57話(ローウェンSide)
「……なっ……」
信じられないといった表情で、義父上が思わず声を発した。
「結婚前の検査で分かったことで、ジュリエット嬢はまだ妊娠には気が付いていなかった。
焦った父親のマルコット男爵は、検査をした医師に金を渡し…その場ですぐに堕胎をさせた」
「…そ…そんなことを…」
「その後、男爵は素知らぬ顔をして…娘を嫁がせたのだ」
義父上はガクン!と身体から力が抜け落ち、床で四つん這いになってしまわれた。
私は側に寄り添うことしかできない。
「男爵は金に目が眩み…惨い行いをした…」
皇帝陛下の声からは、怒りの感情が滲み出ている。
ジャックとジュリエット様は、自分と愛する人との間に授かった大切な命を…奪われてしまっていたのだ。
「どうやら、金を支払い堕胎を頼む下位貴族は…さほど珍しくないようでな…。堕胎を行った医師は、今私が説明した通りで間違いないと証言をした。
問題は…6年前、その医師を訪ねてきたジャック・クロスにも…同様に話してしまったという点だ」
何と?
では…ジャックは6年前に真実を知り…そこから復讐を始めたということなのか?
「マルコット男爵家の一族は、全員が6年前に命を落としている。病死や事故死で…この世には誰一人として残ってはいない。
因果応報なのか…呪われたのかは…分からんがな」
謁見室内が…シン…と、静まり返った。
義父上は、ジュリエット様のご家族と何の交流もされてはいなかった。
当然ご存知なかったようで…顔を上げ…呆然とされている状態だ。
「ここまでの話は…理解できているか?辺境伯」
「……は…はい、陛下……」
「うむ。ではジュリエット嬢が辺境伯夫人になってからの話をするが…よいか?」
「…はい…陛下…」
義父上がゴクリと唾を飲み込む音がした。
「一度だけ、ジャック・クロスの元に“辺境伯夫人”から手紙が届いた。
そこには…城で酷い扱いを受けていることが書き記してあったというのだが………身に覚えはあるか?」
「……はい……」
周りは『辺境伯は愛妻家だ』という、間違った情報を鵜呑みにしている貴族たちばかり。
皆ギョッとして、顔を見合わせている。
「私は…愛情を持って妻に接することをせず、疎かにしておりました。守って欲しいという訴えにも耳を傾けませんでした。
戦うことばかりを考えて…夫として…失格でした」
「夫が妻を虐げれば、それを見ている周りの者たちも…当然、女主人を敬わなくなるであろうな。
その結果…夫人は侍女から暴行を受け、暴言を浴びながら生きていくことになった。
城を任され、最強戦士といわれた男が…そんなことも…っ…分からなかったのか!」
「………言葉も…ございません………」
皇帝陛下は義父上を責め立ててはいたが…やるせない気持ちがどこか見え隠れしていた。
「妻亡き後、見つかった手記により…初めて…そのような扱いを受けていたことを知りました。
全て私の責任でございます。すぐに侍女数人を罰しました」
「侍女たちは何と申していた?」
「…毎日魔物が襲ってきて生きた心地がしない…ストレス発散の相手だったと…」
「他には?」
「…子を生みさえすればいい…そう私が話していたのを聞き…軽んじても構わないと思ったと…っ…。
私が間違っていたのです。陛下、…誠に…申し訳…ございません」
四つん這いの姿勢のまま、義父上は額を床に擦り付けて皇帝陛下に謝罪をされた。
「謝る相手は…私ではない」
「……………」
ジュリエット様を喪い…その後、義父上は自らの行いを深く反省されていたのだろうと思う。
しかし、その思いは誰にも届くことはなかった。
ジュリエット様は義父上を恨みながらこの世を去り、ジャックは復讐を果たすために生きた…。
恨みは“龍の呪い”となり…飛龍を呼び、子を殺し…多くの戦士たちが犠牲となった。
「ドミニク。…辺境の地を…帝国を守るために、お前1人に負担をかけて随分と無理をさせていた。すまなかった」
「……うぅっ……陛下……」
政略結婚ばかりの貴族たちの中には、義父上と同じように“妻は子を成すものだ”と考えている者は多いだろう。
娘を、出世の駒のようにしか扱わない者もいると聞く。
そんな貴族たちの心に、この話は一体どのように響いたのだろうか。




