11ー12話 Real Mind(12)
Real Mind
森川美穂 10thシングル 1988年
軽音楽部のオープニングアクトは終わったようだ。
山田さんの歌声は即席で作った楽屋の薄い壁を突き抜け響いていた。
今更ながら二年前、こんなヴォーカリストと歌唱対決したのだ。
そしてあちらはプロデビュー。
いい思い出にならない訳がない。
体育館内のライトが付き、軽音楽部の演奏終了後、観衆は一時体育館から退場させられた。
軽音楽部の機材の撤収と俺たちのバンドのセッティングがあるからだ。
座席の並びも変更され、大きく前方と後方に分けられた。
前方と後方の間に畑中さんが座るミキシングやステージのライティング機材が設置された。
前方の座席はさらに左右に分けられ、畑中さんがステージを確認しやすくていた。
事務所のスタッフと思われる同じジャケットを着た人達は手際よく、機材を運び、各種ケーブルを機材に接続していた。
アマチュアの時はすべて自分たちでやっていたことを今はスタッフが行っている。
もう彼らはプロなんだなと自分の立場と違いを痛感した。
今日は他人が作り上げたステージで暴れてやろうと俺は思った。
…………
「さて、以上で今日の流れを説明した。あとはみんながんばろう!」
「おう!」
円陣を組んだ俺たちは雄叫びを上げ、気合を注入した。
ふと、大澤に目を向けると、左手をしきりに見てはグーパーを繰り返していた。
さっきの予想は間違いないなと思い、きょんさんに事前に相談したのはよかったと俺は思った。
俺は大澤に近づき声をかけた。
「大澤さん、今日はよろしく頼みますね」
「了解です、師匠。絶対盛り上げてみせますよ。何分、このバンドで一番の美貌なんで」
「ルックスはお任せします。俺は自分の世界に没入しますので」
「演奏は邪魔にならないよう、がんばります」
「ここまでがんばってきた成果をみせましょう」
とはいえ、現実は甘くないだろうと思った。
多分、彼にとって無念な結末が待っているだろう。
でも、これも経験。
テレビやコンサートでやらかすよりはよかろうと思った。
俺は軽く大澤の肩を叩き、気合を入れた。
「さあ、行きましょう!」
ギターを持ちステージに向かうと体育館内ではすでに畑中さんがステージチェックをしているのか、スピーカーから大音量の音声が流れており、照明もステージを多種の色彩に変化させていた。
これがプロのステージか……。
すべてが圧倒させられた。
大型のスピーカーの後ろにはいくつもの液晶ディスプレイが配置してあった。
畑中さんがどうせやるなら普段の "Notus" ではできない奇抜な演出をすると言っていたのだが、このことであったのだと合点がいった。
おーさんのドラムス、きょんさんのキーボードのセッティングをしている間、俺はギターのセッティングとマイクの位置を確かめていた。
セッティングを開始すると間もなく、体育館内の照明が少し明るくなり、入り口が解放され、そちらから多くの観客の声が聞こえてきた。
整理券を持った観客はパイプ椅子の背もたれに張られた席の番号を照合しながら席に着き始めた。
想像以上に観客数が多い。
一年の時にもメンバーに参加してもらったが、それはあくまで校内でのトラブルに伴う緊急出演だったため、事前の宣伝が行き渡っていなかったことと、俺たちのバンドも有名では無かったので、ここまで客は入らなかった。
今回は二階の通路にも報道のカメラと事務所が呼んだ収録スタッフも待ち構えているのが見えた。
そんな光景を眺めていると、俺のそばに達也さんが自分のベースを背負ってやってきた。
「どうだ、和也。こんだけの観客見るの初めてだろう」
「達也さん、和也はやめてくださいよ。昔みたいに『かず』でいいですよ……。う~ん、そうですね。ここで最後でかつ最高の演奏ができれば俺は満足です」
達也さんがふと客席を見て、少し笑いながら俺にこう言った。
「おい、かず。 目の前に嫁さん、来てるぞ」
と言い、達也さんは客席のある位置に向かって手を振った。
その方向に視線を向けると、一番前のセンターの席に夏村さんがいるのが見えた。
横には多江ちゃん、勉強仲間たち、晏菜、那奈の顔も見えた。
俺も手を振ると、恥ずかしそうに少し膝から手を上げて振り返した。
「二年前とは別人だな……。 あのままスケバン街道を突っ走るのかと思ったよ」
「別人……。 そうですね、そのついでに来年には必ず彼女を『慶応ガール』にしてみせますよ」
「彼女も変わったけど、お前も変わったな。昔はバンドでオーラなかったけど、今じゃ輝いて見えるよ」
「彼女のおかけです。本当に夏村さんは最強ですよ」
「最強か……、ぴったりな言葉だな。かずの最強のファンだと公言してたもんな。ところであの集団は?」
と言い、達也さんが指を指した方向を見るとセンターの通路を挟んで反対のブロックに女子バレー部、その横にはサッカー部員の姿が見えた。
「あそこは体育部の集団ですね」
と達也さんに回答する間もなく、その集団から『和也せんぱ~い!』と黄色い声援が飛んできた。
「かず、ファンには手ぐらい振ってやれよ」
俺は少々躊躇しながら手を振った。
「かず、嫁さんが怖いんだろう」
「はあ……」
「でもよかったよ。こんなにお前に仲間が増えたんだもんな。中学卒業の時の状態だったらこんなにファンも付かなかっただろうしな」
「そうですね。すべて解決できたんで……。ここにいるみんなのお陰です」
「その分、がんばらないとな! 今日はお前がメインディッシュなんだから」
「俺は料理ですか?! でも、みんなにおいしく食べてもらえれば本望ですよ。じゃあ行きますか?」
「よし、がんばろう!」
自分のマイクの前にスピーカーが設置してある。
そのスピーカーは俺の歌声や弾いている楽器の音しかしない。
大音響の後ろのスピーカーだけでは、自分の歌や演奏が分からなくなるからだ。
今では、電波でワイヤレスのイヤホンにその音声を飛ばして、イヤホンを頼りに演奏しているが、当時はそんなものは無かったのでそのスピーカーの存在は大切である。
ただし、スピーカーの存在で前方の観客が視野を阻まれるという欠点もある。
しかし、今日は別だ。
スピーカーの丁度向こうに夏村さんが見える位置関係だ。
それが俺にはとても心強かった。
セッティングも終わり、一時楽屋に戻る際に、夏村さんと目が合った。
俺は聞こえないかもしれないが夏村さんにこう言った。
「今日は楽しんでね。あと、俺を最後まで見ていてね」
すると、夏村さんは軽くうなづいた。
夏村さんに俺の声が聞こえたという確証は無かったがそれで充分だった。
俺は一礼し、ステージを後にした。
「ねえねえ、なっちゃん。今、かずくん、なんて言ってたの?」
「わかってる……、人には言えない……、かずやがなんて言ったかは……」
夏村さんはそう言いながら何度も頷いていた。
いよいよ、俺たちの最後のステージが幕を開ける。
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