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第4話「安心感という武器」

 翌朝。

 安宿の一室で、俺たちは昨日の配信ログを見返していた。


『最大同時視聴数:18』

『支援コイン:1枚(from ◆lulu)』


「何回見ても、ニヤニヤしちゃいます……」


 フィリアが魔晶球に映る数字を見て、頬を緩ませている。

 無理もない。ずっと「0」や「1」だった世界が、急に動き出したのだ。


 だが、俺の表情は渋かった。


「フィリアさん。喜ぶのはいいことですが、現実はシビアです」


 俺は昨日の戦闘シーン――弓ゴブリンとの交戦箇所を指差した。


「これ、俺が前に出て画角を確保したから撮れましたけど、もし敵がもう一体いたら? もし矢が二本飛んできていたら?」


「あ……」


 フィリアの顔が凍りつく。


 俺はステータス「オールF」の一般人だ。

 昨日はアドレナリンとハッタリで乗り切ったが、あんな綱渡りは二度とできない。


「フィリアさんは『魔法剣士』です。剣も魔法もいける万能型ですが、逆に言えば『打たれ弱い』。詠唱中や、剣を振った直後の隙を狙われたら脆い」


「はい……おっしゃる通りです」


「だから、絶対に必要なんです」


 俺は指を一本立てた。


「あなたが攻撃に集中できる環境を作る、『壁』役が」


          ◇


前衛タンク、ですか」


 ギルドの受付カウンターで、ベルナさんが書類をめくりながら言った。


「ユウマ君の判断は正しいわよ。前衛なしの少人数パーティなんて、二層以降の生存率は絶望的だもの」


「ですよね。で、心当たりはありませんか? まだパーティを組んでいない、余っている前衛とか」


「うーん……」


 ベルナさんは少し考え込み、苦笑いと共にギルドの裏口を指差した。


「『余っている』人材なら、そこにいるわよ。訓練場。……ただし、少々『訳あり』だけどね」


「訳あり?」


「腕はいいのよ、腕は。ただ……今の流行りじゃないのよね」


 意味深な言葉を残し、ベルナさんは仕事に戻った。


          ◇


 ギルドの裏手にある訓練場は、砂埃と怒号に包まれていた。


「オラァッ! もっと派手に吹っ飛べよ!!」

「地味なんだよお前! そんなんじゃ客も寝ちまうぞ!」


 罵声と共に、木剣や訓練用の魔法弾が一点に集中している。

 その中心に、一人の男がいた。


 熊のような巨漢だ。

 黒い短髪に、無骨な鉄の大盾。使い込まれた分厚い鎧は傷だらけで、お世辞にも綺麗とは言えない。


 教官役の冒険者が振り下ろした木剣を、男は大盾で受け止めた。


 ――ズンッ。


 乾いた音ではない。腹の底に響くような、重く、鈍い音。

 男の足が砂にめり込む。だが、位置は一歩も動かない。


「ちっ、また耐えやがって……。おいガルド! お前、前のパーティでも言われただろ。『攻撃を受けたらリアクション取れ』って!」


「……すまん」


 ガルドと呼ばれた巨漢は、短く謝りながら盾を構え直した。


「体が勝手に踏ん張っちまうんだ。後ろに通すわけにいかねぇからな」


「ここは訓練だぞ! 後ろに誰もいねぇよ!」


 周囲の野次馬たちがクスクスと笑う。


 「あーあ、またやってるよ」「あれじゃ『炎刃のライナー隊』をクビになるわけだ」「ただ突っ立ってるだけじゃ画にならねぇよな」


「……ひどい」


 隣で見ていたフィリアが、眉をひそめて呟いた。


「あんなに集中攻撃されてるのに、全然体勢が崩れてません。すごい技術なのに……どうして笑うんですか?」


「『画にならない』からでしょうね」


 俺は冷静に分析しながら、視線をガルドに固定していた。


 確かに、地味だ。

 派手な魔法障壁を展開するわけでも、カウンターで敵をなぎ倒すわけでもない。

 ただ、来る攻撃に対して最適な角度で盾を出し、衝撃を殺しているだけ。


 だが。


(……いい音だ)


 俺の耳は、周囲の罵声ではなく、もっと別の音を拾っていた。


 ドォン、ガギィン、ズン。


 決して揺らがない、重低音。

 それは、どんな嵐の中でも崩れない家の柱のような、絶対的な安心感を含んだ音だった。


「フィリアさん」


「はい」


「見つけましたよ。あなたを一番輝かせる『盾役』を」


          ◇


 訓練が一段落し、休憩スペースで水を飲んでいるガルドに近づいた。

 近くで見ると、さらにデカい。岩が座っているようだ。

 顔は怖いが、垂れた目尻のせいで、どこか困っているような印象を受ける。


「あの、すいません」


「……ん?」


 ガルドが顔を上げる。俺たちを見て、怪訝そうに眉を寄せた。


「なんだ、あんたら?」


「スカウトです」


 俺が単刀直入に言うと、ガルドは目をぱちくりさせ、それから自嘲気味に鼻を鳴らした。


「冗談だろ。見てなかったのか? 俺はただの『木偶の坊』だぞ。Eランク止まりの、売れ残りの盾だ」


「見てましたよ。誰よりも足腰が強くて、一度も膝をつかなかったところを」


「……は?」


「俺たちは今、前衛を探してるんです。俺は戦えないし、この子は攻撃特化で打たれ弱い。あなたが前に立ってくれれば、理想の形になる」


 ガルドは俺と、後ろに控えるフィリアを交互に見た。

 そして、首を振る。


「やめとけ。悪いことは言わねぇ。俺が入ると、パーティの人気が落ちるぞ」


 彼は、足元の盾をコンコンと叩いた。


「前のパーティでも言われたんだ。『お前が画面に映ると地味になる』『もっと痛がったり叫んだりしてピンチを演出しろ』ってな。……俺には、そういう器用な真似ができねぇんだ」


 トラウマだ。

 「数字」と「演出」を強要された結果、自分の価値を信じられなくなっている。


「盛り上げなくていいです」


 俺は言った。


「痛がる演技もいりません。ただ、止めてくれればいい」


「……あ?」


「俺が撮りたいのは、あなたの派手なリアクションじゃありません。その盾が鳴らす『音』と、びくともしない『背中』です」


 ガルドが、ポカンと口を開けた。

 意味が分からない、という顔だ。


「一度だけ。一度だけ、テスト撮影をさせてくれませんか? それで『画にならない』と思ったら、諦めますから」


 ガルドはしばらく黙り込んでいたが、俺の真剣な目と、フィリアの期待に満ちた視線に負けたのか、重い溜息をついた。


「……一回だけだぞ。時間の無駄になっても知らねぇからな」


          ◇


 訓練場の片隅。

 俺は魔晶球を構え、フィリアとガルドに向かい合ってもらった。


「じゃあフィリアさん、ガルドさんに向けて一番得意な攻撃を撃ってください」


「ええっ!? 人に向けて撃つんですか!?」


「盾で受けてもらうんですよ。ガルドさん、いいですよね?」


「おう、構わん。Fランクの攻撃くらいなら、鼻歌交じりで止められる」


 ガルドが大盾を構える。

 腰を落とし、半身になる。その瞬間、彼の雰囲気が変わり、難攻不落の要塞になる。


「いきます。フィリアさん、本気で」


「は、はいっ! いきます……《風裂》!」


 フィリアが剣を振り抜く。

 カマイタチのような風の刃が、ガルドへ殺到する。


 俺は魔晶球の位置を低くした。

 ガルドの足元と、盾の表面を舐めるようなローアングル。


 ――ドォォン!!


 重い衝撃音が響いた。

 風の刃が盾に激突し、霧散する。

 凄まじい風圧が周囲の砂を巻き上げたが――ガルドの足は、ミリ単位すらズレていなかった。


「……よし、カット」


 俺は録画を止め、二人に手招きした。


「今の映像、見てみてください」


 魔晶球に、さっきのシーンを再生する。


 画面には、フィリアの放った鋭い攻撃が映る。

 それがガルドに迫る緊張感。

 そして衝突の瞬間――『ドォォン!』という腹に響く重低音と共に、風が砕け散る。

 砂煙の中、無傷で立つガルドの背中。

 その揺るぎない姿越しに、ホッとした表情を浮かべるフィリアが映り込んでいた。


「……これ、俺か?」


 ガルドが目を丸くして呟いた。


「いつもの地味な防御だろ……? なんでこんな、強そうに見えるんだ?」


「アングルと音です」


 俺は解説した。


「ガルドさんの防御音は、すごく重くて芯がある。軽い金属音じゃない。だから『絶対に守ってくれる』という説得力が出るんです」


 そして、画面の奥のフィリアを指差す。


「見てください。ガルドさんが防ぎきった瞬間、彼女がすごく安心した顔をしてる。視聴者はこれを見て、『ああ、この盾の人は頼れるんだな』って感じるんです」


 フィリアが、ガルドを見上げて言った。


「ガルドさん。私、さっき攻撃をしたとき、ガルドさんなら絶対に止めてくれるだろうって、この人なら信頼できるって、そう思いました」


「……っ」


 ガルドが、耳まで真っ赤にして顔を背けた。

 強面の大男が照れる姿は、正直ちょっと面白い。


「……分かったよ。負けた」


 ガルドは、ガシガシと頭をかいた。


「一回だけだぞ。パーティ組んでやる。……もし俺が足手まといになったり、人気が落ちたりしたら、すぐに抜けるからな」


「言質取りましたよ」


 俺はニヤリと笑って、手を差し出した。


「よろしくお願いします、ガルドさん。これから俺たちが、あなたのその『地味さ』を『渋さ』に変えてみせます」


「けっ、口のうめぇプロデューサーだ」


 ガルドはぶっきらぼうに言いながらも、そのごつい手で俺の手を握り返してきた。

 痛いぐらい強い握手だった。


「よろしくお願いします! ガルドさん!」


 フィリアも嬉しそうに頭を下げる。


 こうして、Fランクの魔法剣士と、無能力のプロデューサーに、売れないEランクの盾役が加わった。

 凸凹だらけの急造パーティ。

 だが、そのピースは、驚くほどカチリと噛み合っていた。


          ◇


 その日の夕方。

 俺たちは再び酒場へ向かった。

 新メンバーを加えた、次回の配信予告をするために。


「いいですかガルドさん、笑わなくていいです。無理に喋らなくてもいい。ただ、フィリアさんの横で仁王立ちしていてください」


「……こうか?」


「完璧です」


 俺は魔晶球を起動した。


『配信開始』

『視聴者数:5』


『迷宮都市エルヴァの、風の片隅からこんにちは! フィリア・ノアールです!』


 いつもの挨拶。そして、カメラを少し引く。

 画面の端に、腕を組んだ巨漢の姿が入る。


『今日は新しい仲間を紹介します! 私たちの盾となってくれる、ガルドさんです!』


「……ガルドだ。よろしく頼む」


 低い声。無愛想な表情。

 でも、その横に立つフィリアが心底嬉しそうにしているせいで、画面全体の雰囲気はちっとも暗くなかった。


 コメントが流れる。

『デカっ』

『強そう』

『あ、こいつ訓練場の木偶の坊じゃんw』


 賛否両論。上等だ。

 無関心よりよっぽどいい。


 俺は、画面の中の新しい構図フォーメーションを見て、確信した。

 

 いける。

 この盾があれば、俺たちはもっと深くへ潜れる。

読んでいただきありがとうございます!!

ブクマや、評価をいただけると、とても励みになります。

皆さんに物語を楽しんでいただけるよう頑張ります!

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