66話
「イシス、少しいいか?…こっちだ」
侯爵家で揃って夕食を食べ終わった後、フェルナンド様が私をオープンテラスへと誘う。
手には…2つのグラスとワイン。
「お酒?」
「うん…明日の前祝い、かな?」
侯爵家では、私たちは以前のようにお隣同士の部屋で分かれて過ごしている。結婚式までの1ヶ月はこのままらしい。
お酒を部屋で飲みながら2人で寝てしまった…なんてことになってはいけない。
テラスにはイスが2つ並んでいて、サイドテーブルも置かれている。夜風が心地いい。
「私、お酒…初めてよ?」
「あぁ、飲みやすい軽めのものを用意した」
そう言って、グラスにワインを少しだけ入れて…私に手渡す。
「これくらいなら…飲めるかな?」
フェルナンド様は、自分用のグラスにはワインをたっぷりと注ぎ入れた。
「冷えてるうちに飲もう…乾杯!」
「乾杯!」
私は少しだけワインを口に含ませた…うん…甘みと渋みのバランスがよく、飲みやすい。
気に入ってチビチビと飲み進める。
自分からふわりと香るお酒の匂い…大人の飲み物だ。
「美味しい?」
「思ったより美味しい。でも…まだジュースのほうが好きかも?」
「全く飲めないと困ることもあるからね、付き合い程度に少しだけ飲めれば十分だ」
これからは、夫を支える妻として…人前に出ることもあったりするのかしら?
ぼんやりとそんなことを考えていたら…フェルナンド様が私の手をそっと握った。
「イシス、明日…私と結婚してくれる?」
「…ふふっ…はい、あなたと結婚します」
「妻になってくれる?」
「はい」
誓いの言葉の練習みたい。
「ありがとう。…イシスは…私を選んでくれたんだね…」
フェルナンド様は甘く微笑みながら“愛してる”と囁いて…私の唇に触れるだけの口づけをした。
「…いつも白い肌が…熱って赤いな…」
ツイッと…鎖骨辺りを手のひらで撫でられる。
何てことのない触れ合いなのに、いけないことをしているみたいで…ドキッとした。
「や…やっぱりお酒のせいかな…?…熱いわ」
照れる私を横目で見ながら、フェルナンド様はグラスのワインを一気に飲み干す。
上下する喉元の動きすら…色っぽい…またドキッとした。
私って、本当にフェルナンド様が好きなのね…。
側にいるだけで安心したり、触れられてドキドキしたりするのは…この人だけ。
「私…フェルと出会えてよかった。ただの“イシス”になっても、こうして生きて来れたのはフェルのお陰だわ。
ありがとう。これからも…こんな私だけど、よろしくね」
フェルナンド様は少し驚いた顔をしていた。
「…君は…本当に…っ…可愛過ぎて困るな…」
…顔が赤くなった…。お酒のせい?照れてるの?
「私が、あのまま普通に伯爵令嬢として社交界デビューしていたら…パーティー嫌いのフェルナンド様とは会えなかった?」
「それは…確かに、師匠からの話がなければ“イルシス嬢”の存在には…気付くことすらなかっただろうな。
そんなこと、考えたくもないが」
「じゃあ、師匠に感謝しなきゃ」
私は両手を組み…祈るようなポーズをした。
「私こそ、イシスに出会えてよかったと思っている。君がいなければ…恋も結婚も…全てを諦めていただろうから」
え?…フェルナンド様が?…まさかそんな…。
「オーラが視えると、いつも落ち着かなくて…異能力者としての自分を…ずっと好きになれなかった。
“普通になりたい”と、何度もそう願ったよ」
…うん…それはよく分かる…。
でも、フェルナンド様は悲しみのオーラに1番強く反応してしまう…とても優しい人なのよ?
「そして、同じように異能の力を持つイシスと出会った。
酷い扱いを受け…痩せ細って弱々しい姿なのに、君はとても強くて…眩しいくらいに高潔な魂を持っていた。
最初、私は必死にイシスを助けようとしていただろう?それなのに…気付けば、癒され救われていたのは私だった。
イシスに恋をして、夢中になって…欲しくて…欲しくて…どうしようもない。そんな私を、君は愛してくれた。
私の側にいて欲しい。もう…自由にはしてあげられない」
“欲張りでごめん”と…私の髪を優しく撫でる。
こんなに執着されても不思議と嫌じゃない。
私を深く愛し過ぎている本心を隠さないで、真っ直ぐに伝えてくれるフェルナンド様が…何だかとても愛おしい。
そんな想いが溢れてきて、堪らず自分から口づける。
「……ん…っ……イシス……」
フェルナンド様が私の口づけに応え、唇を優しく吸い上げながら…じっくりと丁寧に味わう。
お互いの想いを確かめ合うような…幸せな時間。
『あなたは特別』そう言って、私は満面の笑みを浮かべた。




