3-5話 神無月(1)
【読者さまのコメント】
高松が夏村さんの家に向かう途中、多江ちゃんに会った。
医者の家系は大変だぁ(大汗)
とにかく多江ちゃんの反応が怖い怖い怖い!
婿養子とか、冗談で言ってるふうに聞こえない!(涙)
それにしても、ううう〜ん。夏村さんが抱えているものって何なのだろう?
さて、日付を戻そう。
◇◇ 九月上旬 ◇◇
俺は授業が終わった後、夏村さんとの勉強会のため、自転車に乗り、夏村さんの家に向おうとしていた。
いつものとおり、夏村さんとともにバス停まで一緒に行き、来たバスに乗っていくのを見送ってからのスタートではあった。
しばし、埼大通りを走っていると、後ろから自転車がついて来ているのに気づき、振り返るとそこには多江ちゃんがいた。
おれが自転車を歩道に寄せて止まると、多江ちゃんは俺の隣で止まった。
「今日は、なっちゃんち行くの?」
「うん、そうだけど」
「途中まで一緒に帰っていい?」
「別にかまわないよ」
俺はいつも通る埼大通りから外れ、車の通りが少ない裏道を選んだ。
車の通りが少ない道の方が話しながら帰るには会話がしやすいからだ。
夏休み中に、多江ちゃんが俺の家に来た際、晏菜が多江ちゃんを帰し、もう来ないでと拒絶したことについて、いまさら謝ってしまうと晏菜の気持ちを台無しにしてしまうと思った。
だから、そのことにはあえて触れないようにし、別の話をしながら浦和駅方向に向かった。
この道は荒川の河川敷の自転車道路で、この道沿いに行けば、夏村さんと多江ちゃんの出身校である埼玉大学教育学附属中学校の前の道に出ることができる。
そこから県庁通りを通って行けば数分で浦和駅前に着く。
九月の前半ではあるが、河川敷を吹き抜ける風は涼しかった。
秋を告げる赤とんぼも俺たちと平行して飛んでいた。
「そういえば、かずくん。東海大の医学部受けるって言ってたよね」
「いや、医学部で偏差値が私立医学部の中間くらいの学校と考えたら東海大かなと思ったのと学費援助があるという点で、そう書いただけで具体的にはまだ何も決まっていないのが正直なところなんだ」
「そうなんだ。私、滑り止めで受けるんだ。うちの親戚の子もこの大学行ってるんで、私立だとそこに自然と決まっちゃうんだよね。出身者が親戚にいると裏メニューで家族優先制度があるから」
昔はそんなことがあったんですよね。
親族はみんなあそこの大学出身の医者というのは昔はザラにあったのだ。
なるほど、多江ちゃんは東海大受験は決定事項なんだなと思った。
俺の立場から言わせていただくと……
「俺はお金の問題があるんで、成績優秀者は授業料とか入学金が免除になるようなところがあれば狙いたいんだよね」
「それ、この前も言ってたよね。知ってる? 入学金・授業料免除って、その大学出身者の家族じゃないと難しいらしいよ」
「えっ?! そんなことあるの?」
やっぱ、医者の世界、オフィシャルな話とアンオフィシャルな話が存在するのかと思った。
「まあ、ちょっと時間が無かったんで、もう少し精査します」
そう俺が言うと、ちょっと時間をおき、多江ちゃんはこう言った。
「そういう中途半端なのってマジでその大学を目指している人にとっては、不愉快なんだよね」
その声は聞き覚えない無いような冷たい雰囲気だったので、多江ちゃんを見ると、明らかに怒っている様子だった。
やばいと思い、話を変えようとした時、多江ちゃんがこう言った。
「だったら、うちの婿養子にならない? そうすれば、お金もオービー枠にも入れるよ」
「はぁ?」
どこかで聞いたことのある言葉だったので、いまさら驚かなかったが、今回は夏村さんではなく、多江ちゃんから出た言葉であったのに驚いた。
ここは話を誤魔化す方が得策と考え、
「まぁ、いいや。今すぐ、考える必要もないので、他の大学も含め、もう少し情報を集めながら再検討しないといけないね」
と俺は受け流した。
やばい、やばい。
でも多江ちゃんはこう付け加えた。
「もし、本当に私立医学部受けたくて、授業料・入学金免除のところ、本当に探しているなら言ってね。実際に公募している大学も親戚から聞けばわかるから」
「はい、その時は……」
と考えたが、多江ちゃんの家ってどこまでも医者ばかりの家系であることをその回答で認識した。
すごい『家』というのもあるものだと感心させられた。
「ところでさぁ、かずくん。国立医学部狙うって考えはないの?」
「いやいや無理でしょう! センター試験九割近く取らなきゃいけないんだよ。絶対無理!」
「なんで、そこで『俺も頑張ってみようかな?』ってならないのかな?」
「そんな、怒らなくても……」
「ところで話は変わるけど、私、かずくんがなっちゃんの勉強を教えることになった時に、『なっちゃんのこと、お願い』って言ったけど、付き合うなんて想像もしなかった。ヤンキーのままでかずくんとの関係を構築していくなら、問題はないけど、昔に戻ったなっちゃんのこと、かずくんが支え切れるかなって思っちゃって。いろいろなことでかずくんとなっちゃんって育った環境も違うし、育った『家』も違うし、もちろん、なっちゃんきれいだし…… かずくんが全部背負うことってできるのかなって」
「やっぱ、俺って夏村さんに似合わないかな……」
「そういうことじゃなくて、なっちゃんが背負ってきたものに押しつぶされなければいいけどって思ってる」
「ヤンキーは解決しても、それ以上のことが夏村さんにはあるってことね」
「もう付き合っちゃってるから私がどういう立場じゃないけど、かずくんが背負っていけるかなって思って……」
「いや、付き合うと決めた時点で、意外と何が起ころうと受け止めていこうと腹に据えたというかね。ヤンキー更生の時も、もうどうにでもなれって気持ちだったしね。あと、夏村さんの家を見ても普通の人ではないなと思って付き合っているから、投げ出さずに夏村さんの目標を達成できるように全力で協力していく。それが俺の役目だと思っているし、達成した後でそれが自分の想像した未来と違っていればと、そこからまた歩みだせばいいと思ってる。俺の今までの人生って、たった十五年間だけど這いつくばって登っていくことの繰り返しだったから」
「かずくんって、強いね…… (だったら、なっちゃんも守っていくことができるかもしれない) うん、わかった。がんばって!」
「ありがとう。心配してくれて」
「でも、一言言っておくね。 なっちゃん、かずくんの想像を超える背景の持ち主だから…… 付き合うんだったら私の方が楽かもよ」
「はいはい、ご忠告ありがとう…… てか、今俺に告ってない?!」
「告ってない!」
道路は附属中学校の前を通り、県庁通りに入った。
県庁横の緩やかな坂を下りていき、県庁前の交差点から埼玉会館までは急な坂になる。
俺たちは立ちこぎで一気に坂を上り、県庁通りと旧中山道との交差点で多江ちゃんと別れた。
「さっきの話、よく考えてよね!」
と言い、多江ちゃんは交差点を左折し自宅に向かった。
さっきの話?!
まさか婿養子の話? 告白の話? じゃないですよね?
俺はちょっとビビりはしたが、そんな気ありませんよと心の中で受け流した。
考えてみれば、夏村さんも一人っ子、多江ちゃんも一人っ子。
自分の旦那は、実家を継いでくれる人が良いのでしょうね。
でも、俺は無理だよ。
実家は花屋だし?
あれ? そう言えば俺、家を継ごうと思ってなかったなあ。
手に職をつけて、安定して稼げる職業とか言ってなかったけ?
だから、狙われるって訳?
じゃあ、この件は以後、口にしないようにしよう。
夏村家
いつもの不必要に厚いドアを開け、自転車を中に入れ、入り口のチャイムを鳴らす。
押してまもなく夏村さんはドアを開け、俺を中に通す。
そして夏村さんの部屋に入るとおもむろに大きめな茶封筒を取り出しこう言った。
「来た! 来た! この前の模試の結果!」
そうか、今日は八月に受けた全国模試の結果が送付されてくる日か。
「では早速、見せっこしようか!」
ぽかんとした顔をしている俺に向かって夏村さんはこう言った。
「お前のは?」
「家に帰ってないから手元にあるわけないじゃん」
「じゃあ、とってこいよ!」
「また次回ということで……」
「とってこい! 一緒に見るって言っただろう! さっさと家に戻って取ってこい!」
こうなってくるとしょうがない。
俺は自転車に乗り、サイボーグ009の加速装置を稼働させ、一気に自宅に戻り、郵送されてきた模試の結果を持参した。
「さて、まずは封を切って、いっせーのせで見せ合おうぜ」
封を切り、成績の紙らしきものを指でつまみ、夏村さんのかけ声に合わせ、封から取り出した成績表を見る。
「あ~ お前の勝ちか。しゃあないなあ。次回はもっと点数、近づくからな!」
何を比べようとしたんだ?
まさか本気で勝ったと思っていたの?
試験の日には0点は免れたと言っていたくせに……
まぁ、次回に向けていい心構えです。
では成績表を細かく見ていきましょうか。
夏村さんだが、ヒアリングと生物基礎のみ平均以下で、その他は平均以上だった。
試験の難易度はたぶん中の上くらいの問題で、学校の授業プラス問題集だけで、短期間でこれだけの成績を残したのだから、すごいものだ。
しかし、現状では志望校の合格率は、第一志望、第二志望十%以下、第三希望は三十%であった。
当然と言えば当然の話だ。
しかし、夏村さんは第三希望には三回に一回は合格できるぞと喜んでいた。
まぁ、数字が意図していることは間違えではないのでここは放っておく。
ここはまずは夏村さんを褒めないとね。
「夏村さん、今までの努力考えると、十分だと思うよ。よくがんばったね。志望校は英語のヒアリングと数学は必須だと思うので、その辺もこれからはがんばらないとね。努力すればもっと合格率アップすると思うよ」
「本当か?! じゃあ、がんばんねーとな。でも本当にかずやのおかげだ。ありがとう!」
俺も褒めれば頑張るタイプなので頑張りますよ!
さて、俺はと言うと、うちの進学塾内でも三十八位であった。
有名国公立大学・私立大学に行く生徒が多数いる、うちの進学塾中での三十八位は上出来だと思った。
しかし、俺の合格率だが第一希望五十%、第二希望五十%、第三希望八十%であった。
流石に第一希望、第二希望の志望者順位は真ん中からちょっと上なのでこれからもがんばらないといけないなと気を引きしめる。
第三希望であるが志望者順位は五位、さすが、国立医学部の滑り止め的な大学なので合格率は高くても、上には点数の高い人たちがいることを意味していた。
多江ちゃんのような普段からものすごく勉強をしている奴らが相手になるのだから。
俺が成績表をしみじみ眺めていると、夏村さんがいきなり抱きついてきて、
「おい、かずや! もう婿養子決定だな! 夏村和也か、いいなぁ!」
と言った。
多分、第三希望の合格率を見ての行動であろう。
七月に公式に付き合い始めてから、何回か不意打ちのキスはされたが、がっしり抱きつかれた経験がなかった俺は、瞬時に今日二回目の加速装置を使い、夏村さんから離れた。
とはいえ、一瞬でも夏村さんの柔らかい膨らみや肌の質感を感じてしまった俺はオーバーヒートギリギリで自我を取り戻すのに時間が掛かった。
胸が大きくはないとは言え、やはりあるものは存在しているので、接触箇所には感触が残っていた。
あぶない、あぶない…
「婿養子決定とか勝手に決めるな!(笑) そういえば、医学部って特殊な選別方法らしいので、いろいろ調べないといけないらしいよ。って進路指導の渋谷先生が言ってた……(本当は多江ちゃん情報だけど……)」
「そうか、数字だけで測れないものもあるんだな。でも、俺もがんばるから、一緒に大学行こうぜ!(できれば同じ大学がいいなあ……)」
それは、俺の言うべき言葉である。
現状、かなり厳しい数字だが、夏村さんのやる気はさらに燃え上がっているので継続して勉強を後押ししたいと思った。
やはり、校内順位九位でも、この成績だ。
現時点では夏村さんは私立文系に絞って勉強すべきだと俺は思った。
少なくとも目標である大学合格には現状から頑張れば達成できない数字では無いと思ったからである。
まぁ、いずれにしてもネックとなるのが数学とヒアリングなのでここに重点を置いて行こうと思った。
当然、この成績は進学塾内で共有される。
塾の進路担当者から翌日の授業の後、俺は呼び出され、志望校に国立の選択肢を提示してきたが、自分のやりたいことが勉強できれば名の通った大学に通う必要性を感じていなかったため、自分は無理はせず、夏村さんの大学受験に集中したいと思っていた。
面談が終わり、いつものバーガークイーンに行くと全国模試の成績の話で盛り上がっていた。
話を聞くとやはり勉強仲間の成績は夏村さんよりも高かった。
当然と言えば当然である。
かたや塾通い、かたや家での参考書での勉強ではかなり頑張らないといけないと思った。
不安が一つ。
多江ちゃんが一人、国立志望なので、五科目で彼女の成績を俺の成績が上回ってほしくなかった。
絶対彼女の機嫌を損なってしまうからだ。
機嫌を害した時の多江ちゃんの豹変ぶりはこの前の帰宅途中で分かっていたからだ。
しかし、現実は酷なもので…… 今回は俺の成績の方が上だった。
そして多江ちゃんは貝になった……
……………
と言いながらも、俺たちの好フォローで多江ちゃんは立ち直り、以前にも増して『打倒! 高松』に燃えるのであった。
そして林間学校の日を迎えた時の多江ちゃんは先述のとおりである。
さて、夏村さんの勉強方針だが学校の勉強をメインとし、上乗せで受験校の試験科目である英語、数学、社会に関し、難問を含めた実践的な問題集をこの時点から始めることにした。
高校一年の時点で五科目を漠然と勉強をすると何かが足かせになり、それが他の教科に波及し、全体の点数を落としてしまうという現象があることを進学塾の先生から聞いていたので、学校の勉強と受験の勉強は分けて考えることにした。
いずれにしても、夏村さんにとって数学とヒアリングが問題だ。
俺は数学にしてもヒアリングにしても慣れが必要であると思った。
数学に関しては数多くの問題を解くことで慣れていくだろうと思い、現在の問題集が終わったら、俺の使っている問題集を貸して勉強することとなった。
ただ、ヒアリングの成績向上に向けて何をするかだ。
やはり試験当日の音声の音を考えると外国人の発音に慣れることが大切と思った。
俺は進学塾に行く前に、職員室に立ち寄り英語担当の西岡先生に相談してみた。
先生が言うにはいきなり外国人講師の英語塾に行っても苦労するので、やさしく発音してくれるラジオの教材なんかはどうかと勧められた。
そういえば、俺の家には基礎英語一~三までのテキストとCDが沢山残っていた。
それを使って、一年生の間にCDを何度も聞き、耳慣らしをすることを夏村さんに勧めた。
CDとテキストで結構な量になるため、夏村さんは最初はこんなに借りていいのかと躊躇したが、最終的には使うことを了承してくれた。
夏村さんは『借りる』ということに不慣れだった。
欲しいものは自分で買う、というのが夏村さんの習慣であった。
そして『借りる』は借りた人に対し、恩を売ってもらうという意識があり、恩を売ってもらうことは自分が相手より格下だと認識してしまうようだ。
そこで、俺はここで夏村さんには借りを作るということに慣れさせようと思った。
『自分で買うこと』は自分を頼ることであり、『借りる』は他人を頼ることである。
以前に比べ夏村さんは俺を頼ってくれるようになったが、そのことは悪いことではないということをもっと強く定着させたいと思った。
そしてなによりも夏村さんには俺を頼ってもらいたいと思っていた。
まぁ、二人の仲がもっと深くなることを願ってという意味も含めていたってこともあるけど。
十月、暦の月名で神無月を迎えた。
当作品をここまで読んで頂き、ありがとうございます。
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編集記録
2021/12/11 加筆訂正
2022/07/24 改稿
2022/09/11 3-5話を3-5、6話に分割し、校正、一部改稿




