70話
「立派な…お邸。凄い」
前皇帝の妹君が降嫁されたのが、このグレイツェル公爵家。それはもう本当に由緒正しきお家柄。
エリック殿下のご婚約者様は超一流のご令嬢なのです。
クリストファー殿下にお会いしたのは昨日。
エリック殿下のご協力もあり、私たちの訪問は思いの外早く許された。
つまり、私の予想通り…公爵令嬢の体調がかなり悪くなっていて、公爵家が困り果てているということ。
「よく来てくださった」
「お待ちしておりましたわ」
公爵様と公爵夫人が揃ってお出迎えとは…これはちょっと緊張してしまうわね…。
「グレイツェル公爵閣下、公爵夫人…急な願いにも関わらず快く受け入れていただき、誠にありがとうございます。
私は…フェルナンド・ランチェスター、こちらは妻のイシスです」
「グレイツェル公爵閣下、公爵夫人、どうぞよろしくお願い申し上げます。本日は本当にありがとうございます」
フェルナンド様と一緒にご挨拶をする。
「帝国を救ったあなた方のことを知らない貴族など、帝都にはおりませんよ」
「ナターリエのことを気にかけてくださっていると…エリック殿下からお聞きいたしました。お気遣いに感謝いたしますわ。さぁ、どうぞお入りになって」
ご夫妻は気丈に振る舞っておられるけれど…そのお顔には疲れが見える。
──────────
先ずは、公爵様と公爵夫人からお話しをお聞きすることにした。
「ナターリエは妃教育を終えている。エリック殿下とは、月に1回…宮殿で必ずお会いしていたな」
「えぇ…他に、皇后陛下とのご面会もありますし、お茶会やパーティーがあれば殿下の婚約者として出席をしておりましたわ」
「では、ご令嬢は1ヶ月前にはエリック殿下とお会いになっていて…そこから体調を崩された、ということになるのでしょうか?」
体調に異変が起きたのは…この1ヶ月の間ではないだろうか?フェルナンド様は、そう思っているのです。
「あぁ…おそらくはそうだと…思うが」
おそらく?
公爵様の言葉を聞いて、キョトンとしてしまった。
「ナターリエは、周りに心配をかけることを嫌って…身体の不調について何も言わなかったようなのです。
それで…私たちも気付かなかったのですわ」
「3週間前、部屋で倒れているところを発見されるまで…そのような状態であったことを知らなかったのだ」
公爵様と公爵夫人は、その事実に酷くショックを受けたという。
皇太子妃候補となる公爵令嬢として…幼いころより厳しく育てられ、母である公爵夫人にすら甘えることがなかったそうです。
「ということは…つまり、意識を失って倒れるまで…隠して…我慢なさっていたのでしょうか?」
22歳という若いご令嬢がたった1人で苦しみに耐え、誰にも縋ることをしなかったというの?
…どれほどお辛かったことか…。
「残念ながら…そうなってしまった」
医師の診察で毒によるショック状態だと分かり、解毒薬を飲んで意識は戻ったものの…そこから一向に具合がよくならない。
神殿で治癒魔法を受けて回復したのが3日前。ホッと安心したのも束の間、再び臥せってしまったという。
体調不良の原因は、毒だったのね。
解毒しても治癒魔法でもよくならない?
普通に考えたら…そんなことあり得ない気がする。
でも、そうなるのなら…原因は1つしかないような…。
「どこで毒を盛られたのか内密に調べているが…まだ不明だ」
「邸内で口にするものは全て毒見していますし、念のために解毒薬も服用していますわ。
それでも倒れてしまったんです…一体どうすればナターリエは元気になるのでしょうか?!」
「少し落ち着きなさい」
「…あなたっ…だって…このままではナターリエが」
私は…涙を流す公爵夫人の近くへと歩み寄った。
公爵夫人は、私の強く光る金色の瞳を見てビクッと少し肩を揺らした。私はそっと手を握る。
「大丈夫ですわ。私が必ず…ご令嬢をお救いいたします。
ですから…お食事や睡眠はちゃんととってくださいませ。公爵夫人はもう何日も…あっ…」
「…え…?…なぜそれを?…」
しまったわ…つい、余計なことまで言ってしまった。




