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17 元勇者は考えることを放棄した

 その後、「ちょっと買い出しに行ってくる」と言うヒースを見送り、私はぬるくなったミルクを啜った。

 ヒースの言い分はよく分かったし、これからはいっそう気を付けないといけないって自覚できた。抱き上げてきたりシャワールームに入ってこようとしたりしたけれど、それもヒースなりの思いやりで、やましい気持ちとかじゃないんだろうな。


 ……。

 ……そういえば。

 ヒースが立てた誓いは、「カティアの嫌がることはしない」だったよね? それを破ったら心臓が止まるとかいう。


 ということは、神は私の意思も尊重してくれているってことだよね? そうじゃないと、私にとって何が嫌なことなのかヒースには分からないこともあるだろうし。


 で、さっき私たちはシャワーの際にちょっともめた。お姫様抱っこの時ももめた。

 でも、ヒースが苦しんでいる様子も誓いを破った様子もなかった。シャワーは未遂で終わったにしろ、私が本気で嫌がっているならその時点で誓いの効力は発動していたんじゃないかな。


 ……つまり?

 私は、ヒースにシャワーの介助をされることを遠慮はしたし恥ずかしいとは思っていたけれど、嫌ではなかったということ?


 ……。

 …………。

 やめた! 考えるの、やめ! 晩ご飯まで寝よう、そうしよう! おやすみ!!












 翌日以降もヒースの過保護っぷりは健在で、しかも私の腹も朝食を食べているときに急に痛みだしたものだから、「しばらくは魔物退治は禁止!」と仕事に制限を掛けられてしまった。

 幸い痛み自体はすぐに引いたけれど、ヒースが私を心配する気持ちもよく分かるし「これくらい」をやめようと決めたばかりだから、彼の言葉に大人しく従うことにした。


「……といっても、力をー……もてあますー」

「仕方ないだろう。旦那だって心配してるんだ」


 ぶちぶち薬草を千切る私の隣で、同じように作業していた男がなだめるように言ってきた。

 今日、私はいつものように魔物をぶった斬る仕事ではなく、戦闘をしない仕事を引き受けることにした。そうしてエイリーが仲介してくれたのが、「薬草摘みの手伝い」というものだった。薬草師のおじいちゃんが腰が痛いらしく、代わりに薬草を摘んでほしいとのことだった。


「旦那じゃないっての。……おう、こんにちはミミズちゃん。ちょっとどけてねー」

「まあまあそう言わずに。こういう仕事は派手さはないが、小さいことの積み重ねによってギルドの信頼は成り立つんだからな」


 ミミズちゃんをぽいっと放った私は、被っている麦わら帽子のつばを右手の甲で持ち上げ、隣の男を見た。

 彼はこっちを見ることなく、薬草をぷちぷち摘みながら言葉を続ける。


「カティアちゃんの場合、戦闘向けの魔法を使えるってことが分かってからはすぐに魔物討伐の仕事専門になったから、こういう地道な仕事はあんまりしたことないだろう?」

「……うん。思えば、ギルドに登録したての頃以来かも」

「そうだろう。たいていの冒険者は、カティアちゃんみたいな卓越した才能は持っていない。魔物討伐の方が報酬がでかいからみんな希望するけれど、力のないやつをみすみす死なせるわけにはいかないから、ギルドだって慎重に仕事を割り振る。……多くのやつはな、こういった仕事を続けてようやっと魔物討伐の仕事を受けられるんだよ」


 彼の言葉に、私は頭を殴られたかのような衝撃を受けた。

 ……私は、信頼されることが当たり前になっていた。危険な魔物討伐の仕事を受け、ガッポリ儲けられるのを当たり前だと感じていた。


 でもそれは私が元勇者で、身体能力強化魔法に優れていたからできたこと。そうじゃない人は、地道な努力を積み重ねてようやく魔物討伐の仕事を受けられる。


 私は今の生活を、「当たり前」だと思っていた。でも、私が心おきなく野原を駆け回って魔物をぶった斬れるのは、それまでギルドを支え、信頼を築いてきたたくさんの人の努力があるからなんだ。そういった段階をすっ飛ばしていた私は――


「……私、偉そうな小娘だったのね」


 思ったことを呟いてしまい、だんだん恥ずかしくなってきたから薬草じゃない雑草をぶちぶち引き抜くことで誤魔化す。

 隣の男にはそんな私の子ども染みた所作の意味もお見通しだったようで、ふっと薄く笑って肩をすくめられた。


「そう思えるくらいなら、あんたはいい娘だよ。……カティアちゃん、あんたはもっと自分を見つめてもいいかもしれないな」

「……どういうこと?」

「さあなぁ。俺より旦那に聞いた方が早いかもなぁ」

「旦那じゃないっての」


 わざとぎっと睨んでやるけれど、彼は「おお、怖っ」とおどけたように言うと薬草入りの籠を担いで行ってしまった。籠がいっぱいになっていたから、新しい入れ物と交換しに行ったんだろう。


 ……籠がいっぱいになっていたことにも気づかなかった私は、きっとまだまだなんだろう。

 私はさっきより慎重に薬草を摘みながら、小さく息を吐き出した。

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