9ー8話 君が君であるために(3)
君が君であるために
森川美穂 18枚目シングル 1993年
◇◇ 四月五日 ◇◇
春休み期間は約2週間程度であったが、合格祝いだと言っては晏菜が品川の水族館に連れ出したり、たまに気晴らしたらどうですかと言ってさよりに都内を何度か連れ回されたりした。
たまにはかずやもゆっくりしてこいよと言い、夏村さんは送り出してはくれたが、俺は何人も連れ出す相手がいるから良いが、夏村さんは一人の時、何をしているのかと考えると心配になった。
しかし不安は不要だった。
適当なタイミングで、多江ちゃんや井上さん、旧ヤンキーのメンバーと時間を費やしていた。
とはいえ、予定のカリキュラムはこなしてくれているし、今ではほとんど勉強では手が掛かるようなことが無くなっていた。
偏差値も60台に乗り、出題科目の点からも、重点を受験科目に絞った勉強に移行しようということでまとまっていた。
なんとかこのままで6、8月の全国模試で合格圏内入りを達成してほしいと思った。
俺はというと他の長期休み同様、午前中は学校でトレーニングし、午後に夏村さんたちと勉強をするという日々であった。
このころにもなると夏村さんの目つきも高校一年時代のちょっと殺気立った視線から、一般の受験生らしいものへと変わり、その美貌とともに、『できる女』風に変わっていた。
小学生時代のやんちゃな女の子がここまで変わるのかと思うと女の子の成長ってすごいなあと思った。
それに比べると俺はガキだなと思ったりする。
高一の時、夏村さんの前で、『俺、髪をオールバックにして格好つけてみるかな』と言ってみたところ、夏村さんには『おまえは、ガキ顔だから似合わないよ』と言われたことを思いだしてしまう。
俺ももっとりっぱな大人の男性になり、夏村さんと釣り合いが取れるくらいになりたいと思った。
※※※※※※
那奈と、キッザニア東京へ行ってから、俺は暇な時間を見つけてはいろいろなサイトを眺めていた。
不純な動機ではなく、那奈の夢の件だ。
まずは希望を箇条書きにし、希望を達成するには何をすればいいかを再生紙に書きこんでいった。
俺は何か考えつくと紙の真ん中に書き出し、そこからの周辺情報ややるべきことを放射状に描いていくのが習慣だった。
紙には困らない。
生徒会室で書記連中が印刷をしくじった反面は未使用の紙を、裏にいろいろ書けるのでと貰っては机の横に積んでいたのである。
その山を見る度、晏菜は『おにぃは貧乏性だよね』と揶揄ってきた。
失礼、那奈の話に戻そう。
最初に紙の真ん中に『那奈の夢』と書きこむ。
その下に『ダンサー』と書いた。
またその下に、併せて彼女の意外な一面、子供好きという点からも、『アミューズメント・パークのダンサー』と書いた。
『那奈の夢』から放射線状に、『保母さん』(今は保育士というらしい)、『幼稚園教諭』、『小学校教諭』と書き込んでいく。
確かにキッザニア東京内で勢い余ってぶつかってきた子供達への彼女の自然の笑みは子供好きでないと出来ないことだと思った。
元ヤンキーとは言え、夏村さんと比較すると口調は普通の女子高生と変わりない。
たぶん、STM時代の握手会などのお客様と接する経験が彼女のキャラクター形成に役立ったのかもしれない。
俺はこの4つの職種に絞ってリサーチを行った。
まずはダンサー。
大手のアミューズメントパークだと、真っ先に頭に浮かぶのは東京ディズニーリゾートだ。
ここは雇用形態が正社員ではなく、アルバイトである。
また契約も最長3年となるので、正規雇用を希望する那奈の意向とは異なっていた。
また、どんな業種でも最低賃金からの開始なので、金銭的にも難しいところがある。
ダンサーも窓口業務、ゴミ収集等すべて、一律同額からのスタートとなるようだ。
俺だったらこの会社はちょっと無理だなと思った。
次に大阪のユニバーサル・スタジオ・ジャパンだが、こちらはダンサーとしての正規雇用がある。
採用試験もダンスがあり、経験者としては好都合であろう。
また、ダンサーからスカウトされて芸能人になった人もいることから夢もある。
当然、東京ディズニー・リゾートのダンサーからプロになった人もいることを付記しておく。
東京にあるサンリオピューロランドの場合、経験者と未経験者と別れての募集となり、こちらも正規雇用となる。
いずれにしても正規雇用で、月給は数十万となり、給与面ではダンサーはかなり厳しい世界なのだなと思った。
以上のことを今度は『アミューズメント・パークのダンサー』を中心に放射線状に書いていった。
保育園の保母さんだが、現在は国家資格となり保育士という名称にかわっており、大学、短大、専門学校で保育関係の学科を卒業し、国家試験を合格すると取得できる。
保母さんの場合、管轄が厚生労働省となり、目的が保護者にかわって子どもの世話をすることであるため、保育時間は10時間にも及ぶことがある。
一方、幼稚園教諭も、国家資格ではあるが、こちらは文部省管轄で、指定の大学や短大で必要な単位を取ってから、試験に合格する必要がある。
また、幼稚園は、幼児にとっても学校にあたるもので、目的は幼児の体と心のすこやかな成長や発達を助けるという役割があることから、幼稚園で過ごす時間は幼児教育として捉えられており、4時間程度になる。
年収は保母さんも幼稚園教諭もほぼ同額らしいので拘束時間と保育内容をどう考えるかで差が出るらしい。
小学校教諭は幼稚園もそうだが、一種、二種とあり、二種の取得には①教職課程のある専門学校、短期大学、通信制大学を卒業して取得、②年1回ある教員資格認定試験に合格することになる。
資格取得後、採用試験を経て無事採用となる。
保母さん、幼稚園教諭より、高収入だが、その分学歴も必要の上、生徒も小学校ともなると親子ともに厄介だ。
考えるに、ダンサーを選ぶ場合は、アルバイトなどの副業が必須となるだろう。
その他の3資格は勉強し、資格合格が必要となる。
いずれにしても、勉強が必要であることと上記の条件を那奈には説明しないと思った。
あとは彼女が迷った時、どう背中を押してあげられるかだ。
一方、彼女が不得意だと言っていた『自分の意志の伝え方』については、関連する書籍をいくつか購入してきた。
これを読み砕いて、那奈とマンツーマンで練習するしかないなと思った。
この調査は自分にとってあまり苦痛ではなかった。
読んでいて、なるほどと思う点が多く、納得する点が多かった。
とは言え、これを土日だけマンツーマンでやっても、効果は低いであろう。
慣れて初めて自分の習慣となる。
俺は平日にやっておいてほしいことをプリントにまとめ、那奈に自宅で実践してもらうように考えた。
うまくいけば同居している、彼女のお姉さんに協力してもらえるかもしれない。
お姉さんの目をひくように、プリントの表紙にお姉さんへの協力のお願いを記した。
これで那奈の件の準備は終了。
今日の勉強会も昼食後なので、もう一件、やっておきたいことがあった。
俺は押し入れを開け、あるものを引っ張り出してきた。
※※※※※※
晏菜の部屋の前。
「お~い、晏菜。いるか?」
「うん、いるよ。何?」
「ちょっと俺の部屋へ来てくれる?」
「んん? 部屋で抱きつかせてくれるの?」
「するか」
「ちょっと着替えてから行くので待っていて」
俺は自分の部屋に戻り、部屋の真ん中に置いたテーブルを部屋の隅に置き、晏菜が来るのを待った。
「おにぃ、来たよ。入るよ」
晏菜は勢いよくドアを開け、俺の部屋に入ると部屋の床に置かれたあるものを見つけ、こう言った。
「おにぃ、これってどういうこと?」
俺はあるものを膝に抱え、
「よ~し。久しぶりだから晏菜の好きな、Tak Matsumotoの#1090 Thousand Dreamsでいいかな?」
と言い、CDの音に合わせ、あるもの……ギターの演奏を始めた。
まだ、左腕の痛みはかすかにあり、左手の弦を押さえる力は以前にまで戻ってはいないが、ギターのブリッジを少し下げ(弦の高さを下げると少しの力でネックのフレットにあたるため)演奏した。
指使いは以前ほど滑らかではないが、十分聞けるほどには動かすことが出来た。
この曲はテレビ朝日のミュージックステーションのテーマ曲として有名な曲で、初心者が必ず弾きたくなる曲でもあるが、ギター中級でも難しいクラスの曲である。
「おにぃ……」
晏菜は曲の経過とともに涙を浮かべ、泣いていた。
「ほい、終わったよ」
「おにぃ……」
「ここまで、左腕は治った。だから晏菜もさよりを許してあげないか? 俺はお前が左腕の不自由さに気づいて落ち込んだり、お前から責められるさよりが不憫でならないんだよ」
「…………」
「ごめんな。驚かせるために、実は少しずつ練習はしていたんだ。痛みは少しあるけど、もう大丈夫。もう障害者扱いするなよ」
「相変わらず、おにぃは意地悪だね……。真っ先に教えてよ」
「人生にはサプライズがつきものです……って東京ディズニー・リゾートの何かのアトラクションで言ってなかったっけ?」
「わかった……。許す……。でも、約束。今年の学園祭で演奏してね。格好いいおにぃをみんなに見せびらかすんだから」
「来年春の受験生にそんな要求するのか? まあ、がんばるよ」
「おにぃ……」
と言い、泣きながら、晏菜は俺に抱きついてきた。
少し間を置き、俺は晏菜にこう言った。
「おまえ、俺の匂い堪能しているだけじゃねぇか?」
「バレたか。でも、今日はウソ。もう少し……」
「いいよ。ご自由に」
絶対家族や知人には見せられない状況だなと思ったが、晏菜の心情を考えたら、俺は許すしかなかった。
受験が終わったら、最後の大仕事として晏菜を正常化させるかと思ってもみたりした。
これが一番の大仕事になるだろうが……。
※※※※※※
その日の午後。
勉強会の時間、俺は那奈に調査報告を行った。
「……なるほどね。かーくん、ありがとう。いずれにしてもテーマパークのダンサーも年齢が18歳以上であることが必須だし、踊れなくなった時の事を考えると、大学か短大で勉強しながらバイトでダンサーやって、国家資格取ってから考えても遅くないしね。よし、まずはレッスンは続けながら、受験目指すか」
「その方が良さそうだね。ええと二月の模試の成績の偏差値が44だから、大学入るなら55くらい、短大で50をめざす感じでがんばろうか。って言ったのはいいけど、目標偏差値との差が11か……。スタートが遅いから大変だと思うけど、那奈は頑張り屋なのは知っているから信じるよ」
「しゃあない、親衛隊長にそこまで言われたらがんばりますか……。でも、かーくんにざっと中学時代の総復習してもらったのがよかった。今まで何もわからないで立ち止まっていたけど、なんか道筋が見えてきたんで動けそうな感じがしてきたよ。ありがとう」
「私も、中学から勉強し直したんだけど、かずやが弱点見つけてくれて、そこを集中的に勉強して、中学の地固めしたら目の前がぱっと広がったからな。緒方さんも、かずやを信じて見通しよくしてもらうと勉強のやる気が出てくるぞ」
「夏村さんとは地頭が違うからな……。でも信じてがんばってみるよ」
「あとはこれ、プリント。自分の意志を伝えるためにすべきことをまとめた複数の本のエッセンスを書き起こしてみたので、これを読んでやってみて。対人レッスンは土日に対応するから。悪いけど自分も手一杯になってきちゃってさ……お姉さんに協力お願いしてみるために表紙にこんなこと書いてみたので、まずはダメ元で見せてね」
「いやいや、ここまでかーくんがやってくれたんだもん。大丈夫だよ。姉さんも分かってくれると思うよ」
「すまない……。『夢探し』が中途半端になっちゃって」
「かーくんは十分私の夢を考えて、良い夢先案内人になってくれてるよ。ありがとう」
一連の流れを見ていたさよりは指先でエンピツをクルクル回しながらこう言った。
「いいなあ、那奈先輩。かずや先輩にいろいろアドバイスもらえて……」
そんな姿を見て声をかけたのは晏菜であった。
「さよりさんもピンチの時には必ずおにぃが助けてくれるから大丈夫だよ」
「晏菜ちゃん……」
さよりをかばう晏菜を見て夏村さんは、にこやかにうなづいた。
「晏菜ちゃん、どうした。さよりに対する対応が今日はやさしいな」
「内緒。なんかこうみんなで一緒に勉強会やっていると参加している人たちの行動見て、自分もいろいろ考え直さなきゃなって思ったんだ。沙羅ちゃん、さよりさん、那奈さんそして小倉さんを見て……。まあ一番変わったのはおにぃなんだけどね」
「晏菜ちゃん……。ありがとう」
それから、那奈の自分の意志を伝えるトレーニングはお姉さんからも協力を得て五月まで続いた。
それまで思って居たことをダイレクトに表現していた那奈は人を説得・納得させるような話し方に変わっていった。
5月中旬の中間試験の成績も順調に伸ばしてきており、教職関係の授業のある、あまり複雑な問題を出題する大学あるいは短大を目指すことになった。
そして、3月の三者面談時、将来の目標を明らかにすることのできなかった彼女は、姉を通じて大学・短大を目指したいので協力してもらえないかと両親に伝えたそうだ。
その話を聞いた時、俺は彼女が彼女であるための夢先案内人の役割の一部はできたのではないかと思った。
あとは、夏村さん同様、志望校に合格させることが今後の目標に変わった。
◇◇ 六月十六日 ◇◇
物理Ⅱの授業が終わった後、岡田先生は俺に向かい、
「高松君、放課後校長室に来てください。夏村さんは同席不可ね」
と言い、教室を出て行った。
三年一組は進学クラスなので文系志望者と理系志望者に分かれ授業をする。
当然、文系志望の夏村さん、井上さんはおらず、このクラスには多江ちゃんと数人しか部屋にはいなかった。
「かずくん、また悪いことしたの?」
多江ちゃんは心配して俺の方へと駆け寄ってきてこう言った。
「人聞きの悪いことをいうなぁ。そのうえ『また』って何よ。何もしてません」
「でも、校長室だよ」
「うん、そう言われるとちょっと気になる……」
「沙羅ちゃんの同席不可っていうのも気になるよね」
「また、中学時代の例の一件を持ち出してきた奴でもでてきたのかな? 面倒くさいなぁ……」
この時点では自分に降りかかった火の粉か、何かの問題解決の依頼の話かと思っていた。
しかし、岡田先生から呼び出された内容は想像もしない内容であった。
俺には考えつかないほどの……。
当作品をここまで読んで頂き、ありがとうございます。
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編集記録
2023/08/15 改稿




