22前向きになろう
リンネさんは快く子猫を買うことを許してくれた。
その日のうちに子猫の寝床を自分の部屋に作った。
誰かのために何かをする。
そんなごく普通の事さえ今までやろうとしていなかった。
子猫と一緒に過ごすようになると私の日常は変わって行った。
まず朝起きて子猫のご飯を用意してやる。
ミルクにチキンをすり潰して野菜も少し加えドロドロの離乳食みたいにして子猫の前に置いてやる。
「にゃ~ん」
子猫はとびっきり可愛い声で鳴いてご飯を貪るように食べる。
「おまえお母さんは?」
答えてもくれないけど、母猫が探しているかもと翌日は母猫を探して回った。
でも、結局母猫らしき猫は見つからなかった。
いきなり現れた救世主のような子猫に私の世界は一変した。
「お前の名前決めなきゃね。えっと‥」
子猫は雄らしい。兄の名前など付けるとまた悲しくなる気がして父の名前からイルと名付けた。
「おまえの名前はイルだよ。これからよろしくねイル」
それからは少しずつ自分の事は自分でするように心がけた。
するとみんなの手伝いも出来るようになった。
掃除や食事の手伝い、洗濯や子供の世話。
よく見ると獣人は生肉を食べてはいなかった。
ごく普通のパンや料理を食べている。
部屋だってシェルビ国と同じ。ベッドがあって床にはじゅうたんが敷かれていて風呂は貴族の屋敷に比べたら簡易的だけどシェルビだって平民ならばこれくらいが普通だろうと思う。
生活もごく普通に人間の暮らしと何ら変わりはなかった。
変わっているのは見た目が少しいかつい人や体躯の大きな獣人がいることくらい。
さすがに教会なので侍女とかはいなくてその代わりにシスターがいて身の回りの事は彼女たちがする。
男の獣人もいるけどそんな怖そうには思えない。
でも、ラゴンと言う虎獣人を紹介された時には驚いた。大きな体に毛むくじゃらの顔だったから。
元はリンネさんの護衛騎士だった人で彼女がスヴェーレに来る時どうしてもと一緒について来たらしい。
ずっと独身で、私は彼はリンネさんが好きなのではと思ったりしている。
まあ、実際に話をしたことはまだないのだけど‥いつも優しい目でリンネさんを見ている。
そんな暮らしの中、針金が巻き付いたように強張った身体から少しずつそのこわばりが解かれて行くように私は少しずつここの生活に慣れて行った。
そして前世で自分が学校の先生をしていたことを思い出した。
私、孤児院で子供たちに勉強教えたい。
勉強だけじゃない、生活するのに困らないように裁縫や洗濯、食事の作り方や栄養の事なんかも、字もかけた方がいいし計算だって出来る方が就職に便利だろう。
気づけば子供たちからセリ様と呼ばれるようになっていた。
どうやらイヒム神が私の瞳と同じ翆緑色だかららしい。
イルは猫のくせにちっとも猫らしくなくてまるで犬みたいに私に纏わりついてくる甘えん坊だ。
そしてどんどん大きくなってもうすっかり大人の猫になった。
そして孤児院の先生がしたいと言ったらリンネさんからすぐにオッケーの返事を貰った。
翌日にはすぐに年少の子供たちと一緒に過ごす羽目になった。
というのも教えていたのがリンネさんだったからだ。
先生というより時間のある時に文字を教えたりしていたらしい。
人手も少ない上に教会の仕事もあるリンネさんは前皇王の妹なんだとか。
どうしてこんな辺鄙なところで司教なんかしているんだろうって思うけど人にはいろいろ事情があるんだろう。
そう言う私だって。
いろいろ話を聞けばあの月の光の事を月霞光と言うんだそうだ。
そして満月の光は魔呪光と呼ばれ光には魔呪毒と言われる毒があるらしい。
その光に長くさらされると獣人の理性を奪い多量接種すれば魔呪獣になるらしい。
毒の量も獣人によって違いがあるらしく一律に同じ量と決まっておらず少しの毒で魔呪獣になる場合もあるらしい。
魔呪獣になると凶暴で手が付けられなくなりプロシスタン国の北のはずれにある魔の森というところに隔離する事になっているらしい。
今も年に数十人が魔呪毒にやられて魔呪獣になるものが後を絶たないらしい。
これを聞いてシェルビ国と同じことが起こっていると知った。
これも神の仕業なのかな?
そうだとしたら神様ひどいよ。
でも、それが自然の摂理って奴かも知れない。
前世の日本でも天変地異は避けて通れなかったものね。




