1-5話 和也の決心
個人授業開始から、一ヵ月が経過……。
現状報告。
学校でのヤンキー姿と自宅モードでの対応が明らかに違う。
自宅ではジャージ姿で髪は後ろに束ねて、ヤンキーメイクもいつも落としている。
話し方も学校では相変わらずだが、自宅ではだいぶ優しくなっている。
以前の胸倉を掴むなどはいっさい無くなった。
とは言え、間違えるとチッと言って爪を噛み、明らかに機嫌は悪かったし、どこがわからないかと聞くと、『全部わかんねえ』と言ってはへそを曲げていた。
しかたがない。
全部わからないのなら最初から解き方を説明し、確認しながら進めると、ここがわからなかったとレスポンスしてくれるようになった。
わからなかった点の解き方を教えてあげると、感心しながら、反芻し解いていき、最終的に正解に達すると喜んでいた。
俺はなぜか、その笑顔に満足感が刺激され、もっと彼女の笑顔をみてみたいという思いに変わってきた。
日が経つにつれ、想定以上に進捗がよいことに気づかされた。
今では、完全に中学卒業レベルに追いついているし、俺が受験の時使った高校受験用問題集も粗方正解できるようになった。
一方、俺は現在この高校では成績優秀者でいるが、中学時代はかなり不真面目に生活していたため、中学時代の知識が正直怪しかった。
夏村さんを教えることで自分の手を抜いていた箇所の復習が出来、自分も中学時代の基礎学力を強化することができた。
これも夏村さんに感謝だなと思っている。
以上の結果から、夏村さんを教えることが逆に楽しくなり、なるべく早めに結果を出してあげて、自信を付けさせたいと俺は思った。
そこで開始三週目から、勉強会を火曜日、木曜日の週二日にしてはどうかと尋ねると、夏村さんからは喜んで参加するとの回答をもらった。
ぶっちゃけ、この時点で仲間との勉強会よりもこちらの方が楽くなっていたのだ。
男というものは恥ずかしい生物で目の前にきれいな女性がいるとがんばることができるのです……。
また、夏村さんは毎回勉強会後の夕食を準備してくれていた。
何回か通っているうちに、多分、十八時集合と決めているのは、俺が来るよりも早く自宅に帰り、夕食の準備をしてくれているのであろうと気づいた。
その心遣いが嬉しいというのもある。
その上、毎回の夕食がうまいのだ。
いつもの母の味とは違った意味で新鮮で別の魅力のある味と感じた。
週二回の勉強会に変更することで、完全に仲間との勉強会を不参加になることを自分なりに不安に思った。
夏村さんとの勉強会は楽しいのだが、勉強仲間との縁を切ってまでとは考えていなかった。
仲間には自分よりも勉強が遅れている子を教えることで、自分の欠けている部分を把握でき、自分の勉強にも役にたっていると説明した。
まあ、ここまでは無事そうなのでがんばってみろよと背中を押してくれた。
言わなかったが坂本の家では夕飯は出なかった事が明確にビハインドではあった。
夏村さんも以前に比べると少しずつ変わってきていた。
自宅集合であったところを校門を出たところで待つようになっていた。
ただ、俺は自転車通学であるため、バス停まで俺は自転車を押しながら夏村さんと進み、バスで彼女を見送り、そのバスを俺は追いかけるという流れだ。
しかし、校門そばで待ち合わせをすると、帰宅する他の生徒をビビらせてしまう。
そこで俺の方から夏村さんの教室に行くからと言ったところ、『いや俺が、かずの教室に行くわ』の一言で決まってしまった。
当初、夏村さんが来ると勉強仲間が俺のそばから離れるという流れになっていたが、最近は一歩、俺の周りから避難するだけになっていた。
彼らも直接の被害を被らないことをわかったからであろう。
ただ、夏村さんに直接声をかける度胸のあるメンバーはいなかった。
勉強会の当日の放課後になると、真っ先に夏村さんは俺のクラスにやってくる。
「かず、帰るぞ。準備いいか?」
その夏村さんは本当に楽しそうだった。
俺は、荷物をリュックに詰めながら、こう言うのであった。
「はいはい、ちょっと待っててくださいね」
「いってらっしゃい!」
勉強仲間はこう言い、その光景を見てい井上さんは、その流れを観察しながら微笑んでいた。
教室を出ると夏村さんが前方を歩き、俺がその後を下僕のごとく付いていった。
教室の雰囲気も変わった。
俺たち勉強仲間に対するヤンキー共の威圧感は全く無くなっていた。
以前は、トイレにヤンキー共がいた場合、教室の反対側のトイレに移動するのが定めであったが、今では威圧感もかけられず、教室隣のトイレに行けるようになったのは有難かった。
また授業の時の茶化しも、今では無くなっていた。
これが自然の流れなのか、それとも裏で何が動いているのかは伺い知れないが、力のバランスが変わってきたのを肌身で感じていた。
しかし、わが母校、浦和大鳳高校は創立二年目の学校である。
近所の工業高校の生徒達が数人バイクで乗り付け、授業の妨害を行うと、夏村さんとヤンキー共は授業を抜け、バイクに注意をしに行くのは変わりがなかった。
今、一番前で騒いでいる人、俺の彼女なんですが…と思うと気まずい。
しかし、なぜこんな時にうちの高校の教師たちは注意に行かず、夏村さんたちが対応しているのだろうか。
また、ヤンキー共が暴力事件を起こしたという情報が全く入ってこないことも不思議だった。
工業高校の生徒の乱入も、夏村さんたちが人数でまず圧をかけ、それから夏村さんが相手と口論し帰っていくという流れだった。
そういえば、二年のヤンキーグループが校外で暴力事件を起こしたという話は聞くが、夏村さんとは違うグループなのであろうか。
六月末、もう季節は梅雨。
窓を叩く雨はここ四日間降り続いている。
気温、湿度も高く、教室は蒸し風呂のようであった。
俺が高校生の時はエアコンなどは教室には皆無であったので、廊下側の窓を開け、そこから入ってくる風を感じるのが唯一の避暑であった。
同じクラスのヤンキー共はシャツの第三ボタンまで開け、本を団扇にして扇いでいる。
さすがに女ヤンキーはシャツのボタンは開けないようで、代わりにスカートをパタパタさせていた。
ふと、俺は夏村さんもあんなことしているのかなぁと想像してしまう。
しかも頭の中は自宅モードの夏村さんがそうしていることを考えてしまい、俺は幻想を振り払うかの如く頭を左右に振るのであった。
しかし、暑い。
教室内からは窓が全開であるため、外には誰がいるのかは簡単に判別がつく。
今日も六時限目の授業は終了。
終礼のチャイムが鳴り、授業担当の先生に挨拶を終え、俺の席を囲んで勉強仲間が集まり、時間をつぶそうとした時、窓から夏村さんがやってくるのが見えた。
途端、勉強仲間は俺を取り残し、約三メートルの間をおいて座りなおす。
勢いよく教室に入ってくる夏村さん。
見回すと、部活に向かったと見え、隣の井上さんの席が空いていたので椅子に座りながらこう言った。
「おい、かず。あちぃなぁ~。ちょっと今日も買い物して帰るから、先、帰えるな」
『あちぃなぁ~』に不覚にも先ほどの想像を思い出してしまった俺は再度頭を左右に振り、頬を叩いた。
「お前、急にどうした?」
「すみません、不謹慎な想像をしてしまいました」
「不謹慎? なんだ、お前、俺でエロいことでも想像したのか? しゃあないな、今度エロい姿でもご披露してやっか!」
「結構です……」
たぶん、この教室にいるメンバーで夏村さんの自宅バージョンを知っているのは俺と多江ちゃんだけであろう。
ヤンキー同士で話す時にすっぴん姿は無いから彼らは知らないはずだ。
夏村さんの自宅バージョンの攻撃力を知っているからこそ、俺は前述のような想像を巡らしてしまったのである。
長いまつ毛、大きな眼、筋の通った鼻、形の良いあご、白い肌……。
独占していると思っただけで満足してしまう、それが彼女いない歴十六年の男子の性。
ふと俺はつまらないことに気づいた。
「ところで、最近、上履きの踵、踏んでないよね?」
「あぁ、何か用事が有って走る時、踵踏んでると走りづらいってわかったから」
この辺が夏村さんが変わってきたなあと思う点。
喧嘩や騒動で今まで何度も現場に急行することはあったであろう。
それが今更、踵を踏まないとはどんな変化なんだろうと。
「それはいいと思うよ。でも気を付けてね。ケガされると嫌だから」
「おい、お前。俺を思ってくれてるのか。お前、俺にぞっこんだなぁ!」
『ぞっこん』なんて言葉、久しぶりに聞いた。
そう言って、俺の肩をバチバチと叩く。
痛い。
「じゃあ、俺行くから。着く前に電話、よろしく!」
「承知!」
教室を出ていく夏村さん。
毎回作ってくれる夕飯。
勉強を教えてくれてくれることに対するせめても償いだと言われると断ることもできなかった。
断るのも怖いし。
彼女なりの感謝の表現だと俺は考えた。
しかし………。
ヤンキー、総番であることを除けば自宅モードの夏村さんはルックス最強の彼女である。
ヤンキーで無ければなぁと考える時もあるが、逆にヤンキーでなければ俺にはこんな彼女はできなかっただろうと考える。
現状でも(仮)ではあるが。
ヤンキーの皮を剥がせば夏村さんはハイスペックなのである。
彼女も高嶺の花、だな……。
結局、俺の前に現れるキレイあるいはかわいい子は高嶺の花である。
夏村さんにせよ、多江ちゃんにせよ。
まぁ、目の前にこんな子が居て時間を共有できるだけで俺は良いと考えていた。
ただ、ひとつ気になっていることがあった。
ヤンキー共の動向であった。
夏村さんの交際宣言から明らかにヤンキー共が俺たちに一歩引いている感じがした。
それなりに我慢しているのであれば、いつか爆発する時が来るのではないか。
奴らと一回話がしたい。
彼らが俺と夏村さんの交際をどう思っているかということを。
「悪い。ちょっと用事があるんで」
と言って俺は、勉強仲間の元を離れた。
勉強仲間はまだ俺から三メートル離れたところで話をしていて、佐々木が代表して、『承知』と返事をした。
相変わらず思慮の浅い発言をする奴だ。
ヤンキー共が気を悪くしたらどうする。
俺は立ち上がると、教室の窓側でたむろっているヤンキー共のところにむかった。
後ろでは勉強仲間が気づき、立ち上がったであろう複数の椅子の音が聞こえた。
ヤンキー共の前に着く。
リーダー格の横山は椅子にあぐらをかいたように座ったままこちらを見た。
横山は斜め横から俺を見ながら、低い声でこう言った。
「あぁ~、なんだ?!」
「ちょっと、夏村さんのことで話がある」
横山は教室内を見まわし、こう言った。
「ちょっと付き合え」
併せて数人のヤンキー達も腰を上げたが、横山はそれを制した。
「ここで待ってろ」
「承知!」
横山はゆっくりと歩き出し、俺は後に付いて教室を出た。
俺は勉強仲間に対し腕を×の字に組み、職員室への連絡は不要の旨を伝えた。
横山は三年一組の部屋に着くと中に入るように俺を促した。
なぜこいつら三年一組の教室、好きなんだ?
一番後ろの席は以前、夏村さんと初回の勉強会の打ち合わせをしたときのままだった。
横山は黒板側の席につくと俺を目の前に座るよう指示した。
立ち話で殴られることは無いようだ。
「なんだ、用事って」
「俺と夏村さんとの関係について、どう思っているのか聞きたい」
と尋ねると、横山は窓の方向に目をやりながら、こう言った。
「わかった、言っておく。
いいか、お前。
なつさんがお前と付き合うという話を聞いた時、
俺たちは信じられなかった。
今更ながらあの時はお前を殺したいと思うぐらい怒りまくったよ。
しかし……。
なつさんは俺たちの恩人だ。
俺たちが道に外れた時に手を差し出してくれたのは、なつさんだった。
俺たちが苦境に立った時、救ってくれたのは、なつさんだった。
俺たちをこの学校に入るように言ってくれたのは、なつさんだった。
高校出た方が道は広がることを教えてくれたのは、なつさんだった。
俺たちを退学にならないような立ち振る舞いを教えてくれたのは、なつさんだった。
俺たちはなつさんに一生かかっても返せないほどの恩義をかけてもらった。
ただ、なつさんは今も苦しんでいる……。
それは俺たちは入っていけないレベルの悩みなんだと思う。
なつさんから俺たちばかり救ってもらっていたので、
なつさんにも笑顔になってもらいたいと思っていた。
でも問題解決の糸口さえ見つからなかった。
一か月前、お前と付き合うと教室で発表した後、
なつさんは俺たちのところに来てこう言ったんだよ。
『あいつとあいつの仲間には手を出すな』とな。
正直、馬鹿なと思ったよ。
ただ、よく考えてみると俺たちに自分の希望を言ってくれたのは、この時が初めてだった。
いつもいつも俺たちのことばかり気にかけてくれたんだよ。
意外と俺たちの意思は簡単に決まった。
お前がなつさん、助けてくれるなら、俺たちはその手助けをしたいと。
その意思表現が『承知!』に含まれているんだ。
なつさんが変わってくれるなら、
なつさんが助かってくれるなら、
なつさんの笑顔がみれるなら、
俺たちは全力でなつさんを応援する。
そこでお前に確認がある。
お前はなつさんを助けてくれるのか?
その意思はあるのか?
できねぇんだったら、なつさんに深入りするな」
長い沈黙が続いた。
夏村さんを助ける?
夏村さんを変わらせる?
そんなことが俺にはできるのか?
ただ、この一か月の夏村さんの変化を見ても俺みたいなモブな奴でも彼女に変化を起こすことは出来たのではないか。
夏村さんの背景には家族の問題やほかにも大きな問題があるんだろう。
俺の意思は何だ。
彼女を普通の高校生の教育レベルに戻して最終的には大学に入れる、これが俺の目標であり、俺の意思だ。
それに関わると決めた以上、介在しない訳にはいかない。
もう、すでに後へは戻れないと思った。
それは後悔?
いや決意だ。
「どこまで出来るかわからないなんて中途半端なことは言わない。つきあうといった時点で俺の彼女に対する責任は発生していて、それを受けいれる決心もできているから大丈夫」
「そうか、その言葉を聞いて安心したぜ。もう、大ぴらになつさんとデートしてもいいぜ。もう俺たちは何も言わねえよ。毎日お前のところに来ては笑顔を振りまいているなつさんを見ることできて俺たちはうれしいからな」
「デ・デ・デート? ですか……。いや、いや、そんな……デートなんて……」
「お前デートしてね~のか。その割には一緒になつさんと帰ってるじゃんか」
「そうですね。デ・デート、今度します」
そうか、デートしないと付き合っている感、出ないよな。
結果が出たらお願いしてみよう。
横山は携帯を取り出すとどこかに電話を掛けていた。
「あっ、なつさん。よこやまっす。今、高松と一緒で、ラブラブのとこ聞かされた上に、デート行きたいとか言ってましたぜ!」
『なに! デ・デ・デートか! そんなこと、かずは言ったか……。よし、今度行ってやるぜ!』
携帯からは上ずった夏村さんの声が俺たちしかいない三年一組の教室に響いた。
「ってこった。じゃあ、後はなつさんをよろしくな!」
席を立ちながら、横山はこう言った。
「俺もかずって呼んでいいか? 俺はたけしでいい」
「承知!」
「承知な!(笑)」
俺のケリはついた。
奴らが想像以上に夏村さんのことを考えていたのだ。
教室を出ていく横山の姿を見送りながら、俺は席を立ち、携帯で電話した。
「夏村さん、俺です。これから家に向かいます」
「おう、かず、俺とデートしたいのか? 今度デートな! そうだなデートしないとカッコ付かないしな!」
こんなに明るい、嬉しそうな声で話す夏村さんに、俺は早く会いたいと思った。
当作品をここまで読んで頂き、ありがとうございます。
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編集記録
2022/8/20 校正、一部改稿
2023/05/02 改稿




