49話
辺境伯様は頭を抱え、ドカリと椅子に腰を下ろした。
何ともいえない重い空気が…執務室内を埋め尽くす。
「バイセル王国が…その“龍の呪い”を…?…イシス嬢…間違いないのだろうか?」
辺境伯様が俯いたまま、か細い声で…私に尋ねた。
「使用していた文字は、バイセル王国の古代文字でした。機密書類や暗号に使われる特殊な文字を、他国が使用するとは…考えにくいですわ」
「そうか。イシス嬢は、その刻まれた言葉をどう見る?」
えぇ?…私…?
「呪いを捧げるような表現は…よく分かりませんが…愛するジュリーとありますから、夫人を愛していた人物からのメッセージだと思います。
ご結婚前に、恋人か…愛称で呼ぶほど親しい異性がいた…ということはありませんか?
バイセル王国使節団の中に、その人物が紛れ込んでいたのかもしれません」
辺境伯様の眉がピクリと動いた。
「…は…なるほど…。
ジュリエットは恋人と別れて、政略結婚で無理やりに私と…。それなのに、城で冷遇され死んでいった。
私は…その恋人とやらに恨まれ、呪われたのか…」
もし、本当にそうだとしたら…それは、辺境伯様に恋人を奪われた男の復讐ということになる。
「今ある情報では、全て解き明かすことはできません…まだ想像の話ですわ。“龍の呪い”がどのようなものかも、はっきりしませんから」
「それは…そうだが、その呪いが飛龍を呼ぶということはないか?…だとしたら…」
辺境伯様は再び頭を抱える…その身体がブルッと震えた。
大切な2人の子。その命を奪う原因を作ったのは…もしや自分だったのでは?そう考えているのかもしれない。
呪いが飛龍の襲来に無関係とは思えない…あの禍々しい気は、並大抵のものではないわ。
「皇帝陛下にお願いして、呪術師か…呪術に詳しい方を派遣して貰いましょう。
ここで私たちが考えていても、話は進みませんもの」
「そうですね。そうしましょう、義父上」
ローウェン様はすぐさま同意してくれた。
フェルナンド様をまた危険な目に合わせたくはないし…呪術は魔術とは違う。勝手な憶測で動くことはできない。
急な展開に取り乱す辺境伯様を見て、口には出さなかったけれど…思うことがあった。
呪いを込めたモノを、窪みのもっと奥に隠すことはできただろうし、目立つ場所にあの言葉をわざわざ刻む必要もなかったはずだ…と。
犯人=辺境伯夫人の元恋人?は、この呪いと自分の強い恨みに…気付いて欲しかったのではないだろうか?
そんな風に思えて仕方がなかった。
──────────
「はじめまして…イシス嬢」
今、私の目の前には…腰まで伸びた長い銀髪に紫色の瞳をした美人が立っている。
男性なのだけれども…美しい。
フェルナンド様のカッコいい逞しい“美”と違って、柔和な美しさを感じる。
「…え…と…」
ガーラント辺境伯様やローウェン様、フェルナンド様を差し置いて…私に1番に挨拶をしてきたので、とても困っている。
「…あぁっ…魔塔では魔力のお強い方を優先するものですから…つい。
ガーラント辺境伯、ローウェン殿、私はルミナスと申します」
うっかりされたのでしょうか?
でも…初対面ですのに、辺境伯様とローウェン様を一纏めにしたご挨拶というのは…あまりにも失礼なのでは?
ペコリと頭を下げて、簡単な挨拶をするルミナス様はちょっと変わった人。美人なのに…残念。
「あなたが…フェルナンド殿?ルミナスと申します。よろしくお願いいたします」
フェルナンド様には手を差し出して握手している。
ちょっとじゃないかも…かなり変わった人?
「イシス嬢、あなたにお目にかかれてとても光栄です。ルミナスと申します」
両手で私の手をガバッと握り締めてきた。
ルミナス様は、私の中で変な人に認定された。




