行ってもらった。
保健室の高城先生は俺の状態を見てこう言った。
「ナイフを外さなかったのは高松君の考え?」
「よく、事故現場の被害者に何か障害物が刺さっていても抜くとそこから急激に出血しちゃうっていうのを思い出したんで……」
「こんな時でも落ち着いてるんだね、高松君」
高城先生は何か面白いものでも見るような眼をしながらほほ笑んだ。
昨年の学園祭の準備の際、実行委員会で酷使されていた内田さんを不安に感じて俺たちに教えてくれたのが高城先生だった。
その上、俺と夏村さんの関係をよく知っている人だ。
そこでお願いをしてみた。
「高城先生、一年六組に『吉川さより』って子がいるんですけど、その子、俺のこと自分が刺したって責任感じちゃうと困るんで、メンテお願いできますか?」
「オッケー、あとは思い残すことはない?」
「勝手に殺さないでください! ただ、ちょっと心配が……」
「なに? どうした?」
「自分のことなんですけど、刺された左腕じゃなくて左手の指先が長時間座った後の痺れのような痛みがあるんです。さっき先生に痛み止めもらって飲んでも痛みが引かないんですよね」
高城先生は嫌な予感がしたようだが、それは敢えて話さず、
「出血が多いからじゃない。でも、腕の二本の骨に平行に刺さればよかったんだけどほぼ斜めに入っちゃったから、骨、筋肉、血管、神経の手術は必要だと思うよ。高松君、医学部も志望だったからわかるよね」
と言った。いちよう、骨・筋肉図鑑は好きなので読んでました。
「あと、多分、夏村さんはぼくといっしょに病院に行きたがろうとすると思うんですが、制止して高城先生が来てくれませんか?」
と俺はお願いした。
「いいけど、それでいいの? 奥さん置いたままで?」
「まだ、決まってないですから! 夏村さんには残ってもらってやってもらわなくていけないことが残っているので。それと必要以上に心配かけたくないのと期末試験も近いので……」
「わかったよ。自分のことより夏村さんか」
と高城先生に言った自分がその時気がついたのだが、俺、期末試験、受けることできるんだろうかと思ってしまった。
十分もたたない間に救急車はやって来た。
案の定、夏村さんと、池田、吉川は同行したがったが高城先生が行くことが学校の手順になっていることにして三人には了解してもらった。
二人で救急車に乗り込むと、俺は、夏村さんに、
「夏村さん、さよりのこと、よろしく」
「わかった。任せろ」
というと、救急車のドアは閉まった。俺は高城先生に、こう言った。
「すみません、高城先生、お手数おかけします」
「本当、これでいいの?」
「ちょっと聞かれたくない電話を色々したいので」
といった。
救急士の方から輸血をするけど、電話で聞いていた血液型はA型で大丈夫? と言われたので、そうですと返答すると輸血が始まった。
俺は携帯を出し、まず誰に電話すべきか考えた時、この人の名前がまず最初に頭に浮かんだ。
痛む左手で携帯を持ち、右手でダイヤルした。
「はい、中央警察所 広報課です」
「すみません、花屋の和也と言っていただけるとわかるのですが、真田さんお願いできますか?」
「あぁ、高松さんね。ちょっと待ってください」
(なんで知っているんだ……)
まず、真田さんのいる中央警察に電話をし、本件が問題化しないように依頼した。
救急車を呼んだ上に外傷である。
病院から警察に連絡が行く可能性を考えたからだ。
被害届をこちらから出さなければ警察は動かないだろうが、念には念を入れてである。
そして吉川の両親に電話し、こちらの不注意で怪我をしてしまい、娘さんには心配をかけたけど、彼女には責任はない旨伝えた。
でも薄々ご両親は勘付いたようであったので、こちらからは被害届は出さないので心配しないでほしいと言った。
重ね重ね申し訳ございませんと謝られたが、俺とさよりさんは友達だから心配しないでくださいと言うと泣きながら感謝の言葉を重ねてくれた。
そして俺は最後に自宅に電話した。
電話に出たのは母だった。
「どうした、かず。なんか後ろでサイレン聞こえるけど」
「悪い、高校で事故った。そこでお願い。もし俺にとって何か悪いことを病院で聞いても、夏村さんには伝えないでほしい。もちろん病院名は彼女に教えてもらって大丈夫だから。あと、俺、どこの病院に行くかは同乗してる高城先生から聞いて」
「わかった。話せるくらいなら元気なんだろう?」
「いや、もう意識が飛びそう」
(…………)
「最後にするけど、どうせこんなことになるなんて、沙羅ちゃんを守ろうとしたんでしょ。沙羅ちゃんを守れたの?」
「うん、大丈夫。守り切った」
「それじゃ、よかった」
「なんか、年末からお母さん、夏村さんに対して理解してくれてるよね? 何かあったの?」
「そんなことはどうでもいいの、今はゆっくりお休み」
「ごめん、面倒ばかりで。高校では迷惑かけないようにと思っていたのにね、本当ごめん……」
「(……おやすみ……かずや)」
薄れそうな意識を必死に保持するのが大変なほどの浮遊感だった。
当作品をここまで読んで頂き、ありがとうございます。
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編集記録
2022/10/15 5-7話を2分割
2022/10/16 校正、一部改稿




