閑話(エリックSide)
フェルナンド・ランチェスター侯爵令息とその夫人が、グレイツェル公爵家を訪問したその日…
アンデヴァイセン伯爵がナターリエ嬢の“暗殺”を企てていたことが明らかになる。
暗殺は未遂に終わり、ナターリエ嬢はすでに回復したとの報告を受けた。
公爵家が信頼していた侍女が実行犯だったため、毒殺される可能性は非常に高かったといえる。
捕えられた侍女は、公爵家の地下牢で自死した。
それはつまり『致死量の毒を持っていた』ということ。
ナターリエ嬢に与えることもできたはずだが、侍女はそうしなかった。
もしかすると、真相を見破ることのできる者…フェルナンド殿や夫人のような存在を…待っていたのかもしれない。
グレイツェル公爵家は皇族との血縁関係があり、高位貴族の中でも上位。安易に手を出してはいけない相手だ。
実行犯である侍女の家族は、全員が処罰の対象…犯罪者となる。侍女1人の命だけでは償えない大きな罪。
ナターリエ嬢は助かったが、それによってどこまでの恩情を受けられるかは分からない。
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第二皇子のユーリスは気が弱く使えない男。
言いなりにするのは簡単だが、私を押し退け…躍起になって皇位を狙うほどの野心は持ち合わせていない。
皇太子の椅子に座らせるなら、私の暗殺こそが最も近道。
側妃は“目の上のたんこぶ”である私の命を何度も狙ったが、未だ目的を果たせずにいる。
アンデヴァイセン伯爵は側妃の心に入り込み、言葉巧みに操り唆すが…自身は陰に隠れて手を出さず素知らぬ顔をしていた。
しかし、暗殺も上手くいかず…焦りを感じ始めた伯爵は、早々に次の策を実行に移すことにしたのだ。
標的になったのは、私の婚約者…ナターリエ嬢だった。
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グレイツェル公爵家のナターリエ嬢は妃教育を終えており、皇太子妃に最も相応しい令嬢。
アンデヴァイセン伯爵如きが彼女を蹴落とすなど、不可能。
だが、命を奪えば別だ。
空いた皇太子妃の席に誰を座らせるのか?
伯爵は自分の息がかかった令嬢を、後押しするつもりだったのかもしれない。
…そんなに上手くいくわけなど…ない。
側妃とばかり交流をしていたから、皇族は全てあのレベルだと勘違いをしているのだろうな。
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グレイツェル公爵は、この件について全て任せて欲しいと父上に申し出た。
娘の命を狙われた父親としては当然の権利だろう。
フェルナンド殿は、アンデヴァイセン伯爵家の令息バジルの愚行を魔導具で映像に収めていたようで…使って欲しいと大量に差し出していた。
なぜバジルを見張っていたかについては、フェルナンド殿の希望で不問にしたようだ。
アンデヴァイセン伯爵は、公爵が常に警戒していた相手である。悪事の証拠など…手元に溢れているに違いない。
♢
【1ヶ月後】
公爵令嬢暗殺計画をはじめ、金に絡んだ多くの罪が明るみに出たアンデヴァイセン伯爵。伯爵家は取り潰しが決定。
伯爵と伯爵令息バジルは、性器に術を施し不能とした後…男ばかりの強制労働施設へ収容された。
バジルの犯歴の多さは言うまでもないが、伯爵にも異常な性癖があり…それは隠れた性犯罪へと繋がっていた。
楽にあの世へ逝くのではなく…2人揃って…生き地獄を味わって貰う。それが、グレイツェル公爵の判断だった。
処刑台に送ることはいつでもできる。
伯爵夫人と伯爵令嬢チェルシーは引き離され、別々の重犯罪者施設に収容。互いに慰め合うことなど…許されない。
これからは、施設で一生無償労働をしてもらう。
極悪犯罪者ばかりの中に放り込まれ、我儘し放題だった貴族がどう壊れていくのか。これもまたひとつの罰となる。
施設からは、死ぬまで出て来れない。
♢
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私たち皇族とその側近たちとの親睦会は、ユーリスとの関係がギスギスした状態のまま…スタートした。
ナターリエ嬢は完全に復活。
いつものように…感情の見えない顔をして私の側までやって来ると、簡単に挨拶を交わす。
「殿下、この度はご迷惑をおかけいたしました。申し訳ごさいません」
「いや、お元気になられてよかった」
「イシス様のお陰ですわ」
そう言って…ナターリエ嬢は微笑んだ。
彼女が笑みを浮かべた姿を、私はこの日初めて見た。優しい笑顔をしていた。
『笑わない』と周りから言われている私とナターリエ嬢は、いわゆる似た者同士だ。
だが“イシス様”と言った瞬間、彼女の顔がほころんだ。
その後も、クリストファーの婚約者であるタチアナ嬢たちと一緒に楽しそうに過ごしていた。
そんなナターリエ嬢の姿に、周りの者たちは驚きを隠せない。
私が密かに想いを寄せている人は…やはり女神のようだ。




