閑話(エリックSide)
父上から皇太子になるように言われた翌日、辺境の地を救ったという…フェルナンド・ランチェスター侯爵令息とイシス・フォークレア子爵令嬢に…謁見の間で対面をした。
すでにランチェスター侯爵令息と面識のあった私は、父上が“女神”だと言っていた…フォークレア子爵令嬢しか見てはいなかった。
いや、正確には…私の視線は彼女に釘付けになっていたのだと思う。
「…美しい…」
無意識に…口から言葉が出ていた。
フォークレア子爵令嬢を見た私は、今まで会った多くの令嬢たちは何だったのか?そう思うくらいに別次元のものを見た感覚になっていた。
とても…清く…気高い美しさ。
まるで、内から輝きを放っているような…彼女は何者だ?
「…イシス・フォークレア…でございます」
大広間に彼女の澄んだ声だけが響く。
次の瞬間…魔力がジワジワとこちらにまで届いた。
私は魔力量が多いため、ほぼ影響を受けなかったし、母上やクリストファーも大して問題はなかったようだ。
しかも、不思議なことに…彼女の魔力はとても私には心地いいものだった。
魔力に相性というものがあるのなら…私と彼女は最高だ。
父上がフォークレア子爵令嬢に興味を持った以上に、私は強く惹かれてしまっていた。
感覚的なもので…言葉では上手く表現できないが、彼女を見つけたことに喜びを感じていた。
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クリストファーが彼女を“イシス嬢”と呼び、親しげに笑いながら会話している。
ランチェスター侯爵令息はクリストファーの側近だったため、どこかで接点があったのだろうか?
「…君の魔力は私にはかなり刺激的だったなぁ」
「ふふっ…まだ半分以下、ですけれどね…」
フォークレア子爵令嬢の魔力が恐ろしく膨大だということが分かった。
彼女がその気になれば、我々の権力など一瞬で蹴散らせるということ。
父上が意気消沈していたのは…そのせいなのだろう。
私は皇族として生まれたのだから、辛く嫌なことがあってもその運命から逃れることはできない。
しかし、彼女のように清高な存在はこちらへと引き入れてはいけない…そんな気がしていた。
だから…これでよかったのだ。
私は愛のない政略結婚をする。
子を成して、この血を後世へと残し繋げていかなければならない。その責務は正しく果たすつもりだ。
だが、初めて心惹かれた彼女を密かに想うことくらいは…許して貰えないだろうか。
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婚約者との定期的な茶会が中止になった私は、執務室へと戻る途中で…美しい黒髪の後ろ姿を見付けてしまった。
サロンの入口に立つその女性は、ガーデンテラスへと続く明るい室内の自然光に照らされ…眩しく…輝いている。
「…夫人?…このようなところで何を?」
結婚して、フェルナンド・ランチェスター侯爵令息夫人となった彼女に声をかけた。
見知らぬ宮殿内で1人になってしまったのか?
私の心配をよそに、彼女は…この状況に不満を漏らすつもりも、女官を咎める気もない。
ゾロゾロと子分を連れ歩き、権力を振りかざす貴族令嬢を山ほど見てきた私には…1人でも平然としているその姿が新鮮に映った。
2人きりで話す機会など一生ないと思っていたのに…。
彼女が側にいるだけで、感情が激しく揺さぶられる。
…駄目だ…。
自分から湧き出る欲を必死に抑え込む。
「まぁ…ご婚約者様が…?…そうでしたの。殿下からのお花が届けば、きっとお元気になられますわね」
私だけに向けた…柔らかな笑顔がすぐそこにあった。
『義務なんだ。愛していない』
思わず本音を話してしまいそうになる。私が婚約者を想っていると…勘違いされたくなかったのだ。
彼女は私に関心などこれっぽっちも持ってはいないというのに…一方的で自分勝手な考えをしたことに酷く驚く。
「…エリック殿下…?」
金色に輝く瞳が、私を気遣うように見上げていた。
わずかな沈黙の後…ハッとして少し顔を背ける。
私のこんな卑しい気持ちは、絶対に知られてはならない。
「クリストファーの執務室に戻られるのかな?…よければ…私がお連れしましょう」
「いいえ…殿下、私なら…」
「…さぁ…」
彼女の言葉を遮り、私は手を差し伸べた。
この手を取って欲しい。
…誘いを断ろうなんて…しないでくれ。
「…あ…では、お言葉に甘えて」
白いレースの生地に包まれた彼女の手が、そっと…私の手の上に重ねられる。
私は一瞬だけ強めにその手を握ると、クリストファーの執務室へゆっくりと向かった。




