62話
「…フェル?…どうしたの?」
部屋に戻ってから、フェルナンド様が私を抱き込んで…くっついて離れないわ。
「…イシス…」
「…ん…?…」
フェルナンド様は、呼ばれて顔を上げた私の唇を軽く何度か啄むと…濡れた舌で…もっと深いキスへと誘ってくる。
口腔内を優しくくすぐられると…クチュッと…唾液と舌が絡み合う音がした。
「……んっ……ぁ…ふ……んん……」
…チュウ…と舌を吸われ、腰の辺りにゾクッと痺れるような感覚…濃厚でとろけるような甘い口づけに乱される。
頭の中がポウッと惚けて…いつの間にか、フェルナンド様の首に腕を回し身体をピタリと密着させていた。
縋り付く私の背中や首筋を撫でながら、フェルナンド様も口づけに夢中になり…熱い舌を休みなくねじ込んでくる。
息苦しさのあまり顔を背けても、すぐに引き戻される。
これほど激しく求められていることが…うれしい。
男女の営みというのは、きっとこの延長線上にあるのね。
「君は…私だけのものだからね?」
フェルナンド様をここまで不安にさせている原因は…皇帝陛下との謁見よね?本当に権力とは恐ろしいものだわ。
「このタイミングで急に呼び出すなどあり得ない、異例なことだ。皇帝陛下は…どういうおつもりなのか…?
イシスは美しくて優秀だから、皆が欲しがる…困ったな。
強い魔力持ちほど、イシスが特別な存在であると敏感に感じ取る。気を付けておかないと………はぁ………」
ため息まじりにそう話すフェルナンド様。
私も、皇帝陛下との謁見に向けて対策を講じておくべき?
「…誓うわ…私はあなたしか愛さないし、誰にも私を欲しがらせたりしないわ。安心して?」
ローウェン様が婚姻の数日前に帰れるよう気遣ってくださったことが…逆に仇となった。
──────────
「侯爵様…?」
私は、まだ明かりの漏れる執務室を訪ねた。
「おや?イシス…まだ寝ていなかったか?」
「はい…少し、お話をしても?」
侯爵様はニコリと笑って“勿論だよ”と、優しく手を引いて部屋に引き入れてくれた。
「明日のことか?」
「えぇ。私はどんな立場で皇帝陛下にお会いすればいいのか…見当がつかないので…」
帝国のトップである皇帝陛下に会う機会など…子爵令嬢には普通与えられない。
「イシスがどう感じているのかは分からないが…お前の活躍は、こちらに正確に伝わっているぞ。陛下からはお褒めの言葉をいただけるだろう。
魔術師として魔塔に所属していないのだから、フェルナンドの婚約者として側にいればいいんだよ」
「ご挨拶をするだけでよろしいのですか?」
侯爵様はゆっくり頷くと『イシスは知らないだろうから』と、皇帝陛下や皇后陛下、側妃殿下…皇子殿下たちの関係を少し教えてくださいました。
「フェルナンドは異能力者として知られている。間違っても雑に扱われることはない。
それに、人混みを嫌うことは陛下もご存知だからな…余計な貴族などは一切呼ばないだろう」
「そうなのですね。…よかった…」
「イシス、胸を張って行けばいいのだ。
今回、お前たちが辺境の地…つまりは帝国を救ったという価値、それを安く見られてはならん。
陛下がおかしなことを言おうが、流される必要はないぞ。堂々としていればいい」
まぁ…侯爵様ったら、意外なことを仰るわ。
じゃあ、少しくらい強気でも…構わないのね?
──────────
「フェルナンド・ランチェスター侯爵令息、イシス・フォークレア子爵令嬢、どうぞ!」
かけ声と同時に重い扉が開く。
何かしら、この無駄に大きな部屋は?
壇上には皇帝陛下と皇族方…その他には誰もいない。
玉座までがとても遠いわ。この絨毯の上をずっと歩くの?足がもつれそう。
「イシス…行くよ?」
「え…えぇ」
フェルナンド様にエスコートされ、共にゆっくり…玉座の前まで進んだ。
私たちは頭を垂れ、フェルナンド様は片手を胸に当て…私は軽く腰を落として両手を臍の前で重ね、皇帝陛下からのお言葉を待つ。
「今日はよく来てくれた。ランチェスター侯爵令息、フォークレア子爵令嬢」
頭の上から皇帝陛下の声が響いて聞こえる。
「辺境の地を救ってくれたそなたたちに、感謝の言葉を…直接私から伝えたかったのだ。面を上げよ」
私たちは顔を上げ、玉座におられる皇帝陛下にご挨拶をする。
「帝国の皇帝陛下にご挨拶を申し上げます。フェルナンド・ランチェスターでございます」
カッコいい。流石…ビシッと決まってるわ。
次は私。落ち着いてカーテシーをする。
「帝国の…皇帝陛下に初めてご挨拶を申し上げます…」
スッと流れるような動きで顔を上げ、姿勢を正すと同時に…
─魔力を一気に高め、解放した─
「…イシス・フォークレア…でございます」
皇帝陛下のお姿を…私はしっかりと視る。




