第1.25話 それぞれの新学期 南編
私には2人の兄が居る。
長男の直央にいと次男の真央にいだ。
直央にいは幼馴染十字会の最年長で、幼馴染達を束ねる柱のような存在だと思う。
私達になにかあったら、すぐに動いてくれる行動力の持ち主で、なんだかんだ家族友達想いな兄である。
私が小学生の頃、上級生に囲まれた時も陽歌ちゃんと一緒に助けてくれた。
次男の真央にいは、幼馴染十字会を立ち上げた創立者と言っても過言ではない。
なぜなら最初は私達兄妹と陽歌ちゃんしか居なかったからだ。
右川兄妹は最初から同じマンションに住んでいたらしいが、遊ぶようになったのは真央にいが小学校に入ってから。
優花ちゃんは真央にいが幼稚園の時に越して来たし、下月先輩は小学校1年の夏休み中に引っ越してきた。
その三方と仲良くなったのは全て、真央にいの誰とでも仲良くなれる性格の良さのおかげだ。
だから今こうして幼馴染十字会があるのは、全部真央にいのお陰だと私は思ってる。
新学期の朝、大通りの十字路まで真央にい達を送った後、道を戻って中学に向かってる最中だ。
「ねぇ、詩央ちゃん」
隣を歩く幼馴染で大親友の瞳に声を掛けられる。
「どうしたら、真央先輩は私に振り向いてくれるかな?」
「さぁ、真央にいは優花ちゃんのあからさまの好意にすら気付かない鈍感だからね、振り向かせるのは大変だと思うよ。それに、優花ちゃんと両片想いだし、的確なアドバイスは今の所できないかな?」
「そうだよねー、優花先輩見てるとなんか可哀想になってくるもん」
「アレは妹の私でもフォローできない……」
ご覧の通り、瞳は真央にいの事が好きなのだ。
でも、私は真央にいと優花ちゃんすれ違いも見ていて楽しいから、正直どっちも応援してる。
瞳と話してるうちに中学校に辿り着いた。
校門をくぐり早速、下駄箱前に張り出されているクラス表を確認する。
「今年は同じクラスになれるかな?詩央ちゃん」
「今年はって、今年もでしょ? 何年同じクラスでいると思ってるの?」
そう、何を隠そう瞳とは小学校からずっと同じクラスで過ごしてきた。
今年同じクラスなら8年連続である。
「右川、右川……」
瞳が名簿の上の方指差しながら見ていく。
「あ、あった! 詩央ちゃんあったよ! 一組!」
「はいはい、次は私だね」
「私が探すね……と、と、十塚、十塚……あ……」
「どう? あった?」
瞳がこちらを振り向き、コホンと咳払い。
「詩央ちゃん……おめでとう、8年連続同じクラスだよー!」
「う、うわぁ……ひ、瞳離れて……苦しい」
瞳に抱きしめられ窒息しかけた。
瞳の胸は比較的大きく、ぺったんこな私も少し分けてほしいぐらいである。
そんな胸元に顔を押し込まれたら窒息する……まぁ仮に死んだとしても悔いは無いけど。
瞳の胸元から脱出し一緒にクラスに入ると、仲が良い男子に話しかけられる。
「おはよう、右川、十塚」
「おはよ、菅岡」
「おはよう、菅岡君」
この男子生徒は菅岡輝君、学年一の金なしイケメンだ。
毎日誰かに告白されてるような、イケメンぶりだが文字通り金がないのである。
家はボロアパートに住んでいるようで、制服も兄のお下がりなんだとか。
菅岡の目がチラチラと瞳の方を見ている。
そう! 菅岡は瞳の事が好きなのだ。
と言っても、瞳は真央にいのことが好きだし、菅岡を応援してやる義理はない。
「ねえ、菅岡君は去年何人から告白された?」
「え、去年かい? 去年は……えっと、10人ぐらいだったかな」
「そっか、詩央ちゃんは?」
「私は……8人だったね」
「2人とも少なくていいなぁ。私なんて24人だよ? もう嫌になっちゃう」
「「そ、そうだね……あははは」」
瞳は顔もスタイルも良くモテるのは分かるし、菅岡もイケメンで成績優秀で運動神経もいいからモテるのは分かる。
だけど、私がモテるのは少々不思議だ。
私にあるのはせいぜい家庭能力程度、瞳のような大きな胸も無ければ、可愛い接し方もできない。
学校では基本ダラけてるし、モテる要素が見当たらないのに何故か告白される。
私のようなちんちくりんを好きになるもの好きが居るようだ。
まぁこんなちんちくりんの事を好きになって欲しい人が私には居るんだけどね。
それから3人でテキトーに話してるうちに先生がやってきて、始業式の為に体育館へ移動した。
「相変わらず校長先生の話長いよね」
後ろから声を掛けられる。
後ろにいるのは今年同じクラスになった中村香織ちゃん。
一言だけ言えるのは、菅岡の事が好きというだけだが、去年当時の運動部部長全員に告白して玉砕した伝説を作った子でもある。
見た目は茶髪に大きなリボンで結ったポニーテールをしているぶりっ子だ。
しかし根は優しく、友達想いな子だから、キチンとすれば簡単に彼氏ぐらい出来そうだけど、彼女が一番気にしてるのは己のステータスなのだろう。
「まぁ校長先生のいい所は、私達を最初に座らせてくれる事だね」
「それだけじゃん……」
「もう、詩央ちゃん酷いそんな事言ってー」
「いやだって、長いの嫌じゃん?」
「それはそうだね」
最終的に校長先生の話は30分ほど続き、ようやく教室に戻ってきた。
残りは担任の先生からの話を聞いて解散である。
「起立! 礼!」
「「「「「先生、さようなら」」」」」
解散となり瞳と一緒に下駄箱に向かい、校舎を出ると1人の男子生徒から呼び止められた。
「あ、あの!右川さん」
「ん?どうしたの? 杉田君?」
「少し時間あるかな? その……伝えたいことが」
「あぁ……ごめんね、今日は用事があってもう帰らないといけないんだよね」
「あ、そっか! ごめん引き止めて、また来週」
「うん、また来週」
瞳は杉田君に顔の高さで手を振って、口角は上がっているのに目は笑っていなかった。
「あのー瞳さん?」
「はぁ……ダルかった。さっきのアレどう考えても告白でしょ? なんで真央先輩以外の告白なんて聞かなきゃいけないわけ?」
瞳の普段明るくて丁寧な口調とは一変。
気怠げな低音ボイスになっていた。
そう、これが私の大親友、右川瞳の本性である。
始業式前の会話の通り、彼女はその容姿から校内で一番モテる女子生徒だ。
本気で告白する人も居れば、ノリで告白する人、自分のステータスの為にそばに置きたい人など、様々な人に告白された瞳は次第に裏の顔が出来上がった。
正直、私以外の幼馴染達には見せたくはない。
学校の男子にはバンバン出せばいいのにとは思ってる、多分魔除になるし、引き下がってくれる男子もいるはずだ。
「ま、まぁ杉田君は本気だったと思う……よ?」
「本気だとしても申し訳ないけど、最後まで聞く気はないよ。真央先輩以外の告白なんて全部断るんだから相手するだけ無駄無駄、変に期待させたくないし、断るのも面倒だしさ」
「う、うん、そうかもね……あ、ごめん瞳」
「どうしたの?」
私はスカートのポケットからスマホを取り出し、とあるチャット欄を見せる。
「この後十字路に戻って下月先輩の事、待っていいかな?」
瞳に尋ねると、曇っていた目がキラキラと輝き出した。
「もう、詩央ちゃんったら仕方ないなぁ、一緒に待っててあげる」
校門を出て右に曲がり、朝幼馴染達と解散した十字路に向かう。
十字路にたどり着くと、端っこの花壇の縁に座り再びスマホを取り出す。
『十字路で瞳と待ってますね』
「送信っと」
「明先輩に送ったの?」
「うん。あ、もう返事きた……今バス乗ったって」
それから15分ほど経過し、下月先輩がやってきた。
「待たせたな、シスターズ」
「「お疲れ様です」」
「あぁ、お疲れ様。今年もシスターズは同じクラスだったか?」
「は、はい! 8年間同じクラスです!」
少し声が上ずった。
「はは、そうか。君たちはホントにいつも一緒だな」
「そ、そうですね」
私は下月先輩の笑った顔が良すぎて、好きすぎて、直視できなくて、両手でもみあげを掴んだ。
「そ、それより瞳ちゃんはこのアニメ見た?」
「あ、見ましたよ! 面白かったですよね」
下月先輩は多分瞳の事が好きなのだろう。
どんなに私が見つめても、すぐに目を逸らして瞳の方を見るし、会うといつも瞳とばかり話す。
私と話すのはゲームの事を聞いた時か、夜一緒にゲームしながらボイチャを繋いだ時だけ。
下月先輩の目には私は写ってないのだ。
目の前でアニメの話で盛り上がる2人を見て、ジェラシーを感じていると3人のスマホが同時に鳴った。
スマホ見ると、直央にいから幼馴染十字会のグループチャットに向けられたものだ。
『今日は金曜日、そして明日は学校休みだ
というわけで2025年度第一回ゲーム大会を十塚宅で開催します!
参加しない、できないメンバーは不戦敗としますので、ぜひ参加してくれ!
集合はいつもの17時、もちろん大会後はお泊まり会なので各自寝間着を持参するように! 以上!』
「直央さんからゲーム大会の連絡か、詩央ちゃんも瞳ちゃんももちろん参加するよな?」
「「もちろんです」」
「じゃあそろそろ帰ろうか」
「「はい!」」
私と瞳で下月先輩を挟み、帰路についた。
肩が触れそうなほど近くに居るのに、この2ミリすごく遠く感じる……。
私はそう思いながら、隣で笑っている下月先輩の横顔を見上げるのだった。
今日のろじ裏
私は知っている。
十塚詩央が誰よりも優れている事を―――。
私が彼女と出会ったのは幼稚園の頃に、お兄ちゃんの悟と一緒に真央先輩の家に遊びに行った時だ。
私と詩央ちゃんはすぐに仲良くなり、今では大親友と呼べる間柄までになった。
そんな大親友の詩央ちゃんは、色んな場面で勘違いをしている。
例えば、詩央ちゃんは自分がなぜモテるのかわかっていない。
私も明確な理由は言えないけど、知っていることはある。
詩央ちゃんの魅力その一、容姿の良さ。
詩央ちゃんは私より少し身長が低い148cmのAカップで、童顔という一部の男子にはとても人気があるスタイルをしている。
その二、意外な特技。
詩央ちゃんには直央先輩と真央先輩という、できた兄が2人居るのに、自分自身もできるという優れた兄妹だ。
その中でも特に優れているのが料理の腕前。
学校で家庭科の調理実習をやらせた日には、彼女1人の班が誕生する腕前で、アレンジレシピやオリジナルレシピもあるという超人ぷり、誰も敵うはずもなく私ですら手伝うのを躊躇するレベルだ。
ちなみに去年は詩央ちゃん一人で、カレーをルー無しのスパイスだけで作り家庭科の先生を驚かせていた。
その三、ふとした時に見せる笑顔。
詩央ちゃんはあまり人前で笑わない。
でも私と話してる時だけ、気が緩んで笑顔を見せることがある。
普段気怠げ態度の詩央ちゃんが見せる、女優レベルの笑顔に男子も女子も一網打尽だ。
遠巻きに見てるだけの皆は、目の前で魅せられる私の身にもなってほしい。
真央先輩の妹なだけあって似てるから、惚れちゃいそう。
ジュルリ。
おっと失礼、ヨダレが出てしました。
コホン。
これだけでも詩央ちゃんがモテる理由はてんこ盛り。
むしろなんで私の方がモテるのか分からないぐらいだ。
そんな詩央ちゃんにも好きな人がいる。
それは私達幼馴染十字会の1人、下月明先輩だ。
詩央ちゃんと同じでパズルゲームを得意とするゲームオタクだが、友達想いで常に私達幼馴染と居ようとする。
だけど、一つ明先輩のことで詩央ちゃんが勘違いしてることがある、それは―――。
明先輩が私のことを好きである、という事。
始業式の後、明先輩と連絡を取っていたのは詩央ちゃんだし、
そもそも明先輩から詩央ちゃんに連絡があった。
そして先に十字路で明先輩を待ってた時も、私達を見つけた明先輩の目は詩央ちゃんの方に向いていた。
だけど、明先輩も恥ずかしいのか、いつも私の方に話しかけて来る。
これじゃあ、詩央ちゃんが勘違いするのも仕方ないよね。
合流した後、明先輩に見たアニメの話を振られたけど、明先輩の目はずっと詩央ちゃんの方をチラチラ見ていた。
だから多分、明先輩も詩央ちゃんのことが好きなのだろう。
でも私は2人の為に言わないよ? 今日も間に挟まって2人の恋路を見守るんだ。




