35.長い夜が明けて
「モカは俺と結婚します。殿下が勧めてくれた縁談でしょう?」
「しかし……っ、話を聞いていなかったのか? 僕は騙されていただけなんだ! だからモカとやり直したいと――」
「ですから、今更無理です」
アレクシス様のほうが背も高く、堂々とされていて、誰から見ても立派な紳士だった。
一方ヴィラデッヘ様は、ただ焦って言い訳を吐き捨てているようにしか見えない。
自分の保身を第一に考えているのが、容易にわかる。
「お、おまえには聞いていない……!! モカ、君もこんな男と結婚するのは嫌だろう!? 大丈夫、王子の権限でこんな男との婚約はすぐに破談させる……!」
唾を飛ばしながらそんなことを吐き散らすヴィラデッヘ様は、この場の空気を読むこともできていない。
陛下も従者も騎士たちも、みんなが彼を白い目で見ているというのに。まだそんなことが言えるなんて。
「見苦しいぞ、ヴィラデッヘ」
「……っ、父上」
「これ以上の勝手は許さん。おまえの処分は追って伝える。大人しく自室で謹慎していろ」
「……っ」
そんな息子を見かねた陛下が、怒気を含ませた声を上げると、ヴィラデッヘ様はついに何も言い返せず、がくりと膝を落とした。
「モカ、君にはなんと詫びればよいのか……。アレクシス、そして辺境騎士団の者たちよ。此奴からしっかりと聞き取りを行う。今回の件も、四年前の件も。しかしすべては王である私の責任。これまでのこと、謝罪させてほしい」
陛下はそう言って私たちに深々と頭を下げた。
軍の指揮をヴィラデッヘ様に任せていたのは、それがひいては彼のためになると思ってのことだったのだろう。
ヴィラデッヘ様は、陛下の期待も裏切ったのだ。
「お顔をお上げください。起きたことは戻せませんが、俺たちにはモカ……真の聖女がおります。彼女をヴェリキーの地に送ってくれたのはヴィラデッヘ殿下です。そのことに関してだけは、心から感謝しています」
「……アレクシス」
「しかし、それはあくまでも俺たちの都合です。彼女を傷つけたこと、これまで強いてきた重労働は見過ごせるものではありません。今度こそ正しい判断が下ることを、心から願います」
アレクシス様はそう言うと、騎士としてとても美しい所作で陛下に頭を下げた。
「わかった。愚息には厳重な罰を与える。全員分の部屋を用意するから、今宵はゆるりとするがいい」
「ありがとうございます」
陛下が合図を送ると、従者が私たちを部屋に案内しようと、外へ促した。
「モカ……」
そして部屋を出る寸前、ヴィラデッヘ様がそっと私を呼び止めた。
「ヴィラデッヘ様」
「モカ! 僕は本当に君のことが――!」
「私はアレクシス様と結婚します。とてもいい縁談を、ありがとうございます」
「…………」
ヴィラデッヘ様が何か言おうとしたけれど、私の心は決まっている。何を言われても、もう変わらない。
だから最後にそれだけはしっかり伝えて、私はアレクシス様と肩を並べて謁見の間を出た。
城門前に溜まっているブラックタイガーの処理も、王都の街の復旧も、これからやらなければならないことがたくさんある。
回復薬も足りなかったのだから、怪我人だってたくさんいるはず。
陛下にはゆっくり休めと言われたけれど、私は怪我人の手当てを買って出た。
けれど、不思議なことに救護室で手当てを受けていた者たちは、あの光を受けて怪我がすっかり治ったらしい。
それでもあのとき城内にいなかった者たちのために、私は可能なかぎり帰ってきた騎士たちの怪我の治癒を行った。
「アレクシス様」
「モカ」
その日の夜。外の空気が吸いたくなり庭に出ると、そこにはアレクシス様がいた。
「どうされたのですか?」
「少し外の空気が吸いたくて。君は?」
「私もです」
同じことを考えていたなんて。思いがけずアレクシス様のお顔が見られて、嬉しい。
庭に設置されているベンチに並んで座った私たちは、心地よい夜風を受けながら少し話をすることにした。
「大変でしたね」
「俺は何もしていないよ。それより君のほうが大変だっただろう」
アレクシス様は謙遜しているけれど、侍女には彼も事後処理を手伝っていたと聞いている。
「あの後も討伐から戻ってきた騎士たちの怪我の治癒を行ったそうだな。疲れただろう?」
「いいえ……皆さんとても労ってくれましたので」
それに、アレクシス様が一緒に来てくれたから、私はあの力が再び使えたのだと思う。アレクシス様と一緒にいると、不思議と身体の奥から力が込み上げてくる。
「……俺は、とても心配だった」
大丈夫ですよ。そう言おうと彼を見上げたら、アレクシス様が思っていた以上に不安そうな瞳を私に向けていたから、言葉を呑み込んでしまった。
「もしヴィラデッヘ殿下が君にやり直したいと言ったら、君はどうするだろうかと……そして予想通り、殿下は君に復縁を望んだ」
膝に置いていた私の手を握り、とても愛おしそうにその手を口元に運びながらも、じっと私に視線を向けているアレクシス様。
「君が自分の口ではっきり断ってくれたときは、どれほど嬉しかったか」
「アレクシス様……」
「俺は自分の器がこんなに小さかったことにとても驚いている。相手が王子ではなかったら、手が出ていたかもしれない」
そんなことまで真剣な顔で言うから、きっと本心なんだと思うけど。
アレクシス様のような屈強な騎士がもしヴィラデッヘ様を殴りでもしていたら……大変なことになっていたに違いない。
……まぁ、もしそうなっていても、私は治癒しないけど。
「君が殿下の前で俺を選んでくれて、本当に嬉しかった」
ついにアレクシス様は私の手の甲に唇を当てた。
やわらかくてあたたかいアレクシス様の温もりにくすぐったさを感じてぴくりと身体が揺れる。
「当然です……私がお慕いしているのは、アレクシス様だけですから」
「モカ」
「……あ」
そっと頰に伸びてきたアレクシス様の手に顔を上げると、彼の顔が近づいてきた。
美しすぎる瞳が月明かりの下でとても幻想的に見えて、鼓動が高鳴る。
「俺もだ。モカ、俺はこの先も一生、君だけを愛している」
「…………はい」
そう言って額に優しく口づけを落としたアレクシス様に抱きしめられて、私はこの夜がずっと続いてほしいと願った。
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