56話(ローウェンSide)
謁見室へ入った瞬間、待ち受けていた貴族たちがザワつくのを感じた。
私たちが案内されたのは、主に諸外国の要人を出迎えるために利用される…広く豪華な謁見の間…ではない。
皇帝陛下が私的に外部の者とお会いになる際お使いになられる、謁見室と呼ばれる部屋であった。この部屋でも広さは十二分にある。
謁見の間よりも皇帝陛下との距離が近い。帝国の高位貴族ならば…一度は利用したことがあるのかもしれない。
「あぁ、よく…来てくれた…ガーラント辺境伯」
「帝国の皇帝陛下にご挨拶申し上げます。随分とご無沙汰をいたしました、申し訳ございません。
またこの度は…大変なご迷惑をおかけして…」
「よい、ドミニク。…今は何も申すな…」
まだヒソヒソと囁き合う貴族たちに向かって、皇帝陛下はサッと手を挙げ黙らせる。
「ローウェン殿もご苦労であった。ジェンキンス…久しいな…」
皇帝陛下と義父上、ジェンキンス様は同世代。若いころは切磋琢磨してきた仲だったと聞いている。
大柄で雄々しかった義父上は、伏せっていた1ヶ月の間に痩せて小さくなってしまわれた。
以前の姿を知る者たちは、別人かと見紛うかもしれない。
「帝国の皇帝陛下に初めてお目にかかります。ローウェン・ガーラントでごさいます」
「うむ。ドミニクを支え、辺境の地でよくやってくれている。これからも頼んだぞ」
「はい、陛下。お任せください」
ジェンキンス様も皇帝陛下と言葉を交わし、互いに懐かしんでおられた。
私も後継者として、集まった貴族の方々にしっかりと挨拶をして回った。
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「飛龍や魔物の討伐で犠牲になった者たちのために…慰霊祭を執り行う予定でいる」
皇帝陛下は静かにそう仰った。
辺境の地が5年もの間“呪い”を受け続けていたこと、飛龍襲来による大きな被害があったことは…今となっては隠しようがない。
バイセル王国との交渉の末…辺境伯軍の騎士や兵士たち、軍事施設に対しては、両国共同で一定の保証をすると約束をしてくださった。
実は…この1ヶ月半で辺境伯軍を去った兵士は数多くいた。
一連の出来事について、詳細は両国間で捜査中とはいえ…おおよそのことは誰もが知っていた。
私は引き止めることができなかったのだ。
「さて、バイセル王国からの…報告なのだが…」
─別室で先に話を聞くこともできるが、どうする?─
皇帝陛下からのご配慮…逆に言えば、それだけ心積もりが必要な厳しい報告内容だということだろう。
「いいえ、陛下。もう…覚悟を決め…この場におります」
私は義父上のことが心配だったが…本人がそう仰るのならばどうしようもない。
「そうか。皆の者、静かに…頼むぞ」
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犯人は、バイセル王国で最も名の知れた呪術師…ジャック・クロスだった。
クロス伯爵家の兄弟は有名で、弟のジャックは天才呪術師、兄は高名な薬師だ。
ジャックは、帝国へ留学中にジュリエット様と出会い…恋人同士となった。
2人はその後、帝国とバイセル王国とで離れてはいたが…真剣に交際を続け…将来も誓い合っていたという。
ところが…ジュリエット様は、ある日突然“ガーラント辺境伯と結婚”をしてしまう。
「当時、ジュリエット嬢が辺境伯の元へ嫁いだことは事実である…こちらでも調べた…」
ジュリエット様の父親は、他国伯爵家の次男よりも帝国の辺境伯を選んだ。
結婚支度金という名目で早々に大金を手に入れた後、嫌がるジュリエット様に結婚を強要したのだ。
帝国で何不自由なく暮らす令嬢たちは、退屈で危険な辺境の地へは行きたがらない。
辺境伯の花嫁選びが難航していたところに…上手く飛び込んだというわけだ。
政略結婚だと分かってはいても、義父上はそこまでの事情を把握されていはなかっただろう。
何も知らずに花嫁を迎え入れたに違いない。
「…だがな…」
皇帝陛下は…気遣うような視線を義父上に向ける。
「ジュリエット嬢は…妊娠していた。…ジャック・クロスの子を身籠っていたのだ…」




