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悪役令嬢だったらしい2

 目が覚めたら知らない天井だった。私の家――メルシェローズ伯爵家が王都に所有している屋敷とは、似ても似つかないほど豪華ね。私が寝かされているベッドや寝具、調度品に至るまで、粗末なものは一つもない。


「ここ、どこ……?」


 魔獣に襲われて、セドリックに助けられて気絶したところまでは覚えている。


 ベッドから降りたとき、外出着を着ていないことに気がついた。肌触りがいい部屋着に変わっている。


 鏡台を見つけて鏡を覗いてみると、濃い灰色の髪をした少女がいた。澄んだオレンジ色の瞳が、不安そうにこちらを覗き返している。


 うん、間違いなく私ね。自分で言うのもなんだけど、両親譲りの顔はなかなかの可愛らしさだわ。ちょっと目尻が上がっているせいで、きつい性格だと思われるけれど。


 レティシア・ド・メルシェローズ伯爵令嬢。それが私の名前。


 一周目のレティシアは、評判が最悪な女性だった。傲慢な性格で、セドリックに色目を使ったという理由で同年代の令嬢をいじめたわ。特に聖女になったばかりの令嬢には死んでもおかしくない嫌がらせをして、素行の悪さから婚約を解消されたのよ。ところがレティシアに反省の色は全くなく、悪魔の封印を解く暴挙に出た。


 でも本当は違う。これは私じゃない。


 いつからか、私は悪魔――グリムに体を乗っ取られていた。他人に暴言を吐いたのも、グリムの封印を解いたのも、私じゃないの。私の心の隙間に入り込んだグリムが、意識を侵食してやったことなのよ。


 何かがおかしいって気がついた時には、もう手遅れだったわ。私の体を動かしているのは、グリムになっていた。誰かに助けを求めることもできない。私はただ見ていることしかできなかったの。


 最期はグリムを再び封印しに来たセドリック達を妨害して、死んだはずなのよ。グリムがセドリックの攻撃を避けるために、私を盾にした。私はグリムとセドリックの間に入って、刺されたところまでは覚えてる。


 痛くて苦しかった。でも体の傷以上に、私が自分の意思でやっていたことじゃないって弁明できなかったことが辛かったわ。


 私はため息をついて鏡から目を逸らした。

 またグリムに利用されて捨てられるの?


 グリムは三百年前に王家と聖女が封印をした悪魔。グリムはまだ生きている。封印の中で暴れて、できた亀裂から自らの鱗を撒き散らしている。この鱗が人や魔獣を操る道具になるのよ。私が心を侵食されたのも、鱗が原因。


 グリムがそんなことをする理由は簡単。自分の封印を解かせるため。長い間自分を封印している人間に、復讐したいって気持ちもあるみたい。


 私たち人間側は、初代の聖女と同じ能力を持っている人を代々の聖女に任命してきた。聖女はグリムの鱗に侵食された人を浄化したり、封印にできた亀裂を塞ぐのが仕事。聖女のおかげで平和が保たれてきたんだけど、ここ数年は次の聖女になれそうな女性が見つかっていない。


 このままだと、私はまたグリムに操られる。


 グリムを避ける方法は、まず心に隙を作らないこと。グリムは不幸があって弱っている人を見つけたら、甘い言葉を囁いて依存させてくるから。


 だんだん思い出してきたわ。


 一周目の私の心に隙ができた原因は、母親と信頼していたメイドが亡くなったことだったと思う。


 メルシェローズ家の領地から、王都へ移動している最中だったわ。魔獣の群れに襲われて、私自身も怪我をした。しばらく屋敷に引きこもっている時に、目に見えない存在が話しかけてきたのよ。


「そうだ、お母様とジーナは!?」


 気絶する前、私は二人と一緒に王都へ向かっていた。魔獣が襲ってきた展開も一周目と同じだわ。

 そもそも、ここはどこなの?


 混乱してきた私は、扉を叩く音に驚いて小さな悲鳴を上げた。


「だ、誰?」


 静かに入ってきたのは、私が探していたメイドのジーナだった。


 彼女は私が子供の頃からそばにいるメイドよ。領地と王都を移動する時も必ずついて来てくれる。ずっと一緒にいたこともあって、姉のように慕っていた。


「ジーナ。あなた、無事だったのね?」

「はい。セドリック様と彼が率いてきた騎士達に助けていただきました。奥様もご無事ですよ」

「良かった……」


 安心した私はその場に座り込んだ。


 一周目とは違う展開になっている。二人が生きているなら、私がグリムに操られる可能性が下がるはずよ。


「ねえ、ここはどこなの?」

「サン・ベルレアン公爵家のお屋敷です」


 セドリックの実家だわ。じゃあこの部屋は客室ってことね。どうりで見覚えがないわけよ。


 ジーナは私の手を取り、立たせてくれた。


「……どうして公爵家に?」

「気絶してしまったお嬢様を一刻でも早く介抱したい、というセドリック様のお心遣いだそうです。メルシェローズ家へ行くよりも近かったと伺っております」


 つまりここにいるのは、私が原因ってことね。


「お母様はどちらに?」

「奥様でしたら、サロンにいらっしゃいます」


 会いに行きますかと聞かれて、私は条件反射のように頷いた。ジーナの手を借りて元の外出着に着替え、客室を出る。廊下も公爵家の地位に相応しい、豪華な作りだった。


 こんな形で公爵家の客室に入るとは思わなかったわ。何度かお茶に呼ばれたことはあったけれど、セドリックに会うのは庭かサロンと決まっていたもの。


 早く母親に会って無事を確認したい。ジーナから生きていると聞かされても、顔を見るまでは安心できそうになかった。


 もどかしい気持ちで階段を降りてサロンに入ると、柔らかい日差しの中に母親がいた。


「お母様……」

「まあ、レティ。目が覚めたのね」


 イスから立ち上がった母親は、まっすぐ私がいるところへ歩いてくる。待ちきれずに歩み寄ると、優しく抱きしめてくれた。


「良かった。馬車を飛び出していくから心配したのよ。しかも外から魔術で鍵をかけてくれたわね? あなたが倒れているのを見たときは、生きた心地がしなかったんだから」


 目尻に涙を浮かべた母親は、そっと私の頬を両手で挟んだ。


「本当に、無事でよかった。もうあんな無茶はしないで」

「ええ……お母様もご無事でよかったです」


 セドリックが来てくれなかったら、一周目と同じく母親は亡くなっていただろう。その未来を想像してしまって、寒気がした。


 私ね、ずっと後悔していたのよ。正確には一周目の私ね。自分が馬車を飛び出して加勢しようとしなければ、二人は死ななかったのに、と。


「ごめんなさい。私が勝手なことをしたばかりに……」

「過ぎてしまったことは、もう誰にも取り戻せないわ。これからは危険なことに飛び込まないと約束して。あなたに何かあったら、生きる気力が無くなってしまうわ」

「はい。約束します」


 私も母親に何かあったら、生きた心地がしない。もちろんジーナも。


「そうだ、セドリック様にお礼を言わないと」


 家同士が決めた婚約だからか、セドリックは婚約者としての義務は果たしていたものの、私に恋愛感情は持っていなかったと思う。でも一周目の私はセドリックが好きだった。


 すごく紳士的で、理想的な男性そのものだった。彼が婚約者だと聞かされたとき、嬉しくて言葉が出てこなかった。そんな幸せはグリムが壊してしまったけれど。


 最期はあっけなく刺されてしまったから、セドリックのことを思い出すと冷や汗が出てくるわ。でもね、お礼を言わない理由にはならない。


「え、ええ、そうね。お礼……そうよね」


 びくりと母親の肩が震えた。両手で耳を塞ぎ、青ざめた顔でつぶやく。


「大丈夫よ。大量の血痕なんて見てない……獣が焼ける臭いなんて知らないわ……炭になった魔獣を、セドリック様が無表情で踏みつけていたなんて見ていないの……」

「メルシェローズ伯爵夫人、お気をたしかに!」

「こちらへお座りください!」


 わらわらと公爵家のメイド達が集まって、母親の介助をし始めた。一人はイスへ誘導し、別の一人は果物をふんだんに使ったフレーバーティーを用意している。ガタガタと震える母親の肩に、違うメイドがショールをかけた。


「私、生きてる。大丈夫。セドリック様、怖くない」


 ねえ、セドリック。何したの?

 うちの母親が片言で怯えているんだけど。あんな姿、初めて見たわ。


 もしかして、あの返り血だらけの服で馬車の扉を開けた?

 作り物じゃない、血生臭い天然物の猟奇的な服装で?

 瞳孔が開いた戦う気力に満ち溢れた顔で?


「お母様」

「ごめんなさいね、レティ。あなたは何も心配することはないわ。大丈夫、彼の姿を視界に入れなければ、忘れられると思うの……」


 セドリックを見なければ大丈夫って、かなり心の傷になってるわよ?

 大丈夫と繰り返し唱える母親に、メイドたちは同情を滲ませた顔で目頭をおさえた。

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