59話
「ローウェン殿、昨夜は眠れましたか?」
ローウェン様と私たちは、向かい合ってソファーに座っている。
ここはフェルナンド様のお部屋。
ローウェン様たちが昨夜城へと帰って来られたのはよかったけれど…辺境伯様の具合はかなり悪そうだった。
「えぇ、ありがとうございます。やはり義父上が倒れてしまい、帝都で長く滞在することになりました。申し訳ありませんでした」
「それは…大変でしたね。こちらでは問題は何も起きませんでした。私たちが動かなくても、辺境伯軍の皆様方だけで十分にやれていましたよ。
ご報告は、崩れていた砦の修復が終わったことくらいでしょうか」
ローウェン様がホッとしたお顔をされます。
「飛龍のことも、魔物の森のことも…本当にありがとうございました。では、いよいよ…帝都へと戻られますか?」
「ローウェン殿にお許しをいただけるのなら、結婚と同時に戻りたいと思っています」
そう言って、フェルナンド様が私の頭を優しく撫でた。
ローウェン様の計らいで、私たちは結婚予定の数日前には帝都へ帰れることになった。
──────────
「それで…帝都では?」
ローウェン様がわざわざ部屋を訪ねて来られたのだから…辺境伯様の私的な部分にかなり踏み込んだ話なのかも。
「はい。陛下からバイセル王国の捜査報告をお聞きし、犯人と義父上が面会をしました」
ローウェン様にとっても犯人は許し難い存在なはず。心穏やかではいられなかったに違いない。
─犯人は、やはりジュリエット様の恋人だった人物─
「結婚前に、恋人の子を身籠っていた…?!」
「はい。ジュリエット様の父親である男爵は、ジュリエット様には何も告げず…勝手に墮胎をしたのです」
「…そんなの……酷いわ…」
だから…犯人は子殺しの呪いを?
自分の子を喪ったから、辺境伯様を同じ目に合わせることで復讐しようとしたのね…。
「愛する人に宿っていた小さな命を奪われた…その事実を、犯人は6年前に知ってしまいました。激しい憎悪は、男爵…そして義父上へと向けられたのです」
堕胎を行った医師は、それをネタに時々金をせびる常習犯であったという。
そんな軽はずみな行為から周囲に話が漏れたのか、男爵と医師の会話を耳にしてしまったのか…とにかく、男爵の罪は犯人の知るところとなった。
男爵家一族は、全員呪い殺された可能性が高い。
「そのころ、バイセル王国の使節団が帝国へ行くことはすでに決まっていました。
帝国での視察行程も含め、計画を立て…念入りに準備をしていたのです」
犯人は呪術師。
飛龍を呪殺するバイセル王国では、討伐に欠かせない人物だった。
飛龍の体内に宿っていた胎児を手に入れ、強力な“龍の呪い”を作り上げたのだ。
「入江に近付けば即呪いを受ける。放置していれば、狂った飛龍がどんどん呼び込まれ…いつかは呪いを受ける。2段構えでした」
はぁ…と、ローウェン様がため息をついた。
「呪いが解呪されるとは思っていなかったようですね。
犯人の名は、ジャック・クロス。天才呪術師といわれている男でした」
ジャック・クロス?…クロス…。
「クロス伯爵家の兄弟?!…あの有名な?」
「えぇ。バイセル王国からの使者として、兄のヒューゴ・クロスが来ていました」
ヒューゴ・クロスは…私の目薬を作ってくれた薬師。言葉や古代文字も教えてくれた先生だ。
「イシス?…どうした…」
「あ、別に…何でもないわ」
フェルナンド様はオーラが視えるから、すぐに気が付いてしまうわね。
「ジャックとの面会で恨みを真正面からぶつけられた義父上は…その後、倒れて寝込んでしまいました。
ですから、ヒューゴ・クロスとは私が話をしました。
私たちを咎める言葉は一切なく、丁寧な謝罪を受けましたよ。とても…理性的な人物だと思います」
それでも、ジャックがどれほど苦しんだかは知っていて欲しい、兄として弟の味方でありたいなど…淡々と話していたとか。
どんな理由があったとしても、人を呪い殺すという禁忌を犯したことは事実。
ジャックは、呪術師として責任を取らなければならない。
私の知っている薬師ヒューゴ・クロスならば、そう言って罪を償うよう諭したに違いない。
♢
ジャックは、最も重罪の者が収監される地下監獄へ移され…帝国での裁判を待つことになる。
♢
重罪人は、右肩に罪人の証である烙印を押された後、魔術によって心理的負荷がかけられる。
地下の暗い牢屋に繋がれ、自由に寝ることもできない環境の中…厳しい罰を毎日受けて神経を削り取られていく。
そして、時期が来たら処刑されるのだ。
♢




