0-3話 お姉さまは何を考えているのか分らない
俺を呼んだのは、隣のクラスのヤンキー姉さんで、身長は近くで見ると、少し低いくらいなので百七十センチぐらいであろうか。
当然、この時、目線は合ったが、緊張していのか、詳細に顔を見ることはできず、彼女がどんな顔をしているのかはこの時点では分からなかった。
当然、スカート丈はひざ下まである。
俺の名前を彼女が呼んだと同時に、勉強仲間は全員、即座に離れた。
さすが日常的にヤンキーが近づいたらこうするという習慣は無意識のうちに植え付けられていた。
いわゆる『パブロフの犬』状態である。
俺はポツンと勉強仲間から取り残され、彼女が近づいて来るのを待ち受ける形になった。
彼女は踵を踏み潰した上履きをパタパタ鳴らし、肩を左右に振りながら、俺に近づいてきた。
部屋に満ちる緊張感。
俺は中学時代の経験からヤンキーには少しは免疫があったのだが、この時は気づかぬうちに汗だくになっていた。
男子のヤンキーとは口論などしたが、女性のヤンキーと面と向かっては初めてだったからだ。
彼女は俺の後ろに着くと、再度言った。
「おまえが高松和也か。ちょっと顔貸してくんねぇ」
「なんでしょうか」
「まぁ、ここじゃ面倒くさいから、ちょっと来いや」
「嫌なんですけど……」
「来いって言ってんだよ!」
彼女は怒鳴った。
再度、教室内は緊張感に満ちた。
教室内でのもめ事は、その場にいた第三者が勝手に余計な情報を付けて広がり、それが積み重なると俺の意図しない方向の話になってしまうことがある。
中学時代に何度も痛い目を見ている。
これは面倒なことになりかねない。
経験上、ここでは彼女の命令に服従することが一番と考えた。
「はい。了解です」
仕方ないと思いながら立ち上がる。
そして、椅子が床を擦れるガガガッという音だけが、静かな室内に空しく響いた。
彼女はうなずきながら出口に向くとゆっくりと歩き出す。
俺はその後を少しうつむき加減に付いていく。
席に座ったまま、俺を見送る勉強仲間たち……。
俺なんかしたかなぁ?
でも面識、ないしなぁ。
俺は、勉強仲間に右手を目の前に挙げ、後はよろしくと合図した。
仲間は指示もないのに、一緒にうなづいた。
意図は分かってくれただろうと、自分に納得しゆっくりと歩きだした。
この場は逃げる訳にもいかず、ヤンキー姉さんに付いていくしかないと思った。
廊下に出ると、ヤンキー姉さんはパタパタ上履きを鳴らしながら前を歩き、俺はその後を忍び足のごとく静かに歩いて行った。
当然、廊下では同級生たちが注目しており、話をしていた同級生はヤンキー姉さんに道を譲って廊下の端に避けた。
思い出せば、うちの中学もヤンキーは多かった。
習慣的にこのような場合、反抗や気に障ることをしなければ、だいたい大ごとにはならずに済むことは知っていた。
中学時代なら、生徒会の仕事をしていたこともあり、正義漢ぶって口げんかという流れもあったが、高校に入ってからは『絶対に目立たない』が俺の目標だった。
そうなると……。
ここは必然的に彼女について行くしかないと思った。
奇抜な化粧をしたお姫様と下僕の行進はどこまで続くのだろう。
彼女は長いピンク色の髪をなびかせて歩き、俺はそれに触れない距離を保って歩いた。
うちの高校は前にもお話ししたようにこの時三年生がおらず、総合棟と呼ばれる校舎は一階が職員室などの事務関係、二階が一年生、三階が二年生、四階が三年生用の教室に割り当てられていた。
来年、ヤンキーの三年生の先輩達が四階まで階段を使って息を切らして登る姿を想像すると笑える。
しかし、現時点では四階はすべての教室が空き家状態になっていた。
階段を四階まで登り、一番手前の『三年一組』と書かれた教室の前で彼女は立ち止まり、上に書かれた教室名を目視し確認した。
「ちょっと、ここで待っていろ」
待っていろと言われると変な想像が湧いてくる。
この部屋の中に大勢のヤンキーたちがタムロっていて、入ったと同時にそいつらに一斉に取り囲まれたらどうなってしまうのだろう。
そう考えただけで寿命が縮まる思いだったのだが、この場面では言うことを聞くしかないと思った。
なんで『一緒に入れ』じゃないんだよ。
ただ一つの光明は、俺たち勉強仲間はヤンキーたちとトラブった時は誰かが職員室に先生を呼びに行くことになっていたため、それに掛けるしかなかった。
ただ、勉強仲間は俺がどこに連れていかれたのか分かっているのかな、誰も後を付いて来なかったよなと思った。
後ろの階段を振り返っても誰かが付いてきた気配がない。
そう感づいた途端、滅茶苦茶不安になった。
例のヤンキー姉さんと言えば……。
三年一組の教室のドアを開けて、部屋の中に入った後、一人で部屋の机と椅子を引っ張り出しているようだった。
部屋の中には椅子や机を引きずる大きな音が響いていたからだ。
準備が終わると、彼女は、教室から顔だけを出し、俺に向かってこう言った。
「おい、入れよ」
「失礼しまーす」
俺はゆっくりと左右を観察しながら部屋の中に入った。
というか、こんな時になんでいつものようにあいさつしているんだろうと思った。
俺はゆっくりと足を進め、部屋の中に入ると部屋の中には誰もおらず、彼女は移動させた椅子に座り、机を挟んでそこに座れと促した。
よかった、一対多数の場面ではなさそうだ。
誰もいない教室。
窓はすべて閉されていたため、俺の後ろの開いたドアから下の階の生徒の声がわずかに聞こえるだけだった。
外側の窓は風に揺れ、小さくコトコトと音がしていた。
しばしの沈黙を破ったのは彼女だった。
「あーさ。おまえ、今回の中間試験の成績、学年一位でかつ全科目百点だったよな」
「そ、そうだけど?」
「すんげぇムカつくんだけど!」
「ごめんなさい……」
と謝ってはみたが、なんで彼女に俺は謝っているだろうと疑問に思ってしまう。
まぁいい、ここはうまく乗り切ることだけに集中しよう。
この展開からすると、成績が良かったことを根に持って因縁をふっかけてくるのであろうと俺は推測した。
この後はどんな手でこの場を打開しようかと思っていた時だった。
次に彼女の口から出た言葉で俺の頭の中は大混乱となった。
「あーさ、おまえを見込んでお願いが有るんだけどさぁ……俺に勉強教えてくんねぇ」
「う……? えっ!」
「何びっくりしてんだよ。俺に勉強を教えてくれって言ってんだよ」
「なんで」
「あーさ、俺さぁ、勉強もできるヤンキー目指してんだ」
「はぁー」
「すげぇだろう、勉強できるヤンキーになったら。俺、もう無敵じゃん」
後で多江ちゃんに聞いた話なのだが、この夏村というヤンキー姉さん、多江ちゃんと同じ国立埼玉大学教育学部附属中学校からの本校への入学者で、多江ちゃんとは中学一年から三年までクラスも同じで仲がよかった。
中学三年の春、何の事情があったのか突如ヤンキー化し、中学一の問題児となり、たどり着いたのがうちの高校だった。
多分、彼女の変化を一番心配していたのは多江ちゃんで、先日のバーガークイーンでの『なっちゃん』の一言はこの夏村のことを指していたことも理解できた。
しかし、ここで拒否したら、キレて仲間のヤンキーを連れてきてひと騒動起きそうだ。
また、単純に勉強が出来るようになりたいことだけが理由なのだろうか。
俺を囲い込んで、手下・使いっ走りにする魂胆ではないのか?
するとこちらが考えている間もなく、ヤンキー姉さんの口調が荒くなってくる。
「おい、俺に勉強教えてくれるんだろう。あぁ?」
赤い化粧を施した目が俺をにらんでいる。
これって俺には拒否権なしってパターンですよね……。
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編集履歴
2022/08/14 校正
2023/04/18 改稿
2023/04/20 改稿
2023/04/21 校正
2023/04/25 校正




