69話
「では…夫人、私はここで」
エリック殿下は、クリストファー殿下の執務室前まで私を送り届けてくださった。
扉の前に立つ護衛騎士がエリック殿下に気付いて最敬礼をする。
「殿下、ありがとうございました」
お礼を言うと…目を細めて微笑み、私の手の甲にそっと口づける仕草をした。
「…また、茶会でお会いしましょう…」
無駄のない優雅な動きとお優しい笑顔。これは誰もが見惚れてしまうわよね…さすが皇子様です。
護衛騎士は目を見開いてギョッとしていたけれど…。
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♢
今日…クリストファー殿下にご挨拶をした時、“先読み”で近い未来を視た。
知りたかったのは、間もなく催される“お茶会”の様子。
結果、読み取れた内容は『エリック殿下の婚約者である公爵令嬢が突然倒れ、大騒ぎになる』…というものだった。
殿下たちへの被害はないものの、公爵令嬢に何か異変が起こることは間違いない。
阻止しない限り…未来が変わることはないのだから。
騒ぎの真相を知らない殿下からは…当然、起こった出来事しか視えなかった。
それならば、どうにかして公爵令嬢と接触はできないものか?と考えていたところ…
“婚約者が体調を崩した”と、エリック殿下から聞いた。
もうすでに…公爵令嬢に異変が起き始めているのだとしたら…。
♢
「兄上の婚約者のナターリエ嬢が、体調不良?」
「…はい…」
「イシス、なぜそんなことを知っている?」
「え…あ、エリック殿下にお聞きしたの」
「聞いた…?…それは今か?」
鋭く聞いてくるフェルナンド様。
「えぇ…今よ。ご婚約者様とお会いになる予定がなくなったと仰っていたわ」
「…なるほどな…」
「婚約者となったご令嬢とは、定期的に顔合わせする決まりなんだ。何でも決められた通りさ。
兄上は特に…自由なんてないから。私と違って、真面目で文句ひとつ言わないしね」
“君たちは恋愛結婚で羨ましいよ”
そう言って、執務室の机に頬杖を付き…窓から見える景色を眺めるクリストファー殿下。
「タチアナ様は、とても可愛らしくて…頭もよくて…殿下とはお似合いですわ」
「…ん?…慰めてくれてるの…?」
「タチアナ様のこと、お好きではありませんの?」
「あ、タチアナ嬢の味方かぁ…ハハッ」
「イシス、もうやめろ」
フェルナンド様に止められてしまう。
タチアナ様は…クリストファー殿下から贈られたドレスを汚されて、あんなに悲しんでいたわ。
殿下のことを嫌いなはずはないと…私は思っている。
モヤモヤした気分だけど…切り替えないと!
「エリック殿下のご婚約者様、グレイツェル公爵令嬢の…お見舞いに行きたいです」
「「…え?…」」
美形男子2人が“突然何だ?”と、私を見る。
「体調不良というのが…とても気になります」
「面識もないのに見舞い?それはちょっと無理だろうな」
そうですよね。
今ここで未来の話をして騒ぐわけにもいかない…どうすれば…。
お相手は公爵家。こちらの身分を考えれば、橋渡しを頼める方は皇族であるクリストファー殿下だけ。
この機会を逃したら…絶対に駄目。
「では、私なら公爵令嬢の体調を回復させるお手伝いができる…そう…殿下からお伝えしていただくことは?」
幸いなことに、私の名は高位貴族に知れ渡っている。ただの子爵令嬢でないことは…すでに証明済みだもの。
エリック殿下との約束を取り止めるほどだから、公爵令嬢の具合がかなり悪いことは間違いない。
本当に困っている状況なら…私からの申し出を受けてくださる可能性はあると思う。
「…殿下…私からもお願いいたします」
フェルナンド様も頭を下げてくれた。
クリストファー殿下は“仕方がないな”…と、諦めたような表情をされる。
あれ?殿下は、フェルナンド様には弱いのかな?
「ナターリエ嬢が体調不良だとしても、周りには伏せているはずだからなぁ。
うーん…兄上の使いとして行くのなら…アリかもしれない。何とか頼んでみよう」
「ありがとうございます!」
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「そうか…ナターリエ嬢が標的になっているんだな」
「そうなの。だから、どうしてもご令嬢に会わないといけないと思って」
私は、お茶会で起きる騒動をフェルナンド様に話した。
「今の段階でやれることはしたから、後は待つのみだ。
そういえば、タチアナ嬢が…早くイシスに会いたいと言っていたそうだぞ」
「タチアナ様が?私も…お会いしたいわ」
「イシス。政略結婚でも、子を育てながら家族としての繋がりを大切にしていくことはできる。
エリック殿下とクリストファー殿下は、特に…皇后陛下から夫婦の在り方を直接学ばれたと聞く。婚約者を蔑ろにすることなどないよ。
殿下とタチアナ嬢は互いに気遣い合う仲だ…心配をするな。タチアナ嬢がアカデミーを卒業したら、すぐに婚姻契約を結ぶと聞いている」
そうなのね…よかった…。
馬車に揺られながら私はホッとした。
不幸な政略結婚は、もうたくさんよ。




