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出られないらしい

 目が覚めた私は、自分の部屋ではないことに落胆した。セドリックが私を閉じ込めたのは、紛れもない事実。起きるたびに期待がすり減っていくのが自分でも分かる。


 ここは窓があるから、昼夜の区別はつく。でも窓から見えるのは整った庭だけ。ほとんど変化がない毎日だ。


 セドリックは私のために娯楽になりそうなものを用意してくれたけれど、とっくに飽きてしまった。本ばかり読むのは疲れるし、長時間刺繍をする趣味もないのよ。


 私の身の回りは、ジーナが整えてくれる。彼女は話し相手にもなってくれるけれど、会話はあまり続かなかった。


 私自身の問題よ。外へ出て刺激を受けないと、思考が鈍ってくるみたい。話のきっかけも見つけられなくて、口数が次第に減ってきた。


 この部屋へ移ってから、私は常に眠気を感じていた。原因は魔力の使いすぎ。グリムの封印を修復するために、セドリックは私の魔力を集めている。だからセドリックが訪問してきた時が酷い。たまに眠気を我慢できなくて、セドリックの前で眠ってしまうこともあった。


 もちろん私は寝顔を見られる趣味なんてないわ。頑張って起きていたいけれど、セドリックが優しく「眠ってもいいよ」なんて甘やかしてくるものだから、抵抗できずに眠ってしまう。そのせいで私の睡眠時間が不規則になって、監禁されてから何日経過したのか分からなくなってきた。


「セドリックは何を考えているの?」


 私の安全のためだって言うけれど、衣食住が豪華なだけの囚人のよう。


 頼りなく扉を叩く音の後に、ジーナが入ってきた。ベッドシーツや私の着替えを抱えている。ジーナは起きている私を見つけると、柔らかい笑みを浮かべた。


「お目覚めですか。空腹でしたら、軽食をお持ちしますが……」

「大丈夫。お腹は空いてないわ」

「かしこまりました。シーツを交換しますね」


 ジーナが手際よくベッドメイクをしている間、私は紅茶が入った缶を開けた。


「お茶ですか?」

「ええ。ジーナはそのまま続けて。自分でやりたいの」


 全てをジーナ任せにしていたら、考える力すら失くしてしまいそう。


「ジーナ。外の様子はどうなっているの? グリムの鱗は増えてない?」

「グリムの鱗による被害件数は減っているようです」


 ジーナは作業の手を止めずに言った。


「ですが、グリムの鱗に侵食された者による犯行は、以前よりも凶悪さが増しているようですね」

「それはそれで厄介ね」


 封印から出てくる鱗が減って、危機感を覚えた鱗が集合体を作っているとか?


 私がグリムの鱗に侵食されていた時は、体の中に入ってくる鱗が増えるのと比例して、聖女への嫌がらせも凶悪になっていったわ。それと同じことが起きているのかもね。


 私は茶葉を入れたポットの中に水筒のお湯を注いだ。水筒は魔術塔で開発した道具らしいわ。長時間、内部の温度を一定に保ってくれる珍しい品で、セドリックが持ってきた。


 開発者を説得して譲り受けたのか、開発者を支援して作ってもらったのか、どちらかでしょうね。さすがに強奪はしてないと思うの。


 紅茶の抽出が終わりそうなところで、セドリックが訪問してきた。淡い色でまとめた花束をお土産にもらったわ。一番大きな花は花びらがフリルのようになっていて可愛らしい。


「ちょうど、お茶が入ったところなの。セドリックもいかが?」

「レティ……ありがとう。せっかくだから、もらおうかな」


 私はね、何も考えずにセドリックをお茶に誘ったのよ。そうしたら幸せそうな微笑みを見せられて、危うくポットを落とすところだったわ。顔が良い人の笑顔って、不意打ちで向けられたら思考を狂わせるのね。


 セドリックは花束の他に白く濁った結晶を持っていた。私の眠気の原因よ。毎回ごっそり魔力を取られるから、ほとんどの時間を眠って回復させるはめになる。


「セドリック。グリムの封印は、どうなったの?」


 紅茶が入ったカップをセドリックに渡して、彼の隣に座った。この部屋にソファは一つしかないから、他に居場所がない。


「うん。まだしばらく使えそうだよ。聖女の体調が戻ってきたし、協力者もいるからね」

「私は行かなくてもいいの? 危険なのは他の人も同じだわ」

「レティが一番、危険なんだよ。この前、グリムの鱗に話しかけられたことを忘れた?」

「もちろん覚えてるわ」


 一周目の私が破滅する原因ですから。絶対に忘れられない。


「私に話しかけてきたような鱗は、他にも現れた?」

「聖女の補佐のところに出たよ。でも被害は出てない。レティと同じように、自力で撃退していたから」

「良かった……」


 顔も名前も知らない補佐の子だけど、無事だと聞いて安心した。グリムに侵食される不快感や、無力さを思い知らされる経験は、誰であろうと不要なものよ。


「ねぇ。どうして、こんなに厳重に守ってくれるの?」


 今の私は、ずっと守られている。誰にも気がついてもらえなかった一周目の記憶との落差が激しくて、嬉しさなんてものは感じない。むしろ過保護すぎて怖いと思っているわ。


 大人が決めた婚約者だったはずよ。一周目と二周目で違うことが多すぎる。その中心にいるのはセドリックだわ。


 いいえ。私の周囲では、彼だけが大きく変わっている。セドリックに引きずられる形で、二周目の展開が変わってしまった。


 セドリックはカップを持った手を膝の上に降ろした。


「どうしてって、レティが大切だからだよ。グリムが君を狙っているんだから、守るのは当然だ」

「私はセドリックに好かれることをした覚えがないわ」

「レティは自分の良いところに気がついていないだけだよ」


 ベッドメイクを終えたジーナが、洗濯物をシーツに包んで部屋を出て行った。

 今はまだ二人きりになりたくなかったわ。セドリックに無言で見つめられると、なんだか怖いのよ。


「レティ」


 セドリックの手が私の頬をなぞった。指先でそっと触れてくるだけ。私が嫌がったらすぐに中断されそうな、弱々しい触りかただ。


 色気なんて何もない。私が存在していることを確認していると言われたら、素直に信じられるわ。だって、セドリックが不安そうに私を見ているから。


「セドリック。疲れてる?」


 そうよ。どうして気が付かなかったんだろう。セドリックは自分の仕事があるのに、私がいる部屋と王城を往復して、封印の修復に必要な魔力を届けているのよ。この部屋を覆う結界だって、セドリックが点検しているはず。


「休む時間はあるの? 忙しいかもしれないけど、倒れてからじゃ遅いのよ」


 セドリックの手が止まった。驚いて私を見ているセドリックという、貴重なものを見られたわ。


「ねぇ、聞いてる?」


 頬に触れているセドリックの手を握った。セドリックは優しく私の手を握り返し、いつものように微笑む。


「ごめん。レティに心配してもらえるなんて思わなくて」

「失礼ね。私だって誰かを気遣うことはあるわ」


 私はセドリックの手を離したけれど、セドリックは離してくれなかった。


「休む時間は確保してるよ。今はやることが多くて短いけど。倒れるような無様なことはしない」

「……そう。信じていいのね?」

「うん」


 セドリックは結晶を私に見せた。


「そろそろ始めようか」


 結晶に魔力を移すのは、もうすっかり習慣になってしまった。私がやることは、結晶に触れていることだけ。あとは結晶が勝手に私の魔力を吸い取ってくれる。


 楽な姿勢でソファに座り直し、私は差し出された結晶を握った。


「セドリック。これ、いつまで続けるの?」

「封印の外側を覆うまで。今はね、グリムを弱らせている最中なんだ」

「それが終わったら、外へ出られる?」

「出られるよ。レティに最後の仕上げをしてほしいからね」


 眠くなってきた。セドリックに肩を抱き寄せられた私は、抵抗せずにもたれかかった。傍目には、恋人に抱きしめられているように見えるでしょうね。


「レティ。今は理不尽だと思うかもしれない。恨んでもいいよ。君にはそうするだけの理由がある」

「この前も、そんなことを言ってたわ。でも、どうして……?」

「全て俺一人で片付けられたら良かったんだけどね。無理だったんだ。だからレティの力を貸して。怖がらせることもあるけれど、怪我はさせないから」


 瞼が重い。口を開くのもだるくなってきた。


「最終的な目的はグリムを消すこと。これだけは変わらない」


 セドリックはいくつか私に計画のことを話してくれた。


 私に力が残っていたら、セドリックを押し除けていたかもしれない。彼はまだたくさんのことを隠している。一人で抱えこんで教えてくれない。


 私はそんなに頼りない?

 それとも私が知ったら、セドリックの障害になるから教えないの?


 私にもっと力があったら、自由に外を歩けたのに。セドリックを問い詰めたり、グリムを封印し直すことだってできたかもしれない。


 力が欲しい。願っても叶わないって、痛いほど理解しているわ。



 ***



 目が覚めた時、セドリックはいなかった。また私の魔力を込めた結晶を持って、グリムのところへ行ったのでしょうね。会えないのは、一周目だろうと二周目だろうと同じだったわ。


 今の人生が二周目だと気がついた時、あんなにセドリックのことを恐れていたのに、近くにいないと寂しさを感じている。


 監禁されているのに、セドリックを恨む気持ちはなかった。一周目で孤独と己の無力さを嫌というほど思い知ったから、守ってもらえるのは助かっているわ。でもね、やっぱり納得できないところはあるのよ。


「レティシア様」


 悶々と考えていると、ジーナに名前を呼ばれた。薄暗い部屋で、ジーナが本を抱えて立っている。


「……どうしたの?」

「フルール様から、差し入れです」


 ジーナは抱えていた本を差し出してきた。


 古びた小さな本だった。手にとってよく見れば、日記帳だったわ。暗い色の革表紙は、縫い糸が切れている箇所がある。本の間には手紙が一通、挟んであった。


 ジーナがオイルランプに火を入れ、分厚いカーテンを閉めた。続いて消えかかっていた暖炉の火に、新しい薪をくべて火加減を調整していた。


 本の表紙を開いたところに、細い文字で日付と数行の文章が書いてある。どうやら日記のようね。


 中身を読む前に、私は手紙を開封した。こちらは差出人のところに聖女様の名前があった。聖女の役割と仕事について、教える機会がないことを謝罪する内容だわ。可能なら、直に会って話がしたいって。一緒に渡された日記は、初代の聖女が書き残したものらしいわ。


 私は手紙を暖炉へ放り投げ、完全に燃え尽きるまで見ていた。この部屋に持ち込めたなら、手紙も日記も有害なものじゃない。でもなんとなく、手紙はセドリックに見せない方がいい気がした。セドリックは私がこの部屋にいることを望んでいる。聖女様の要求は、彼と対立する内容よ。


 日記の始まりは、初代の聖女の日常を綴ったものだった。彼女の主観で書いてあるから、ところどころが分かりにくい。特に人間関係は理解するまで時間がかかったわ。まあ、日記ですもの。他人に読ませるために書いたわけじゃないから、仕方ないわ。


 ページが進むにつれ、聖女を取り巻く環境が不穏なものになってきた。悪魔がもたらす呪いや事件が増えていく。聖女と親しい人物も、悪魔のせいで命を落としてしまった。字が乱れていたり、日付が何日も空いているところは、聖女の精神状態がよく現れている。


 日記の終わり頃になって、封印について言及していた。厄災をもたらす悪魔の名前も、はっきりとグリムと記載されている。


「……聖女の役目って」


 グリムに自分の体を侵食させて、味方に殺してもらうか封印の中へ閉じこもる。今まで、歴代の聖女に任命された人が真似をしないわけだわ。こんなの、誰にでもできる方法じゃない。グリムの力の一端である鱗だけでも、自我を失ってしまうことがあるのに。


 私はジーナを呼んで、日記を渡した。


「これは聖女様へお返しするわ。フルールに渡せば、届けてくれるはずよ」

「かしこまりました」


 とりあえず、セドリックが私を隠す理由の一つは、封印の事実を知らせないためって解釈でいいのかしら。グリムの封印が壊れてしまった時のために、居場所を掌握しておきたいとか?


 彼によると私が怪我をすることはないそうだから、私の体にグリムを封じて殺されることはないと思うの。でもグリムと一緒に封印される未来を否定できないわ。


 信じてもいいのよね?


 セドリックは私を守るために動いている。そう信じたいのに。彼が秘密主義なせいで、幸せな結末を待つ気分にはなれなかった。

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