表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/16

第2話「俺は無能。でも、プロデューサーなら戦える」  

 翌朝。

 安宿の硬いベッドで目を覚ました俺は、全身の筋肉痛と戦いながら、フィリアと共に大通りを歩いていた。


 昨日のゴブリン襲撃のダメージと、慣れない異世界の環境。

 体は鉛のように重いが、頭だけは妙に冴えている。


「あの、ユウマさん。体、大丈夫ですか? 歩くの辛かったら肩貸しますけど……」


 隣を歩くフィリアが、心配そうに俺の顔を覗き込む。

 彼女は今日も、丁寧に手入れされた革の胸当てと、腰の細身の剣を身につけている。

 朝日を浴びた銀髪が眩しい。


「気持ちはありがたいですけど、そこまで落ちぶれてないつもりですよ」


 俺は苦笑いして肩をすくめた。

 昨日の転移直後、ゴブリンに追い回された時の身体感覚。あれは完全に「運動不足の一般人」のそれだったが、プライドだけでなんとか足を動かす。


「それより、まずは現状把握です。俺のステータス確認と、今後の活動方針の決定。まずはそこからでしょう」


「はい! 冒険者ギルドに行けば、正式な登録と測定ができます!」


 フィリアが案内した先には、石造りの重厚な建物が鎮座していた。

 看板には剣と盾、そして杖の紋章。


 ――冒険者ギルド。

 昨日は緊急の身元引受だけで裏口のような場所を通されたが、正面から入るのはこれが初めてだ。ファンタジーの定番施設だが、俺にとってはここが最初の「営業所」になる。


 重い扉を開けると、朝の喧騒が熱気となって押し寄せてきた。

 依頼掲示板に群がる冒険者たち。昨夜の配信の反省会をしているパーティ。装備の自慢話で盛り上がる戦士たち。


(……なるほど。雰囲気は悪くない)


 俺たちはその人波を抜けて、奥にある受付カウンターへと向かった。


「――はい、次の方どうぞ」


 カウンターの中にいたのは、茶色の髪をポニーテールにまとめた女性だった。

 縁の細い眼鏡の奥にある琥珀色の瞳が、手元の書類からこちらへと向けられる。


 パリッとした制服を着こなし、背筋がすっと伸びている。

 一目で「仕事ができる」と分かるオーラ。このギルドを取り仕切っている人の一人だろうか。


「おはようございます。新規登録と、ステータス確認をお願いしたいんですが」


 俺が声をかけると、彼女は眼鏡の奥で少しだけ目を細めた。


「見ない顔ですね。……服装からして『異郷落ち』の方ですか?」


「ええ、まあ。昨日着いたばかりで」


「なるほど。フィリアちゃんの紹介ってことは、悪い人じゃなさそうね」


 彼女は事務的ながらも、どこか親しげな口調でフィリアに微笑みかけた。

 フィリアが慌てて「あ、はい、ベルナさん!ユウマさんは良い方だと思います……たぶん」と頭を下げる。


 ベルナさんは、手慣れた動作でカウンターの上に測定用の魔道具を置いた。


「この上に手を。あなたの『魂の盤石ソウルプレート』の情報を読み取ります。これであなたの能力値ステータスが丸わかりになりますから、覚悟してくださいね?」


「お手柔らかにお願いします」


 俺は深呼吸をして、石板に右手を乗せた。

 じん、と熱いものが掌から流れ込んでくる感覚。


 数秒後。

 空中にホログラムのような光の文字が浮かび上がった。


『名前:ユウマ(片城悠真)

 種族:人族

 年齢:28

 職業:なし


 体力:F

 筋力:F

 魔力:F

 敏捷:F

 耐久:F


 スキル:なし』


「…………」


 俺と、フィリアと、ベルナさんの三人の間に、完璧な沈黙が落ちた。


「……ある意味、芸術的ですね」


 最初に口を開いたのはベルナさんだった。

 眼鏡のブリッジをくいっと上げながら、呆れたような、それでいて面白がるような声で言う。


「ここまで見事に『オールF』が並ぶのも珍しいですよ。そこの農家の子供でも、もう少し得意分野があるものですけど」


「やかましいわ」


 俺は思わずツッコミを入れた。

 予想はしていたが、視覚化されるとダメージがでかい。


「ユ、ユウマさん! だ、大丈夫です! Fは『フレッシュ』のFですから! これから伸びしろが……!」


 フィリアが必死にフォローしてくれるが、その視線が泳いでいる。


「無理しなくていいですよフィリアさん。自覚はありましたから」


 俺はため息交じりに自分のステータスを見上げた。

 戦闘力皆無。魔法適性ゼロ。

 要するに、この世界で一人で生きていく力は「ない」ということだ。


「で、どうします? このステータスで迷宮に入るのは、自殺志願者として処理してもいいレベルですけど」


 ベルナさんが、手元の書類をトントンと整えながら聞いてくる。

 その目は笑っているようで、底の部分で真剣にこちらの覚悟を問うていた。


「入りますよ。ただし、戦うためじゃありません」


 俺は即答した。


「俺の役割は『記録係カメラマン』兼『マネージャー』です。魔物とは戦いません。戦うのは――」


 俺は隣のフィリアを見た。


「彼女です」


 フィリアが、ビクッと肩を震わせた。


「フィリアさんの後ろで、配信の管理と指示出しをする。それが俺の仕事です。そういう登録はできますか?」


 ベルナさんは琥珀色の瞳を細め、俺とフィリアを交互に見た。

 そして、ふっと小さく笑う。


「……なるほど。『サポーター』枠での登録ですね。可能です。ただし、サポーターだからといって魔物が手加減してくれるわけじゃありませんよ?」


「分かってます。逃げ足だけは鍛えておきます」


「ふふ、いい心がけね」


 ベルナさんは手早く書類を作成し、俺に渡した。

 堅物そうに見えて、こういうノリは嫌いじゃないらしい。


「手続き完了です。――フィリアちゃん、大変そうだけど、頑張りなさいよ? 荷物が増えたぶん」


「あ、はいっ! が、がんばります……!」


 フィリアは直立不動で敬礼した。


          ◇


 ギルドを出た俺たちは、街の喧騒から少し離れた路地裏にある、古びた酒場の前に来ていた。

 ここはまだ開店前で、人通りも少ない。


 店先には、配信視聴用の石板と、配信者用の小さな台座が置かれている。

 練習にはうってつけの場所だ。


「さて、フィリアさん」


「は、はい!」


 俺が声をかけると、フィリアは反射的に背筋を伸ばした。

 その手は、無意識に腰の剣の柄を握りしめている。緊張している時の癖らしい。


「まずは現状の確認です。なぜ、フィリアさんの配信は人が来ないのか」


「うっ……」


 フィリアが呻き声を上げて縮こまる。


「そ、それは……私が地味で、トークも下手で、見てて眠くなるからで……」


「違います」


 俺はきっぱりと否定した。


「え?」


「素材は最高です。剣の腕もいい。問題は、『視聴者があなたをどう見ていいか分からない』ことなんです」


 昨日の自己紹介を思い出す。

 自信なさげに俯き、ボソボソと喋り、目が泳ぐ。

 これでは、視聴者は「応援したい」と思う前に「見ていて不安」になってしまう。


「いいですか。人は、自信のない人間に時間は使いません。でも、完璧な人間を見たいわけでもない」


「ど、どういうことですか……?」


「『頑張ってる途中』が見たいんです。だから、弱さを隠す必要はない。でも、卑屈になっちゃダメです」


 俺は、店先の台座を指差した。


「とりあえず、リハーサルをしましょう。まずは挨拶つかみからです」


「あ、挨拶……」


「昨日の自己紹介、もう一度やってみてください」


 フィリアはおずおずと台座の前に立ち、手にした魔晶球に向かって口を開いた。


「え、えっと……Fランク冒険者のフィリアです……。今日は、その……よろしくお願いします……」


 視線は足元。声は蚊の鳴くよう。剣の柄を握る手が白くなっている。

 これだ。この「申し訳なさそうなオーラ」が、彼女の輝きを消している。


「ストップ」


 俺は手を叩いた。


「まず、視線。下を見ない。カメラ――魔晶球の少し上を見てください」


「こ、こうですか?」


 フィリアが顔を上げる。

 透き通った青い瞳が露わになる。それだけで画面の輝度が上がった気がする。


「そうです。次に姿勢。剣の柄を握りしめない。それじゃあ今から人斬りに行くみたいです」


「あ……」


 フィリアが慌てて手を離す。


「手は前で組むか、軽く胸に当てる。そして、ここが重要です」


 俺は一歩近づき、彼女の立ち位置を修正した。


「真正面すぎます。少し体を斜めにして、腰の剣が見えるようにしてください。あなたは『魔法剣士』なんだから、武器はあなたの体の一部です」


「は、はい……」


 体を斜めにすることで、腰のラインと剣のシルエットが綺麗に出る。

 銀髪が肩にかかり、光を反射する。


(よし。画角は完璧だ)


「で、セリフです。『えっと』『その』は禁止。

 第一声は、場所と名前をはっきり言いましょう」


「え、ええと……『ここはエルヴァの裏通りです、フィリアです』?」


「硬いですね。もう少しフックが欲しい……」


 俺は少し考え、昨日の彼女との出会いを思い出した。

 風のような一撃。凛とした佇まい。


「……こうしましょう。

 『迷宮都市エルヴァの、風の片隅からこんにちは』」


「か、風の片隅……?」


「意味なんてなんとなくでいいんです。大事なのは、あなたが『風』の魔法剣士だって印象付けること。そして、ちょっと詩的な響きで耳に残ること」


 アイドルプロデュースの鉄則。キャッチコピーは雰囲気重視。


「やってみましょう。視線は上。剣を見せる。笑顔は無理に作らなくていいので、口角だけ3ミリ上げてください」


「さ、3ミリ……!?」


 フィリアは困惑しながらも、言われた通りに構えた。

 深呼吸を一つ。


「め、迷宮都市エルヴァの、風の片隅からこんにちは。……Fランク冒険者の、フィリア・ノアールです」


 声が震えている。でも、顔は上がっている。

 銀髪が風に揺れ、青い瞳がまっすぐ前を見ている。


「……悪くない」


 その時だった。


「――ほう?」


 背後から、低いしわがれた声がした。


 振り返ると、酒場の軒先のベンチに、一人の男が座っていた。

 使い古された革のジャケット。無精髭。

 足元には空になった安酒の瓶が転がっている。


 ただの酔っ払い――にしては、目が妙に鋭い。

 まるで、こちらの力量を値踏みするような視線だ。


「あ、ブランさん……」


 フィリアが萎縮して肩をすくめる。

 どうやら顔見知りらしい。


「練習か? いつものボソボソ喋りはやめたのか」


 ブランはニヤリと笑い、あごでしゃくった。


「悪くねえ挨拶だ。少なくとも、いつもの葬式みたいな配信よりはな」


「うぐっ……」


「でもよ、カメラ回ってねぇところでいくらカッコつけても意味ねぇぞ」


 ブランは瓶に残った最後の一滴を飲み干すと、ふん、と鼻を鳴らした。


「目の前にいる客一人も満足させられねぇで、画面の向こうの何千人を相手にできるかよ」


「……っ」


 フィリアが息を呑む。

 痛いところを突かれた顔だ。


 俺は、小さく口角を上げた。

 いいことを言う。このオッサン、ただの酔っ払いじゃない。


「ユウマさん……」


 フィリアが不安げに俺を見る。


「チャンスです」


 俺は小さく頷いた。


「最初の一人がここにいます。しかも、かなり辛口の。彼を納得させられたら、第一歩は成功です」


「……はいっ」


 フィリアは覚悟を決めたように、俺の持つ魔晶球に向き直った。


 ブランが腕を組んでこちらを見ている。

 配信も、魔力も通っていない。

 ただの「生身のパフォーマンス」だ。だからこそ、誤魔化しが効かない。


「いきましょう、フィリアさん」


 俺はカメラの死角から合図を送った。


 フィリアが息を吸い込む。

 剣の柄を握りそうになる手を、ぐっとこらえて胸の前へ。

 体を斜めに。顔を上げて。


 ブランの鋭い視線が突き刺さる。

 いつもなら、ここで萎縮して俯いていただろう。

 でも、今は――。


「――迷宮都市エルヴァの、風の片隅からこんにちは!」


 声が、路地に響いた。

 昨日よりワントーン高く、通る声。


「Fランク冒険者、魔法剣士のフィリア・ノアールです」


 青い瞳が、魔晶球のレンズ越しに、その向こうにいるブランを見据える。

 それは、昨日の「怯えた少女」の目ではなく、獲物を前にした「剣士」の目に近かった。


 数秒の沈黙。

 路地の風が、フィリアの銀髪を揺らす。


「……これから迷宮に潜ります。今日は、ユウマさんと一緒に」


 フィリアが、画面外の俺にちらりと視線を送る。

 俺は親指を立ててみせた。


「Fランクの私ですけど、強くなるところ、見ててくれたら嬉しいです!」


 言い切った。

 フィリアは肩で息をしながら、ポーズを崩さない。


「……ふん」


 ブランが、組んでいた腕を解いた。

 ゆっくりと立ち上がり、空の瓶を放り投げてゴミ箱に入れる。


「ま、いつもの『あー……えっと……』よりはマシだったな」


 ぶっきらぼうに言い捨てて、店の中へと消えていく。

 その背中は、ほんの少しだけ機嫌が良さそうに見えた。


「……はぁぁぁぁ」


 ブランの姿が見えなくなった瞬間、フィリアはその場にへたり込んだ。


「し、死ぬかと思いました……心臓が口から出るかと……」


「よくやりました」


 俺は彼女に手を差し伸べた。


「あのオッサン、文句言わずに最後まで見てましたよ。合格ってことです」


「ほ、本当ですか……?」


「ええ。目の前の辛口な客を逃がさなかったんです。自信持っていい」


 フィリアが俺の手を借りて立ち上がる。

 その手はまだ小刻みに震えていたが、握り返す力は強かった。


「……最後まで見ててくれたのが、なんかすごく……嬉しいです」


「それが『手応え』ってやつです」


 俺は笑った。


「さあ、行きましょうか。プロデュースはまだ始まったばかりです」


「はい!」


 俺たちは並んで歩き出した。

 目指すは街の中央。天を突く巨木、世界樹迷宮。


 ステータスはオールF。

 タレントはあがり症のFランク。

 手持ちは、たった一人の観客からの無言の合格点と、折れない覚悟だけ。


 上等だ。

 ここから全部、ひっくり返してやる。

読んでいただきありがとうございます!!

ブクマや、評価をいただけると、とても励みになります。

皆さんに物語を楽しんでいただけるよう頑張ります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ