11ー13話 Real Mind(13)
Real Mind
森川美穂 10thシングル 1988年
薄暗い客席とは対照的に誰もいないステージは白色の照明に照らされ、まぶしいほどだった。
観客は一緒に来た仲間と会話をし、客席はざわめきを欠くことはなかった。
意識は仲間に注がれ、楽器だけが置かれたステージには興味をもたず、ただ、仲間との会話を続けていた。
控室に俺達には彼らが何を話しているか到底わかるわけも無く、ただ会話のひとつひとつが粒となり、群れを成して流れてきた。
「さて、行きますか……」
俺は軽く自分に語り掛け、ギターを抱えた。
「さあ、行こう!」
達也さんの掛け声とともに、メンバーは立ち上がり、ステージに向かった。
先頭に立った達也さんが、舞台のそでに立ちペンライトを点灯させると、客席、ステージが一気に真っ暗となった。
すると、客席から流れてきていた会話の粒たちは一気にはじけ、女性客の『キャー!』という声、男性客の『オー』という声に変り、会話の粒を弾き飛ばしていった。
ステージではディスプレイが点灯し、それとともに音楽が流れだす。
画像・音声は、バンドで最初の曲をあらかじめ演奏しているところを録音、録音したものが流れる。
メタリカの『バッテリー』のイントロが流れる。
最初のアコースティックギターの演奏は俺だ。
曲とともに俺に手元を映し、イントローを弾く映像が流れる。
そして、リードエレキギターのパートを弾く、きょんさんの手元。
それに続けてベースの達也さんの画像が流れる。
最後におーさんのドラム演奏の画像流れ、カメラはドラムセットからだんだんと広角に代わり、演奏しているメンバーたちが映り込んでいき、最後には全員の演奏画面になった。
それと同時にステージのライトが付き、俺たちを照らした。
客席のウォー! という歓声とともに俺の高速リズムギターの演奏が始まり、バンドの演奏は始まった。
この画像が流れている間に俺たちはステージに移動し、自分の立ち位置を示した、ペンライトを頼りに向かった。
俺はステージの真ん中に立つと、もう一度マイクの位置を確認し、足元にあるコードをギターに接続し、ギターを鳴らした。
目の前のモニタースピーカーから俺の弾いたギターの音が出るが、客席には流れている画像の音楽にかき消されてしまうため、聞こえないのであろう。
真っ暗なステージだが、後ろにあるディスプレイの光で、メンバーの顔は認識できた。
各メンバーに視線を送ると、相手も軽くうなずき返してくる。
よし、俺の最後のステージがいよいよ開幕となる。
俺は大きく息を吸い、ふと客席を見ると、目の前の夏村さんはステージの俺の姿が見えるかの如く熱い視線を送っていた。
俺が夏村さんに軽くうなづくと、彼女も軽くうなづいた。
すると、緊張というピアノ線のような細くて切れない糸がぷつりと切れた気がした。
『夏村さん、行ってきます』
俺は自分の世界に異転する決意を改めてし、目をつぶり、再び目を開けた時、画像が終わり、別の世界が目の前に広がった。
Lashing out the action
Returning a reaction
Weak are ripped and turn away
……
高一の学園祭の時とは異なり、かなりがなり声で俺は歌った。
メタリカのヴォーカル、ジェイムズ・ヘットフィールドを意識したが、一緒の声にしても物まねにしかならないので、そこは俺の歌声を迫力ある感じに発声しただけである。
しかし、いつもの学園生活の雰囲気と違う俺に観客は少し戸惑ったようだが、音楽に慣れてくると、一気にヒートアップした。
ジェイムズ・ヘットフィールドのリズムギターの特徴はそのほとんどがダウンピッキング(弦を上から下に弾く)で行われることだ。
また、リードギターと同じフレーズを弾いたりするので結構大変である。
彼と出会わなければリズムギターの楽しさを経験することはなかったと思う。
曲はメタリカの3作目である『Master of Puppets』から『バッテリー』『メタルマスター』『ディスポーザブル・ヒロー』と続いた。
ヘヴィな曲の連続であるが、演奏は楽しかった。
左腕も言うことをきくし、右手の疲労も無い。
観客もこんな曲なんだと納得し、何とか付いてきている様子だった。
3曲を終えたところで、俺はマイクを握りこう叫んだ。
「こんばんは! Noutusです! 楽しんでますか!」
客席から大きな歓声が返ってきた。
「ありがとうございます。えっと、今回学園祭に特別枠として参加させていただき誠にありがとうございます。それと一度分かれを告げたメンバーと一緒に演奏の機会を与えてくれた学園祭実行委員の皆様に感謝いたします」
「沙羅ちゃん、私おにぃに感謝されちゃった!」
「晏菜ちゃん、うるさい」
俺は客席をざっと見渡した。
いつの間にか立ち見の人も出ている様子で、大澤に近いステージから右手の立ち見は大澤ファンでごった返していた。
さっと見ただけでも、見慣れた顔がたくさん見えた。
休み時間の井戸端話に集まってくれていた一年、二年生たち
サッカー部、軽音楽部、女子バレー部、卓球部、陸上部……
中にはOB、OGの顔も見えた。
「本当に俺はこの学校をなんとかみんなが楽しんで勉強のできる学校にしたいという思いでがんばってきましたが、今日お集まりいただいた方々、参加できなかった方も含め皆さんのおかげで自分の理想に近づいてきたのではと思います」
立ち見の人影の中に一生懸命俺の写真をスマホで撮っている石森さんの姿を見つけた。
あいかわらずのストーカー気質、変わらないのだなと俺は少し笑った。
「あとはみんながハッピーエンドになればいい。それが俺の願いです。夢はいくつあってもいい。でもひとつ向かうべき夢を決めたならそれに向かって全力で、不要になった夢は捨てていかなくてはならない。俺は十数年間彼らと一緒だった。俺はひとつ夢を捨てたけど、捨てた夢を引き継いでくれる人ができた。大澤勇人さん、彼が彼らを導てくれると願っています。今日はこのバンドをこれから輝かせてくれる大澤さんにバトンタッチする場でもあります。俺の夢は彼に預けます。メインヴォーカルを譲っていただいた大澤勇人さんにも御礼いたします」
俺が彼を指さすとスポットライトが彼に集中した。
彼は軽くお辞儀をするが、何か落ち着かない様子だった。
これを様子を見た俺は、舞台のそでを見ると、Noutusのマネージャーと和田さんが話しているのを見た。
『少し和田さんとの演奏を早めるか……』
と思った俺はMCを切り上げ、次の曲の演奏を開始した。
曲はメタリカの2作目である『Ride The Lightning』から『Ride The Lightning』『Creepin Death』と続くが、『Ride The Lightning』の途中、俺と大澤が背合わせで演奏する場面で大澤のギターのネックと弦に血が付き、ブリッジ(本体の弦を止める場所のそばにあり、弦の高さなどを調整する金属の部品)から数滴血が滴り落ちていた。
大澤は指のマメをつぶしたのだ。
今日に向けて彼がかなり練習していたことは知っていた。
練習時に彼の弦の押さえが悪く、ギターの音が響いていないことを事前に知っていたのだ。
「大澤さん、指大丈夫ですか?」
「大丈夫! 大丈夫! 師匠の門出にケチ付けられないもんな」
と背中越しに大澤と会話したが、もう長くは持たないと俺は思った。
俺は小学生時代からギターを弾き、何度も指にマメを作ってはつぶしていた。
そのため、おれに左指の先はいずれも外観は変わりないが、硬くなっていた。
大澤は俺と出会ってから本気でギターを練習したらしく、マメをつぶした経験が無かったのだ。
それだけ、演奏にマメをつぶすことが影響するのかは十分俺は知っていたので、初めての大澤にどれだけの苦痛なのかはわかっていた。
俺と大澤は離れ、大澤が自分の位置に戻ると、畑中さんに視線を送った。
さすが、いろいろな機会でステージのミキシングをしているだけあり、畑中さんは大澤の非常事態を察知し、大澤のギターの音を絞って俺に視線を送った。
あとは、大澤がいつギブアップするかだ。
6曲目の『Metallica』から『enter sandman』を演奏し終え、大澤は舞台の袖にはけた。
ここから、少し時刻は早いが和田さんに登場してもらうこととなった。
大澤以外のメンバーは俺と和田さんのセッションを手伝うためステージに残った。
俺はギターを変えるために肩からギターを外した際、さよりに視線を送った。
その視線に感づいたのか、さよりは別方向の袖に待機していたスタッフに俺のそばに行くよう伝えた。
俺はスタッフに血が散在している場所を示すと彼らはモップを持ってきてしきりに床を拭いた。
確実に不穏な雰囲気になると思い、俺はマイクに向かい、
「すいません。床の何か所か滑るので拭いてもらってますので少々お待ちください。次は日本を代表するギターリストになった我が師匠、和田さんとのセッションとなります。そのあとは10分程度お休みをいただき、休憩あとは皆さんのなじみの曲をお届けしたいと思います」
ちょうど、スタッフが掃除を終えたらしく俺はスタッフに声をかけた。
「申し訳ない。床の血の件は内緒にしてくださいね」
というと、スタッフ全員がうなづいた。
不安な俺の表情を察知したのか、夏村さんはすっと立ち上がり席を離れようとした。
「なっちゃん、どうしたの?」
「かずやが不安そうな顔をした。私はこれから控室に行ってみる」
「これからかずくんの演奏続くよ」
「大丈夫、今見せた奴の不安な表情は自分の不安ではなくて他人に対しての不安の表情だ。だから行ってくる」
というと席を離れた。
不安そうな表情を見せた多江ちゃんに晏菜は声をかけた。
「沙羅ちゃんは私よりおにぃのことわかっているから大丈夫だよ。沙羅ちゃんに任せておけば……大丈夫」
多江ちゃんは軽くうなづいた。
席を立って出口に向かう夏村さんの後をさよりは追った。
「夏村さん、どうされました?」
「かずやがピンチだ。さよりも来るか?」
「はい、行きます!」
そう言うと二人は控室に向かった。
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