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第1話「Fランク美少女を、俺が売れっ子冒険者にしてみせる」

 ――俺は今、ゴブリンに殺されかけている。


「ぎ、ぎゃああああああああっ! ちょっ、待っ――!」


 木の根に足を引っかけて、情けないほど派手にすっ転んだ。

 運動不足の身体が悲鳴を上げ、地面の冷たさが頬に伝わる。


 視界の端で、緑色の小さな人型が、錆びたナイフを振りかぶっている。

 ギラついた眼。潰れた鼻。泥と血と錆がこびりついた刃からは、腐った鉄みたいな臭い。

 近い。臭い。怖い。


 深夜の会議室でスポンサーに理不尽に詰められ、心の中で何度目かの土下座をしたときより、よっぽど怖い。


(いやいやいやいや、待て。おかしいだろ。俺、ついさっきまで駅にいたよな!?)


 人気アイドルグループのチーフプロデューサー、片城悠真かたしろ・ゆうま、二十八歳。

 それが「昨日までの」俺の肩書きだ。


 三日連続の徹夜収録。床を這い回るケーブルの山。鳴りやまないLINEの通知音。

 タレントのメンタルケア、炎上しかけた企画の火消し、毎分毎秒変動する視聴率すうじとSNSトレンド。


 終電も逃して、ふらふらで駅のホームに立った瞬間――視界がプツンとブラックアウトして。


(そこで次に目を開けたら、なんで森の真ん中でゴブリンに殺されそうになってんだよ!!)


 心の中で全力のツッコミを入れている間にも、ゴブリンは甲高い奇声をあげながら、ナイフを振り下ろそうとしてくる。


 武器なんてもちろん持っていない。殴り合いの喧嘩すら、生まれてこの方したことがない。

 そもそも今の俺は、徹夜明けの鉛のような身体を引きずった、ただの疲れたおっさんだ。


 死ぬ。

 過労死寸前からの、撲殺エンドはさすがに理不尽すぎる。


 俺がギュッと目をつぶり、最期の痛みを覚悟した、そのときだった。


「――《風裂かざさき》!」


 凛と澄んだ声が、森の空気を震わせた。


 直後、風が走った。

 魔法ではない。物理的な風圧を纏った、鋭い踏み込みの音。


 銀色の軌跡が、俺とゴブリンの間を駆け抜ける。


 ザシュッ、と小気味いい斬撃音。

 遅れて、緑色の血飛沫が舞う。


 目前まで迫っていたゴブリンは、何が起きたのかも分からないまま、一刀のもとに斬り伏せられ、地面に崩れ落ちた。


 その向こうに、一人の少女が立っていた。


「……大丈夫ですか?」


 残心。

 振り抜いた剣を、流れるような動作で腰の鞘に納める。


 木漏れ日を反射して輝く、腰まで届く銀色のロングヘア。

 光の加減でほのかに青味が混じって見えるその髪は、風になびいてふわりと広がっている。


 そして何より、瞳だ。

 宝石みたいに透きとおった青い瞳。

 今の今まで獲物を狙う猛禽類のように鋭かったその目が、俺と目が合った瞬間にふっと和らぐ。


 身につけているのは、豪華ではないが丁寧に手入れされた革の胸当てと、動きやすそうな軽装。腰には、飾り気はないがよく使い込まれた細身の剣。

 年齢は十六、七といったところか。

 少し息を切らしながらこちらを見つめるその姿を見て、俺は恐怖も忘れて呆然とした。


 ――一瞬で、理解したからだ。


(あ、これ、センター張れる顔だ)


 職業病は、異世界でも容赦なく発症するらしい。


「え、あ、その……助けてくれて、本当にありがとうございます!」


 慌てて立ち上がり、深く頭を下げる。

 この世界に土下座文化があるかは知らないが、命の恩人に礼を欠くわけにはいかない。


「い、いえっ。あの、その……私も、たまたま近くを通っただけなので」


 少女は両手をぶんぶん振って、慌てたように否定した。

 さっきまでの鋭い剣士の雰囲気はどこへやら、急に挙動不審になる。


 長い銀髪がさらりと揺れる。

 否定する仕草一つとっても、指先の動きまでやけに綺麗で「絵になる」。


(いやほんと、なんだこのビジュアル。現代日本にいたら、うちの社長がスケジュール全キャンセルしてスカウトに走るやつだろ……)


 危機を脱した途端、俺の脳内は「素材の分析」に切り替わっていた。


 骨格、肌の透明感、声のトーン。

 特に立ち姿がいい。剣士だからか、体幹がしっかりしていて、ただ立っているだけでシルエットが美しい。

 どれを取っても、ステージ向きの“原石”だ。


 そんな俺の不躾な視線に気づいたのか、彼女は腰の剣の柄をぎゅっと握りしめ、少し申し訳なさそうに俺を見上げた。


「……あの、ひょっとして、異郷の人ですか?」


「い、異郷?」


「なんか、この辺りの人っぽくないので。それに、武器も持っていませんし。たまにいるんです、『異郷落ち』の人」


 異郷落ち。

 異世界転移とか召喚とか、そういうやつのこの世界での言い方なんだろう。


「ええと、その……気づいたらここに立ってて。わけも分からないうちに、さっきのアレに襲われてた、って感じです」


 変に取り繕う意味もないので、正直に答える。

 今の俺は、この世界の常識を何一つ知らない“ど素人”だ。


 少女は「やっぱり」と小さくうなずいた。


「ここは、迷宮都市めいきゅうとしエルヴァの郊外です。さっきのは、世界樹迷宮せかいじゅめいきゅうから漏れ出したゴブリンですね」


「迷宮都市……に、世界樹……」


 ファンタジーRPGで散々見てきた単語が、現実の情報として口から出てくる不思議。


「ゴブリンは、Fランクの私でもなんとか一人で倒せるくらいの魔物なんですけど……油断すると囲まれるので、普通はこんなところ一人で歩きませんよ?」


「……いや、そもそも俺、ここに来るつもりなかったんですよね……」


 夢にしては、森の土の匂いも風の冷たさも妙にリアルだ。

 さっきのゴブリンの血の臭いまで、はっきり鼻についている。


(これはもう、“そういう現実”なんだろうな)


 元の世界への未練がないわけじゃない。

 あの現場は今どうなっているか。次のシングルの売り上げは。推していたあの子は、代わりのPとうまくやれているのか。


 考え始めるとキリがない。胸の奥がチクリと痛む。

 でも――今ここで立ち止まっていたら、さっきみたいにまた簡単に死ぬだけだ。

 腹をくくるしかない。


「あの、よかったら街まで一緒に戻りませんか? ここ、一応『迷宮帯めいきゅうたい』の端なので、慣れていない人には危ないですから」


 少女――後で名前を知るその子は、少し迷いながらも、最後は心配そうに眉を下げて提案してくれた。


「助かります。何から何まで本当にすみません」


 こうして俺は、命の恩人の美少女剣士に連れられて、異世界での第一歩を踏み出すことになった。


          ◇


 森を抜けると、そこには高い石造りの城壁と、活気ある街並みが広がっていた。

 人の背丈の何倍もある城門。

 行き交う馬車と、獣の耳を持つ人、尖った耳のエルフらしき人たち。

 石畳の上には露店がずらりと並び、香辛料と焼き肉の匂いが混ざり合って鼻をくすぐる。


 けれど、俺の目を一番奪ったのは、街のさらに向こうにある“背景”だった。

 空の彼方まで伸びる、一本の巨大な木。

 雲を貫き、天を突き刺すようにそびえ立つ、ありえないサイズの樹木。


「……うわ」


 声が勝手に漏れた。


「あれが、世界樹迷宮です。この街は、あの迷宮と一緒に大きくなったらしいです」


 隣で少女が、少し誇らしそうに世界樹を見上げる。

 でかい。死ぬ前の幻覚にしては、美術予算がおかしいレベルででかい。


 城門をくぐり、街の中へと足を踏み入れる。

 と、そのとき、視界の端に妙なものが映った。


 店先や広場の一角に据え付けられた、薄い石板。

 その表面がぼんやりと光り、洞窟らしき場所の映像が映し出されている。

 プレートの前には人だかりができていて、みんなジョッキ片手にわいわい騒いでいた。


「……あれは?」


「あ、あれは配信ですね。迷宮の中にいる冒険者さんが映像を送ってて……」


「配信!?」


 思わず素の声が出た。

 中世ヨーロッパ風の街並みに、いきなり“配信”の二文字。違和感がすごい。


 石板の映像の隅には、小さな文字列が流れている。

『今の上手い』『剣速はえー』『ナイス連携!』

 コメントだ。

 画面の端には、キラキラした光のコインみたいなエフェクトが、ぽんぽん飛んでいく。


「支援コインです。ああやって、応援の代わりにお金を送るんです。迷宮に潜るには装備も薬も必要だから、支援者ファンがいないと続けられなくて……」


 少女は石板を見つめながら、少し寂しそうに笑った。

 その横顔には、どこか諦めたような色が混じっている。


「冒険者は、強いだけじゃ駄目なんです。人に見てもらって、応援してもらえないと……」


 ――なるほど。

 瞬間的に、この世界の“構造”が頭の中で組み上がる。


 ダンジョンで戦う腕前。

 配信で人を惹きつけるトークや見せ場。

 人気が出れば支援コインが集まり、良い装備が買えて、さらに深い階層へ。

 人気がなければ、装備も更新できず、どこかでジリ貧になって消えていく。


(完全に、アイドル業界と同じシステムじゃないか)


 ステージがライブハウスから迷宮に変わっただけだ。

 “数字”に追われて、人前に立つ誰かの人生が決まる。


 その重さと、理不尽さを、俺は嫌というほど見てきた。

 元の世界の“現場”のことが、胸の奥をチクリと刺す。


 守り切れなかった子の顔が、一瞬よぎって、慌てて振り払った。

 ――そこでようやく、俺はあることに気づいた。


「あの、そういえば、あなたの名前を聞いてませんでした」


「あ、わ、私ですか?」


 少女は肩をぴくりと震わせた。


「え、えっと、私はフィリアです。フィリア・ノアール。まだFランクの、駆け出し冒険者……いちおう、魔法剣士をやっています」


 そう言いながら、腰のポーチから掌サイズの透明な板を取り出す。


「これが、冒険者プレートです。身分証みたいなもので……その、見てもらっても」


 差し出されたプレートには、確かに彼女の名前とランクが刻まれていた。

 Fの文字が、やけに心細く光っている。


「フィリアさんですね。助けてくれてありがとう。俺は、片城悠真。……こっちだと呼びにくいか。ユウマでいいですよ」


 異世界の人が「カタシロ」とか「ユウマ」をどう感じるか分からないが、短いほうが呼びやすいだろう。

 俺は適当に短縮した名を告げた。


「元・プロデューサー、ってところかな」


「ぷ、ろでゅーさー……?」


 フィリアがきょとんと小首を傾げる。

 その角度がまた絶妙で、「守りたい」ラインを正確に踏んでくる。


「ええと、人を売り出す仕事です。歌がうまい子とか、踊れる子とかを、たくさんの人に知ってもらうための係、みたいな」


「なんとなく、分かったような……」


 言いながら、さっきから引っかかっている違和感が、だんだん確信に変わっていく。


 この子の顔、声、立ち姿。

 全部、“画 (え)” になる。今まで見てきたどのアイドルよりも「カメラが好きそうな顔」だ。

 腰の剣も、決して高価なものではないが、丁寧に手入れされていて好感が持てる。


 なのに――。

 街中にある配信石板には、彼女の姿が一つも映っていない。


(こんな素材が、なんで埋もれてんだ?)


 Fランク? 駆け出し?

 だとしても、このビジュアルなら画面に映るだけで最低限のファンはつくはずだ。

 プロデューサーとしての本能が、ざわざわと騒ぎ始めていた。


          ◇


 そのあと俺は、フィリアに案内してもらいながら冒険者ギルドに向かった。

 ギルドで「異郷落ち」として最低限の身元確認と登録を済ませる。


 読み書きや言葉は問題なかった。この世界の誰かがそうなるように“調整”したのか、それとも転移特典なのか。

 とにかく、ここでいちいち驚いているとキリがないので、「そういうものだ」と雑に納得しておく。


「じゃあユウマさん、当面はこの宿を使うといいですよ。初心者割引もありますし」


 手続きの合間、フィリアはギルドの受付に慣れた様子で話しかけていたが――。


「お、フィリアちゃん。また配信用の魔晶球のレンタル? 今度こそ完走できるといいねぇ」


 受付のおばちゃんが、茶化すように笑った。


「う、うぅ……今日は、その、練習だけで……」


「この前なんか、自己紹介で五回噛んで泣きかけてただろ。客もみんな苦笑いしてたぞ?」


 カウンターの向こうで、待機していた冒険者らしき男たちもくすくす笑う。


「あー、あの子か。顔はいいのに、もったいねぇよなぁ」

「剣の腕はそこそこいいって噂なのにな」

「見てて眠くなるんだよな、あの子の配信」


 フィリアの肩がビクッと跳ねた。

 彼女は剣の柄を白くなるほど強く握りしめ、俯いてそれ以上何も言えなくなっていた。


(……そういう扱い、か)


 謎が少しずつ埋まっていく。

 才能はある。けど、見せ方が壊滅的に下手で、周りからは「惜しいけど売れない子」と認識されている。

 そして本人も、その評価を真正面から受け止めてしまっている。


 アイドル現場で何度も見た光景だった。

 潰れる一歩手前の、一番危うい空気だ。


          ◇


 手続きと最低限の説明を終え、当面の寝床となる安宿と、着替えや生活必需品をなんとか揃えた。

 ギルドの前の広場にあるベンチで一息ついていると、フィリアがもじもじと俺の横に座った。


「あの、その……ユウマさん」


 呼ばれて振り向く。

 フィリアは、視線を落としたまま、何度か口をパクパクさせてから、思い切ったように顔を上げた。


「助けたのは、本当にたまたまなんです。だから、恩返しとか、そんなのは気にしないでほしいんですけど……」


「はい」


「ひ、一つだけ、お願いしてもいいですか?」


 来た。

 現世感覚だと、こういうときは大体ろくでもない頼みが飛んでくる。

 高額な壺とか、怪しい投資話とか、アイドルの実家の借金とか。


「もし、ユウマさんがしばらくこの街にいるつもりなら、その……」


 フィリアは、ポーチから小さな丸い魔道具を取り出した。

 握りこぶしほどの透明な球体。その中心で、淡い光がゆらゆら揺れている。


「これの、使い方を見ててもらえませんか?」


「それは?」


「配信用の魔晶球ましょうきゅうです。迷宮の中からでも、こうして魔力を流せば――」


 フィリアが、おそるおそる魔晶球に手をかざす。

 ふわり、と球体が明るく光った。


 その表面に、俺とフィリアの上半身が映る。

 同時に、ギルドホールの隅に設置された石板にも、同じ映像が映った。


『――あ、えっと……き、聞こえてますか?』


 石板から、少し遅れてフィリアの声が流れる。

 さっきまで酒を飲んでいたおっさんが「お?」と顔を上げた。

 画面の下には、小さな文字が浮かんでいる。


『視聴者数:1』


(お、ワン・オーディエンス・スタート。懐かしい数字だな……)


 フィリアは、カチコチに固まった表情で、ぎこちなくカメラ――魔晶球を見つめた。

 背筋が無駄にピンと伸びている。まるで叱られる前の子供みたいだ。


『え、えっと、はじめまして。Fランク冒険者の、フィリア・ノアールです。きょ、今日は、その……世界樹迷宮の、ええと……』


 ――あ、これ完全にダメなやつだ。

 目線は泳ぎ、声はか細く、間はやたらと空く。

 魔晶球を見て、床を見て、天井を見て。

 何を言おうとしたのか自分で見失って、同じ単語が頭の中をぐるぐるしているときの顔だ。


 石板の前のおっさんは最初こそ「お、可愛い子じゃん」という顔で見ていたが、すぐに肩をすくめた。


「……あー、また固まってるな、フィリアちゃん」

「自己紹介で噛んで止まるの、何回目だ?」


 近くのテーブルから、そんな声が聞こえる。

 画面下の数字は、無情にも『1 → 0』へ。


『あっ、え、き、切れて……』


 フィリアは慌てて魔力を引き、配信を切った。

 魔晶球の光が、しゅんとしぼむ。


「ご、ごめんなさい。変なもの見せて……」


 フィリアは肩をすぼめて、魔晶球をぎゅっと抱きしめる。


「私、一人で配信するといつもこうで……。何を話せばいいか分からなくなって、気づいたら誰も見てくれてなくて……」


 さっき風のような剣技でゴブリンを倒した凛とした声とは、別人みたいなトーンだった。


「でも、支援者がいないと、迷宮に潜り続けられなくて。Fランクのままだと、依頼の報酬も少ないし、装備も買い替えられなくて……」


 フィリアは、膝の上で拳を握りしめた。


「それで、頑張らなきゃって思うんですけど、配信が怖くて、うまくできなくて……」

「前の配信で、『地味だ』とか『見てて眠くなる』って言われて……。私、喋れば喋るほど、みんなにつまらないって思われる気がして……」


 その言葉を聞いた瞬間――胸の奥で、なにかがチクリと刺さった。

 似たような子が、何人もいた。


 歌もダンスも天才的なのに、カメラを前にすると固まってしまう子。

 ステージ上では輝けるのに、バラエティでうまく喋れず、「つまらない」と叩かれて、心を削っていった子。

 誰かがそばで支えて、見せ方を一緒に考えてやらないと、あっさりと埋もれて消えてしまう“原石”たち。


 ――才能は、消耗品じゃない。

 前の世界で、俺が最後にたどり着いた痛切な教訓だ。


 そういう子に対して、今の俺は何ができる?

 ――ひたすら考えた。

 どうすれば喋りやすくなるか。

 どんな自己紹介なら噛まずに言えるか。

 どの角度なら、一番可愛く映るか。

 彼女たちが一番輝ける場所を作る。それだけを、ずっと考えてきた。


「……フィリアさん」


「は、はいっ」


 俺は、彼女の抱きしめている魔晶球をそっと指さした。


「さっきの配信、最初の自己紹介まではよかったですよ」


「えっ?」


「声はちゃんと通ってたし、名前もランクも言えた。でもそのあと『その、その、その』って続いた瞬間に、画面の前の人は不安になるんです」


「ふ、不安……」


「配信って、冒険を見せるだけじゃなくて、“あなたを好きになってもらうための時間”なんです」


 口にしてから、自分でもおかしくて笑いそうになる。

 異世界に飛ばされてまで、何を真顔で語ってるんだ俺は。


 でも、不思議と嫌じゃない。

 むしろ、久しぶりに胸の奥が熱くなっているのを感じていた。

 目の前の原石を、ただの石ころのまま終わらせたくないという、エゴにも似た熱。


「もし、よかったら――」


 一度、大きく息を吸う。

 この言葉を口にした瞬間、この世界での俺の生き方はたぶん決まる。


「俺に、フィリアさんの配信をプロデュースさせてもらえませんか?」


「ぷ、ろでゅーす……?」


「あなたを、この街で一番の冒険者にする。配信のやり方も、見せ方も、自己紹介も、全部一緒に考えます。だから――もう一回、カメラの前に立ってみませんか?」


 フィリアは、ぽかんと口をあけて俺を見つめていた。

 数秒間の沈黙。

 ギルドのざわめきが、やけに遠く聞こえる。


 やがて彼女は、おそるおそる、胸の前の魔晶球を抱きしめ直した。


「……ほんとうに、そんなこと、できるんですか? 私、ドジだし、すぐ噛むし……地味だし……」


「できます。というか――やります」


 俺にチート能力も魔法もない。

 ステータスも、この世界では本気で“凡人”だろう。

 ゴブリン一匹に殺されかけた、ただの社畜上がりだ。


 でも、“人を輝かせる方法”だけは、誰にも負けないつもりだ。

 もう二度と、才能あるやつが潰れていくのを見たくない。


「命を助けてもらったお礼です。俺の全部を使って、フィリアさんを――」


 少しだけ、言葉を探してから、はっきりと言う。


「Sランク冒険者にします」


 その一言に、フィリアの透き通った青い瞳が、わずかに揺れた。

 夕焼けに染まり始めた広場で、彼女は小さく、でもはっきりとうなずく。


「……おねがい、します」


 世界樹迷宮を見上げる街の片隅で。

 崖っぷちFランク美少女剣士と、異世界に放り出された無能力プロデューサーの。

 ちょっと変わった“二人三脚プロデュース”の冒険が、今ここから始まった。

読んでいただきありがとうございます!!

ブクマや、評価をいただけると、とても励みになります。

皆さんに物語を楽しんでいただけるよう頑張ります!

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