9ー1話 Bird eyes(1)
Bird Eyes
森川美穂 Nude Voiceより引用
◇◇ 四月四日 ◇◇
いよいよ、大鳳での最後の一年が始まる。
三年になったのかという自覚はあまりなかった。
考えてみれば、いろいろと波風はあったが、夏村さんと出会い、気づけばいつも俺のそばには夏村さんがおり、それが俺の心の安定剤となっていた。
思い出せば、ヤンキー時代の夏村さんは勉強を教える交換条件として学校生活の安定を約束していたなと思い出す。
違った意味にはなったが、こんな生活を送れてきたのは、夏村さんの存在が大きかった。
特に中学卒業の時、ほぼ孤独であった俺にとっては。
基礎英語を聞き終え、登校の準備をし、一階のリビングダイニングに行くとすでに朝食がならべられていた。
「おはようございま~す」
気のない声で挨拶をし、自分の席に座る。
父はすでに市場に行っており、ここには母しかいなかった。
「今日は始業式だったよね。晏菜も来週からだから宜しく頼むね」
「はいはい。小中と一緒に通学してたけど、高校へは例の三人娘と一緒らしいから、面倒かかりませんよ」
「宜しくお願いよ。晏菜たちは信頼して大鳳に入学するんだから」
「俺がいる間は大丈夫……。その後が問題……かな。何とかするわ」
「多分、あんたも卒業までに片付けることが多いと思うから色々と気をつけなさいよ」
「うん、気にはしている」
「周回は続けるの?」
「周回すると、いつも誰かしらとの出会いがあるから、続けようと思っている。その一つ一つが俺に取っての経験値になっていくから」
「生徒会副委員長はいうことが違うのね」
「中学の時は成りたくてもなれなかったからね」
「でも中学の悪夢が片付いて良かったね」
「色々ご迷惑おかけしました」
「まあお父さんは忙しかったって言ってたけど、その分、和也にも迷惑かけていたんだなって言っていたわよ」
「元の通りに戻れただけでうれしいです」
「そういえば、情報を流した和也と同姓同名の子ってどうなったの?」
「自首したらしいよ。そして執行猶予が付いたらしい」
「また、復讐とかされたら困るわね」
「いいや、次の勝負は受験になる。それまで負けると自首した意味がなくなるからね」
「和也、沙羅ちゃんはどうするの」
「受験を合格させる約束はしているからそこまでは決して離さない。その後のことは別の問題になりそうだし」
「第一志望に受かれば転居しなくちゃいけないしね」
「大学なら四年間だけど、医学部だと六年と研修医生活もあるしね」
「辛いことが待っているかもしれないけど、その時は良く考ええなさい」
「うん、大体の構想は練っているんだけどね……。合格したら相談する」
「わかった。中学の時と違って、信頼しているから」
「あれ? 高校受験の時って期待してなかったの」
「ある程度、晏菜から聞いてた」
「そうだったのね……」
※※※※
大鳳高校。
まだ、時期は四月。
周回をしていても、風が涼しい。
桜は今年の暖冬のせいかすでに散ってしまい葉桜の入学式になりそうだ。
去年の入学式に池田に呼び止められたことを思い出す。
もう一年経ってしまったんだなと当時を懐かしんだ。
そういえば、以前の周回のランニングと変わった点がある。
事故後、ボールを握りながら走っていた時期があったが、結局自暴自棄になりやめてしまった。
どうせがんばっても元には戻らないと思っていたからであった。
今日からはハンドグリップをしながら走るようにした。
前回の新宿の病院での結果が良かったため、リハビリを開始しようとおもったのだ。
昨年の事故後のリハビリ科の受診も欠かさず行っていたが、十一月以降明らかに改善がみられているとのことだった。
左手の怪我での負い目を、夏村さんとさよりは背負っている。
それからなるべく早く解放させてあげたいと思った。
新宿の病院受診の日。
雨が降っていた。
あの日は彼女候補としての多江ちゃんとの別れの日だった。
とは言え、以前の関係、いわば勉強仲間に戻っただけなので、相変わらず話はしている。
そして石森さんも去って行った。
これからは自分から決めて手元に残していたパズルのピースをひとつひとつと消していかなくてはならないのだろう。
この一年で残った空間にぴったりのピースはちゃんと見つけられるのだろうか。
夏村さんはさよりと今朝久しぶりに生徒会室の掃除をするので、朝の勉強会はキャンセルさせてくれと言った。
竹中たちもそこまで気が回ってくればと思ったが、そこまでの奴らではないことはこの数ヶ月で把握することができた。
後進の育成か……。
学校行事を考えても、また俺たちの引退を考えても、行事の一番少ない一学期中にケリを付けるべきだと俺は思った。
さよりを後任にと考えるのが一番手っ取り早いのだろうが、そうなると竹中たちが抜ける可能性がある。
そう考えると適任者の下にさよりを置き、彼らのサポートに回すことが一番安定するだろうと俺は思った。
朝の勉強会がキャンセルとなったため、たまにはサッカー部の朝練に付き合ってやろうと思った。
昨年の奮闘で、グループリーグの最下位グループを脱出し、下位第二グループでもなんとかやれているようだ。
これでうまい新一年生が入ってきてくれれば、さらに上位を狙えるかもしれない。
現状の俺の評価では、練習に混ざっても俺のドリブルを取れるやつ、パスコースを読める奴はまだいないことからも新たな練習方法が必要だと思った。
俺は朝練参加者の動きを見ながら紙に、個々のメンバーにどんなトレーニングをしたらいいかを書き、勝村に伝えた。
勝村は結局、高校卒業後、俳優への道に専念するそうだ。
あいつぐらいの美形なら、中途半端なレベルのサッカーよりも俳優の道の方が似合うだろう。
(実際、彼はバイプレイヤーとして成功し、テレビや映画に引っ張りだこであり、今も趣味で仲間とフットサルのチームを作って楽しんでいるとのことだ)
奴には先ほどの個々のトレーニングとは別に、八月に手渡したトレーニングメニューより一段上のチームメニューを考え、手渡す約束をした。
シャワーをし、着替えて教室に向かおうとしたとき、運悪く部室棟の出口で井上さんに出会ってしまう。
「久しぶりのかずくんからのフェロモン注入、いただきます!」
といい、俺に抱きついてはクンクンと鼻を鳴らしていると、同じバレーボール部の同級生や後輩から笑われていた。
完全に彼女たちに俺が井上さんのエネルギーの供給源であることは認識されている様子だった。
「井上、充電終わるの待ってられないから先に教室戻るよ! 高松君、ごゆっくり!」
おい、ここは俺を救い出す場面じゃないのか!?
ひととおり充電が終わると、井上さんは元気な声でこう言う。
「さて、新しい教室、いっしょに行こうか」
今日から三年ということで、教室棟の四階に移動する。
俺が所属となった三年一組はいわゆる進学クラスらしく学年順位30名を集めた人員になっている。
そのため、男子十二名、女子十八名といびつな人数となったので、となりの二組の男女構成が逆になっていた。
体育など男女別の教科は一組二組合同で授業を行うらしい。
さすがにこの構成になると元ヤンキーは夏村さんだけで、俺としては一抹の寂しさを感じた。
一年、二年……同じクラスには元ヤンキーたちがいた。
夏村さんとの付き合いもあるが、俺にとってやつらも勉強仲間同様に『仲間』だと感じていたのだ。
しかし、案ずるより産むが易しだ。
二組は知っているヤンキー勢揃い……たけし、笹川、曽根、羽田、内田、川尻、小森、三條。
その上、勝村や那奈も二組であった。
まあ、これならつまらない一年にはならないなと思った。
座席は掃除を終わらせた夏村さんが確保していたようで、座席の並びは俺たちと勉強仲間の位置関係は結局一年から三年までほぼ同じになった。
ただし、那奈が別のクラスになったので俺の前の坂本の席を那奈が休み時間になると占領する形になった。
「すいませんね」
と坂本に挨拶すると、坂本は笑いながらこう言った。
「一夫多妻制は大変だね」
完全に嫌みだよね、坂本君……。
三年も俺の右隣になった夏村さんはひとり不安げな顔でこう言った。
「ところで、かずや。上郷地先輩にも言われたことだが、後進のことってどうなっている?」
「自分の中学時代の一件で手いっぱいになってしまったので、夏村さんに竹中たちの件、おまかせしちゃった形なんですが、何か?」
「そうなんだよな。一応指導はしてみたんだが、まあ一番動くのが竹中、その後に村上、三浦が来て、望月、高瀬、本田は無理だな」
「やはりそうですか。俺も同じ意見です」
「ただ、竹中はちょっと視野が狭いというか大局を見て対応することができていない。だからかずやのような安定性がない。任せられない」
「うまく育って、グイグイ正しい方向に進めてもらえるようになるといいんですけどね」
「まずは、失敗しても大丈夫そうなイベント、例えば、七日の入学式翌日の体育館で行われる部活紹介を彼らに任せてみるか」
「そうですね。そこである程度、今後の方向性を考えてみましょうか」
「そうだな。本来ならさよりがベストなんだけどな」
「一年の時の事件を知っている人が多いから、あいつが立候補しても、たぶん十一月の生徒会選挙に受かる見込みが立たないと思うんですよねですね。それよりはサポートに回ってもらった方が、彼女は動きやすいのかと思います」
「それはいい案だな。じゃあ、部活紹介イベントを竹中、村上、三浦を中心にやって貰おう。そして俺たちはフォローという立場で」
「わかりました」
昼休みに俺は竹中たち三人を生徒会室に呼び出し、イベントの準備をお願いした。
実質、今日と七日しか準備期間はないが、ヒントとして昨年俺が作った計画書を提供した。
了解しましたと三人は自分の番が回ってきたと喜んでいた。
実はこの計画書の中に俺はさらなるヒントを潜ませていたのだ。
それを気づけるかな、こいつら?
◇◇ 四月七日 ◇◇
入学式が行われた。
想像していたように、晏菜と三人娘はすべて一組となり、この学校は成績が良い奴が一組に集められることはほぼ確定した。
夏村さんは高一の時はヤンキーだったので二組であるのには納得したが、たけしたちが一組だったのは単なるかず合わせだったのであろうと思った。
入学式が終わってから、晏菜と三人娘は俺たちのクラスへ挨拶に来ようとしていた。
「おにぃ、おは~っ……て」
晏菜は教室内で夏村さん、井上さん、那奈の三人が俺を取り囲んでいるのを見ると早々に挨拶を済ました。
三人娘はもう少し話をしたかったようだが、晏菜が勝手に帰ろうとしていたため、話を済ませ晏菜を追いかけた。
『現状、私の入る場所はないんだな~。でも入学したからは遠くから観察してやるんだから』
と晏菜は小声で言いながら自分の教室に戻っていった。
おれは三人に頼んだイベント準備が気になっていたので、学校へトレーニングに行くと言い、土日と学校へ行った。
しかし、三人の姿は見えず、事前に予想していた通りとなりそうだと思った。
午後には自宅で那奈を含めた新しい体制での勉強会があるため自宅に帰ったが、月曜の朝、再度生徒会室を確認したが、部屋に来て準備を進めている様子はなかった。
入学式の準備および進行の補助を生徒会が行っていたが、夏村さんが指示したとおりのことしか奴らは行動しなかった。
彼らは指示されないと行動を起こさない。
端で見ていて、気をもんでしまい、片足でコツコツと床を蹴りたたいてしまう。
「かずや、落ち着きがないな。竹中たちのことか」
「そうですね。自分から考えて行動するとか提案するとかのアクションがまったくないんで」
「半年近く、手伝いだけしかさせなかったのが失敗だったのかな」
「いや、やる気があればさよりの仕事を奪ってでも積極的に動くはずなんですよ」
「三人は比較的やる気のあるやつらだったんじゃなかったっけ」
「何も考えていない。自己満でしかないんですよ。このまま見守ってイベントが終わったらプレッシャーかけます」
「プレッシャー?」
「強烈なプレッシャーですよ」
知らぬ間に俺の声のトーンは低くなっていた。
◇◇ 四月八日 ◇◇
昨年同様、午後からは各部活のクラブ紹介のイベントが始まった。
俺と夏村さんは体育館の後ろの壁に背もたれ、三人の行動を眺めていた。
開始から三番目のクラブ紹介の時点で俺は体育館を出た。
俺は渡り廊下の金属製の柱を強く蹴飛ばした。
バゥ~ンという低い音が響く。
その音に気づいた夏村さんは体育館から出て来て俺にそばに寄ってきた。
「かずや、どうした」
「全部同じ。昨年と全部同じ。クラブの発表順番も同じ。計画書とまるで同じ。ただ違うことは計画書の最後のページに書かれた俺の反省点のメモが全く反映されていないこと!」
と言い、再度、柱を激しく蹴った。
「かずや、どうする?」
「夏村さんは終わったら、お疲れ様と言って褒めておいてください。俺は今日はもう帰ります。やつらの顔なんか見たくない。明日プレッシャーの準備をしてきます」
「大丈夫か」
「俺は物事考えないで動く奴が大嫌いなだけです」
と言い、右こぶしを左手に強くたたきつけた。
そして軽く夏村さんに会釈をし、生徒会室に戻り、バッグを取りそのまま自宅に帰った。
◇◇ 四月九日 ◇◇
夏村さんから昨晩電話を貰い、竹中たちの終了後の態度を聞いたところ、やりきったっ感を全面に出していたと聞いて、さらに腹が立った。
やはりこのままでは進歩が見込めないと思い、俺は昼休みに教室棟の三階に向かった。
教室のドアから教室内をのぞき込んだ。
「お~い。池田、ちょっときてくんねぇ」
「は~い、かず先輩、すぐ行きます」
学年が変わり教室も上の階になったが、昨年度同様、俺が来ると何人もの二年生が声をかけてくれた。
また、おもしろい話聞かせてくださいねと俺の話を楽しみにしてくれる子たちもいた。
ラッキーなことに竹中たち三人とは池田は違うクラスだった。
「お疲れ様です。かずさん、今日はどうしましたか」
例のごとく、数人の仲間を連れて池田はやってきた。
「池田、ちょっと悪い。お願いが……って何でお前がいるの」
なぜか池田たちの中にさよりが来ていた。
「なんか、私を呼ぶ声が聞こえたので」
「お前、呼んでない。今日は池田たちに用がある」
「何でですか~。かずや先輩の一大事なら私の出番じゃないですか」
「お前の出番じゃ……うん、お前にも頼みたい」
「でしょ。何でも言ってください」
「ちょっと悪いが、みんなにはめんどうな事をお願いしたい」
俺が要件を伝えると、池田が仲間に聞いた。
「俺はかずさんといっしょに仕事した経験があるからいいけど、お前たちどうする?」
「なんかおもしろそうなんで付き合うよ。かずさんの仕事の進め方とか勉強出来るんだろ。俺もやってみたいよ」
仲間のうち、中谷と本間が池田と行動を一緒にしてくれることになった。
「次はさよりか……」
俺はさよりにお願いしたいことをいうと、明らかに大丈夫ですかという顔をした。
「竹中君たち、それに耐えきれますかね」
「耐えきれなかったそれまでだ。その時は池田にお願いする」
「かずさんとなら喜んでやりますよ」
「よし、今後の流れは追って連絡する。宜しく頼むな」
俺は池田たちに礼を言い、教室に戻ろうとした。
しかし気づかぬ間に俺の袖を持ったさよりが、俺を引っ張り戻した。
「さより、なんだよ」
「かずさん、那奈さんとデートしたんですよね」
「したけど、何か」
「おかしいと思うんです」
「何が」
「こんなに献身的に頑張っている私をデートに誘わないって」
「だって、さよりは俺の後輩だろう」
「鈍感ですね。がんばって付いてきてくれる後輩にご苦労の意味も含めてデートぐらい連れて行くんじゃないですか」
「う~ん。そうだな。以前もどこか連れて行くって約束したのに、放置しちゃったから考えておくわ」
「本当ですか。ラッキー。でも絶対予定立てそうにないから、こっちでGW中に予定立てちゃいますよ」
「別にいいけど」
「気をつけてくださいよ。絶対に振り回してやるから」
「どうぞ、ご勝手に」
「あっ、そうだ。竹中君って、頭は良いんですが、ひ弱でかずさんみたいに俺についてこいってタイプじゃないんですよ。もう少し引っ張っていくようなタイプに仕上げた方がいいですよ」
「それもそうだな。よく考えておくわ」
準備は整った。
※※※※
「全員揃ってるな」
夏村さんの声が生徒会室に響いた。
生徒会室にいる生徒は一斉に席を立つ。
「大鳳高校に一年生が入ってきて、これで初めて一年から三年までそろった学校になった。よく考えてみると一学期は校内行事がほとんどない。そこで新たな行事を立案してほしい。そしてこの行事は二年生を中心に立案計画してほしい」
お~! と二年生から声が上がった。
「そこでだ。なるべく短期間で立案し、実行に移してほしい。適宜チェックは会長、副会長が行う。また、これだけの人数だと心許ないので追加で生徒会のヘルプメンバーを二年から招集した。競うなり、団結するなりして頑張ってほしい。メンバーを紹介する。じゃあ入ってくれ」
「こんにちは、失礼します」
『来たな。プレッシャー(笑)』
「二年の池田、中谷、本間、生徒会のイベントのヘルプをしたく、やってきました。宜しくお願いいたします」
夏村さんは口元を隠し、俺に小声で言った。
「これが、プレッシャーか。考えたな」
「手強いプレッシャーですよ。どうなることやら、楽しみですよ」
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編集記録
2023/08/12 改稿




