63話(皇帝Side)
……ほぅ……何と可憐な…。
謁見の間に入ってきた令嬢を見て、私はそう思った。
クリストファーの婚約披露パーティーで、この2人を見たと思っていたのだが…どうやら、ちゃんと見てはいなかったようだ…。
黒髪に宝石のような金の瞳を持つ令嬢は、か細く儚げで…全てが小さく愛らしい。
遠目で見ていると、まだ幼い少女かと思うほどだ。
透き通るような白い肌は白磁の人形のようで、瞬きする度に長い睫毛がパタパタと動いているのが不思議に思える。
…ふむ…
魔術師として優秀、というだけではないようだ…唯一無二の存在かもしれぬ。
可愛らしく柔らかな雰囲気を持つが、結い上げた髪と細い首からのデコルテが艶めかしい。
立ち姿には品があり、黒髪のせいか…どこか凛とした清い美しさもある。
何とも魅力的な令嬢だ。
令息が手放さないそうだが…その理由がよく分かった。
しかし、私を含め…皆が欲しがる存在でもあるのだろう。
─────────
「…イシス・フォークレア…でございます」
令嬢の金色の瞳が、玉座に座る私をジッと見上げていた。
ん?何だ…?
このジワジワと圧迫される…不快な感じは。
まさか、令嬢の魔力か?
そういえば、あの魔物の森が静まり返るほどであったと…報告を聞いたような…。
─落ち着かねば─
帝国の皇帝である私が気圧されるなど…あってはならぬ。まだ挨拶をしただけだ。
だが…背中がジットリと汗ばむのを感じる。
ふと隣を見れば、皇后は少し青ざめた顔をしていた。側妃とユーリスは、並んで座ったままガタガタと小刻みに震えている。
エリックとクリストファーは姿勢よく座っていて、別段変わりがない様子に見て取れた。
ゴクリと…自分が唾を飲み込む音が大きく聞こえた。
この私が緊張しているというのか?
額にジワリと汗が滲み出す。
やっとのことで意識を保っているが、頭のどこかで警鐘が鳴り響いているように感じた。
令嬢の強さは尋常ではないのだ。
飛龍を討伐し、城が無傷、負傷者なしという前代未聞の結果が、はっきりとそれを指し示していたではないか。
何度も書状を見直したのではなかったか?
令嬢は…城を与えた最強戦士よりも遙か上の存在である。
私は、それを正しく認識できていなかった。
この令嬢を…絶対に軽視してはいけない。今この瞬間から己の邪念を全て捨て、敬意を払わなければ!
私は冷静さを装いながらも…すがるような思いで、令嬢の金色に輝く瞳を見た。
瞳に取り込まれた私は、玉座に張り付けられたように…身動きひとつできない。
…苦しい…
これは圧倒的な力の差を知らせるものだ。
令嬢は微笑んでその場にただ存在しているだけで、私の自由を簡単に奪うことができる。
小さな箱の中に閉じ込められたかのような息苦しい感覚に…酷く恐怖を感じた…。
─逆らってはいけない─
そう私が理解した時…苦痛から解放された。
──────────
令息はチラチラと令嬢を見ては…その度に頬を染めている。よほど愛おしいのだろうな。
「辺境の地は、長きに渡り飛龍と魔物に苦しめられてきた。ランチェスター侯爵令息、フォークレア子爵令嬢、3ヶ月という短い期間で、全てを解決に導いたことは称賛に値する。…後ほど褒美を与えよう…」
「お褒めにあずかり光栄です。私は、皇命に従ったまででございます」
堅苦しい謁見の間から、応接の間へと場所を移した。令嬢は令息の隣に静かに寄り添う。
当初は、食事の席を設けていたのだが…令嬢から控え目に辞退の申し出があった。
私からの誘いを断ることなど通常はありえない。
だが、側妃とユーリスが体調不良を訴え退室していたこともあり、そこを気遣うように言われては…受け入れるしかないだろう。
皇后も食事の席がないのならばと、早々に挨拶を済ませて引き上げて行った。
応接の間には軽食や飲み物を運ばせ、私とエリック、クリストファーの3人で、急遽…令息と令嬢を饗すことになってしまった。
ここまで思い通りにならない事態は、皇帝になって初めての経験だ。
要らぬ貴族を呼ばなかったことは正解だったと、私は心の底から思った。




