0-5話 お姉さまが形だけの彼女になった
「ちょっと、待ってくださいよ。意味が全然わからないのですが?」
告白宣言?
拘束宣言?
今、付き合えっていったよね?
これって本当に交際?
「俺と付き合っているって話にしておけば、おまえとどこで会おうと問題にならないだろう」
確かにそうかもしれない……。
いやいや、十分問題なんだけど。
むしろ、校外では絶対無理な話である。
俺の父の口癖は『社会に迷惑をかけるな』であり、ヤンキーと付き合うって話になったら、中学の時のようにぶん殴られるのは容易に想像できたからだ。
せっかく、中学時代から更生した俺だ、もう高校になってまで父に殴られたくない。
「ちょっと、待ってくださいよ。家族・友人にこの事がバレるっていうか、知られるの、絶対、嫌なんですけど」
「おい、俺と付き合うのそんなに嫌なのか!」
十分迷惑だよ。
多分、家族全員が親戚、近隣の人から白い目で見られるであろう……。
とは、お姉さまに言えないし……。
でも俺の本意は伝えておかないと思った。
「ちょっと、待ってくださいよ。迷惑になる、ならないって考えたら、そりゃなりますよ」
「おまえ、さっきから、『ちょっと、待ってください』『ちょっと、待ってください』って、うるせぇなぁ!」
えらいところを突いてきたなぁ。
俺の口癖なんだから。
「おまえとしては迷惑なんだな」
俺は無口に頭を縦に振る。
こう言ってしまった以上、まずは現状整理だ……。
交際となると自分のことだけならいいが、俺の周辺環境まで影響が及ぶ。
また、学校に対し現状の成績を残しているにも関わらず、ネガティヴな印象を植え付けるのは良くない。
高校受験ほど内申書の成績は大学受験では影響はしないであろうが、ここで汚点を付けるのは得策ではないと思った。
また、せっかくここまで築いた『勉強仲間』との関係にひびが入るのも嫌だった。
奴らとは、高校に入ってまだ二、三カ月の仲である。
簡単な理由で崩壊する程度の関係であるかもしれない。
ただ、今の『勉強仲間』との関係性が俺は好きだった。
同じ目的に向かって時間を費やす『勉強仲間』が好きだった。
俺は何があろうとその関係性は維持したいと思った。
「失礼なことを言ったかもしれません。すみません……でもこっちにはリスクしかないと思うんですけど……」
「リスク? リスクねぇ。でも利点もあるぞ。おまえ、俺と付き合えば校内、俺のテリトリーでの安全は保障するぞ!」
急に提示された利点とリスクをてんびんにかけてみる。
これはかなりの難解な問題ではあるが、結論を先延ばしにすることはできない。
まずはよく考えろ。
交際を認めた場合、校内での安全が保障される。
一方、拒否したらどんなことが待ち受けているかわからない。
結構この『安全』という言葉には重みがあるなと俺は思った。
まず『安全』というキーワードをキープしておき、次に引っかかる点を確認しておこう。
「でもお互い、いきなり恋愛感情、うんぬんっていうのは無理があるかと……」
「そりゃ無理だよな。俺だっておまえのことが好きじゃねぇーし」
そうでしたか……。
すみません……。
ん?
「てことは、いわゆる、偽装カップルになるんですか?」
「ピンポーン! よくわかったな、おまえ頭がいいなぁ。さすがだ」
また、意表を突くことを彼女は言い出した。
その上、褒められちゃったし。
「偽装に決まっているだろう。でも絶対に偽装のことバレんなよ。俺の体裁がまずい」
やっぱ、自分の立場は守るのね。
でも偽装カップルであれば、家で何かあった場合でも言い訳ができるだろう。
なにかあっても『あれ、付き合っている風にみせているだけ』と言って逃げることはできるだろう。
その上、校内での安全の保障……。
プラス、校外のある程度の安全の保障……。
そこに勉強仲間も引きずり込めば、学校生活は安泰かもしれない。
いつまでもクラスのヤンキーに絡まれるのはいい加減勘弁してほしかった。
「俺も勉強できた上に、男もできたとなると体裁も整うしな。勉強出来て、男もできて、俺最強! よろしく!」
結局、自分の立場向上が最終要件であったのか……。
そりゃそうだよな。
でも、俺が相手で体裁が整うのかと逆に心配になった。
ふと彼女の口調が先ほどのこわおもての口調が若干柔らかくなっていることに気づいた。
言葉自体はヤンキーそのものだが、言い方が半トーン高くなり柔らかくなった気がした。
これが彼女のヤンキーモードではない時の口調なのだろうか。
以前は多江ちゃんと仲良く話していたはずだし、彼女も以前は普通の女子高生みたいな口調でも話していたのであろう。
まぁ、そこまでこのヤンキー姉さんと仲良くなるなんて現状、想像はできないのだが。
ここでもう一点、俺には気になることがあった。
実は俺、十六歳イコール彼女いない歴であることだ。
形式上付き合うとしても、事前に断りを入れておかないと失礼かなとも思った。
でも、ばかにされるんだろうなあ。
「あの、とても話にくいのですが、私、彼女いない歴十六年なので、あなたが仮に彼女になったとして、どう接すればいいかわからないのですが?」
「そうか、おまえ、十六歳イコール彼女いない歴か。しょうがねえな。俺に任せろ。勉強の借りをそれで返してやる!」
でも、さっき、『勉強出来て、男できて』って言ってましたよね。
姉さん、今彼氏がいないのでは?
交際経験あるのかなぁ?
まあ、あんな態度だし、心配することもないか。
俺のことをばかにしてこなかったし、意外と寛容だなと思った時だ。
ヤンキー姉さんは手を組み、肘を机の上に置き、あごを組んだ手の上に置きながらこう言った。
「すべて、俺に任せろ!」
それも優しい口調でほほ笑みながら。
この話をしている時、彼女の化粧していない耳が真っ赤であったことをこの時の俺は気づかなかった。
俺は不本意ながら、その時の彼女の態度・発言に対して、恐怖感よりホンワカした何かを感じてしまった。
やはり、十六歳交際経験ナシ、こんなことで俺は落とされてしまうだなと実感した。
まずい、また変な汗をかいてきた。
心臓ドキドキするし、頭に血が上るし……。
この冷や汗はヤンキーと接しているのとは異なる汗だった。
話の結末が見えてきて、少し落ち着いてきた今、彼女の顔を改めて見直すと般若のような怖い赤い化粧の顔の下にどんなの女子高生の顔が隠されているのかと俺の妄想が俺の頭の中を高速で展開していた。
やっぱ、怖い顔なのかな?
やさしい顔なのかな?
まずいまずい、もうヤンキー姉さんが俺の彼女であるかのような感覚になっている……。
俺は頭を左右に軽く振り、気を落ち着かせながら、再度、条件のことを確認した。
「分かりました。でも条件は絶対守ってくださいね」
「あぁー?! 俺が約束を守んねぇと思ってるんか?」
「だから俺、これから彼氏なんでしょう? そんな言い方、止めてくださいよ」
「悪い。謝る」
「では、よろしくお願いします。ところでお名前は?」
「一年二組、夏村沙羅だ。この高校の総番をやってる」
沙羅って、めちゃかわいい名前だなぁーって?!
えっ?!
今何って言った?!
「あの~~~~、今、この学校の何とおっしゃいました?」
「総番だぁ。よろしく!」
どひゃー?! 何ってものに手を出したんだ、俺?
(あっ! まだ手出しはしてはいなかった)
再度、恐怖感マックスに達した心拍数を下げる努力をしながら、俺はこう言った。
「そうなんですね……。改めまして一年一組の高松和也です。よろしく……」
「おぉ、いいねぇ、よろしく!」
と言いながら、ヤンキー姉さんは俺の肩をバチバチたたいた。
彼女(仮)の喜びの表現は相手の肩をたたくことだとメモしておこう。
最後にもう一つ、気になることがあったのでヤンキー姉さんに聞いてみた。
「あのう、俺、こんな感じで、顔もカッコよくなくて、イケてないんですが、夏村さんの彼氏が俺でいいんですか?」
「あー、俺、顔や外見、興味ねえから心配すんな!」
まずは、俺でも良いことらしいので安心はした。
話は交際前提で進んでいく。
「ところでお互いのことなんて呼ぶ?」
「夏村さん……」
「ばか! それじゃ彼女じゃないだろう! 沙羅でいい! あだ名、付けてもいいぞ!」
とてもあだ名なんか付けて、ご機嫌を損ねては大変なので、
「初めは夏村さんで、慣れてきたら沙羅さんでいいですか?」
「まぁ、そうだな。急に下の名を呼ぶのもないな! 夏村でいいや」
いきなり呼び捨てって、教室で言ったらクラスのヤンキーにしばかれそう……。
「では、夏村さんで……」
「分かった。さん付けでいい。さて、現状、おまえを俺が呼び出したことがみんなにバレてるから、俺がおまえにほれて告ったってことにしてやる」
またも意外な展開に混乱する。
えっ!
俺が告られたの!
経験なしで?
それも初体験がヤンキーなの?!
「心の準備が必要ですが、了解しました」
「じゃあ、俺は『かず』って呼ぶな!」
俺の勉強仲間も、両親も近所の人たちも俺のことは『かず』と呼ぶ。
勉強仲間は進学塾に通い始めた頃、俺の自宅に遊びに来た時に俺が両親から『かず』と呼ばれていたのを聞いたのが理由で、その時から『かず』と呼ぶようになった。
近所のおばちゃんたちも初めは和也ちゃんと呼んでいたが、いつのまにか『かず』くんと呼ばれることが多くなっていた。
しかし、夏村さんの口から『かず』という呼称がなぜ出てきたのか?
また夏村さんの『かず』と呼ぶ口調に俺はなにか懐かしいものを感じていた。
しかし、夏村さんの口調はその一言だけで、元に戻っていた。
「よし。じゃあ、あとラインのIDを教えてくれ!」
「なんで?」
「連絡はラインの方が電話よりいいだろ?」
失礼なことだが、俺はヤンキーからの呼び出しは電話が定番かと思っていた。
俺も仲間としかラインは使っていなかったので、害はないだろうと思い、夏村さんとIDを教え合い、両者のスマホで連絡が取れることを確認した。
俺のスマホのラインの画面には「夏村沙羅」の字が、夏村さんのスマホの画面には「高松和也」の名前が表示された。
「俺たち、両方ともフルネーム表示か。いい感じだな。今日は時間を取らせて悪かった。勉強の希望日時の打ち合わせの時間は後で連絡する。その時、いつがいいか教えてくれるとありがたい。あと偽装だからって浮気すんなよ。バレたら俺に名前に傷がつく。すぐ、殺す」
はい、そうでしょうね。
怖いので絶対しません。
「わかりました」
「かず、校内でピンチになった時、相手に俺の名前を言ってくれれば場は収まる。約束だもんな。じゃあ!」
と言うと、夏村さんは、なぜか先ほどこの教室に入る時と比べ、少しにこやかに部屋を出ていった。
部屋の外では夏村さんの上履きのかかとを踏んでペタペタと歩く足音が誰もいない四階の廊下に軽やかに響いていた。
『軽やか』と感じたのは俺が拘束から解放されたためであったのだろうか。
この時の俺はそう考えていた。
三年一組の教室に一人取り残された俺はどっと疲れを感じ、重い腰をゆっくりと上げながら立ち上がり、夏村さんが出て行った教室のドアを開け、廊下に出た。
誰もいない廊下には初夏の涼しい風がひゅーという音を残して吹き抜けていき、俺の体を一気に冷やした。
「さぶっ……! 俺、汗をかいていたのかなぁ? 冷や汗ってこと? 俺の初の彼女が夏村さんか……。中学時代から俺の運命は好転したのかな」
俺は重く感じた体を動かしながら、ゆっくりと階段を降りていった。
この日、ヤンキーの夏村さんが形だけの彼女になったのだった。
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編集記録
2022/08/15 校正・一部改稿
2023/04/20 改稿
2023/04/21 校正
2023/04/27 校正




