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13ー8話 Who’s the real one?(7)

「……正直に言ってもいいですか」

「どうぞ」


 目は、逸らさない。

 言葉にした瞬間、喉の奥が少しだけ熱くなった。

 逃げ道を自分で塞いだ、そんな感覚。


「どうぞ」


 野中さんは、箸を置いたまま、こちらを見た。

 目は、逸らさない。

 急かすでも、探るでもない。ただ、待っている。


 俺は、すぐには話し出せなかった。

 何から言えばいいのか、決めきれなかった。


「……俺」


 声に出してから、間が空く。


「告白されると、断れないんです」


 言い切った瞬間、少しだけ肩の力が抜けた。

 ずっと喉の奥に引っかかっていたものを、ようやく外に出した気がする。


「断れない、って」


 野中さんは、繰り返す。

 確認するように。


「はい。ちゃんと話を聞かなきゃって思って……相手の気持ちを無視するのが、どうしてもできなくて」

「それで?」

「……そのまま、親身に付き合ってしまう」


 野中さんは、すぐには反応しなかった。

 グラスに残った水を一口飲み、ゆっくりと置く。


「今、何人?」


 淡々とした質問。


「……五人、です」


 一瞬だけ、空気が止まった気がした。

 でも、野中さんは驚いた顔をしない。


「五人、か」


 それだけ言って、少し考えるように視線を落とす。


「多いと思う?」


 唐突な問い。


「……はい」

「どこが?」


 言葉に詰まる。

 数が多いから、という答えは、どこか違う気がした。


「……全員に、ちゃんと向き合えてない気がして」

「向き合えてない、のに?」

「……関係は、続いてる」


 自分で言って、胸がざわつく。


「それ、誰が決めてる?」

「……俺、です」


 小さな声。

 でも、否定できない。


「じゃあさ」


 野中さんは、少しだけ身を乗り出した。


「高松くんは、今『選ばない』って選択をしてるんだよね」


 選ばない、という言葉が、思った以上に重く響いた。


「……はい」

「それって、何を守ってる?」


 すぐには答えられなかった。

 頭の中に浮かんだ言葉を、いくつか捨てる。


「……誰も、傷つけたくないから、っていうのは表向き。自分にとってみんな大切だし、失うことに躊躇しているのかもしれない」


 やっと出た答え。


 野中さんは、うなずかない。

 でも、否定もしない。


「本当に?」


 短い一言。


 胸の奥が、きゅっと縮む。


「……たぶん」


「たぶん、か」


 少しだけ、間。


「『親身に付き合ってる人が五人いる』って言ってたよね」


 俺は頷いた。


「名前は言わなくていいよ。その代わり、一人だけでいい。その人と一緒にいるときの高松くんって、どんな感じ?」


 少し考えてから、言葉を探す。


「……とにかく、その人のことを見守っていたい、って気持ちになります」


 野中さんは、否定もせずに頷いた。


「見守りたい、か」

「助けたいとか、引っ張っていきたいとは、ちょっと違う感じだね」

 

「どうして、そう思うんだと思う?」

「……彼女が、一人で、表に出さないような努力をしてたのを、俺が知ってるからです」

「それで?」

「最終的に、その努力が……報われなかった」


 言った瞬間、胸の奥が少しだけ軋んだ。


「高松くんはさ」


 野中さんは、言葉を選ぶみたいに少し間を置く。


「その努力を、本人より先に見てしまったんだね」


 俺は黙って頷いた。


「それを知ったとき、どう思った?」

「……全力で、その人のなりたい未来を探して、できるだけいい形で、叶えてあげたいって思いました」


 自分の口から出た言葉に、少し驚く。


「探してあげたい、か。それって、並んで歩くっていうより……設計してあげたい、に近いかもね」


 責める響きはなかった。


「どうして、本人に任せる、じゃ足りなかったと思う?」

「……努力してる姿に、共感したんだと思います。俺が、応援しないと……」

「共感、ね」


 野中さんは、小さく頷く。


「かわいそうだからじゃなくて、自分と、重なった感じがしたんだ」


 俺は、すぐに否定できなかった。


「ねえ、もう一つだけ聞いていい? 高松くんは、その人のどこに一番共感したと思う? 結果が出なかったところ? それとも……やめざるを得なかったところ?」

「……やめざるを得なかったところ、だと思います」

「どうして?」

「……あんなに頑張ってたのに、報われないって、ひどいじゃないですか」


 野中さんは、はっきりと頷いた。


「『ひどい』って言葉、今すごく自然だった。高松くんは、報われなかったことより報われないまま、やめなきゃいけなかったことに、反応してる」


 視線を逸らせなくなる。


「それってさ……その人だけの話?」


 俺は、少し息を吸ってから答えた。


「……中学の頃、いじめにあって、夢を、あきらめざるを得なかった時があったんです」


 野中さんは、何も言わずに聞いていた。


「だから……その人には、頑張りが実ってほしかった」

「もし、その人の努力が報われたら、高松くんの中の『あのときの自分』も、少し救われる気がする?」

「……はい」


 自分でも驚くほど、素直に出た返事だった。


「応援したかった彼女と……、応援してほしかった自分……、その二つが、重なってたんだね」


 野中さんは、少しだけ視線を落とした。


「それって、恋人としての役割だと思ってた? それとも……自分にしかできない役割?」

「……自分にしかできない、って感じてました」

「そうか」


 短く、でも重く受け止める。


「もし自分が動かなかったら、誰も動かない気がした?」

「……はい」

「それ、正直しんどくない?」


 俺は、すぐに答えられなかった。


「優しさと責任感が一緒になるとね。人は簡単に、自分の人生を後回しにする」


 野中さんは、穏やかに言った。


「今は、答えを出さなくていい。ただ、『背負う側』に回ってる自分がいるってことだけ、覚えておいて」


 少しだけ、微笑む。


「正直に話してくれて、ありがとう。今日は、ここまでにしよう」



 店を出ると、夜風が思ったより冷たかった。

 昼間の暖かさが、嘘みたいだ。


 一人で駅へ向かう。

 足音が、やけに響く。


 本当は、受験のことだけ考えていればいいはずだった。

 英語の点数。推薦。模試。

 なのに。


(……こんなことまで、今考えなきゃいけないのか)


 胸の奥に、重たいものが残っている。

 誰かを救いたいと思った理由。

 それが、過去の自分を救いたかったからかもしれないこと。

 「自分にしかできない」と思い込んで、背負ってきたもの。


 改札を抜け、電車に乗る。

 窓に映る自分の顔は、少し疲れて見えた。


 まだ、何も決めていない。

 決められるほど、整理もついていない。


 ただ一つ、はっきりした。

 これはもう、英語の試験だけの話じゃない。

 どこで、誰の人生に関わるのか。

 どこまでを、自分の責任として引き受けるのか。

 受験前に考えるには、少し重すぎる。

 でも……。

 考えなかったことにするには、もう遅かった。


 電車が揺れる。

 俺は目を閉じて、ゆっくり息を吐いた。


 答えは、まだ先だ。

 それでも、確かに何かが動き始めている。


 そんな感覚だけを抱えたまま、家路についた。

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― 新着の感想 ―
他人の人生なんて、早々に背負えるもんじゃないですよね。 それでももし、本気で背負う気であるならば、弱音を吐くのはご法度ですし。 まぁまぁでも、こういうのって若さ故の感情って感じですかね。 特に、人よ…
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