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第6話「未来への投資」

 翌朝。

 安宿の狭い一室で、俺たちは昨日の配信のアーカイブを再生していた。


「……うん。何度見ても、連携のタイミングは悪くないですね」


 魔晶球に映し出される映像。

 ガルドが受け止め、フィリアが斬る。そのリズムは確かに噛み合っていた。

 視聴者数も最大で30人弱。Fランクの新人としては上出来すぎる数字だ。


 だが、俺はそこで映像を一時停止させた。

 拡大されたのは、ホブゴブリンの重撃を受け止めた瞬間の、ガルドの大盾だ。


「ここです。見えますか?」


「……あ?」


 ガルドが眉を寄せて覗き込む。

 盾の表面、鉄板の継ぎ目のあたりに、蜘蛛の巣のような細かい亀裂が走っていた。


「昨日の衝撃で、限界が来ています。一層の敵ならまだしも、二層の攻撃をあと数回受けたら、確実に砕けます」


「……気付いてたか」


 ガルドはバツが悪そうに視線を逸らした。


「そりゃあな。俺の装備は全部、古道具屋で安く買い集めたツギハギだ。騙し騙し使ってたが……昨日のアレは効いた」


「フィリアさんの装備もです」


 俺は次に、フィリアが剣を振るった瞬間の静止画を表示した。

 肩の革ベルトが食い込み、可動域が制限されているのが分かる。


「動きに対して、装備が追いついていません。無理に腕を振っているせいで、重心がブレています。これじゃあ、長時間の戦闘でスタミナが切れる」


「う……。確かに、最近ちょっと肩が凝るなぁとは……」


 フィリアが自身の肩をさする。


 Fランクの懐事情は厳しい。

 昨日の配信で支援コインは集まったが、それでも高級装備を揃えるには程遠い。

 だからといって、このまま二層へ行くのは自殺行為だ。


「装備の更新が必要です。それも、なるべく安く、かつ性能がいいものを」


「そんな都合のいい店、ありますかね……?」


「心当たりはありません。だから、プロに聞きましょう」


 俺は立ち上がった。


「ギルドへ行きます。情報収集も、プロデューサーの仕事ですから」


          ◇


 冒険者ギルドの受付カウンター。

 朝のラッシュがひと段落した頃を見計らって、俺はベルナさんに声をかけた。


「装備の相談、ですか」


 ベルナさんは眼鏡の位置を直しつつ、少し考え込んだ。


「確かに、昨日の配信を見ていても、ガルドさんの盾は悲鳴を上げていましたね。……で、予算は?」


「雀の涙です。でも、安かろう悪かろうでは困ります。命に関わりますから」


 俺が正直に言うと、ベルナさんは苦笑した。


「無茶を言いますね。……でも、一つだけ心当たりがあります」


 彼女は地図を取り出し、職人街の端っこを指差した。


「『風鳴かざなり工房』。最近できたばかりの新しい工房です。店主の腕は確かですが、こだわりが強すぎて、まだ固定客がついていない穴場ですよ」


「新しい工房……ですか」


「ええ。実績作りのために、見所のある新人を探しているという噂も聞きます。あなたたちなら、話が合うかもしれません」


 実績作り。その言葉に、俺のアンテナが反応した。

 それはつまり、交渉の余地があるということだ。


「ありがとうございます。行ってみます」


          ◇


 職人街のメインストリートから一本外れた、少し寂しい路地。

 そこに『風鳴工房』はあった。

 真新しい看板には、風を切る翼のような意匠。


「……ここか? なんか、静かだな」


 ガルドが怪訝そうに見上げる。

 確かに客の入りはない。だが、換気口から吹き出す熱気と、奥から聞こえる正確なハンマーのリズムは、主が仕事中であることを告げていた。


 扉を開けると、カランカランと乾いたベルの音が鳴った。


「いらっしゃい。……って、今は手が離せないんだ。そこら辺で勝手に座って待ってな!」


 工房の奥から、威勢のいい女性の声が飛んできた。

 言われた通り、俺たちは隅のベンチに腰掛けて待つことにした。


 十分ほどして、ジュウッという焼入れの音が響き、作業が終わったようだ。

 職人は熱した鉄を置き、額の汗を拭いながらこちらへ歩いてきた。


「待たせたね。で、何の用だ……って」


 彼女は、額に乗せていたゴーグルをくいっと上げ、目を丸くした。


「あんたたち、昨日の『動かない盾』と『風の剣士』じゃないか」


 そこにいたのは、30代前半くらいの女性だった。

 後ろでざっくりと束ねた栗色の髪。引き締まった腕には無数の小さな火傷跡。

 厚手の革エプロンは油と煤で汚れているが、その瞳には強い光が宿っている。


 この店の主、カレン・ウィンドノートだ。


「知っててくれましたか」


 俺が驚くと、カレンさんは「はっ」と鼻で笑い、腕を組んだ。


「あたしはね、作業中はずっと配信を流してるんだよ。有名どころは見飽きたから、最近は新人のチャンネルを漁るのが趣味でね。……昨日のアレは、悪くなかったよ」


 どうやら、30人の視聴者の中にこの人が含まれていたらしい。

 彼女の視線が、鋭くフィリアを射抜く。


「特にそっちの嬢ちゃん。ちょっとこっち来な」


「え、あ、はい……」


 フィリアがおずおずと近づくと、カレンさんはいきなり二の腕や背中をペタペタと触り始めた。


「ちょ、あの……!?」


「ふーん……。やっぱりね」


 一通り触診を終えると、カレンさんは納得したように頷いた。


「細いくせに、いい筋肉してるじゃないか。特にこの広背筋。剣を振るための筋肉だ。……なのに、この安物の胸当てが全部殺してる」


「え?」


「肩甲骨の動きを邪魔してるんだよ。これじゃあ十の力が六しか出ない。よくこれで昨日の連撃が撃てたもんだ」


 続いて、彼女の視線はガルドへ向いた。

 大盾を一瞥するなり、眉をひそめる。


「で、そっちのデカブツ。盾、貸しな」


「あ、ああ……」


 ガルドが盾を渡すと、カレンさんは裏側をコンコンと叩き、光にかざして表面の傷を確認した。


「……バカ野郎」


 低い声で吐き捨てる。


「金属疲労が限界だ。表面だけ磨いても、芯が死んでる。こんなもん、ただの鉄屑だよ。あと一発、昨日と同じ威力の攻撃をもらってたら、盾ごとアンタの左腕、へし折れてたよ」


「……!」


 ガルドが息を呑む。


 カレンさんは盾をガルドに突き返し、腰に手を当てて俺たちを睨みつけた。


「いいかい。ウチは『死ぬための鎧』は売らない主義なんだ。その場しのぎの修理なら他を当たりな。……で? どうするんだい?」


 試すような視線。

 俺は、ベルナさんの紹介が正しかったことを確信した。

 この人には「矜持」がある。


「修理じゃなくて、買い替えの相談に来ました。ただ……」


 俺は正直に言った。


「見ての通り、俺たちはまだ駆け出しです。予算は限られています。既製品で、なるべく性能が良くて安いものがあれば、売っていただきたいんですが」


 俺の言葉に、カレンさんはつまらなそうに鼻を鳴らした。


「既製品ねぇ……。ま、それなりの予算なら、それなりの物は出せるけどさ」


 彼女は棚に並んだ防具を顎でしゃくった。

 どれも質は良さそうだが、どこにでもある普通の革鎧や鉄盾だ。


「でも、いいのかい? そんな『普通』の装備で。……アンタ、この子たちをもっと売り出したいんだろ?」


 カレンさんの目が、ギラリと光った。


「え?」


「あたしなら、もっといい仕事ができる。この嬢ちゃんの『風』みたいな速さを殺さず、かつ画面映えする軽装。そっちのデカブツには、どんな衝撃も吸収して、後ろの嬢ちゃんを引き立てる重厚な大盾」


 彼女は身を乗り出した。


「既製品じゃない。二人専用の『オーダーメイド』を作りなよ」


 フィリアとガルドが、期待と不安の混じった顔で俺を見る。

 俺だって、それができるならそうしたい。

 フィリアには白と銀を基調にした華やかな軽装を。ガルドには無骨で黒い、威圧感のある大盾を。

 そうすれば、画面上の「画」はもっと強くなる。


 だが。


「……魅力的な提案ですが、予算が足りません。オーダーメイドなんて、とても」


 俺が首を振ると、カレンさんはニヤリと笑った。


「金なら、材料費だけでいいよ。技術料はいらない」


「は……? いや、それじゃあ貴女の利益がないでしょう」


「あるさ。『宣伝』だよ」


 カレンさんは工房の中を見回した。

 道具は揃っている。腕にも自信がある。だが、客がいない。


「見ての通り、ウチはまだ出来たばっかりだ。どんなにいいもん作っても、使ってくれる『広告塔』がいなきゃ、客は来ないんだよ」


 彼女は再び、フィリアとガルドをじっと見た。


「あたしは毎日配信を漁ってるけどね、ピンとくる新人は滅多にいない。……でも、昨日のアンタたちは違った」


 職人の顔から、野心的な「商人」の顔へ。


「アンタたちは伸びる。あたしの勘がそう言ってる。だから、今のうちにツバをつけておきたいんだよ。……ウチのロゴが入った装備を着て、迷宮の奥で暴れてくれるなら、技術料はタダにしてやる。どうだい?」


 それは、ただの値引きではない。

 俺たちを「未来のスター」として見込んだ上での、先行投資。

 スポンサー契約の申し出だった。


「……分かりました」


 俺は、フィリアとガルドを見た。二人とも、力強く頷いている。


「その契約、乗ります。俺たちが有名になって、この『風鳴工房』の名前を世界中に広めてみせます」


「いいねぇ! 交渉成立だ!」


 カレンさんはバチンと手を叩くと、すぐにメジャーを取り出した。


「さあ、そうと決まれば採寸だ! 二人とも、奥へ来な!」


          ◇


 採寸と詳細な打ち合わせは、数時間に及んだ。


 フィリアには、動きに合わせて裾が舞うような、白と水色を基調とした軽装。

 ガルドには、傷すらも味になるような、黒鉄くろがねの重厚な大盾と鎧。


 俺の出した「配信映え」の要望を、カレンさんは職人の知識で「機能美」へと落とし込んでいく。


「納期は一週間だ」


 全ての打ち合わせを終え、カレンさんは言った。


「一週間……ですか」


「なんだ、遅いって言うのかい? こちとらフルオーダーだ、寝ずにやってもそれくらいはかかるよ。中途半端なモンは渡したくないからね」


「いえ、十分です。むしろ、その期間がありがたい」


 俺は頭の中でスケジュールを組み立てた。


 新しい装備が来るまでの一週間。

 それは、ただ待つだけの時間ではない。


「この一週間で、俺たちは基礎体力を底上げします。新しい装備の性能を、フルに発揮できるように」


 装備が良くなっても、中身が今のままでは振り回されるだけだ。

 ガルドはより重い盾を支える足腰を。

 フィリアはより速く動くためのスタミナを。

 そして俺は、二層の情報を徹底的に頭に叩き込む。


「ふん、いい心がけだね」


 カレンさんは満足そうに頷き、俺たちを送り出した。


「楽しみにしてな。アンタたちが二層で輝くための、最高の『翼』と『壁』を用意して待ってるよ」


          ◇


 工房を出ると、空は茜色に染まっていた。  

 装備は全て預けてしまったため、今の俺たちは丸腰だ。手元にあるのは、配信用の魔晶球だけ。


「一週間後、ですね」


 フィリアが、自分の手を強く握りしめて呟く。


「はい。それまでに、もっと動けるようになっておきます。カレンさんの作ってくれる装備に、負けないように」


「俺もだ。あの姉ちゃん、口は悪いが腕は確かだ。あの人が作る盾なら、命を預けられる」


 ガルドも、ニヤリと笑った。  装備が変われば、戦い方が変わる。戦い方が変われば、見せ方が変わる。  そして見せ方が変われば――俺たちの運命も変わるはずだ。


「よし。じゃあ明日からの予定を発表します」


 俺は二人に向き直り、指を二本立てた。


「この一週間でやることは二つ。『基礎体力の強化』と『仲間探し』です」


「仲間探し……ですか?」


「ええ。二層を攻略するには、今の三人だけでは安定性に欠けます。特に『回復役ヒーラー』。いい人材がいないか、訓練場やギルドで聞き込みをしましょう」


「なるほどな。ま、アテはねぇが、動いてみるか」


 ガルドが腕を組んで頷く。  

 そして俺は、懐から魔晶球を取り出して振ってみせた。


「そして――その様子を全部、撮影します」


「えっ? 迷宮に行かないのにですか?」


 フィリアが目を丸くする。


「迷宮探索だけがコンテンツじゃありません。視聴者は、あなたたちが『どうやって強くなったか』という過程も見たいんです」


 泥臭い訓練。装備のない状態での工夫。新しい仲間を探して奔走する姿。  

 キラキラした本番の裏側にある「準備期間」こそが、ファンを一番熱くさせるスパイスになる。


「この一週間は、毎日『短編動画』を投稿します。編集は俺がやりますから、二人は全力で足掻いてください」


「うぅ……休みなしですね……」


「鬼だな」


 二人は顔を見合わせて苦笑したが、その目にはやる気が満ちていた。

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