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お花屋さんとお巡りさん - 希望が丘駅前商店街 -  作者: 鏡野ゆう


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第二十話 芽衣さんちのリフォーム開始です

「へえ、これが完成予想図?」


 設計事務所の人が届けてくれた設計図やイラストを見てほしくて派出所に押し掛けてそれらを机の上に広げると真田さんと酒井さんが興味深そうに覗き込んできた。


「なかなか素敵でしょ?」


 お店の間口も今みたいな商店街側じゃなくて駅前に向けて広くなるから間口を広くした分お店の中もずっと明るくなるし、改札口を出たところにお花がたくさん並んだお店があったら商店街入り口も華やかな感じになって素敵なんじゃないかなって個人的には考えているんだけどどうかな?


「結構早く出来上がったね。図面を作るのってもっと時間がかかるのかと思っていたよ」

「友達で建築関係の仕事に就きたい子がいてね。その子が私のイメージしている案をざっと図面にして起こしてくれたの。目に見えるたたき台が出来上がっていたから話が早かったんだと思うよ」

「なるほどね」


 最初に設計事務所の人との打ち合わせに持って行った友達作の図面のお蔭で話は結構スムーズに進んだ。イメージして作った図面に対してプロから見た建築基準などの問題点とか実用面での問題とかを提案をしてもらって修正して出来上がったのが今見ている図面なのだ。


「ところで芽衣ちゃん、この設計図を見ていると何となく普通の家よりも玄関の扉とか部屋の出入口の高さがあるように思うんだけど気のせいかい?」


 図面を見ていた酒井さんが玄関口に書き込まれた数字を指さして首を傾げた。


「あ、分かりました?」

「うん。嫁の実家が大工だからね、こういうのは何となく覚えてるんだ」

「え、酒井さんの奥さんとこって大工さんだったんですか?」


 真田さんが意外そうな声をあげる。


「あれ? 言わなかったっけか? ガテン系の家系で姉妹揃って逞しいんだ。嫁は妹が逞しすぎて嫁の貰い手が現れないんじゃないかってヤキモキしてるよ。あ、ちなみに嫁の妹は大工じゃなくて看護師なんだけどな」

「芽衣さん、全然驚いてないけど知ってたの?」

「前にね、真田さんがパトロールに行っている時に酒井さんから聞いたの」

「そんな怖い顔して俺を睨むなよ。別に芽衣さんを口説こうとしていたわけじゃないんだから」


 何か言いたげな真田さんの顔を見て酒井さんがカラカラと笑った。


「別に睨んでませんよ」

「どう思う、芽衣ちゃん。この顔は俺のこと睨んでるよなあ?」

「うーん、まだ睨んでないかな、いつもより一割増で怖いけど」

「芽衣さんまで」


 ケラケラ笑っている酒井さんの様子に溜め息をつきながら図面を覗き込む真田さん。


「それで? どうして規格より出入口が大きいんだい?」

「その点は私も不思議に思ってるんだよね。特に希望を言ったわけでもないのに最初からこのサイズなの。もしかして花屋だから自宅でもカサ高いプランターを出し入れするとでも思われたのかな、とか」

「これはあれだろ、こいつの為じゃ?」


 そう言いながら酒井さんが真田さんのことを指さした。


「俺ですか?」

「だってお前さんの身長のこと考えたらこれぐらいの高さがあった方が良いだろ?」

「だけどここ、芽衣さんの家ですよ?」

「分かってるよ。だけどどう考えてもそうに決まってる。だろ、芽衣ちゃん」

「私に言われても……」


 だけど酒井さんに言われてから思い当ること節があることに気が付いた。私と言うよりお母さんとお婆ちゃん。設計事務所の人が来た日、一緒に資料を見ていた時に和室の鴨居の高さがどうとか玄関口の高さはどうとかこうとかって二人でヒソヒソと話していたんだよね。その時は今時のサイズは昔の家よりも大きいのかな~なんて特に気にしていなかったんだけど、改めて考えてみると二人が話していた高さがどうのこうのって話は真田さんの身長に合わせて高くした方が良いんじゃないかなってことだった気がする。


「良かったな、真田。これで頭上を気にせず生活できるじゃないか」

「だからって俺の為だと決めてかかるのはどうかと思いますが」

「お前さん以外に誰がいるっていうんだ。芽衣ちゃんの親戚にこんなでかい人間はいるかい?」


 そう言いながら酒井さんは真田さんの頭へんに手をのばす。


「うちで一番背が高いのはイトコのお兄ちゃんだけど、真田さんよりずっと低いよ」

「ほらな?」

「ほらなって……」

「芽衣ちゃん、せっかくだから真田の意見も聞いてやったら? もしかしたら何か拘りがあるかもしれないから。じゃあ俺はパトロールに行ってくるよ。ごゆっくり」


 酒井さんはニコニコ、じゃなくてニヤニヤしながら派出所を出て自転車でパトロールに行ってしまった。そして残された私と真田さんの間に妙な沈黙が流れる。そりゃね、付き合いだしてから真田さんちの洗面所に私が使う歯ブラシが増えたりとか食器棚に私専用のお湯呑とお茶碗が増えたりとかそういうのはあって、それを見ながら何だか嬉しいような恥ずかしいような気持ちになったりするのは事実。だけどそれとこれとはまた違う話で……。


「あ、あのね、ここの高さを決めたのは私じゃなくてお母さんとお婆ちゃんだと思うの。私は内装の話はしたけど柱の長さとか玄関扉の大きさまで指定した記憶は無いし……」

「そう言えば前に遊びに行かせてもらった時に身長はどれぐらいって聞かれたことがあったな」

「誰に?」

「芽衣さんのお母さんに」


 まさかこの為に尋ねられたとは思わなかったよと真田さんは微妙な顔をしながら呟いた。言われてみればお正月にお婆ちゃんちに遊びに行った時、客間に入ろうとした真田さんが鴨居に頭をぶつけそうになったことがあったっけ。


「ってことはやっぱりお母さんなんだ、この辺の指定をしたのって……」


 それからまた変な沈黙。お店の間口の高さも高いけどこれはきっと大きなプランターを出し入れしやすいようにってことだよね。だけど自宅の方までこんな高さにすることないよね、別注にしたらそれだけ割高になっちゃうわけだし? それとも別注してまでもこの高さにしなきゃいけない他の理由があったとでも? それこそ真田さんみたいな背の高い人がここを出入りするとか。え、お母さんってば物凄く気が早いこと考えてる? 確か松岡家の家訓は邪魔しないであって後押しするじゃない筈だよね? それにそんな話は私達の間でも全く出てないし今のところ出る気配も無いんだけど。


「あのね、別に深く考えなくてもいいからね、真田さん」

「どういうこと?」

「だからさ、そのう、ほら……」

「この家、芽衣さんが住むことになるんだよね」

「え? うん、そうだよ」


 いきなりの問い掛けに一瞬ポカンとしてから頷いた。


「ってことは、芽衣さんが家庭を持つのもこの家でってことだろ?」

「うん、そうなるかな」

「だったら深く考えるなって方が無理な話だよね、やっぱり」

「そうなの?」


 私の問い掛けに真田さんはちょっとだけショックを受けた顔をした。


「芽衣さん、もしかして俺と別れて他の男と結婚するつもりでいる?」

「え、他の人ってそんなこと考えたことないよ!」

「だったら俺が深く考えても問題ないよね?」

「そう、なのかな……」


 そりゃ真田さんとずっと一緒にいれたら良いなとは思うけど、初めて会ってから一年も経ってないし付き合い始めてからだって半年も経ってないんだよ? 今まで出る気配も無かったし大体そういう話が出るにはちょっと早い気がしない? これって私の頭が古いってこと?


「俺は芽衣さんの最初で最後の男になりたいし、今のところ他の男に芽衣さんをくれてやるつもりなんてさらっさら無いんだけどなあ……って、芽衣さん、いきなりなんだよ」


 私がジタバタしながら真田さんのことを叩き始めたものだから慌てている。これって外から見たら派出所で誰かが暴れててお巡りさんに暴行を加えているって思われちゃうかもしれない。だけどこの時の私は恥ずかしくてそんなこと考えている余裕なんてなかった。


「もう真田さんってば、どうしてそんな恥ずかしいことを真面目な顔して言えるの!! しかも今は仕事中なのに!!」

「だって本当のことだから。仕事中とかそういうのは関係ないよ、他の男が芽衣さんに触れるなんて絶対に許さない」


 まあ客を相手にしていて手が触れるぐらいなら仕事だから仕方ないし勘弁してやるけどねって付け加える。そんなことを言ってる真田さんの顔はちょっとどころかかなり怖い感じで、普段の親切なお巡りさんと同一人物だとはとても思えない。


「それで芽衣さん的にはどうなんだよ。この玄関扉や鴨居の高さが俺仕様だったとして何か問題でも?」

「それは無いけど……」


 そこで真田さんはよろしいって頷いた。


「じゃあ問題は無いってことで、一つだけ俺のリクエストを入れてくれるつもりある?」

「どんなリクエスト?」

「寝室のベッドは大きくすること。今の俺んちのより幅がある方が良いだろうからキングサイズとまではいかなくてもクイーンサイズは欲しいかな。そうなると部屋の大きさ、これで大丈夫かなって」


 そう言って私の寝室の予定にしてあるスペースを指でさした。何も考えずに今使っているシングルベッドを入れるつもりでいたから部屋は広すぎるぐらいかなって状態だったけどそこに大きなクイーンサイズのベッドが入るとなると話は変わってくる。クローゼットや画材等の収納スペースを作ってもらう予定でいたけど考え直した方が良いみたい。


「それってそのベッドを真田さんも使うってことが前提?」

「芽衣さんが許してくれたらね」


 ってことはロングサイズの方が良いのかなあって考える。


「あのさ、真田さん」

「なに?」

「今度のお休みの時、一緒に設計事務所に行く?」


 私の言葉にちょっとだけ驚いた顔をする真田さん。


「いいのかい?」

「うん。だってさ、話を聞いている内に他にもあれこれリクエストしたくなるかもしれないでしょ? だったら一度一緒に行って話を聞いてみるのはどうかなって」


 それに好きなように決めれば良いってお母さん達には言われていたけど、いざ自分だけで決めるとなると色々と決めなきゃいけないことがたくさんありすぎてて迷っちゃうだよね。だからあれこれ相談できる人が欲しかったっていうのが正直な気持ちだった。


「そんなことをしたらますます俺をつけ上がらせることになるけど良いの?」

「真田さんが地下室を作りたいとか言い出さない限りはね」

「地下室かあ、なんだか面白そうだな、それ」

「もしもーし」


 そういう訳でお互いに「け」のつく言葉を出す気配も無いまま二人して新居作りに励むことになった。世間の恋人さん達と比べると少しばかり変わった道順を辿っている気がしないでもない私達だけど、真田さんが休みの日に二人して事務所に行った時に「今日は旦那さんも御一緒なんですね、確かに背がお高いですね」って当然のように夫婦認定されちゃっていたのにはさすがに驚いちゃったかな。


 真田さんは帰りしなにその時のことを振り返って確実に自分達周辺の外堀を埋められている気分だったと呑気に笑ってたけど、一体お母さんやお婆ちゃんは私達のあずかり知らぬところで設計士さんに何を話していたんだろうって物凄く気になったのは私だけなのかな。


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