65話(フェルナンドSide)
「…ふぅ…」
馬車に乗った途端、イシスはどうしたのか…しょんぼりとしながらため息を漏らす。
「疲れたか?今日は珍しく攻撃的だったな」
私はイシスの隣へ移動すると、薄桃色の滑らかな頬を両手で優しく撫でる…。
私を見つめるイシスの瞳は、今日もキラキラしている。
「…嫌いになった…?」
「……っ?!……」
そんなことを言うとは思わなかった。
「なぜだ?」
どこをどう見て嫌いになれというのか。
「う…今日の私…可愛くなかったから…」
ん?おかしいな…ずっと可愛かったよ?
だから、そんな不安そうな顔をしないでくれ。
「何を視たのかは聞かないが…私のためだろう…?…君はいつだって正しいよ、可愛いイシス」
魔力量が多すぎて“うっかり”溢れ出るのは仕方がない。それがイシスの本来の姿なのだ。
イシスの魔力については、皇帝陛下に報告が上がっているはず。十分に分かっていて招いているのだから…不敬とは言わせない。
そもそも、こちらは呼び出しを断れない。
この程度のことに目くじらを立てるのなら…放っておいてくれればいいだけのこと。
ただ忘れないでいて欲しい。辺境の地を救うきっかけを作り、解決へと導いたのは…イシスだということを。
イシスは理由もなく他人を威圧したりしない。
大体は誰かを守るためだ。だから…今日は私を守ろうとしたのだと思う。
「…ん…。フェル…ギュッてしてくれる?」
幼い少女のような顔をして、私に抱擁を強請る。
だから…そんな無防備な表情を向けてはダメだ。抱き締めるだけで済むわけないじゃないか。
いや待て。
今から侯爵家に帰るのだから、イシスを乱れた状態にしては…何を言われるか分かったものではない。
冷静になろう。ここは我慢だ
「勿論…してあげるよ」
横抱きにして膝上に座らせる…やはり、羽のように軽い。
イシスは私の首元に顔を埋め、しっかりと抱き着く。
安心しきって私に身を委ねている…そう思うと、愛しさは増すばかりだ。もう彼女にメロメロでどうにもならない。
義姉上から借りたドレスは、胸元近くまで大きく襟ぐりが開いた…大人びたデザイン。
イシスを抱き締めていると、ドレス生地が緩んで…隠れていた白く眩しい胸の谷間がほんの少し露わになる。
私の視線はずっとそこに集中してしまう。
プレゼントしたネックレスが邪魔に思えるほどだ…。
イシスのレアな胸元の破壊力は凄まじい。私は身体の中心が、ほのかに熱く硬くなるのを感じていた。
愛しい人を胸に抱いて、冷静になど…なれるわけがなかったのだ。
とにかく、思考を他のことへと向けるのに必死になった。
「クッ…また…拷問…」
うれしいような苦しいような?そんな時間が過ぎていく。
私は、この高難易度ミッションを無事にクリアした。
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「…そうか…やったな、イシス」
宮殿で起きた出来事を話すと…ガハハ…と、いつものように豪快に笑う父上。
「まぁ…お前も感じてはいただろう?陛下は、イシスを手中に収めたいと思っていたはずだ」
「…っ!それはっ…」
急に、カッと怒りが込み上げてきた。
「帝国で最も力を持つ男だからな、それなりの野心はあって結構。だが、今回はイシスを憤怒させ…失敗した…。
お前たちの結婚を阻止できずに、陛下はどんなお気持ちで“おめでとう”と仰ったのか…」
「父上…笑い事ではありませんよ」
イシスが何を視てあれほど皇帝陛下を攻めたのか…少し分かったような気がした。
私との結婚を破談にして、皇太子を立てる際にイシスを皇太子妃にしようとしていたとか…?
皇太子候補の婚約者は、妃教育を何年も受けているはず。まさか…その婚約者を退けるというのか…?
いや、皇帝陛下なら…何だってできる。
イシスは今大注目の令嬢だ。
下位貴族である子爵令嬢だが、魔術師として最高レベルのイシスが魔塔に所属すれば…身分に関係なく大魔術師という称号を即得られるだろう。
そうなれば、誰とでも結婚することが可能。
イシスに最も力を与えられる結婚相手は、間違いなく次期皇帝となる皇太子だ。
そんな自由な選択を…皇帝陛下はイシスに囁くつもりだったのでは?
─私を選んで、本当に後悔しないのか?と─
皇帝陛下が伝えたかったのは『感謝の言葉』だけではなかった…私はそう理解した。




