9ー12話 翼にかえて(4)
翼にかえて
森川美穂 17thシングル 1992年
18:45。
「さあ、行くか」
古谷くんがうなづくと夏村さんは大宮駅西口のエスカレーターに乗った。
エスカレーターを降り、右に曲がると斜め左前にはソフマップの広場がある。
この辺はいつも俺との大宮デートの時にもよく歩く場所なので、いつもと異なり、目つきの悪い多くの若者たちがたむろっていることに気づく。
「なるほどね……、ここにいるほとんどが敵と考えてもいいと思うよ。ちょっと、相手の人数が多いけどビビるな。俺と春陽が必ず守る」
と言い、古谷くんを落ち着かせる。
彼は赤羽の時同様、リュックを前に抱いており、相手にはすぐわかる姿をしてもらっていた。
二人がマルイ方面に向かう道を歩いていると、数人の敵は夏村さんたちを察知したのか、目で合図をしていた。
「古谷くんのリュックを抱える姿、よっぽど奴らにはインパクトがあるみたいだね。敵の何人かが気づいているよ。こりゃ、予定通りに行きそうだ。心配するな」
震えながら歩く古谷くんの肩を軽くたたいた夏村さん。
『敵の多さを知らせちゃったから、逆に古谷くんビビらせちゃったかな?』
と少し反省した。
マルイの正面玄関に着くと、すでに例の二人と仲間の男性二名が待っていた。
「古谷くんだったね。今日はお疲れさん。おい! なんであの時の女、連れてきてんだよ!」
とイチャモンをつけてきたので、古谷くんの代わりに夏村さんが話し始めた。
「ごめんね。私、彼の学校の生徒会長やっていて、同じ高校の生徒のピンチなんで一緒に来たってわけよ」
言い終わると、夏村さんはざっと周りを見回した。
ソフマップ前にいた敵はすでに移動を始め、ガードレールをまたぎ、マルイの正面広場前の道を渡ろうとしていた。
『予定どおり』
と夏村さんは思ったところでこう言った。
「今日は、男性お二人さんが用心棒って感じですかね」
「そいつが裏切って多数で来た時の対策だよ。こいつら強いよ」
「ふん、二対四か。不利だね。そんなこともあろうともう一人呼んでいるよ」
というと、夏村さんたちの後方、宝くじ売り場の方向から大柄の女性がやってきた。
「また、女かよ。おまえ、女しか友達……。あいつ、なんか見たことあるぞ……。も、もしかして、あれ伝説の笹川春陽じゃねえか」
「名前知っていてくれてありがとう。伝説の笹川春陽です」
「おい、どうしたんだ?」
と犯人の女性が後ろにいた男に尋ねると、二人は、
「伝説の笹川春陽。中学生時代、大宮工業のヤンキー十五人をまとめて叩き潰した大宮の歴代最強スケバンだよ」
と答えた。
とはいえ、マルイの中と、今、夏村さんたちの後ろの道路を渡ろうとしている合計二十人がいれば勝てると思った二人はこう言った。
「伝説の笹川さんが今日、その伝説に終止符を打つかと思うと面白いな。こっちには……」
と、言い始めたとき、マルイの中から大きな警報器の音がなり始めた。
「緊急警報発令、緊急警報発令。火事です。火事です。出火場所は一階化粧品売り場。一階の出口はすべて閉鎖いたします」
サイレンとともに、ゆっくりと入り口のシャッターは閉じ始め、それに気づいたマルイ店内にいた敵たちは、急いでドアを開け、シャッターをくぐろうとしたが、係員数人に止められ、二階に回るように指示を受けていた。
それを見た夏村さんは奴らに向かってバイバイと手を振った。
「さて、ちょっと騒ぎになっちゃってるんで、早めにケリ付けますか? お金で解決してくれるんでしたっけ」
「ああ、一万円な。それでチャラにしてやるよ」
チャラって、古谷くんは何もしていないのにと思いながらも、夏村さんは古谷くんにお札を渡すように指示した。
「カネだけもらって、トンズラとか困るから、一斉に交換といこう」
と夏村さんが言うと、二人のうちの一人が学生証を出し、手を伸ばした。
古谷くんもお札を二つ折りにし手を伸ばした。
先に二人の女性の片割れがお札を取り、それに若干遅れたタイミングで学生証を夏村さんが受け取り、古谷君に確認した。
「これ古谷くんのもので間違いない?」
「はい、大丈夫です」
彼が学生証をかばんに入れるのとほぼ同時にお札を手にした女は何も確認せずにポケットにお金を入れた。
「本当、生徒会長とか笹川がくるからどうなるかと思ったけど、チョロいな~」
後ろの男は言った。
目の前にいる敵四人は笑いながら、その場を去ろうとした時だった。
「おまえら何か忘れてないか」
と夏村さんは四人を止めた。
「もう一度言う。なんか忘れもの、あるんじゃないのか?」
「もう終わりだよ。用が済んだら帰るだけっしょ」
「バカ。おまえら恐喝してんだ。警察が待っているに決まってるだろう。タダで帰れる訳ねえだろう」
「あ~したちは帰るよ。こうじ、まさや、後は頼む」
「オッケー」
「はるひはこいつら頼む。古谷くん、二人を捕まえるよ。これを出来るか否かで評価が変わるよ。いいかい」
「はい。わかりました」
男二人が壁となり、ギャル二人はマルイ前の道路に向かおうとしていた。
そこには10名の彼らの仲間がいる。
二人が、彼らと交差することができれば逃げ切ることができたはずである。
しかし、そこは学年二位の俊足の夏村さんはギャルの一名を捕まえ、併せてちょっと出した長い右足にもう一人のギャルは足を捕られ倒れたところを古谷くんが押さえ込んだ。
その姿を見たとともに、丸井前の道でスタンバっていた10人が一気に道路を渡り、四人を救出に行こうとした時だった。
「遅くなりました!」
と言い、宝くじ売り場の方から五人の男性が10人の敵の前に立ちふさがった。
「悪いな、たけし。そしてみんな」
その五人組は、横山たちだった。
「いやあ、久しぶりですね、こんな大捕り物。でも俺たちが腕を鳴らす機会もなさそうですね」
と言い、駅西口のエスカレーター方面を指差すと十数人の警官がすでにこちらに向かっており、マルイの中からも複数の警備員が警備棒を持って、集まってきていた。
「さて、祭りも終わりとしましょうか」
と夏村さんは言った。
ふと、もといた付近を見ると、男二人が笹川さんに取り抑えられていた。
さすが伝説の笹川春陽である。
※※※※※※
大宮駅警察暑 西口交番。
良い行いをしても事情聴取は行われる。
夏村さんは担当した警察官に一連の事件の流れを説明していた。
赤羽での痴漢事件のこと。
古谷くんが学生証を落としたことで二人のギャルから恐喝をうけたこと。
古谷君から生徒会に相談があったこと(事実は違うが)。
早めに集合場所付近に行くと彼らがいたので、ひそかに会話内容を録音していたこと。
ギャルたちの会話内容から、笹川さんから近所にスタンバイしていた横山たちに指示し、まずは交番に行き、事情の説明と出動をお願いした。
このとき、横山が高一の時、浦和周辺の駅で自分たちがパトロール活動を行っていたことを説明すると、警察は浦和中央警察暑に確認し、信用して動いてくれたようだ。
その後、横山たちはマルイの防災センターに向かった。
警備員にマルイ店内に敵が時間が来るのを待っていて、時間になったら店の前で喧嘩を起こそうとしていることを説明した。
事件防止のために、火事が発生したと防火練習用の店内放送を流し、敵を一階玄関から出さないよう、防火シャッターを降ろして欲しいと伝えたところ、約束の19時数分前に対応をすることの了解を得た。
また、各監視カメラを動かし、正面玄関の状況、正面の道路前の状況そして店内の状況を撮影し、警察に提出してほしいと依頼し了解を得た。
警備員は自分の店で発生予定の事件であることから、横山たちと一緒に事故防止に協力すると言ってくれた。
そして夏村さん達と彼らとの取引は始まった。
多分、彼らは古谷くんの学生証の写真を撮ってあるので、原本である彼の学生証は返すであろう。
であれば必ずお金を渡すという流れになるので、おもちゃの紙幣を準備した。
彼らはお金目当てであり、もらえればそれで喜ぶと思い、おもちゃの紙幣でも二つ折りにして渡せば疑わないだろうと考えた。
それには警察官も笑っていたが、一万円ぽっちで彼らは二十数人集める必要はあったのかと聞かれると、夏村さんはもし今回成功して、相手から簡単にお金が取れると分かれば頻度を増やしたり、一回での請求額も増やしたりしながら何度も犯行を繰り返す。
人数は集めても回数を増やせば遊ぶのに十分と考えたのだろうと説明した。
なるほどとうなづきながら警察官はペンを走らした。
交番内の空間が狭いため、ソフマップ前から来た10名、ギャルに付き添っていた2名は大宮警察署に移送された。
なお、マルイの中にいた10名は店内の防犯カメラと二階の出口付近で待機していた警備員からのチェックを受け、そのほとんどは拘束され、大宮警察署で事情聴取を受けているようだ。
古谷君の学生証の写真は目の前でスマホから削除した。
もう一人のギャルのスマホには画像はないことも確認した。
一番最後に笹川さんが交番から出てきて全員の事情聴取は終了した。
「春陽、やけに遅かったな」
「いや、中学時代にお世話になった警察官がいて、そこで話し込んじゃいましてね。あのヤンキーが更生したんだなって言ってくれました」
「それは良かったな。春陽、今日で伝説は終了だな」
「そうなるといいんですけどね」
「いや~、これで終わりましたね。やっぱ、悪いヤツをやっつけるのは気持ちいいっすね、なつさん」
「おいおい、元ヤンキーがそんなこと言える立場か。まあいいや、みんなご苦労。ここまではパーフェクトだ」
「パーフェクトって他に何が?」
「あとは俺と古谷くんの問題だ。古谷くん、明日が正念場だ。がんばろう」
「はい」
「腹減ったな。春陽、この辺でうまくて安い店、ないか?」
「十七号沿いに娘娘って中華料理屋があります」
「よし、そこ行くか。古谷くんはどうする? 元ヤンキーばかりだけど」
「俺を救ってくれた方々が悪い人の訳ないです。ご一緒させてください」
「俺たち、悪い人じゃないってよ」
「そんなこと言われたの初めてだよ……」
「よかったな、春陽。今年の一年生はみんなそうおもっているかもよ。よし今日は俺のおごりだ。いくぞ」
「おう!」
※※※※※※
そんな状況であるとはつゆ知らず。
俺は夏村さんからの連絡を待っていた。
すると夏村さんからメールが来た。
『無事、対応は終わった。明日はよろしく頼む。あと次のメールアドレス……』
俺は誰か今回の関係者のメルアドなのかと思った。
『犯人が古谷くんの学生証の写真をスマホで撮っていた。スマホの中は削除させたが、拡散されていないことの確認をお願いできるか』
『分かりました。例のやつにお願いしておきます』
『ついでに、この犯人の写真全部消してやろうぜ』
『えげつないな。こっちが逮捕されちゃうよ』
『だめか。そうだよな』
『お疲れさま。たぶんみんなと一緒だろうからごゆっくりどうぞ』
『なんでおまえ知ってるんだよ。さては俺のストーカーか?』
『恋人です』
『そうだな。ありがとう。またね』
『またね』
彼女特有の照れなんだろう。
『またね』って何だよ、『またな』だろ……笑
◇◇ 六月十九日 ◇◇
校長室前。
俺、夏村さん、古谷くんがドアの前に並んだ。
「古谷くん、ここが正念場だ。がんばれ、そして自分の思いを伝えるんだ」
「分かりました、夏村先輩。高松先輩もよろしくお願いします」
だいぶ自信ありげな表情になっているなと俺は思った。
一皮むけた逞しい表情になっていた。
夏村さんがドアをノックした。
「夏村、高松、古谷、参りました。入ります」
中から教頭の声であろう、中に入るようにうながされた。
校長室内には校長、教頭、古谷くんのクラス担任の吉岡先生、そして古谷くんのお母さんらしき人が座っていた。
俺たちは一礼し、テーブルの先生方が座った、反対側、一番奥に古谷くんのお母さんが座られた列を進んだ。
古谷くん、夏村さん、俺の順番に奥に進んでいった。
すると、古谷くんがお母さんの隣に着くなり、いきなり古谷くんの頬をたたいた。
夏村さんはすぐ二人の間に入ろうとしたが、俺はそれをやめさせた。
お母さんにはお母さんの主張がある。
今はそれを聞くべきだと思った。
「さとる。学校で何をやっているの! すべて、先ほど先生からお聞きしました。昔から悪いことはしてはダメといったでしょ!」
すると古谷くんはお母さんの方を向き、直立不動になり、少し間を開け、頭を下げた。
「ごめんなさい。俺、恐喝されたとき、誰にも相談できずに、安易な選択をしてしまいました。だって……、だって……、お母さん、お父さんにこんなこと相談できないと思ったんだよ。高校一年から都内に塾通いさせてもらっているのに、迷惑かけられないと思った。そして、恐喝されてこれで俺の人生終わりかと思った。そしてクラスメイトの財布を盗もうとしたんだけど、頭の中にお母さんの『悪いことはしちゃだめよ』という言葉が響いたんだ。それに気づいて、盗んだ子に財布には手を付けずに返したんだ。その時、もう俺はこれから警察のお世話かと思ったけど、生徒会の方々に報告が行って、ここにいる高松先輩や夏村先輩が友達や両親への信頼の大切さ、自分で決着をつけるための根性を教わった。そしてクラスメイトから人を信じること教えて貰ったんだ。もう、ぼくはこれから安易な選択はしない。だから、今日は学校、お母さんの判断に任せます。ただもう一度、謝らせてください。ごめんなさい!」
ここまで面と向かって胸を張って経緯を話されてしまうとお母さんも古谷くんを責める言葉を失ってしまった。
黙り込む二人に向かい、正見教頭は、こう話した。
「生徒会からの報告ではおととい、高松くん立ち会いのもと、臨時ホームルームを行い、クラスメートから一定期間の監視、クラスメイトとのコミュニケーションを深めるため、友人をもっと作り、信じ合い、何でも相談できる関係を構築し、安易な行動を起こさないよう指導することとなったようです。また、被害者の生徒も率先して古谷くんと友人関係を構築することで、今回の犯行はなかったことにしてくれるそうです。本校の西岡先生から報告を受けております」
西岡先生は授業より早めに来て、俺たちの話し合いをクラスの外から聞いていてくれたのを報告してくれたんだなと俺は思った。
お母さんは一つ一つ教頭の言葉をかみしめながら、時にはうなずきながら話を聞いていた。
「併せて、昨日、古谷くんと夏村くんは作戦を練って恐喝犯たちを逮捕・補導し、問題もご自分で解決されたそうです」
お母さんはそんなことまでしたのという表情を作ったが、古谷くんが母の目を見てうなずき、納得されたようだった。
「以上のことから、校内での対応、恐喝犯との対応、すべて生徒会と古谷くん自身が解決してくれたようなので、本校としては、ご両親の保護観察というところで収めたいと思います。お母さん、古谷くんも苦しかったと思います。彼とよく向き合ってあげてください」
このころになると、お母さんは涙を流し、両手を合わせ、『ありがとうございます。ありがとうございます』と繰り返して言っていた。
「最後に古谷くん。これから君はこの高校でどんな青春を思い描きたいか?」
古谷君は間髪入れず、こう言った。
「勉強ももちろんがんばりますが、人の立場になって考えられる人になりたいと思います。高松先輩、夏村先輩のように」
「わかった。さて、お母様はどうなさいますか?」
と優しく校長はお母さんに尋ねると、
「さとるが選んだ道です。さとるとよく話し合いながら一緒に進んで行きたいと思います。寛大なご配慮ありがとうございます」
お母さんは校長、教頭、吉岡先生に頭を下げた。同じく三人も頭を下げた。
お母さんは俺たちを見てこう言った。
「今回は、いろいろとさとるがお世話になりました。こんな立派な方がいる学校をさとるが選んでくれてよかったと思います」
と言ったので俺と夏村さんは見つめ合い、おまえが話せと夏村さんが目で指示したのでこう言った。
「人は何度も失敗をします。そのために反省をし立ち直っていきます。その反省の際に、良いアドバイスを与えられるか否かで、再発してしまうか、より良い方向に向かうか変わると思うんです。私も夏村さんも過去にいろいろあった人間なので、今このようになれたのは、周りに素晴らしい人たちがいたためだと思っています。そんな相談ができる学校こそ本校だと思っています。何かご不安な点があれば学校や生徒会にご連絡ください」
「ありがとうございます。信じてさとるをこれからもお任せいたします」
※※※※※※
「終わったな」
「終わりましたね」
「意外な事件が意外なところから発生するなあ」
「高校一年、二年は一番不安定な時ですものね」
「そんな時だからかずやに各学年で雑談会をしろっていうのが学校側の考えなのかもしれないな」
「一番不安定な時……。そこをうまく乗り越え自分の道を選ぶ……。そして自分の意志を『翼にかえて』飛び立っていくんでしょうね」
「おっと、格好良いこと言うね。どうだ、今日は久しぶりに俺んちで飯食っていくか」
「なんか一事件終わるとこの展開ですよね」
「俺んちなら、バッチリかずやに甘えられるけど、かずやの家だと晏菜ちゃんの目が怖い」
「まあ、そうですね」
当作品をここまで読んで頂き、ありがとうございます。
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編集記録
2023/08/19 改稿




