28.覚醒1
〝シャァァァァァ――!〟
脳が震えるような咆哮を浴び、身体がビリビリと痺れる。
これはまずい……、この息には、毒が含まれている……!
辺りの草木が一瞬にして枯れていくのを見て、このままでは私たちも死んでしまう。
そう思ったけれど。
バジリスクに剣を突き刺したアレクシス様が、私を庇うように目の前に現れた。
バジリスクに背中を向けて、私を守るように、抱きしめてくれた。
……アレクシス様――!!
彼の表情は窺えないけれど、その温もりは伝わってくる。アレクシス様の想いや、強さ。そういうものが全部、私に伝わってきたような気がした。
だめ……、しっかりするのよ、モカ。私は聖女なんだから――!
〝お願い、どうかバジリスクの瘴気からみんなを守って――!!〟
バジリスクが再び大きく開口し、私たちに向かって猛毒を放とうとしているのがアレクシス様越しに見えた。
死んでしまうかもしれないという状況なのに。
アレクシス様の温もりの中で、私はとても穏やかな気持ちでいた。
きっと大丈夫。
どこからか溢れるそんな自信に、胸の奥が熱くなる。身体から何かが込み上げてくる。
そして。
〝カッ――!〟
私から溢れ出たとても強い光が、辺りを包んだ。
私自身、眩しくて目を開けられないような、強烈な光が。
それでも感じたのは、バジリスクが苦しみ悶えている姿と、騎士たちみんなが無事であるということ。
大丈夫。きっとすべて、うまくいくわ。
根拠のない自信が私の身体の奥から光となって現れ、バジリスクの瘴気を浄化していくのを感じた。
「…………今のは、一体……?」
やがて光が消えると、ノアさんの声が私の耳に届いた。
「バジリスクは……、死んでいる?」
「まさか、今のは聖女様の聖なる光……?」
「それじゃあ、モカさんの力で……!?」
ぽつぽつと、他の騎士たちの声も聞こえてくる。その声は、歓喜に満ちていた。
「すごい……、まさか、聖女様の力でバジリスクを倒してしまうなんて……!」
「モカさん、いや、モカ様は真の聖女様だったのですね!?」
「……きっと、アレクシス様の剣が致命傷になったんです。よかった……。ねぇ、アレクシス様?」
未だに私を抱きしめてくれているアレクシス様だけど、皆さんの視線を気にして呼びかけた。
「モカ……怪我はないか?」
「はい、私は平気です」
「そうか……。よかった」
アレクシス様は私と目を合わせると、ほっと息を吐いた。
そんなアレクシス様を見つめていたら、彼の顔が近づいてきて。
「……アレクシス様っ」
キスされる――?
一瞬そう思ってドキリと鼓動が跳ねたけど、アレクシス様のお顔は私の頰をすり抜けて、そのまま私の肩に乗った。
びっくりした。
まさか、皆さんが見ているところでキスされるわけないわよね――。
「……アレク!?」
「団長!?」
なんて、私は少し呑気なことを考えてしまったかもしれない。
ノアさんが突然、焦ったような声でアレクシス様を呼んだと思ったら、他の皆さんも口々に彼を呼び、駆け寄ってきた。
「アレク、しっかりしろ!」
「……アレクシス様?」
そこで初めて、私は彼の身体から力が抜け落ちていることに気がついた。
苦しそうにしているアレクシス様の身体を横に寝かせると、ノアさんは彼の騎士服の襟元を強引に引き開けた。
「……!」
その胸元には、どす黒い痣があった。まるで生きているように動き、どんどんその範囲を広げているようにも見える。
「大変だ、バジリスクの毒を受けていたなんて……! 早く回復薬を……!」
「はい!!」
バジリスクは最後の力を振り絞って、アレクシス様に呪いをかけたのかもしれない――。
ノアさんに言われて、私は急いで回復薬をアレクシス様の口元に運ぶ。アレクシス様は苦しそうに息をしながらも、ゆっくりと飲んでくれた。
けれど、この程度の回復薬では効かない。
「だめだ……毒が強すぎる……!」
「そんな……もっと、もっと上級回復薬を……!」
痣が広がっていくアレクシス様を見つめて、私は震えてしまいそうになる手でもう一つ小瓶を開けようとした。
「モカ……」
「アレクシス様、しゃべらないでください……!!」
「それは、他に怪我をしている者に使ってくれ……」
けれど、回復薬を握っている私の手を封じるように覆うアレクシス様。
確かに、バジリスクのしっぽに弾き飛ばされた者がまだ数人いる。
けれど、みんな回復薬を飲めば命は助かる。でも、アレクシス様は急がないと……!
「だめです、アレクシス様……!」
「モカ、君のおかげでこの騎士団の呪いは解けた。君が真の聖女だ。本当にありがとう」
しゃべる度に、アレクシス様の毒が広がっていっているように見える。
お願い、もう何も言わないで……!
「俺は、君に出会えて本当に幸せだった、とても、楽しかった……」
「私もです、アレクシス様……ですから、また一緒にピクニックに行きましょう?」
アレクシス様の鼓動の音がだんだん弱くなっていく。それなのに、アレクシス様は私の手に触れたまま、言葉を紡ぐ。
「ありがとう、モカ……本当に、ありがとう」
「アレクシス様!!」
最後にそう言って目を閉じたアレクシス様の手から、とうとう力が抜け落ちた。




