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11ー9話 Real Mind(9)

Real Mind


森川美穂 10thシングル 1988年

 席を立って、スタジオ内を凝視していた大澤はゆっくりと畑中さんの方向に移動し声をかけた。

「こいつ、何者ですか?」

「以前の "Notus"のヴォーカルでギターを担当していた。実は昨年の浦和市で行われた田島ヶ原ロックフェスには彼をギター&ヴォーカルで参加の予定だったんだ。しかし、自分の学校で彼女を守るため、傷を負い、その怪我が原因で参加出来なかった。代わりのヴォーカルは今、宣伝を大々的にやっているレベッカのNOKKOで、その後、NOKKOは別の事務所にスカウトされて、俺たちは新しいヴォーカルを売り出すため、要はお前を売り出すためのバンドとして事務所と契約になったんだ。本当の彼らの音楽はこれなんだよ。奴は一時期音楽を諦めたんだが、何の因果か、彼女を再び救うために彼女をかばった際に同じ場所に怪我を負ったら、痛みも薄れここまで出来ようになったんだ」

「『俺を売り出すために』という言い方はやめてくださいよ!」

「だって、お前、奴らにリスペクト、無いだろう。一曲終わると、自分勝手に間を開けるし……。かずやを見ろ。一曲終わるとみんなに『ありがとうございます』と言っているし、始まる前には細かい指示をしてから『お願いします』と言い、演奏を始める。これが長い間に培われたリスペクトだよ」

「リスペクト……」

「そう、リスペクトだよ」


「すみません。ここから学園祭用の乗りのいい曲で行きます。自分、リズム弾きながら歌いますので、きょんさん、リードお願い出来ますか?」

「オッケー、曲に合わせてラフに動けばいいか?」

「滅茶苦茶格好つけていいですよ」

「最近はキーボードばかりだったんで、目立ちたかったんだよな」

「やっぱ、そうですか。楽しんでください」

「俺はベースを腰より下に構えて、ロバート・トゥルヒーヨ(メタリカのベーシスト)みたいに弾くか?(笑)」

「絶対疲れますからやめておいた方が良いですよ、達也さん」

「でも、かずもジェイムズ・ヘットフィールド(メタリカのヴォーカル)みたいに(いか)ついタトゥーとか無いじゃないか(笑)」

「俺にはこれがあるんで」

 といい、左手のサポーターを外した。

 多分遠くから見てもわかるであろう縫った傷が腕の外と内側に生々しく現れた。

「これなら、周りの人、ビビるでしょ」

「結構ひどい傷だな……。消えないのか?」

「消えなくてもいいです。俺の勲章なんで」

 といいながら、ピックをもっている親指、人差し指を除いた指で触った。

 ちょっとみんなのテンションが下がったのが分かったので、俺は大きな声で叫んだ。

「Let's enjoy our Rock party!」


 すると、畑中さんは音源のスイッチを入れる。

 その曲のイントロは録音を予め流し、そこにメンバーが舞台に上がって、曲を引き継ぐという流れを考えていたのだ。

 ゆっくりしたアコースティックのギターの音が流れ、そこにエレキギターの音がかぶさり、最終的には四本のギターの音をミックスし、印象的なゆっくりとしたリードギターを入れ、その音源に後からおーさんのドラムを乗せてもらい、イントロの録音音源が終わるやいなや、俺の高速のギターが始まり、そこにベース、ドラムの音が載り、最後にきょんさんのリードギターが始まり、俺の歌が始まる。

 メタリカの三枚目のアルバム『マスター・オブ・パペッツ』のオープニング曲でLIVEでもスタート曲に使われる『バッテリー』だ。

 この曲であれば、ある程度音楽に乗れる人であれば曲について行けると俺は思って選曲した。

 さすが畑中さん、本物のLIVEの時のような音源を作ってくれていた。


 メタリカの曲はリズムギターでも尋常じゃ無いスピードでギターをかき鳴らす。

 はっきり言って、リードギターの方が楽だと思う。

 しかし、リードギターを弾ききるほど左手が言うことをきかないのを俺は気づいていたのだ。


 実は最初、大澤に見せつけるために弾いた、SmokyとBAD FEELINGだが、早弾きに見えるが、結構右手の動きの方が重要だ。

 この真実を知っているのはメンバー中、俺と畑中さんだけであろう。

 たぶん、大澤は早弾きに目は行っているが、細かいことには気づかないだろうと俺は思った。

 こちらのギターとしての優位性を見せつけるにはパーフェクトな選曲だったと俺は彼の行動を見て納得した。

 

 練習は二時間ほど続いたが、畑中さんから今日の練習は終了の声がかかった。

 全曲がメタリカの曲だったので、ヘビメタルックの大澤はじっくり聞いていたようだが、終わった後、全員が笑顔で語り合っていたことに気づき、唇を噛んだ。

 そしてその原因は何か、俺の行動をつぶさに探っていた。


「かず、ひさしぶりに反省会するか?」

「また個人攻撃ですか!」

 以前も言ったように、バンド練習の後の反省会は毎回、俺へのダメ出しだった。

「こいつは受験生だぞ! 勉強が第一だよ、こいつには。達也の弟から聞いてるぞ。学年一番の成績で有名大学狙っているんだろう。がんばれ! 今日はここでお別れだな」

 と畑中さんが今日の俺の練習の終了と帰宅を指示した。

「レコーディングは十月中は続くから、暇なときはいつでも来いよ。『最強のファン』連れてきてもいいからさ」

 夏村さんのことである。

「彼女も受験なんで……。今日はありがとうございました」

「かずや!」

 別れを言って帰ろうとした俺を止めたのは畑中さんだった。

 

 俺にゆっくり近づくと俺の肩に手をやり、二人で出口に向かいながら小声で俺にこう言った。

「かず、ギターの弦の高さ、左手の握力無いから下げてないか? ヘッドフォン越しで聴いてると特に疲れてきた後半、弦が不用意にフレットに当たるノイズが入ってた。左手の強化もしてみろ」

「心配していたんですが、畑中さんにはわかりましたか……。畑中さんは騙せないか……。がんばります」

「今後はどうするんだ?」

「うまく進学出来れば、引っ越すはずなので、今回の学園祭で最後の"Notus"になるかと思います」

「そうか、わかった。それも良いだろう。お前が選んだ道なんだから。それと良い話がある。当日ゲストで和田さんにも来てもらうことになった」

「和田さんですか……。遠い存在になっちゃったな」

「一曲一緒に、何か弾きたいって話になっているんだが」

 和田さん。

 俺が子供の頃からのギターの師匠と勝手に思っていた。

 暇があれば和田さんにいろいろな弾き方を教えて貰った。

 高一の学園祭が最後かと思ったがここで再会できるとは思ってもみなかった。


 ちょっと間を開けて、俺は答えた。

「わかりました。夢だったLarry Carltonの『Room 335』でお願いできますか」

「うん、良い曲だな。しっかり練習しろよ」

「ありがとうございます」

 俺はスタジオの出口で畑中さんと別れようとした。

 その時、不意に大澤の姿が思い出されたので、俺は畑中さんにこう言った。

「あっ、そうだ。畑中さん、この言葉、大澤さんに伝えてください……」

 

 一度は辞めかけたバンドとの演奏……。

 それがこんな形で再結成できるとは……。

 俺は今までに感じたことの無い安堵を感じた。

 そう、ふるさとに帰ってきて、地元の仲間と久しぶりに会ったような感情だった。

『晏菜には、帰ってから礼でも言わないとな……。奴が坂本に頼んでくれなかったら実現しなかったもんな』

 畑中さんからのアドバイス、和田さんの共演とどちらも大変だなと思いながらも背負ったギターケースのストラップを握りしめ、JR信濃町駅に向かった。


 そのころのスタジオ……。

「再会、おめでとうございますね。どうですか、昔のメンバーとの演奏は? 俺と一緒の時は見せなかった笑顔が絶えなかったよな。でもな、今は俺のバンドなんだよ! 俺をないがしろにされて楽しまれるのはこっちも楽しく無いんでね」

 その言葉におーさんやきょんさんは今にも殴りかかろうとしたが達也さんに言葉でそれを辞めた。

「お前とはバンドの存在の目的のためだけで繋がっているだけだ。かずとはみんなでバンドやろうよと各自の意志から生まれ、結びついたものなんだ。それを越える存在にお前がなるにはどうしたらいいと思う?」

 その話を聞き流しながら、帰る準備を始めた大澤に畑中さんがこう言った。

「かずやはもうこのバンドがお前を中心としたバンドであることは理解している。だから、奴はこれが俺たちと最後の演奏になることを分かって学園祭に向けてがんばってくれている。あいつ、年が変わったら受験だぞ。それがみんなに迷惑をかけないようにとあんな腕でがんばってくれている。その辺をお前も感じられるようになれるといいんだがな……。あっ、そうだった。今日はリードギターはきょんさんがやったけど、次回からは大澤が担当してくれよ」

「そうでしたね……。事務所の方針ってやつですか? 俺を売るための」

「いいや。今回の話がかずやの妹から達也の弟に依頼が有って、達也が事務所に了解を得たんだ。その後グループLINEを再開したとき、かずやからの初めての提案は大澤にも参加して欲しいというものだった。今も別れ際、かずやは『今のバンドは大澤さんのものです。俺はお借り立場なので是非大澤さんにも参加して欲しい』と言っていたよ。それからだよ、お前の参加の了解を事務所に取ったのは。はじめはお前無しのバンドメンバーだけでの参加で事務所と折衝していたんだからな」

「彼は俺との共演を望んだんですか?」

「今のバンドの顔はお前だってな……」

 大澤はにやりと笑い、立ち上がるとこう言った。

「あ~あ、面倒臭ぇ。わかりましたよ。事務所のご命令じゃやらねぇってことは出来ませんからね。じゃあ、畑中さん、TAB譜送ってください」

「いい加減、お前もプロなんだから楽譜読めるようにしろよ。TAB譜に起こして送るから数日待て」

「あざ~す! じゃあ、邪魔もんはこの辺で帰りますわ」

 と言い、ギターケースを背負ってスタジオを出て行った。

 TAB譜とは楽譜の代わりにギターの6弦をどのように押さえるかを表した譜面である。

 

「さてと、この後どうする?」

 とミキシング室の椅子に座った畑中さんが呼びかけると、メンバーは、

「ちょっと気分悪いんで、今日は止めますか」

「そうだな。ひさしぶりにかずの演奏見れたからそれをおかずに飯でも行きますか」

「それではかずがいない『反省会』やりに行くとするか」


 ◇◇ 十月中旬 ◇◇


 中間試験も終わり、すでに、校内は学園祭の準備で忙しかった。

 さよりはしっかり計画を立て、それに準じてこなしていく。

 左手に書類を持ち、他の者に指示を出している姿を見ると、ドラマに出てくるバリバリの出来るOLの様だった。

 今更考えてみると、彼女は中学時代、いじめをしていた。

 いじめの手順も手抜きであれば、逆にそこを攻められ自分がいじめられる恐れがある。

 じっくり作戦を考え、相手をいたぶっていく。

 言葉的には嫌な感じだが、その習慣が良い方向に動けば、抜け目なく業務をこなすことが出来るのであろう。

 良い意味で俺の行動をつぶさに見てきたことで自分のすべき行動を鍛え上げられたのかなと思ったりしてみた。

 そして俺は、シャツをまくり上げ、傷を見る。

 大きな代償だったが一人の女性を良い方向に導けたのではと満足していた。


 俺と夏村さんは、竹中たちに学園祭時の生徒会の対応を教えていた。

 九月に行われた生徒会選挙によって委員長として竹中、副委員長として池田を選出された。

 このことについては後に話したいと思う。


 俺の一番のファンである夏村さんは一度もスタジオに足を運ぶことは無かった。

 自分の直近の目標である『慶応大学準備模試』の準備もあり、勉強に集中していたからだ。

 またそんな彼女を煽るようなことはしないよう俺も練習の日程も教えないでいた。

 

「かずや、慶応模試も終わって、後は学園祭の準備に集中だな。考えてみると三年間で一番無難な学園祭だよ」

「そうですね。でもこれが本来じゃないですか」

 といい、二人は笑った。

 俺と夏村さんは以前、二人が生徒会の実行委員で有った時に座って勉強していた場所に今は移動していた。

 今では会長、副会長の席には竹中と池田のものだからだ。

 この方が真向かいに座れるので、会話もしやすいし、お互いの表情を眺めていることが出来る。

 

 考えてみれば、現在は退学となり少年院に収容されている滝川に毎年荒らされていたが、今年はそのようなトラブルはないだろう。

 生徒会のメンバーも一新されたが、三年なのにも関わらず我が物顔でこの部屋に住み着いているのは俺と夏村さんだけだった。

「しかし、誰もいない生徒会室っていうのも久しぶりだな。かずや、キスするか?」

「いいですよ」

「ちょっと待て! 簡単に答えるな。お前、随分性格変わったな。前だったら絶対に断ったのに」

「もうそろそろ誰が本当の彼女かはっきりしないといけないと思うんですよ。なので俺は……」

「ちょっと待て。今はだめだ。今、勉強や進路でお前を当てにしている井上や那奈の進学が決まってからでもいいんじゃないか? というか、お前は俺を彼女に決めたのか?」

「以前からですが、なんで?」

「いやいや……、まあな、色々あるだろう……。そうだ! まだお互い大学も決まってないしな。もし俺が慶応落ちたら責任取らせるから。それが約束だしな」

「絶対に合格させますよ。俺には最終手段があるんで」

「さいしゅうしゅだん? お前、また何か考えているのか?」

「ええ、でもそれをやるためにも学園祭が終わったら俺は勉強に全力投球です」

「まあ何考えているのかわからねぇけど、たのむわ」

 と言い、夏村さんは右手を伸ばした。

「了解です」

 と言い、俺は夏村さんの手を握った。

「指、マメだらけだな」

「今回の学園祭は最高のパフォーマンス見せますんで!」

「ところでどんな曲やるんだ?」

 まずい。

 この人はヘビーメタルなんか絶対に知らないはず……。

 あんな激しい音楽聴いたら、絶対に演奏に合わせられないと思った。

 演奏に合わせられなければ、『最強のファン』の立場を失墜してしまうだろう。

「もしよかったら曲のを集めた音源ありますが聴きます……?」

当作品をここまで読んで頂き、ありがとうございます。

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