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第7話「炎上の歌姫」

 装備の完成を待つ一週間。

 俺たちは迷宮探索を一時中断し、「基礎体力の強化」と「新メンバー探し」に全力を注ぐことにした。


 場所はいつもの訓練場。

 装備を工房に預けているため、フィリアもガルドも身軽な稽古着姿だ。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」


 フィリアが砂煙を上げながら走る。

 単純なランニングではない。足場の悪い砂地の上で、急停止とダッシュを繰り返すインターバル走だ。

 汗で銀髪が額に張り付き、呼吸は限界に近い。それでも彼女は足を止めない。


「あと一本! ラストです!」


「は、はいっ!」


 俺の掛け声に、彼女は最後の力を振り絞って加速した。

 華奢な体のどこにそんなスタミナがあるのかと思うほどの根性だ。


 一方、その横では――。


「ぬんッ!」


 ガルドが、太い丸太を背負ってスクワットをしていた。

 盛り上がる筋肉。滴る汗。

 新しい大盾は、今まで使っていた鉄盾よりも遥かに重い「黒鉄くろがね」製になるらしい。

 それを自在に操るためには、土台となる足腰をさらに鍛え上げる必要がある。


「……くっ、重てぇな、こいつ……!」


「ガルドさん、腰が浮いてますよ。あと十回」


「鬼かお前は……!」


 悪態をつきながらも、ガルドは決して音を上げない。

 その真剣な横顔を、俺は魔晶球で丁寧に追いかける。


 そう、ただ訓練しているだけではない。これも立派な「コンテンツ」だ。


          ◇


 その日の夜。

 俺は宿の部屋で、昼間に撮り溜めた映像を編集していた。

 魔晶端末の簡易編集機能を使って、無駄な部分をカットし、テロップを入れる。


 タイトルは『【二層攻略へ】泥だらけの準備期間、始めました』。


 派手な魔法も、緊迫した戦闘もない。

 あるのは、泥にまみれて走る少女と、汗だくで筋トレする男の姿だけ。

 だが、これを配信石板アーカイブに流すと、意外なほど反応が良かった。


『こういう裏側見るの好き』

『フィリアちゃん体力ついたなぁ』

『ガルドの筋肉ガチすぎん?』

『戦闘だけじゃなくて、ちゃんと準備してるのが推せる』


 華やかなステージ(迷宮)だけが全てじゃない。

 その裏にある汗と努力。それを見せることで、ファンは「一緒に戦っている」という共感を覚える。

 コメント欄の温かい空気を見て、フィリアが照れくさそうに笑った。


「なんか……地味な姿を見られるのって、ちょっと恥ずかしいですね」


「その地味さがいいんですよ。完璧超人じゃない、等身大の冒険者。それが今の俺たちの武器です」


 だが、武器は多いに越したことはない。

 特に、二層を攻略するためには、絶対に欠けているピースがある。


「さて……問題はこっちですね」


 俺は手元のメモ――『ヒーラー候補リスト』に目を落とした。

 そこには、無情にもバツ印が並んでいる。


          ◇


 翌日。冒険者ギルド。

 俺たちはベルナさんのカウンターを訪れていた。


「ヒーラー、ですか……」


 相談を受けたベルナさんは、困ったように眉を下げた。


「正直に言いますね。……Fランクパーティに来てくれるような『まともな』ヒーラーは残っていません」


「やっぱり、そうですか」


「ええ。優秀な聖職者や治癒術士は、育成機関を出た時点で大手クランが囲い込んでしまいますから。野良に残っているのは、よっぽどの変わり者か、協調性のない問題児くらいです」


 世知辛い現実だ。

 命綱となる回復役ヒーラーは、どこのパーティも喉から手が出るほど欲しい。

 実績の浅い俺たちが勧誘するには、ハードルが高すぎる。


「俺みたいに愛想のない盾に合わせてくれる奴がいるかどうか……」


 ガルドが頭をかく。


「私、回復薬の使い方は勉強してますけど、戦闘中に使うのは難しくて……」


 フィリアも不安げだ。二層の毒や麻痺攻撃は、ポーションだけでは対応しきれない場合が多い。


 俺は腕を組んで考え込んだ。

 そんな都合よくヒーラーが、転がっているわけが――。


 その時だった。


「――ふざけないでっ!!」


 ギルドのホールに、凛とした怒声が響き渡った。

 ざわめきが一瞬で止まり、全員の視線が掲示板の方へ集まる。


「だから! 私はアンタたちの『回復ポット』じゃないって言ってるでしょ!」


 声の主は、一人の少女だった。

 

 光沢のある金髪をゆるく巻き、サイドでまとめている。

 純白の聖職者風ローブに身を包んだその姿は、絵画から抜け出してきたような「清楚」そのもの。

 儚げな容姿と、透き通るような白い肌。


 だが、その口から飛び出す言葉は、見た目に反してドスが効いていた。


「前衛が棒立ちで被弾しまくっておいて、『ヒールが遅い』だぁ? 寝言は寝て言いなさいよ! 私のMPはアンタたちの下手くそな立ち回りを介護するためにあるんじゃないの!」


 彼女と揉めているのは、中堅どころらしき男三人組のパーティだ。

 男たちは顔を真っ赤にして反論する。


「なっ……なんだその言い草は! 回復役が偉そうに!」

「元・聖女だからって高飛車なんだよ!」

「ああそうかよ! 使いづらい『炎上聖女』様はお払い箱だ!」


「聖女なんて呼ぶな!」


 少女はカッとなって叫び返した。

 その瞳――淡い青銀色の瞳が、怒りでギラリと光る。


「私の歌を大事にしない連中に、かける支援バフなんてないわよ! さっさと消えなさい!」


 男たちは捨て台詞を吐きながら、逃げるように去っていった。

 残された少女は、乱れたローブの裾をパンパンと払い、周囲の視線を睨みつけるように一瞥する。


「……何見てんのよ」


 低く呟き、彼女は不機嫌そうにギルドの出口へと歩き出した。

 その姿を見送っていたフィリアが、ぽかんと口を開けたまま呟いた。


「あっ……あの方は、もしかして……!」


「知り合いですか?」


「ち、違いますけど……間違いありません! 王都レヴィアの『歌う聖女』、セラフィーナ・クレストさんです!」


 フィリアの声が上ずる。

 どうやら、ただの知り合いレベルではない反応だ。


「セラフィーナ……?」


 俺が首を傾げると、ベルナさんがこっそりと補足してくれた。


「……有名人ですよ。悪い意味でも、ね」


 彼女の情報によれば、こうだ。

 セラフィーナ・クレスト。職業は「聖歌術士セイカシ」。

 かつて王都の大教会に所属し、「清楚系聖歌術士」として大々的に売り出されていた。

 その歌声とビジュアルで一世を風靡したが――ある日、配信の切り忘れか何かで、裏での毒舌と愚痴が流出。

 「キャラ作りだったのか」「裏切られた」と大炎上し、王都を追われるようにしてこの街に来たのだという。


「今は『キャラ作り』を極端に嫌って、パーティを転々としているみたいですね。腕は超一流なんですが……あの通りの性格ですから」


 ベルナさんは困ったように肩をすくめた。


「炎上……キャラ作りの強要……」


 その単語を聞いた瞬間、俺の胸の奥がズキンと痛んだ。

 

 前の世界での記憶。

 事務所の方針で無理やりキャラを作らせ、結果として潰してしまったアイドルの顔がフラッシュバックする。

 「本当の私が分からない」と泣いていた、あの子の声。


 ガルドが、俺の顔色を見て眉をひそめた。


「おいユウマ。まさかとは思うが……あんな爆弾抱え込む気じゃねぇだろうな?」


「……」


「やめとけ。腕が良くても、パーティの空気が死ぬぞ。あのアマ、目つきが完全に『誰も信用してねぇ』奴の目だ」


 ガルドの警告はもっともだ。

 プロデューサーとして見ても、炎上経験のあるトラブルメーカーを入れるのはリスクが高すぎる。


 だが。


「……フィリアさん」


 俺は隣の少女に聞いた。


「あなたは、彼女のこと、どう思いますか?」


 フィリアは、まだ彼女が去っていった扉の方を見つめていた。


「私……王都時代の配信、ずっと見てました。歌が、すごく綺麗で……。画面越しでも、誰かを応援したいって気持ちが伝わってくるような、そんな歌でした」


 彼女は振り返り、真剣な目で俺を見た。


「あの怒り方も……自分の仕事を馬鹿にされたから、怒ったように見えました。本当に嫌な人なら、もっと適当に流すと思うんです」


 その言葉で、俺の迷いは消えた。


「決まりですね」


 俺はニヤリと笑った。


「え?」


「彼女をスカウトします」


「はぁ!?」


 ガルドが素っ頓狂な声を上げる。


「正気か!? 元・聖女だぞ? プライドの塊だぞ? 俺たちみたいな弱小、相手にされるわけねぇだろ!」


「いいえ。彼女は『本物』です」


 俺は確信を持って言った。


「自分の歌と仕事にプライドがあるからこそ、安売りしないだけだ。作られたキャラじゃなく、素のままで輝ける場所があれば、彼女は最強の戦力になります」


 過去のトラウマを、ただの傷で終わらせたくない。

 今度こそ、その人がその人らしく輝ける道を作ってみせる。

 これは俺の、プロデューサーとしてのリベンジでもある。


「行きましょう。逃がす手はありません」


          ◇


 ギルドを出てすぐの路地裏。

 セラフィーナは一人で、壁に寄りかかってため息をついていた。


「……はぁ。どいつもこいつも、見る目がないったら」


 懐から取り出した安っぽい携帯食をかじり、不味そうに顔をしかめる。

 金髪が夕陽に透けて綺麗だが、その表情は疲弊しきっていた。


「あの、すみません」


 俺が声をかけると、彼女はビクッと肩を震わせ、瞬時に「清楚な聖女」の仮面を被ろうとして――俺たちの顔を見て、すぐにやめた。


「……何よ。あなたたち、さっきギルドにいたわね」


 露骨に嫌そうな顔。警戒心丸出しだ。

 彼女の視線が、俺たちの姿を舐めるように確認する。

 俺とフィリアはトレーニング用の軽装、ガルドも武器を持っていない稽古着姿だ。


「アンタたちも勧誘? 悪いけど、そこのデカブツ以外は戦えそうにも見えないわね。弱小パーティのお守りをするほど、私は暇じゃないの」


「暇そうに見えましたけどね。ここで安パンかじってるくらいには」


「なっ……!?」


 セラフィーナが顔を赤くして睨んでくる。

 すかさずガルドが俺の脇腹を小突いた。おい、煽ってどうする。


「誤解しないでください。俺たちは、あなたの『聖女』としての名声に用はありません」


 俺は一歩踏み出した。


「聖歌術士、セラフィーナ・クレストさん。あなたの『歌』と『毒舌』を買いに来ました」


「……は?」


 彼女が目を丸くする。


「聖女としての勧誘じゃありません。……『口の悪い実力派聖歌術士』として、ビジネスの話をしに来ました」


 その言葉に、セラフィーナの瞳が揺れた。

 「聖女」ではなく「口の悪い聖歌術士」。

 その評価を突きつけられて、彼女は初めて、俺たちをまじまじと見据えた。


 値踏みするような視線。だが、さっきまでの軽蔑の色は薄れている。


「……ビジネス、ね」


 彼女は食べかけのパンを包み直すと、ふんと鼻を鳴らした。


「いいわよ。話くらいは聞いてあげる。……ただし、私の時間は高いわよ?」


 夕暮れの街角。

 難攻不落の「訳あり歌姫」と、崖っぷちのFランクパーティ。

 

 最悪で最高の出会いが、ここにあった。

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