閑話(クリストファーSide)
「兄上」
「クリストファー?…どうしたんだ…フェルナンド殿が来ていたのではなかったか?」
あれからすぐにフェルナンドたちとは解散。
ナターリエ嬢との顔合わせがなくなったのなら、忙しい兄上と話せるチャンスは今だ。
「だから、ここへ来たのです」
兄上は不思議そうな顔をしていたが、人払いをしてくださった。
「兄上、先ほど…フェルナンドの奥方に会いましたよね?」
「あぁ。女官が側にいなくてな、お1人だったから声をかけた」
「は?1人?…あ…そ、そうだったのですか」
“お1人だった”と兄上から聞くまで、付き添わせた女官のことなどすっかり忘れていたが…何となく察した。
フェルナンドにバレていたら、大変なことになっていた。
「ナターリエ嬢のことを、話されました?」
「………あぁ………」
兄上が珍しく…動揺した。
ナターリエ嬢の体調不良など、隠すべき情報を話してしまうとは兄上らしくもない。
「確かに夫人には話した。だが、それがどうした?」
いつも穏やかで私に優しい兄上の話し方とは…どこか違うように感じた。
ピリついて冷ややかになった気がするのはなぜだろう?何が気に障ったのだろうか?
「…っ…あの、そのことについて…実は…」
ナターリエ嬢の体調を心配し、フェルナンドたちが回復の手助けをしたいと言い出したことを話す。
「…そうか…」
「今日の様子を見る限り、例の茶会を警戒しているのだと思います。それと関連して何かあるのかもしれません。
兄上、ナターリエ嬢はどんなご様子なのですか?」
兄上はいつものように無表情で、何か考えているみたいだ。
「彼女は…本当に何者なのだろうな」
突然そう呟くと、フッ…と…柔らかく微笑んだ。
え?今、笑った?
ウソだろう?感情を表に出さない兄上が。
待てよ、護衛騎士が…兄上とフェルナンドの奥方が言葉を交わし笑っていたとか何とか、さっき言っていたな。
てっきり奥方が笑ったのだと思って話を聞いていたが、あれは兄上のことだったのか?!
いつも女性に全く興味を示さない兄上が、自分から話しかけ…笑顔で会話をした。
まさか、好きなんですか?…いや、好きですよね?!
私の頭の中は、そんな考えでいっぱいになっていた。
「ナターリエ嬢の体調はあまりよくない。公爵家には信頼できる医師をすでに派遣済みだ。
3日前に神殿で治癒魔法による治療を受け、よくなったと聞いていたのだが…今朝また倒れてしまったらしい。
…クリストファー?…おい、聞いているのか?」
「…あ…は、はい?!…兄上…え?何でした?」
「フェルナンド殿と夫人が公爵家を訪問することについては、私からすぐに話を通しておく。詳しいことが決まり次第知らせよう。それでいいか?」
「…ハイ…アリガトウゴザイマス…」
「夫人には、婚約者が体調を崩したと一言話した。
確かに迂闊な発言だったかもしれないが、人の不幸を影で嘲笑うその辺の低俗な令嬢たちと…彼女は…違うんだ。
しかし解決に乗り出すとは、流石に私も予想外だったな。
…本当に女神なのかもしれない…」
「…ハイ…ソウデスネ…」
その辺の令嬢たちなんかは、もうボロクソなんですね。
フェルナンドの奥方を“女神”と言って頬を染める兄上の姿を見て…完全に惚れてしまっていると分かりましたよ。
─兄上、大丈夫ですか?─
兄上に近付き、我こそが妃だと…令嬢たちの醜い争いは確かに凄まじいものだった。
疲れ切った兄上が優先順位でナターリエ嬢を選び、そこに恋愛感情が全くないことも知っています。
それでも、兄上は…礼儀を守り…ナターリエ嬢と向き合って生きていくのでしょう?
本心はどうなのですか?
心が苦しくはないのですか?壊れそうなりませんか?
「クリストファー…何を考えている?…」
「…えっ!……あ…いえ……」
「今、お前の頭の中がどうなっているのか…想像はつく。
一方的で…叶わない想いだよ。この先ずっと、私の心の中だけに秘めておこうと思っている…」
『だから…お前もそうしてくれないか…?』
自分の執務室へと続く長い廊下を歩きながら、兄上の言葉を思い出す。
自由のない日々を、文句ひとつ言わずに生きてきた兄上。
皇族として、苦しく辛い状況も黙って乗り越えた兄上。
いつだって正しく、冷静で、優秀で…私が尊敬する兄上。
でも、兄上のあんな表情は…生まれて初めて見ましたよ。
弟の私まで…切ない気持ちです。




