11ー14話 Real Mind(14)
Real Mind
森川美穂 10thシングル 1988年
俺は床に大澤の血痕がないことを確認し、舞台の袖で待機する和田さんを見ると、和田さんは微笑みながら軽くうなづいた。
「では、ご紹介いたします。現在は日本を代表するギターリスト、本日は私の最後のステージということで時間を作って来てくださいました。俺が子供のころから師と仰いだ大先輩、和田アキトさんです」
と言い、和田さんをステージに招き入れた。
和田さんがゆっくりとステージ上の俺のもとに来るとガシッと俺の右手を取り握手した。
握手をし終えた俺はマイクを和田さんに譲り、和田さんの横に立ち、観客席にすっと目を下した。
するとさっきまで席にいた夏村さんがおらず、多江ちゃんの席がぽつんと空いた状態だった。
多江ちゃんは不安な表情であったが、晏菜は俺と目が合うと軽くうなづいた。
(夏村さんがいない……。控室に行ってくれたのか)
俺は幾分安堵し、和田さんの方向を向きなおし、挨拶を聞いた。
「夏村さん、何かあったのでしょうか? メンバーの一人が控室に戻ったみたいですが……」
「確か和田さんとの共演の際は大澤は演奏に加わらないので控室に戻ったのだろうが、彼のいた場所を念入りにモップがけしていたのが気になった。それとかずやの表情だ。あいつクールに気取っているけど俺には全部お見遠しなんだよな」
その言葉を聞いたさよりは自分でも意図せず、首を垂れた。
(やっぱ、かずや先輩と夏村さんとの間には見えないけどなんでも通じ合う心の受信機を持っているんだなぁ……。私には入る隙間もない……)
さよりの仕草を見落とさず、夏村さんは軽くさよりの肩を叩いた。
「あいつ、お前が思っているより単純だから、もっと付き合いが長くなれば自ずとあいつの心の変化はさよりでもわかるようになるよ」
「も、もっとかずや先輩を知ることが私にできるでしょうか」
「かずやをこれからもヘルプするんだろ。あいつとの付き合いが長くなれば、自然とわかってくるよ。これからもさよりにはいろいろとお世話にならなくちゃいけないんだから」
「まるで、夏村さん。もうかずや先輩の奥さんみたいですね」
「最終的にそうなればいいな」
夏村さんは歩を進めながら、少し顔を上げた。
「これから来る受験という流れの中でどうなっていくのか……。うん、そうなればいいな」
と自問自答しているようだった。
控室に戻った大澤は荒れていた。
室内の机やいすに当たり散らしていた。
「師匠の最後の舞台にケチをつけてしまった! なんて奴だよ、俺は! 少しも師匠の役にたっていない!」
「少し落ち着いて!」
マネージャーさんは大澤にペットボトルの水を手渡そうとしたが、大澤はその手を払いのけた。
「ゆ、指が血だらけで、痛いからしっかりと弦を抑えることができないんだ。ギターリストとして最低だよ!」
その言葉を発しながらも大澤は暴れていた。
もうマネージャー一人では大澤の感情を押さえつけることはできなかった。
その時、控室をノックする音がしたが、大澤とマネージャーの耳には入らなかった。
(ちっ! あのバカ、当たり散らしているな…… かずやが心配していたのはこのことか……)
大澤の暴れている音は控室の外でも聞くことができた。
控室のドアの正面に立つと、夏村さんは軽くドアを3回ノックした。
中からの返事はなかった。
再度、夏村さんは幾分強めにドアを3回ノックした。
中からの返事はなかった。
夏村さんは表情を変えると強くドアを3回ノックした。
この時は返事を聞く間もなく、夏村さんはドアを開け、中に入った。
中では大澤が暴れており、マネージャーは手を広げて彼を抑えようとしていたが、暴走機関車と化した大澤を押さえつけることはできていなかった。
ちっ!
夏村さんは舌打ちすると、瞬時に大澤の前に行った。
大澤は興奮していたため、夏村さんに気付かなかったが、マネージャーは気づいたらしく、動きを止め、夏村さんに威圧され数歩後退した。
そして夏村さんは二人の間に入ると、目にも入らないスピードで大澤の腹に正拳突きをお見舞いした。
大澤はウッと呻き、腹を抑え膝から崩れた。
「馬鹿野郎! かずやの舞台を邪魔するな!」
殴った夏村さんは手を握りしめ、拳を震わせた。
我に戻ったマネージャーが止めに入ると、夏村さんはその手を払いのけ、大澤に一歩近づき、襟をつかむと彼を引っ張り上げた。
「お前、男だろう! 自分が動けないからってギャーギャー癇癪起こしてるんじゃねぇ! 落ち着け! そしてかずやを見守れ! (控室の)留守を預かる立場を考えろ! お前は今何をすべきなんだ!」
そう夏村さんが叫ぶと、大澤は自我を取り戻し、おとなしくなった。
「そうだよな…… 俺のできることか…… ここから応援することしか……」
「残念だろう!」
「……」
「無念だろう!」
「……」
「だったらお前は次に何をすべきなんだ?! よく考えて行動しろ! この騒ぎではかずやが集中できない…… 最後の和田さんとのセッションだ。集中させてやれよ」
「……(コクリ)」
夏村さんは大澤の襟を離さず、そのままステージの袖まで大澤を連れて行った。
「最後のかずやと和田さんとのセッションだ。ここからよく見て自分が何するべきか考えろ」
つかんでいた襟を離すと、大澤は自立し、じっとステージを見ていた。
何度も和田さんと"Room 335"を演奏してきた。
演奏を止めては細かい指の動かし方などを和田さんに教えてもらってきた。
小さな俺が成長するとともに、和田さんの姿も成長していった。
昔、指にマメができた時、それでも練習がしたかったので、ライターの火でマメを焼きつぶしたことがあった。
その後練習時に和田さんと会った際、俺は思いっきり殴られた。
指は演奏家の命、それをライターで焼くなど、もっての外。
しかし、殴った後、和田さんは優しくこう言った。
「急いでもしょうがない。まだ先は長いんだ。今日は練習を休め。でも練習には参加しろ。場の雰囲気を忘れないためにな」
というと、俺をスタジオの壁近くに置かれた椅子に座らせ、練習を始めた。
俺の子供時代の走馬灯は"Room 335"の中に満ち溢れ、二次元から三次元へと広がっていった。
1曲終わった時点ですでに俺は泣きそうになり天を仰いだ。
その思いをぐっと押さえ、和田さんのほうに向きなおすと、和田さんはお疲れ様と小さな声で俺に言った。
和田さんとのセッションはこの1曲だけという契約だったらしく、観客のアンコールには答えられなかった。
お詫びをマイク越しに和田さんが伝えた後、俺はマイクを取ってこう言った。
「では、俺の師匠である和田さんへの答辞としてこの曲を演奏しながら見送りたいと思います。同じくラリーカールトンの"Point It Up"です。」
と言い、握手をすると和田さんは席を立った。
"Point It Up"はラリーカールトンの作品の中でも最も演奏が難しいと言われる曲だ。
俺はこの曲で和田さんと別れると決めていた。
俺の和田さんからの卒業試験の曲と考えていた。
和田さんがステージの袖に戻ると、そこには大澤が立って俺の演奏を見ていた。
(指のマメが潰れたのか…… どうやら、かずの思いが彼にも伝わったのかな)
と、思いながら和田さんはふと控室の方向を見ると、腕組みをしながら仁王立ちしている夏村さんを見つけ、軽く噴き出した。
(なるほどね……。さすが、最強のファンだな)
と笑いながら和田さんは夏村さんに近づいた。
「夏村さん、今日は客席からではないのかい?」
「いや、かずやから大澤のことを頼むと何かをステージから送ってきたので、奴に説教してやりました」
和田さんはそれを聞き、再度大澤の姿を見直すと大笑いした。
「なるほど、かずやの伝えたいことを夏村さんが伝えたって訳ね」
「……」
そう和田さんから言われると、夏村さんは顔を紅潮し下を向いた。
「ありがとうな」
夏村さんは和田さんのこの言葉に顔を上げた。
「あの時の約束守ってくれたんだな」
約束とは……
『かずは一生懸命がんばってるんだけど、なかなか認めてもらえなくて、なかなかファンも付かなくて、普通なら卑屈になりそうな時もがんばってくれていた。そんなかずにファン第1号に君のような子が付いてくれたことに感謝する。最後まで見守ってくれ』
二年前、渋谷のスタジオに初めて夏村さんと一緒に入ったとき、和田さんが夏村さんに伝えた言葉だった。
「もちろんですよ。ファン1号として見守ってきましたし、これからも見守ります」
「かずがここまで変われたのは夏村さんのお陰だ。礼を言うよ」
「いえ、お互いいろいろと影響しあいましたので」
「そうか、よかった。これからもかずのこと、頼むな」
「わかりました」
「じゃあ、もう少しステージを見てから退散するよ」
というと、和田さんは大澤が見守る方向に移動しかけたところ足を止め、夏村さんにこう言った。
「二人の披露宴には呼んでくれるよな」
「もちろん、一番前の席を空けておきます」
「照れもしないのかよ。参ったね~」
そういうと和田さんは手を振って袖に向かった。
和田さんに一礼し終わると、夏村さんは控室前の廊下にダッシュした。
ドアを開け、廊下に出ると、顔を真っ赤にし廊下の反対側の柱に正拳突きを何度も入れた。
「うぁちゃあ~。 なんてこと言ってるんだ私。 めちゃ恥ずかしい! っていうか本当に結婚できなかったらどうしよう~」
この一部始終を見ていたさよりはこう思った。
(やっぱ、かずや先輩と夏村さんとの間には強い何かが働いているんだな。到底、私には叶わないとても強い何か…… 入り込めない……)
さよりは立ち上がり、廊下に出ると、夏村さんに声をかけ体育館内に戻っていった。
「ありがとうございま~す! これから10分ほど休憩をいただき後半戦もぶっ飛ばしていきますのでヨロシク!」
そう
と俺が叫ぶと体育館内は明るくなった。
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