8話
「あの……もう……」
大丈夫です…と、言いたい。
フェルナンド様は馬車に乗り込んだ…けれど、私を膝に抱え上げたまま、涼しいお顔で座っている。
こんなことは人生初で…めちゃくちゃ恥ずかしい。
「前も思ったが、君は軽過ぎる。まるで羽を抱いているみたいだ」
「へ?羽?」
何か貴族っぽい言い回し。羽なわけないのに。
「やはり、放ってはおけない」
「いえ、私は平気ですから。それに…これでもかなり太ったんですけど…」
そんなことより、馬車はどこへ向かっていますか?
いや、先ずは膝から下ろして欲しい。
「…何?…太った…?…」
あ、そんなに強く抱きしめないでー!
コートに包まれていても油断禁物なんです!
「よく生きて来れたな。これからは私が側にいる…心配はいらない」
「兄弟子さま。話が全く通じていない気がします」
今の暮らしで十分だと申し上げたはずですよ?
常識ある人だと思ったんだけど…私の勘違いかな?
「君に言いたいことは山ほどあるが…とりあえず、邸でゆっくり過ごして欲しい」
いやいや、お皿洗いのお仕事があるんです。無理です、これは譲れません。
この馬車、100%ランチェスター侯爵家に向かっているじゃない。何とかしないと!
「あの!」
「少し…休むといい」
────────
目が覚めた時、私は白いレースの天蓋付き…ふっかふかベッドに寝ていた。
「あれ?」
ガバッ!と勢いよく起き上がる。
何があった?思い出せ私。
確か、術が解けてから馬車に乗って…寝た?いや、違う…眠らされた?
柔らかな素材の寝間着を着ていることに気付く…えぇ?!一体どうなってるの?
ベッドサイドには、ポツンと目薬が置かれていた。
变化の術も解けてしまっていて…今の私の髪は黒色だ。
とりあえず、目薬だけはさしておこう…かな。
「起きたか?」
フェルナンド様が静かに部屋へ入ってきた。
ゆっくりとした動作でベッドサイドのソファーに座ると…变化の術が解けた私の顔をジッと眺める。
目薬を握りしめたまま戸惑っている私と、時が止まったかのように微動だにしないフェルナンド様…。
これ、どうすればいいの?
「漆黒の髪。やっと…君の本来の姿を目にすることができたよ、イルシス嬢」
「……………」
「ここは侯爵家の邸だ、そう警戒しないでくれ。
そうだな…私は君の異能について知っているから、私のことも教えようか」
「いえ、別に…その必要はありません…」
それを知ったところで、私には何の関係もない。
「私はマナや魔力の動き…“オーラ”が視える異能を持っているんだ。
だから…感情もある程度は読めるし、君が目覚めたことにもすぐに気が付く」
「…視えるんですか…」
「そう。視たくなくてもね…ある程度の範囲は視える」
─あぁ、なるほど─
フェルナンド様も異能を持つ特殊な存在。
私の気持ちが分かる人なんだなと理解した。




