73話(フェルナンドSide)
グレイツェル公爵家の地下牢で、気を失ったイシス。
公爵家で医師を呼ぶ騒ぎになりかけたが、ランチェスター侯爵家へと急ぎ連れ帰ることにさせて貰った。
あの時、ダリアを視て負の感情の影響を受けたのだと思う。イシスのオーラは乱れ…悲しみに溢れていたから。
「…ぅ……ん…」
「イシス?気が付いたか?!」
「…あ……フェル…?」
馬車の中で、私はイシスを膝の上に抱いていた。
「もしかして…私、気を失ってしまったの?…ごめんね…フェル、もう大丈夫……っ…痛い…」
私の膝上から退こうと身動きしたところで…右手に痛みを感じたようだ。
地下牢でダリアに弾かれた手は、鉄格子に酷くぶつけたために…手首が腫れ上がっていた。
白い包帯を巻かれた自分の手首を見て…覚えていないのか…イシスはキョトンとしている。
ダリアに何かを伝えたかったのだろう。しかし、興奮状態の犯罪者に触れようとするとは…全く危険なことを…。
「とりあえず邸へ戻る」
「…でも…」
「ご令嬢を救って犯人を確保した。もう十分だと思う。
イシス、私は君が1番大切だと言ったはずだ。今日は休むこと…いいね。後のことは、私に任せてくれないか?」
イシスの手首に巻かれた包帯を、優しく手で包み込む。
“でも”じゃないんだよ…イシス…
君が怪我をするなんて…今、私の気分がどれほど落ち込んでいるか…分かって欲しいな。
イシスを侯爵家へ預けた後、私はグレイツェル公爵と共に宮殿へ出向き、皇帝陛下とエリック殿下に報告をした。
ダリアの口から“アンデヴァイセン伯爵”という名が出た以上、今後は水面下でその事実を確認し、罪を暴く準備を進めることになる。
ナターリエ嬢暗殺未遂のことは、グレイツェル公爵が全てを任されることに決まった。
そのため、イシスには『この件に関わってはいけない』と…強く言い聞かせておいた。
こういった線引きは貴族社会では大事なことだ…守らなければならない。
これからは、結婚式と花嫁になるための準備に集中してもらえれたら…夫としては非常にうれしい。
イシス…まさか忘れていないだろうな?
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アンデヴァイセン伯爵に命令され、毒を盛った実行犯として捕まったのはダリア・ポートリエ男爵令嬢。
後になって、イシスが視たダリアの話を聞いた。
暗殺計画の黒幕が伯爵だと言ったダリアだったが、なぜ毒殺の命令を受けたのか…?…問いかけても何も話さなかったことを思い出す。
ダリアが隠したい理由は…そこにあったのだと理解した。
バジルは、私が見張る前から婦女暴行などの悪事を重ねていたはずだ。容易に想像できる。
馬鹿息子に暴行された女性を脅迫したり、心を抉り精神的に追い詰めて従わせたり…あの伯爵なら普通にやりそうなことだと思った。
ダリアは、伯爵とバジルの餌食になってしまったのだ…。
これ以上ダリアを傷付けることがないようにして欲しいとイシスは言ったが、その願いが叶うことはない。
捕まった翌日、巧妙に隠し持っていた毒で自ら命を絶ち…ダリア・ポートリエ男爵令嬢はもうこの世にいなかった。
伯爵家の悪事を白日の下に晒せば、自分の忌まわしい過去も知られる…それは…ダリアには堪え難いことだったに違いない。
結局、その命と引き換えにしか“アンデヴァイセン”の名を出せなかったのだ。
グレイツェル公爵はダリアの命を決して無駄にはしない。
“ゴミくず”は掃除しなければならない。
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男の欲望というものを目の当たりにしたイシスは、かなりショックを受けていたと思う。
私は義姉上に閨教育を遅らせるよう頼んだが、義姉上は少し考えがあったのか…とりあえずイシスと話したいと言っていた。
義姉上は臨月だ。いつ出産の兆しがあるかも分からない…あまり無理はさせられない。
♢
『私もイシスのことを心配していたけれど、フェルとなら触れ合うのは大丈夫だそうよ。
イシスが安心できるというから、フェルからは多分ラブオーラが出てるのよね…いや、ちょっと出過ぎかな?』
『ずっとイシスを大切にしてきたこと、ちゃんと伝わっているわ。苦労が報われて、本当によかったわね』
『小さめの胸をかなり気にしていたけれど、大事なのは感度だからって…力説しといたわ。
フェル、あなたまさか巨乳好きじゃないわよね?』
『フェルのサイズは分からないから…まぁ、どちらにしても?最初は痛いと伝えといた。
あ…フェルが童貞とは話してない。ファイト!』
♢
数日後、義姉上からそんな報告があった。
サイズ?義姉上、私の…私自身は………まぁ…いいか。




