第13話「天然王子と不協和音」
翌朝。
爽やかな朝の光が降り注ぐ大通りを、俺たちは歩いていた。
装備のメンテナンスと、第3層へ向かうための消耗品の買い出し。
なんてことのない準備の時間だが、今日だけは明らかに周囲の空気が違っていた。
「あら、お花屋さん。今日の君は、その百合の花よりも凛としていて素敵だね」
「そこのお嬢さん、落とし物だよ。……君のその美しい手には、泥は似合わないからね」
すれ違う女性たちが、次々と頬を染めて振り返る。
その視線の先には、軽やかな足取りで歩くエルフ――リンの姿があった。
淡い金髪がサラサラと揺れ、中性的な美貌が朝日に輝く。
本人はただ挨拶をしているつもりらしいが、その所作がいちいち優雅すぎた。
「……なによアレ。見てるだけで胃がもたれるわ」
後ろを歩くセラフィーナが、心底嫌そうな顔でげんなりしている。
「そうですか? 私は……その、とっても素敵だと思いますけど……」
フィリアは、前を歩くリンの背中を、憧れの眼差しで見つめていた。
「素敵も何も、ただの女たらしじゃない。あんなのがパーティにいて、風紀が乱れないか心配だわ」
「まあ、俺みたいなむさ苦しいのよりは、華があっていいんじゃねぇか?」
ガルドは我関せずといった様子で、新調した大盾のベルト位置を調整している。
俺は手元のメモ帳に視線を落としながら、ニヤリと笑った。
(……計算通りだ)
俺の頭の中にある「ファン層分布図」が、パズルのピースが埋まるように完成していく。
イケメンで、優しくて、王子様のような振る舞いをするリン。
彼女の加入は、ファン層を一気に増やす起爆剤になる。
「ユウマ、何ニヤニヤしてるのよ。気持ち悪い」
「失礼な。パーティの未来地図を描いていただけですよ」
◇
場所を移して、ギルドの裏手にある広場。
俺たちはベンチを囲んで座っていた。
「さて、メンバーも5人に増えました。そろそろ『仮』ではない、正式なパーティ名を決めようと思います」
俺の提案に、全員が真剣な顔で頷く。
これから第3層、さらにはその先へ挑むにあたって、チームの名前は重要な「看板」になる。
「何か案がある人は?」
「はいはい! 私、考えてきました!」
フィリアが元気に手を挙げた。
「『そよ風の団』とか、どうでしょう! 親しみやすくて、可愛くないですか?」
「……弱そうだな」
ガルドが即座に却下した。
「もっとこう、硬そうな名前がいい。『鉄壁隊』とか『金剛団』とか」
「ダッサ! アンタのセンス、ド根性小説みたいね」
セラフィーナが鼻で笑う。
「なら、アンタは何かないのよ」
「そうねぇ……。『聖女と下僕たち』とか?」
「却下だ」
俺とガルドの声が重なった。誰が下僕だ。
「ふふ、みんな個性的だねぇ」
リンが楽しそうに笑い、長い指で顎に触れた。
「ボクなら……そうだな。『愛の狩人たち(ラブ・ハンターズ)』なんてどうだい? 世界中に愛を届けるんだ」
「……あ、あの、それはちょっと恥ずかしいかもです……」
さすがのフィリアも引き気味だ。
案の定、意見はバラバラ。方向性がまるで噛み合っていない。
風の魔法剣士。
鉄壁の盾。
毒舌の聖歌術士。
天然王子の精霊射手。
ここまで個性が違う連中が集まれば、意見が合うはずもない。
だが――俺は、その「噛み合わなさ」こそが、このパーティの最大の武器だと感じていた。
「……そうですね。じゃあ、俺から提案があります」
俺は、あらかじめ考えていた言葉を口にした。
「それぞれの音色はバラバラ。性格も、戦い方も違う。普通なら不協和音になるところです」
全員の顔を見回す。
「でも、ガルドさんが防ぎ、セラフィーナさんが繋ぎ、リンさんが射抜き、フィリアさんが決める。……そうやって、バラバラな音が重なって、一つの音楽になっていく」
俺は、ある単語を提示した。
「《アンサンブル(Ensemble)》。どうですか?」
数秒の沈黙。
「アンサンブル……。合奏、って意味ね」
セラフィーナが、まんざらでもなさそうに呟く。聖歌術士の彼女には、しっくりくる響きなのだろう。
「ふふ、いい響きだね。ボクたちの矢や剣が、一つの旋律になるわけだ」
リンが優雅に微笑む。
「難しそうな名前だが……ま、俺たちが噛み合ってるって意味なら、悪くねぇ」
ガルドも腕組みをして頷いた。
「《アンサンブル》……」
フィリアが、その名前を口の中で転がすように繰り返す。
そして、パッと顔を輝かせた。
「はい! 素敵です! 私、その名前がいいです!」
「決まりですね」
俺は頷き、魔晶端末に新たなパーティ名を登録した。
パーティ名:《アンサンブル》
これが、後に世界を熱狂させることになるパーティの、本当の始まりだった。
◇
名前が決まれば、次は行動だ。
俺たちはその足で、迷宮のゲートへと向かった。
目指すは第3層。
通称「大森林」エリア。
ゲートの光が収まると、そこには圧倒的な緑の世界が広がっていた。
「うわぁ……!」
フィリアが歓声を上げる。
天井が見えないほど巨大な木々。視界を埋め尽くすシダ植物。
人工的な迷宮とは思えないほど、濃密な森の匂いが漂っている。
遥か上空、木々の隙間から木漏れ日が差し込み、空気中の塵がキラキラと光っていた。
「ここが、第3層……」
俺は魔晶球を起動した。
新体制での初配信。タイトルはもちろん、新メンバーのお披露目だ。
『配信開始』
『視聴者数:180』
『迷宮都市エルヴァの、風の片隅からこんにちは! 《アンサンブル》のフィリアです!』
フィリアの元気な挨拶と共に、配信がスタートする。
パーティ名が変わったことに、コメント欄がすぐに反応した。
『お、パーティ名決まったのか』
『アンサンブル、おしゃれじゃん』
『今日もフィリアちゃん可愛い』
「今日は第3層の攻略開始と……新しい仲間を紹介します!」
フィリアがカメラを譲る。
そこに映り込んだのは、森をバックに絵になりすぎているエルフの姿だった。
「やあ、画面の向こうの子猫ちゃんたち。初めまして、リンだ」
リンがカメラに向かって、さらりと髪をかき上げて微笑む。
その瞬間、コメント欄の流れが変わった。
『えっ!?』
『イケメンきた!?』
『待って、エルフ? 本物のエルフ?』
『顔良すぎだろ』
『あ、これ私推すわ』
『女性視聴者が急に増えてて草』
予想通りの反応だ。
これまで男性視聴者が多かったコメント欄に、ハートマークや黄色い文字が混ざり始める。
「ふふ、熱烈な歓迎だね。ボクの弓で、君たちのハートも守ってあげるよ」
キザな台詞も、この顔と声なら許される。むしろ需要しかない。
「……はいはい、挨拶はそこまで。行くわよ、色ボケエルフ」
セラフィーナが冷たく切り上げ、先へと進む。
「おや、つれないねぇ白薔薇君は」
「誰が白薔薇よ!」
二人の掛け合いに、『この二人なんかいいなw』『お似合いじゃね?』というコメントも流れる。
キャラクターの相性も抜群だ。
俺たちは森の中へと足を踏み入れた。
だが、ここは第3層。これまでの階層とは、危険度が違う。
「……止まって」
数分ほど進んだところで、リンが鋭く声を上げた。
先ほどまでの優雅な笑顔が消え、狩人の目に変わっている。
「何かいるのか?」
ガルドが盾を構える。
「ああ。……風の匂いが違う。かなり遠くだけど、嫌な気配がするよ」
リンは背中の弓を構えた。
彼女の視線の先、鬱蒼と茂る木々の奥には、肉眼では何も見えない。
だが、彼女は迷うことなく弦を引き絞った。
「《風精霊》、導いて」
小さく呟き、矢を放つ。
ヒュンッ! という音と共に、矢が不自然な軌道を描いて木々の間をすり抜けていった。
数秒後。
ギャァァァッ! という断末魔が遠くから響き渡った。
「……えっ? 当たったんですか?」
フィリアが目を丸くする。
「ああ。擬態したカメレオン・リザードだね。あそこからボクたちを狙っていたんだ」
リンは事もなげに言った。
距離にして百メートル以上。しかも障害物だらけの森の中で、擬態した敵を射抜いたのだ。
『は??』
『見えなかったぞ今』
『AIM力どうなってんの』
『イケメンで強くて索敵もできるとか最強か?』
「すごい……! リンさん、すごいです!」
フィリアがぴょんぴょん跳ねて喜ぶ。
「ふふ、ありがとう。でも、これからが本番だよ」
リンは森の奥を見据え、少しだけ表情を曇らせた。
「この森は広い。そして、ボクの故郷の森とは違って……ここは歓迎してくれない空気が満ちている」
彼女は一度、目を閉じて深呼吸をした。
そこには、いつもの天然な様子とは違う、どこか切実な色が滲んでいた。
「でも、行くよ。ボクたちの音楽を響かせるためにね」
5人になった俺たちは、深緑の迷宮へと踏み込んでいく。
新たな武器、新たなファン層、そして新たな名を手に入れて。
ここからが、快進撃の始まりだ。




