7-18話 修学旅行(11)
ひと通り映画村内を見て回ったなと思った時、夏村さんのスマホにうちの班のメンバーから連絡があり、落ち合うことになった。
「かずや、みんなはまだ全部は回り終わってないらしいよ」
「やはり、早く入場できたのは大成功でしたね」
「今、みんな『からくり忍者屋敷』にいるらしいので、オープンセットのところで待ち合わせになった」
「忍者屋敷か……多分、あの女子のメンバーだったら、一番下手っぴは多江ちゃんですかね。そのほか三人は運動出来る子だから」
「小倉さんは確かに出来そうにないな。男子ならどうなんだ?」
「多分、運動は牧野でしょうね。鵜坂は全くの運動音痴ですけど」
「そういえば、かずやの仲間である四人とも仲良くなっていかないといけないな。彼氏の友達だもんな」
「ありがとうございます。そんなお言葉が出てくるとは……」
「お前、俺はもうヤンキーじゃねぇんだぞ! かずやの彼女だ。彼らに少しずつでも話しかけていかないといけないなと思ってたんだよ」
「じゃあ、帰ってからでもいいので、ゆっくり始めましょう。ありがとうございます」
正直、夏村さんが俺の仲間に気をかけてくれていることは知らなかった。
俺はありがたいと思い、心から夏村さんに礼を言った。
俺は晏菜へのお土産として土産物店で買い物をしていると、夏村さんのスマホが鳴った。
『もうすぐ、オープンセットにつくよ。まっててね』と多江ちゃんからラインが来ているのを確認し、店を出た。
そして二人で話をしながら、オープンセットに歩いて行くと、俺たちの班メンバーが人影の中に見えてきた。
すると、夏村さんは俺の肩を叩き、俺の手を引っ張りながら、
「かずや、みんながいるぞ! 合流しようぜ!」
といい、小走りになった。俺は、
「うん、わかった。でも俺、足負傷のフリをしないといけないので」
と言い、夏村さんのダッシュに遅れてついて行こうとした時だった。
横の道から勢いよく出てきた人力車が不意に道に飛び出した夏村さんにぶつかりそうになった。
人力車は人力車なりにブレーキをかけたが、それにより、乗客を振り落とす事はできない。
彼らにとって、あくまで乗客重視だ。
危ないと思った俺は力任せに夏村さんを引き寄せようとした。
しかし、俺は左手で夏村さんの右手を握っていた。
怪我をしている左手であったため力が入らず、夏村さんに人力車が激突するのを防げない……
と思った時、俺は夏村さんの腕を右手でつかみなおし、斜め後ろに引っ張った。
『夏村さん、悪い、上手く受け身取って!』と思いながら、俺は夏村さんの利き足を払い、後ろに倒した。
いわゆる、柔道の『出足払い』のような形になった。
俺は夏村さんが少林寺をやっていた経験から受け身を取れることを想定し故意に倒した。
怪我をするよりはこちらの方がよいと思ったからだ。
夏村さんは勢いよく横に一回転して地面に倒れた。
そこは、人力車の通る道の手前での転倒であった。
しかし、夏村さんを強引に進行方向と逆方向に投げたため、進行方向のベクトルの力はより大きく俺に対してかかってきた。
このままだと、俺が人力車の下敷きになる可能性があると思い、柔道の前方の受け身の練習のように前転しながら倒れこみ、そのまま斜め前方にゴロゴロと転がっていった。
受け身を取り、その場にとどまったのでは、ブレーキをかけた人力車がその場所をとおる可能性があったからだ。
そして俺はオープンセットの角にある宿場街の建物の柱に勢いよくぶつかって止まった。
人力車は結局ブレーキをかけても四、五メートルは止まることができなかった。
俺が受け身を取ってそのままの場所にいたら確実に轢かれ、乗客も放り出され、多重事故になるところだった。
夏村さんは予想通りに反射的な受け身を取れたらしく、怪我は無く、服に埃や土がついた程度だった。
そして、建物のそばに転がっている俺を見つけ、そこから立ち上がり、俺の方向に駆け寄った。
「かずや! 大丈夫か! また俺、お前のこと傷つけちまった! ごめん。ごめんよ!」
人力車に乗っていた客が大声を出したせいか、大勢の客が集まってきてしまった。
「夏村さん、大丈夫? ごめん、左手が言うこと効かなくて、大げさなことになっちゃったよ。昨日はかっこよかったのに、今日はかっこ悪いね。しかし、左手が言うこと利いてくれたら、もっと夏村さんをきれいに守り切れたのにごめんね……」
「そんなことはない! 本当に大丈夫か?!」
「うん、自分でも受け身は取れていたからなんとかなった。けど、柱に衝突するとは思ってもみなかった。体をかばうために腕を強く打ったかな」
「お前、けんか嫌いだから格闘技は嫌だって言っていたのに、どうして護身術みたいなのを使えるんだよ」
「中学の時、俺って体育の先生に嫌われていて、さんざみんなの前でいろんな技を掛けられていたんで、対応策が自然と身についたんだよね」
「本当にそれだけか? まあいい。本当にごめん。今、渋谷先生に連絡するから」
と言い、倒れた弾みでポケットから飛び出してしまったスマホを探し、電話を始めていた。
建物の柱に当たったのが左腕で、俺の診断では、打撲であろうと思った。
しかし、普段感覚が鈍いのに今日は痛みが強い。
骨でも折れたのかと触ってみたが、折れた形跡はなかった。
ちょっと怖かったが、左手の指を動かしてみた……
これは……
そんなときに、残りの男女メンバーが俺と夏村さんのところに集まってきた。
「かずくん、大丈夫?」
「服、汚れちゃったよ?」
「かーくん、怪我は?」
と声を掛けてくれた。
「大丈夫、大丈夫。俺はいろんな人に殴られて育ってきましたので…… ん?」
とギャグをかましてみたが、さすがにこのタイミングではみんなには受けなかった。
人力車の車夫さんとそのお客には問題無い旨伝えたところ、車夫からは一度こちらに連絡をとって欲しいと連絡先をもらった。
多分、この連絡先で今回の事故に対する対応を決めるのであろう。
これは渋谷先生にまかせよう。
それより、俺の事ばかり気にして、原因を作った夏村さんに自覚を求めるために、
「夏村さん、車夫さんとお客さんにお詫びしないと。自分から飛び出したんだから……」
と俺がいうと、夏村さんは思い出したのかのごとく、車夫さん達に謝罪した。
車夫は乗客にお詫びを言いながら仕事に戻った。
場所も落ち着き、そこには俺たちの班のメンバーだけになった。
その時には、俺も立ち上がり、服の汚れた部分を叩いていた。
こういう時、男子メンバーは冷たい。
遠巻きに見て、大丈夫かと尋ねるだけだった。
多分、対処の仕方がわからないのだろう。
俺は中学時代、いくつかの事件を起して、この時、どう対処すべきかという策を身につけていた。
多分、彼らが俺の立場だったら右往左往するだけで、何もできなかったのではないかと思った。
俺は他者から落ち着いていると言われるが、それだけいろいろな経験を積んできている。
高一の時、夏村さんに最初に呼び出された時、心の中はある程度落ち着いてはいた。
不安がないと言えば間違いだろうが、こんな時にどのような態度でこのタイプの人間に接しなければいけないか、知っていた。
それが態度にでてしまうのであろう。
しかし、打撲のせいか左手の痛みが一向に引かない。
一方、夏村さんが渋谷先生の電話を終えると、井上さんは真っ赤な顔をして夏村さんに突っかかってきた。
「夏村さん、もう私、限界なんだけど…… はっきり言って、夏村さん、かずくんのこと不幸にしてるよね! 一学期の階段の件といい、今日といい……」
「井上さん」と俺は声をかけた。
「受験が終わるまで、かずくんに教わるって事は別にいいけど、かずくんが夏村さんと付き合うの、辞めて欲しいんだけど! もうこれ以上、かずくんが不幸になっていくの見てられないんだよ!」
「井上さん!」と俺はさらに大きな声をかけた。
「これじゃ、かずくんが不幸すぎて……」
「井上! ……さん、もう辞めてあげてよ。俺は夏村さんを責めてはいないんだから」
「だって……」
「今の一件は不注意が原因だし、夏村さんを責めるべきではないと思うんだ。しっかりと守ってあげられなかった俺が悪いんだよ」
「かずくん、人が良すぎるよ。このままだと、他人を幸福には出来ても自分は不幸になっちゃうよ。彼氏彼女の関係って両方で庇え逢ってだと思うんだよ。今のままじゃ、かずくん、不憫過ぎて……」
「それは納得の上で俺は夏村さんと交際しているんで、当事者以外が口出しすべき事じゃ無いと思う」
「わかったよ。そこまで言うんだったら、こっちも考えがある」
と言うと、井上さんは女子メンバーを連れ、移動してしまった。
その後を悪いなと言いながら男子メンバーはついて行った。
俺がゆっくりと夏村さんの方に向き直すと、夏村さんは俺の胸ぐらをつかみ、俺の頬を強く叩いた。
「お前! あんなこと言ってたら、中学時代の二の舞になるぞ! 少しは勉強しろよ! こう思い込むと絶対に引かない。中学の時もそうだったんじゃないか? 俺がいるなら、そうはならないようにと、付き合ってきたつもりだ。これじゃ俺がいてもいなくてもお前は孤独になるだけじゃないか。そう、俺の存在自体も無駄になるんだ。『行動する前にまず考えろ』だろ」
確かにそうだなと思った。
しかし、井上さんの発言を肯定することは夏村さんとの交際を否定することにはならないのか。
自分の答えを出すには時間がかかりそうだ。
「ごめん、その件に関してはもう少し考えてから答えを出してみるよ」
「そして、井上には?」
「謝って、俺がもう一度言ったことをよく考え直すことということで説得してみるよ」
「しかし、びっくりしたよ。いつもあんな振る舞いをしているあいつが、あんなに真剣な顔になるなんて…… お前とのことを真面目に向き合っているのは井上なんだなと思ったよ。まあ、俺の次だけどな」
「自分は外さないんだ」
「当たり前だ」
「じゃあ、今すぐ井上さんに謝って考え直すって伝えてみるよ」
「行ってこい」
と言い、夏村さんは俺を見送った。
「やっぱ、俺、かずやのこと不幸にしちゃっているのかな…… 好きってことだけじゃだめなんだろうか……」
と夏村さんはつぶやき、目に輝くなにかを流した。
しかし、その時、つむじ風のような強い風が吹いてきたため、その何かを瞬時に吹き飛ばしたため、そのことを誰も知ることはなかった。
「井上さん!」
俺はグループを追いかけながら叫んだ。
先頭を歩いていた井上さんは立ち止まってこちらを向き、話し始めた。
「かずくん、確かに言い過ぎた点もあった。ごめんなさい。でも、私も二人を一年の時から観察してきたけど、なんかかずくんだけ重い何かを背負い続けている感じがするんだ。勉強と恋愛って相手によって価値観が違うと思うんだよね。そりゃ、一緒であれば一番楽だけど。だから、勉強のことは勉強、仲間とのことは仲間、恋愛は恋愛と分けて考えないといけないんじゃないかと思う。無理やり突っ込んでいっても手にいれられないものってあると思うんだよ。夏村さんと受験勉強は結構。でも、恋愛は両者が幸せにならなくちゃだめだと思うんだ。その選択肢は当然夏村さんかもしれないし、私かもしれないし、他のメンバーかもしれないし、ここにいない新たな子かもしれない。最終的にかずくんが決めればいいと思う。けど、今から夏村さんて決めたから夏村さんじゃ、道を間違えた時に取り返しの付かないことになると思う。だから、私たち、少なくとも私はかずくんに対して心の準備は出来ている。だから、まだ一年半あるんだからゆっくり考えて。多分かずくんが幸せになってくれるって納得したら、みんな、しょうがないねで終わるはずだから」
「井上さん……」
「だから、かずくんはゆっくり考えていいんだよ。その代わり、私がさっきの夏村さんみたいな目に遭いそうなときも助けてね」
「うん、でもなんかみんなをキープしているみたいな感じがして……」
「多分つきあっていくうちに、一人抜け・二人抜けしていくんだろうね、私は負けないけど」
「井上さん……」
「小倉さんはどうする?」
「私もがんばる」
「緒方さんは?」
「もち、昨日告ったばかりだから付き合うぜ」
「石森さん、ここに入る勇気ある?」
「多分、私が立場一番弱いけど、がんばる」
「えっと、ここに吉川さよりが入ってきて、難敵は妹の晏菜ちゃんだな」
「その二人はないから!」
「ということで、今日これからはバチバチ行くからね。夏村さんに宣戦布告だ」
「(困ったことになったな)」
遠巻きに見ていた男子メンバーは集まって、
「おい、これから夏村さんを含めてのかずの取り合い合戦が始まるみたいだぜ」
「こりゃ、楽しみだな(笑)」
と楽しそうだった。
俺はメンバーと別れ、夏村さんのところに向かった。
遠くに彼女を見つけ、声を掛けようとすると、明らかに怒っている様子だった。
「夏村さん、どうしたの?」
「お前が井上のところに行っている間に渋谷先生が来たので事情報告と連絡先を渡しておいた。その後だよ。ラインで井上から今回の参加メンバー全員が俺に宣戦布告してきやがった。『勉強はどうぞご勝手に! でも、彼女の座は渡さないからね!』って書いてあるぞ。かずや、むこうで何があったんだ?」
「後ほどの説明でよろしいでしょうか……」
やはり、あのようなことがあった後だ。
二人の会話もぎこちなく、楽しめずに映画村の訪問は終了した。
京都駅までの道も俺たちはタクシー、仲間はバスでの移動となった。
ここまではいい。京都駅からの新幹線は仲間と一緒になる。
余計なことが起こらないことを祈りながら集合場所で、仲間と合流した。
すると井上さんが近寄ってきて、こう言った。
「ごめん、さっきはあんなこと言っちゃったけど、修学旅行は自宅に帰るまでが修学旅行だから、帰りの新幹線はかずくんと夏村さんとで隣に座って良いよ。途中、男子とも話し合って、早めに二列席を取ってしまおうという話になったんで」
「それでいいの?」
「修学旅行は思い出として残しておこうよ。明日からは知らないけどね」
「明日からはわからないんだ……」
「じゃあ、後は宜しく! 夏村さん!」
といい井上さんは夏村さんの肩を叩いたが、その強さは以前より明らかに強めであった。
「せっかくなんで、話しながら帰りましょうか……」
「そうだな」
夏村さんの返事は短かった。
予定通り、新幹線内は二列席を独占でき、女子と男子は席を回転させ、4人で向かい合わせにした。
そして新幹線は発車し、案の定、男子は米原付近で、女子も名古屋手前で全員眠ってた。
「みんな、寝ちゃったよ。たぶん疲れていたんだろうね」
「かずや」
「は、はい?」
「俺ってかずやを幸せにしているか?」
「急に何を?」
「俺はかずやと付き合えたおかげで、俺は幸せになれたが、お前は怪我をしたり、勉強や、生徒会の仕事など、いろいろ忙しくなっている。本当に幸せなのかなって思った」
「客観的にみると不幸せになったのかな。井上さんがああ言うのだから」
その言葉と同時に夏村さんの表情は険しく暗くなっていた。
「だけど、俺自身が思うには、夏村さんと付き合ったおかげで自分の勉強にもプラスになった。夏村さんと付き合わなかったら、
元ヤンキーとあんなに仲良くなれなかった。夏村さんと付き合わなかったら、生徒会を通じてこんなに仲間を増やすことはできなかった。夏村さんと付き合わなかったら、後ろで寝ている女性陣と一緒になることはなかった。夏村さんと付き合わなかったら、怪我をせずに進路もまだわからない状況にあったかもしれない。なにより夏村さんと付き合わなかったら、彼女がいなかった。ちょっとくどかったけど、すべて俺の今の高校生活には『夏村さんと付き合わなかったら』が付くんだよ。だから俺は何が起ころうとも、夏村さんは俺を幸せにしてくれていると思うよ」
「そうか、俺は自分の知らぬ間にかずやを幸せにできていたんだな」
「そう、なんか気持ちの悪い修学旅行になった感じだけど、俺は帰ってから両親や晏菜に話しきれないほどの夏村さんとの楽しい修学旅行の思い出を語れる自信があるんだ」
「そうか、そうか、そんなに思い出が出来たか。ならよかった。ところで映画村での事故の後、怪我とかしなかったのか?」
「左腕を強く打って、痛みがあったから先生に痛み止めを貰って、今は何とも無いよ」
「ごめんな……」
「でも夏村さんがはしゃいで、仲間見つけて急に走り出すとは思わなかったよ。夏村さんも変わり始めているんじゃないの?」
「かずや色に染められてきたかな?」
「ありがとうございます!」
と言った感じで京都東京間を二人でずっと話して過ごした。
◇◇ 自宅にて ◇◇
「おにぃ、あんだけ言ったのに、なんで八つ橋買ってくるのよ!! 私『生』八つ橋って言ってたでしょ!!」
と帰宅後、すぐに晏菜に怒られる俺だった。
当作品をここまで読んで頂き、ありがとうございます。
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編集記録
2023/02/15 前話を二分割、未改稿
2023/02/16 一部改稿




