7話
師匠が私を捜す?なぜだろう?
「イルシス嬢は、成人した年のデビュタントに参加をしていなかった。師匠は彼女が社交界にデビューする姿を影から見守ろうと、とても楽しみにしておられたのだ。
だが、1年過ぎた今でも…彼女は社交界に出てこない」
「……………」
「伯爵家は、身体が弱いから社交界デビューはさせないという理由で押し通すつもりだ。
師匠はその真相を内密に調べて欲しいと、私に依頼をされた」
「…調べる…」
師匠は、離れてからもずっと私のことを気にかけてくれていたんだわ。
伯爵家へ戻った私に対して外部の者が手を差し伸べようとしても、伯爵家が拒絶すれば手出しはできない。
そんな小競り合いが続けば大事に至ることになるかもしれないし…こっそり調べるしかなかったのかも。
「私は、秘密裏にイルシス嬢との接触を試みようとした。
しかし、伯爵家の邸のどこを捜しても…師匠から聞いていた“イルシス嬢”と思われる容貌の少女は見つからない。
真相を探ると同時に…まぁ、令嬢捜しも必要になったというわけだ」
…ですよね。無駄にお時間使わせて本当にすいません。
というか、自ら邸に侵入されていましたのね。
「そんな時、メイドが敷地の隅の小屋へ食事を運んでいることに気付いた」
「それで、小屋を見張っていたと…。ならば、もう全てご覧になったでしょう?
今の私は“イルシス”ではありません。この街で働きながら生きている…ただの“イシス”です」
どうやら、認めるしかなさそう。
まさか監視されていたなんて。
今日だけではなく…きっと、何日も私の動向を調査していたのよね。知らずにぼんやりと過ごしていたわ…。
变化や隠密の術も見破られてしまっているし、この方はかなりの実力者“デキる男”に違いない。
あの師匠が仕事を依頼するくらいなのだから。
「なるほど…今は“イシス”か。見事な变化の術だな」
そう言って、私の長い栗色の髪の毛先をすくい取る。
あれ?今、さり気なく魔術を褒めてくれたのかな?
「“イルシス”は…伯爵家には存在していません…」
あの邸には4人家族が住んでいる。別に今さら何とも思ってはいないけれど…。
「身内にあのような暮らしを強いられていたのだから…周りの誰も信じられはしないよな…。
どう話せば伝わるだろうか?私は君を伯爵家から救い出したい…そう思っているんだが」
「兄弟子さま、私は大丈夫ですよ。師匠には…それなりに元気にしているとお伝えください。
私は、貴族とか社交界とかに全く興味がありません。
今も、こうやって何事もなく過ごせていますし…助けていただく必要はありません。迷惑もかけたくないですしね」
私は悩むことなくそう言った。
今の生活から救い出されたいなどと思ってはいない、これは本心。
「いや、しかし」
「兄弟子さまは…私の事情をご存知ですか?」
「師匠から聞いている。だから、ぶつかった時も何か思わぬ事態が起きたのかもしれないと…とても心配していた」
…私を気遣うような眼差し…
魔眼のことを知っていても、ちゃんと私の“眼”を見てくれる。師匠と薬師以外には…そんな人いなかった。
不思議と気持ちが和らぐ。
「あっ!」
「えっ!」
─目薬の術が解けた!─
パッと両手で顔を覆う。
こんな時にこんな所で…どうしよう…そう思った瞬間、フェルナンド様は着ていた薄手のコートをサッと脱ぎ、私の頭から身体全体をすっぽりと包み込んだ。
そして、動揺している私をそのまま横抱きにして…どこかへ駆け出す。
「えっ!あのっ!!」
「心配するな、眼を閉じていろ。すぐそこに馬車を待たせてある」
私を抱えてすごい速さで走るフェルナンド様。
身体能力高すぎない?




