第12話「罪作りな王子様」
「待ちなさいよリン!」 「私とあの子、どっちが大事なの!?」 「昨日は私に『君の瞳は森の泉より綺麗だ』って言ったじゃない!」
三人の女性冒険者が、一人の人物を囲んで詰め寄っている。
その中心にいたのは、淡いブロンドのショートヘアが似合う、中性的な美形のエルフだった。
すらりとした長身に、森の民らしい軽装。
困ったように眉を下げているが、その立ち姿には隠しきれない気品が漂っている。
「えぇ……? ボクはただ、みんなの素敵なところを口にしただけで……。花を見て『綺麗だ』と言うのと、何が違うんだい?」
リンと呼ばれたエルフは、心底不思議そうに首をかしげた。
悪気ゼロ。純度100%の天然発言だ。
だが、その一言が彼女たちの逆鱗に触れた。
「最低!!」 「もう知らない! パーティ解散よ!」
女性たちはグラスの中身をリンにぶちまけ(リンは華麗に避けた)、憤慨して店を出て行ってしまった。
あとに残されたのは、ぽつんと一人取り残されたエルフだけ。
「うーん……。人間の情緒は難しいなぁ」
リンは濡れた床を見て、やれやれとため息をついた。
「……何よアレ。見てるだけで寒気がするわ」
セラフィーナが心底嫌そうに顔をしかめる。
ガルドも「関わり合いになりたくねえな」と苦い顔で酒を煽った。
だが、一人だけ反応が違った。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
フィリアだ。
彼女はおずおずと、一人になったリンに近づいていった。
困っている人を見ると放っておけない。彼女の悪い癖であり、最大の美徳だ。
「……おや?」
リンが顔を上げ、フィリアを見る。
その瞬間、場の空気が変わった気がした。
リンは自然な動作で立ち上がり、フィリアの手をそっと取った。
そして、流れるような所作で片膝をつく。
「……! なんて清らかな魂なんだ」
リンの緑色の瞳が、フィリアを真っ直ぐに見つめる。
「捨てられた子犬に手を差し伸べる女神様が、こんな薄汚い酒場にいたなんて。……ボクは救われたよ」
キラキラとした幻覚が見えるような、完璧な王子様ムーブ。
免疫のないフィリアの顔が、一瞬で真っ赤に染まる。
「ふ、ふえぇぇ!?」
フィリアがショート寸前で固まった。
「ちょっと! 何やってんのよアンタ!」
見かねたセラフィーナが割って入る。
彼女はフィリアを背に庇い、リンを睨みつけた。
「うちの剣士に気安く触らないでくれる? そのキザな芝居、見てるこっちが恥ずかしいんだけど」
「おや」
リンは悪びれる様子もなく立ち上がり、今度はセラフィーナを見て微笑んだ。
「君も美しいね。棘のある白薔薇みたいで、ゾクゾクするよ」
「は、はぁ!?」
セラフィーナが絶句した。
毒舌へのカウンターが「純粋な好意」だとは予想していなかったのだろう。
彼女の顔にも朱が差す。
(……こいつは)
俺は、その様子を冷静に観察していた。
チャラい。確かにチャラい。
だが、その言葉には嘘がない。本心から「綺麗だ」と思って口にしているのが分かる。
だからこそタチが悪く――そして、魅力的だ。
「まあまあ、落ち着きましょう」
俺は助け舟を出し、リンに同席を促した。
◇
「ボクの名前はリン・エルフェリア。森都から来た、しがない精霊射手さ」
改めて自己紹介したリンは、グラスを傾けながら語った。
「ボクは三層の『大森林』に行きたいんだけど、なぜかパーティが長続きしなくてね……。さっきの子たちも、三層の手前で喧嘩別れしちゃったんだ」
「原因は明白だろうが」
ガルドが呆れてツッコミを入れるが、リンは「そうかい?」と不思議顔だ。
「……精霊射手、ですか」
俺はリンの背負っている弓に目を留めた。
精霊魔法を矢に乗せて放つ、エルフ特有の戦闘技術。
中〜遠距離からの狙撃と、精霊を使った索敵能力。
(今の俺たちに、一番欠けているピースだ)
前衛はガルド、中衛はフィリア、後衛支援はセラフィーナ。
バランスは悪くないが、遠くの敵や空中の敵への対処手段が少ない。
それに、彼女のこのキャラクター。
「無自覚な女たらし王子様」。
今のパーティにない属性だ。
間違いなく、新しいファン層――特に女性ファンを開拓できる。
「リンさん。俺たちと一緒に、三層へ行きませんか?」
俺が切り出すと、テーブルの全員が驚いた顔をした。
「おいユウマ、本気か? またトラブルメーカーを増やす気かよ」
「私の胃に穴を開ける気?」
ガルドとセラフィーナが抗議するが、俺はリンの目を見て続けた。
「ちょうど遠距離アタッカーを探していたんです。それに、あなたは三層に行きたい。利害は一致しています」
「君たちと? ……うん、いいね」
リンは目を細め、俺たち一人ひとりをゆっくりと見回した。
「風と、鉄と、歌の匂いがする。すごくバランスがいい。それに、君からは……面白いことを企んでる匂いがするよ」
彼女は俺を見てニヤリと笑った。
「いいよ。ボクも君たちに興味が出てきた」
「あ、あの……! リンさん!」
フィリアがおずおずと手を挙げる。
「私……まだドキドキしてますけど、でも、リンさんが一緒なら心強いです!」
「ありがとう、お姫様。君の期待に応えられるよう、全力を尽くすよ」
リンがウィンクすると、フィリアはまた「ふえぇ」となって椅子から崩れ落ちそうになった。
「……はぁ。まあ、戦力としては申し分ないけど」
セラフィーナが諦めたように息を吐く。
「ただし! 私を口説こうとしたら即刻クビだからね!」
「善処するよ。君の怒った顔も可愛いけどね」
「っ……! この天然ジゴロ……!」
セラフィーナが顔を背ける。彼女にとって、毒舌が通じない相手は天敵らしい。
「で、デカいのが一人増えたな……」
ガルドがやれやれと肩をすくめる。
「俺は無愛想だぞ。お前の取り巻きみたいにチヤホヤできんからな」
「いいじゃないか。ボクは君みたいな『頼れる兄貴』が欲しかったんだ。背中は任せていいかい?」
「……おう。任せろ」
ガルドはぶっきらぼうに答えたが、その表情は悪い気はしていなさそうだ。
どうやら、男同士(※リンは女だが)のようなサッパリした距離感で上手くやっていけそうだ。
「契約成立ですね」
俺はリンに、配信用の魔晶球を見せた。
「ちなみに、俺たちの冒険は全世界に配信されます。それでも構いませんか?」
「へぇ、配信かい? ボクの冒険を世界中のレディたちが見てくれるのかい?」
リンは興味津々に魔晶球を覗き込んだ。
「それは張り切らないとね。ボクの矢で、みんなのハートも射抜いてあげようか」
……決まりだ。
このキャラは、間違いなくハネる。
◇
こうして、5人目の仲間が加わった。
風の魔法剣士、鉄壁の盾、毒舌の聖歌術士、そして天然王子の精霊射手。
バラバラな個性が、一つのテーブルを囲んでいる。
「さて……戦力は整いましたね」
俺はグラスを掲げた。
「次は、パーティ名を決めましょうか。いつまでも『仮』じゃ締まりませんから」
騒がしい夜が更けていく。
俺たちの冒険は、ここからさらに加速していく。




