第60.5話 第1回ダンジョンアタック〜実況解説〜
父と母達がダンジョンに転移したほぼ同時刻ーーアクス王国の一室にて。
その部屋に用意された解説席に座ったオレとスゥーは、実況中継のオープニング音量が下がるのを待っていた。
喋るのに支障が出ない程度まで音が小さくなったところで、撮影機の後ろに立ったアースから合図が出る。
それに従ったスゥーは和やかに微笑みながら、始まりの挨拶をした。
「第1回ダンジョンアタック〜海底ダンジョン編〜実況解説のお時間ですわ。実況はわたくし、皆様もご存知のアクス王国王女スゥーが担当いたします」
「解説を担当するするファイだ。属性竜ーーファイアードラゴンとも呼ばれている。よろしく頼む」
「よろしくお願いしますわね。それでは早速、本放送の説明を行いましょう」
スゥーから合図を送られて、オレは手元の原稿を読み上げた。
「今回、このようにダンジョン攻略が中継されることになったのは、少し前にディングス王国の学園で行われた戦闘訓練ーーサバイバル合宿が起因している。前回、学園の訓練光景が各国の王族の方々に対して中継されたのだが……それが中々好評でな。今回も要望があって、中継が行われることになった」
「えぇ。だって初回中継、とても面白かったんだもの。見ていたのがわたくしたち王族のみ、というのがとても惜しかったぐらい‼︎……という訳で、少し無茶を言ってアクス王国の国民の皆様にも見れるようにして頂いたのよ。国民の皆様にも是非楽しんでもらえたらと思ってね」
「とは言っても、実況中継なんてよく分からない、という人ばかりだろう。なので、実際に見てどういう感じなのかを実感してもらえたらと思う」
撮影機の横にいたライトが、撮影機の前とオレ達の手前に半透明の画面を魔法で展開する。
そこに書かれているのは、海底ダンジョンの簡単な説明だ。中央部分にデフォルメされた神殿マークと海マーク、洞窟マークが横並びになっており、上の方に扉マークが記載されている。
今、この中継を見ている者達は皆、同じ画面を見ているだろう。オレはそれに声で説明を加えた。
「では、先に今回挑戦するダンジョンの説明をしておこう。皆は海底ダンジョンという名を聞いたことがあるだろうか?このダンジョンは《海底神殿》・《海底大海原》・《海底洞窟》の計3つの攻略ルートに分かれており……それぞれのルートにいる中ボスを撃破しなければダンジョンボスに挑戦出来ないという特殊な仕組みをしているダンジョンである。今回は2人1組で挑戦することになっている」
「冒険者の方々であればこの程度の情報、ご存知でしょう。ですが、ご覧の皆様の中にはダンジョン攻略に馴染みがない方もいます。そういった方達のための実況解説を行うのが、わたくし達の役目という訳ですわね」
「そうだ。だが、何分、オレ達も初めての試み……。至らぬところも多々あると思うが、温かい目で見守ってもらえると幸いだ」
「なお、今回は特別に海底ダンジョンの情報を公開しておりますが……本来、ダンジョンの詳しい情報は冒険者ギルドにて有料情報として提供されておりますの。ですから冒険者の皆様、情報収集を行う際は冒険者ギルドをご利用なさいませ」
と、スゥーが言ったところで手元の画面が切り替わる。
そこに映ったのは……。
ーー楽しそうに走り出す、グランヒルトとフリージアの姿だった。
「あら。丁度動きがあったみたいですわね。一番乗りで攻略に踏み出したのは……《海底洞窟》ルートのグランヒルト様とフリージア様でしょうか?ファイ、本ルート攻略担当のお2人の軽い紹介をお願いしますわ」
「ディングス王国の王太子とその婚約者で、オレの父と母だ。以上」
…………。
『はぁっ⁉︎⁉︎』
外から大きな驚きの声が響く。響くと言うか、轟く。
まぁ、驚かずにはいられないだろう。どこに一国の王太子とその婚約者がダンジョン攻略をすると言うのだ。いや、普通にここにいるんだが。
「まぁ⁉︎見てくださいな、ファイ‼︎早速、魔物と遭遇しーー……秒殺しましたわね」
スゥーが驚きのあまり、スンッと一瞬で真顔になる。
洞窟コースの映像を見てみれば……確かに秒殺だった。走り際に父が拳で貫き、母はナイフで斬り飛ばしている。
ドロップアイテムを拾うことなく、2人は走り抜けていく。
「………えっと。わたくしの記憶では、グランヒルト様は武器が扱いがお得意で、フリージア様は魔法が得意でしたわよね?なのに、どうして武器も魔法もお使いになってないのかしら?」
「………ふむ。これは自ら、ダンジョン攻略に制限をかけている可能性があるな」
「え??」
オレの予想を肯定するように、撮影機の横で色々と補佐をしていたライトがスケッチブック(※カンペ)をこちらに向けてくる。
子供特有の丸みを帯びた字で書かれた内容を見て、オレは「やっぱりな」と頷いた。
「今入った情報だ。どうやらオレの予想通り……グランヒルト&フリージアペアは探索・索敵魔法の使用禁止、グランヒルトは身体強化魔法・武器の使用禁止に、フリージアは身体強化以外の魔法禁止という縛りを自ら課しながら攻略を進めているらしい」
「ちょっ⁉︎何してるんですの⁉︎そんなの、危ないじゃありませんの⁉︎」
スゥーが動揺するのも最もだ。
ダンジョンの中で全力を出さないなんて、命知らずにもほどがある。油断大敵、なんて諺があるぐらいなんだ。調子に乗って怪我を負ってしまったら元も子もない。
しかし……今、ダンジョンを攻略しているのはチートカップルだぞ?
オレは苦笑しながら、スゥーを落ち着かせるために声をかけた。
「まぁ、落ち着け。父達は現に、その縛り状態で瞬殺しているじゃないか」
「………………確かにそうですわね??」
「つまり問題ない。というか、縛りをつけないともっと攻略が早くなるぞ」
「…………あの2人ですものね」
「あぁ、そうだ。ただし、この2人は特殊な例であるため、他の人は決して真似しようと思わないこと。普通にダンジョン攻略は危険だからな?死亡者だって出るからな?調子に乗るなよ」
注意喚起をしたところでまた画面が切り替わる。
今度はセーゲル&マリカペアが、安定感のある連携で攻略を始めた映像が流れ出した。
「次はセーゲル・マリカペアですわね。ルートは《海底神殿》のようですわ。ファイ、この2人の紹介をお願いいたます」
「セーゲルは《断絶》とも呼ばれているSランク冒険者だ。Sランクとはいえソロで活動していると言うのだから、その実力は折り紙付きだろう。マリカは《境界の魔女姫》とも渾名されているようで……魔王とも決闘張れる《第I大陸》出身の猛者だ。2人とも前回のサバイバル合宿からの縁で、此度のダンジョンアタックに参加している」
『はぁっ⁉︎⁉︎』
本日二度目の〝はぁっ⁉︎⁉︎〟が外から聞こえた。
セーゲルの方はそれなりに知名度があるから……驚いたのは多分、マリカの方に関してだろうな。特に魔王と決闘張れるってところ。
普通に考えれば驚かずにはいられないか。なんせ魔王だ。あんな嫋やかそうな女性が魔王と一対一で戦えるなんて……信じられないと言った気持ちなんだろう。分かる。
「あっ、接敵しましたわね。胸当てをした人魚とローブを纏った人魚と戦い始めましたわ」
「人魚兵士と人魚魔法士だな。兵士と言うだけあり、手に持っている剣や槍で戦う敵だ。魔法士は水魔法と回復魔法を使うぞ」
映像に映る2人は、セーゲルが前に出てマリカが後ろで抜かりなく武器を構えている。
それを見たスゥーはオレに確認するように聞いてきた。
「このペアはセーゲルが前衛、マリカが後衛……で間違いないかしら?」
「あぁ。通常であれば大剣使いであるセーゲルが攻撃役と盾役を兼任し、後方から支援・遠距離攻撃をマリカ担当。前衛が戦い易いように余計な敵を牽制、または撃ち漏らしを後衛がフォローする感じになるだろう。しかし、それはあくまでも通常の場合。今回は……はっきり言って、前衛・後衛は意味を成さないだろうな」
「まぁ。それはどうして?」
「それはこのコースに出てくる魔物ーー人魚が相手だからだ」
意味が分からなそうに首を傾げるスゥーだ。きっとこのダンジョンを知らない一般人達も同じだろう。
オレはなるべく分かりやすい言葉を選んで説明した。
「見て分かるように、このコースの人魚は全て〝雌型〟だ。だからなのか……人魚は男が相手の場合は攻撃をするよりも、状態異常を起こして仲間割れを起こさせたり、戦う意志を削いで戦闘不能に陥らせたりするんだ」
「まぁ……‼︎」
「そして、女相手だと過剰なほどの攻撃を与えてくる。だから、このコースに当たってしまった男は人魚達に誘惑されまくることになるし、女にだけ物理的な攻撃が集中することになる。だから、前衛・後衛は機能しないだろうーーということだ」
「成る程……男だけを誘惑するなんて……。まさに女に喧嘩を売ってるような魔物なんですのね」
「まぁ、同じ女から見たら苛つく性質かもしれないな。だが、人魚に惑わされた男は用済みになれば、生きたまま人魚に喰われるらしいからな……かなり警戒しなくてはならない、とても恐ろしい敵だとオレは思うぞ」
「………………え?」
ーーヒョォォォォォォ……。
スゥーは顔面蒼白になって固まる。どうやら生きたまま男を喰らうというのに、驚いたらしい。
けれどそれは、人魚に限った話ではない。
「という訳で、人喰い系の魔物は生きたまま喰らうモノを多いと聞く。冒険者諸君は勿論、一般の者達も気をつけるように」
「わたくし……人喰い人魚が一番怖い魔物になりましたわ……」
「?他にも、人を喰う魔物はいるのにか?」
「人魚(の上半身)が‼︎下手に人に近しいのが悪いんですのっ‼︎」
「そんなもんか?……だが、スゥーは大丈夫だろう。スゥーに何かあればオレが守る。だから、そんなに怯えるな」
ポンポンッと優しく彼女の頭を撫で叩くと、スゥーが「ピェッ」と変な鳴き声をあげて固まる。
キョトンと首を傾げていたら、「ファイ〜‼︎続き、続き‼︎」とアースから小声で注意されて、オレは視線を画面に戻した。
目を離した隙に画面が変わっていたらしい。オレはスゥーに「ほら、続けるぞ」と声をかけた。
「えっ、あっ」
「スゥー?」
「ゴホンッ……。な、なんでもありませんわ……。えっと……最後に攻略を開始したのは、スイレン陛下とリリィのペアですわね。ルートは……《海底大海原》。ファ、ファイ。お約束の紹介を、お願いしますわ」
「(なんか態度が変だな?どうしたんだ……?……取り敢えず今は、解説が優先だからな。後で確認するか)あぁ、了解した。スイレン陛下は言うまでもなく、この《第II大陸》の魔王を担ってらっしゃる方だ。魔王を務めているだけあって、その剣技は素晴らしい技量だ。リリィの方は聖女だ。ついこの間、聖女となった受けたばかりだが……聖女は回復役・支援役として最高位だ。この2人がどんな戦いを見せるのか?」
「期待が高まりますわね」
期待が高まると言ったからなのかーー。
まるでこちらの声に応えるかのように、スイレン陛下の剣技が冴え渡る。
映像に映る陛下は、遠方から一気に突進してきたツノマグロを刀で三枚下ろしにしたところだった。ドロップしたマグロの刺身は、直ぐに倒された敵に呆然としていたリリィに渡される。
まさかそんなモノを渡されると思わなかったのかリリィはかなり困惑顔だったが……恐る恐る刺身を口に運ぶと、一気に目を輝かせて興奮し始めた。
それを見たスゥーはなんとも言えない顔で呟く。
「…………ファイ」
「なんだ?」
「アレ、餌付けでは?」
「いや、求愛餌食だろう」
「ほぼ同じでは⁉︎」
リリィはどうやら食いしん坊のようだ。陛下に次の標的を指定しながら、攻撃力上昇の魔法をかけている。
父達からは『自分達以外のペアがギクシャクしてるから、仲良くさせるためのダンジョンアタック(※嫌でも共闘するんだから、仲良くなるでしょ)』と聞いていたが……どうやら本当に効果があったらしい。
………いや。セーゲル達の場合は合ってるかもしれないが、陛下達の場合は食の力か?
…………まぁ、なんでもいいか。
「ちょっ、待ってくださいまし⁉︎少し目を離した隙にグランヒルト様・フリージア様ペアが、もう三分の一まで攻略が進んでますわよ⁉︎実況解説どころではありませんわよ⁉︎」
「大丈夫だ。父達の攻略速度が速いことは想定内だから、安心してくれ。きちんと攻略過程を録画しているし、録画した映像を遅延再生することも可能なのだと。だから、父達のコースは完全に攻略が終わってしまってから解説しようと思う。というか、早過ぎて全部解説する前に終わる」
「………………確かにそうですわね。では、セーゲル・マリカペアとスイレン陛下・リリィペアに集中しましょう」
普通に納得したスゥーに、〝お前も中々、父達に毒されてるな……〟と思わなくもなかったが。オレも人のことは言えないので、敢えて何も言わないでおく。
その後も、オレは順調に解説に専念した。
まともにダンジョンアタックしてるのが、セーゲル・マリカペアしかいない(笑)




